5、換気扇掃除は下準備を入念に
町外れの小高い丘。
その周りにある小さな白樺の林。
林を抜けると小綺麗な石畳の道と鉄の門扉が姿を現した。
「そしてあちらがギャンザクの屋敷となります」
「魔王様、誰に話してるんですか」
「ものすごい唐突に着きましたねぇ~」
だって特筆すべき出来事が無かったんだもの。
敵襲も何もなく黙々と路地裏を歩いてただけだもの。
今まで散々グダッてたしな。
これからはテンポよく行こうそうしよう。
「それにしても、パッと見はそんなに大きな屋敷ではないのだな」
「裏に使用人用の離れがあるのよ。それと、広い地下室もね。地下室には魔物や逆らった人間が閉じ込められてる。……多分、師匠もそこにいるわ」
あー、地下室かー。ぽいわー、ぽいぽい。
それならこのサイズの屋敷でも納得だ。
無駄に鍵の掛かった扉が多かったり、変な暗号の仕掛けがあったり、金庫の中に鍵が入ってたりしないと良いなー。
「じゃあお三方。手筈はさっき言った通りでお願いするわね」
「手筈って何だっけ?」
「……私が捕まったフリをしてギャンザク達の気を引いてる隙に、師匠達をこっそり助け出す作戦……さっき打ち合わせしたばかりだけれど?」
もうお忘れかしらと微笑むエーヒアスの背後にゴゴゴゴ……という擬音が見える気がする。
確認作業のお約束なのに、そんな怒らんでも……
「で、でも、それだと、エーヒアスがホントに捕まっちゃうかもじゃないですか。危ないですよぅ」
「フフ、私は平気よ。もし本当に捕まっても、また隙を見て脱出するから。それより師匠をお願いね」
彼女は余裕たっぷりにカロンの頭を撫でる。
羨ま
いや、きっと彼女は強がっているのだろう。
分かりにくい所が分かりやすい娘だ。
「では行くとするか」
俺達は一旦グルオと別れ、屋敷の門扉の前に立つ。
<作戦一、俺とカロンの二人でエーヒアスを捕らえ、引き渡す名目で屋敷に入る>
「ごめんくだっさぁ~い! ギャンザクさんご注文のエルフ、お持ちしやっしたぁ~!」
「ご褒美下さぁ~い!」
カロンと共にガッシャガッシャと鉄格子の門扉を揺らしていると、使用人らしき男が「うるっせぇ!」と飛び出してきた。
だってここ呼び出しベル無いんだもの。
他にどう呼べってんだ。
半ギレだった男はエーヒアスを見た瞬間に目を輝かせた。
「おぉ! やっと捕まえたか。ゴッツの奴、トレントを連れて出てったきり中々帰って来ないからまた使いを送る所だったぞ。……で、あんたらは誰だ?」
「しがない冒険者Aですー」
「しがない冒険者Bですぅ」
「捕まった半エルフですー」
俺達は後ろ手に縛られてるフリをするエーヒアスを引っ張りながら敷地内へと押し入る。
男は慌てたように制止をかけるがあー聞ーこーえなぁい。
「そのガッツという男に、このエルフをギャンザクさんに引き渡すよう頼まれましてねー。お礼下さい。いっぱい下さい」
「いや、あいつゴッツな」
「何でも良いですよぅ~。ギャンザクさんから直接お礼貰えればそれて良いんですぅ~」
男は俺とカロンのねちっこいすり寄りに戸惑っている。
今です! アタックチャーンス。
<作戦二、グルオ、こっそり門扉突破。適当な窓又は裏口から潜入する>
後ろの方で音も無く庭の茂みに潜り込むグルオの気配を感じる。
よし、このまま俺達が屋敷の人間の気を引いていれば、あとはグルオが勝手に判断して動いてくれるだろう。
使用人は不法侵入者に気付かず俺達を通せんぼしている。
「おいおい、勝手に入られたら困るな。ちょっとここで待ってろ。女をギャンザク様に渡したらすぐに報酬を持って来るから」
「そう言って追い返そうって魂胆か。それとも自分の手柄にする気か? 貴様は信用できぬ。お年玉を預かっておくという母親並みに信用できぬ」
「私達がギャンザク様に直接引き渡しますよー。それでサイン貰うんですぅ~」
難癖つけまくる俺達の元にゾロゾロと屋敷の人間が集まってくる。
グルオは上手く移動出来ただろうか……まぁあいつ無駄に素早いから心配はいらんか。
それにしても元魔王が囮とは、なかなか面白い状況である。
埒が明かないと判断したのか、使用人達は顔を見合わせ渋々と俺達を屋敷へと促した。
「仕方ない。とりあえず応接間で待て。ただし、変な事はするなよ」
「アイアイサーセン」
全く、手間取らせおって。
エーヒアスはしおらしく捕まったまま一言も発さない。
緊張してるのかと思ったが、どうやら笑いを堪えているようだ。
図太い。
玄関を入ると広さの割には豪華絢爛な内装の屋敷だと知ることが出来た。
「ゴテゴテし過ぎ。シャンデリアとか掃除の敵ではないか」
「何か言ったか? 冒険者A」
「素敵なインテリアですね。キリッ!」
階段の派手な手すりといい、飾られた甲冑や盾といい、なんか凄い成金臭がする。
いやぁ人の家って参考になるわー。
俺、自分の家は出来るだけ装飾少ないデザインにしようそうしよう。
通された応接間も似たような内装だった。
赤いカーペットは見た目こそ良いが、屋敷中血生臭いせいで落ち着かぬ。
なんかソワッとする。
「して、ギャンザク氏は今何処に?」
「今屋敷の者が呼びに行ってる。大人しく待て」
「あ、もしかしてトイレ? トイレなの? 俺もトイレ行きたい! ギャンザク氏と連れションオーケー?」
「失礼な事を言うな! 死にたいのか! ギャンザク様は今娯楽室にいらっしゃるのだ! 滅多な事を言うもんじゃない!」
使用人の男は真っ青になりながら声をひそめる。
ふむ、屋敷内での恐怖政権が窺えるな。
「ゴラクシツって何ですかぁ?」
ナイスだ、カロン。
素の質問ぽかったが、まぁ良い。
「すみません。うちの子が娯楽室知らないみたいなんで、ちょっと見せて貰えませんかねぇ。ギャンザク氏の娯楽室」
「えっ……」と使用人は言葉を詰まらせる。
あ、これビンゴ?
適当に探りを入れてみるか。
「娯楽室って言ったら、屋根裏部屋とか離れとか……地下室とかにあるのだろう。秘密基地みたいでワクワクする場所かもしれんな。合言葉とかの仕掛けとかどんでん返しがあったりして」
「わぁ、それは是非見たいです!」
「待て待て待て! あんた娯楽室に対してどんなイメージ持ってんだ。子供に間違った知識を教えるな! 全然違うからな!」
この使用人、「地下室」と聞いた瞬間だけ眉が動いたな。
なるほど、地下室が「娯楽室」か……随分な趣味である。
しかしマズいな……このままではグルオとギャンザクが鉢合わせてしまうかもしれん。
<作戦三、俺達はギャンザクに接触、又は居場所を聞き出す。その間にグルオは地下室を見つけ出して囚われのドワーフと人間を連れ出す>
使用人がやれやれとため息を吐きながら扉の横で待機している。
すっかり毒気を抜かれたらしい。
俺達は大人しくソファーに座りながら小声で会話する。
「(参ったな……ギャンザクはいつここに来るのか……人質さえ救出できればコソコソせずに済むのだが……)」
「(っていうか、先生は屋敷の中に入れたのでしょうか……私、ホントにトイレ行きたくなっちゃいましたぁ)」
「(私も縛られてるフリ、飽きてきちゃったわ。後ろ手って地味に肩が凝るのね)」
緊張感なさすぎかよ。
何敵の懐でトイレ行きたがったり飽きたりしてんだ。
「失礼します、清掃に来ました」
ガチャリと扉が開き、俺達三人は一斉に噴き出した。
メイドと共に入室してきたのはグルオだった。
何してんの!?
え、何してんの!?
俺の思ってた侵入と違うんだけど!
思わず三度見したわ。
突然の清掃宣言にもさほど驚かず、使用人がたしなめる。
「今は来客中だ。後にしろ」
「あ、あら、失礼致しました。新人に部屋の案内をしていましたので……」
「新人? 聞いてないが」
首を傾げる使用人に三角巾マスクをつけたグルオが頭を下げる。
白いツナギというダサい清掃員スタイルすら様になってて逆に腹立つ。
「(さっき)引き抜かれて来ました。新人のグルです」
「グルさんは凄いんですよ! あっという間に換気扇を外してピカピカにしてしまう期待の新人なんです!」
「換気扇は私の最も得意とする掃除ジャンルの一つですので。重曹系掃除ならここに居る誰にも負けません」
掃除ジャンルって何。
お前は今何と戦ってんの。
というかこいつ換気扇から侵入して見つかったのかよカッコ悪っ!
まぁ良い、手間が省けた。
「おい。ギャンザク氏はいつまで娯楽室にいるのだ? 我々も暇ではない故、早くして欲しいのだが……」
「少しは大人しく待てんのか。これだから冒険者は……」
言いながらチラッと床を指差す。
打ち合わせに無いサインだけどお願い察して。
ギャンザクは今地下ですよー。
「お邪魔してすみませんでした。それでは失礼します」
「……失礼します」
メイドはグルオと共に頭を下げて出ていってしまった。
扉が閉まる瞬間、グルオがパチリとウインクしてたから多分こちらの意図は伝わったのだろう。
それは良い。
それは良いが実に不愉快である。
「(ほわぁ……初めて先生がイケメンに見えましたぁ)」
「(あらあら、普段どれだけ鬼に見えていたのかしら。彼は最初からイケメンよ)」
キィィ、腹立つぅぅ!
しばらく怒りに打ち震えていると、また扉がガチャリと開いた。
「ほぉーん、女エルフ捕まえたってのはお前らかぁ? おーん?」
入室してきたのはブクブクに肥えた小柄なオッサンだった。




