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2、鏡やガラスの細かい破片は掃除機の後で濡れ拭きを

「魔王様、落とし穴の掃除、終わりました」


「ご苦労。手は洗ったか?」


「当然でございます」


 心外だという顔を浮かべるグルオに、何となく親近感を覚える。

多分こいつも潔癖症の気があるな。

掃除部隊にガミガミ言ってる所をよく見かける。


 待てよ?

こいつ、口さえ隠せば人間に見えるよな……


「グルオよ」


「何でしょうか、魔王様」


「俺はこの城を出る。魔王をやめる。お前は黙って俺についてこい!」


「いや、無理ですけど」


「何故だ!」


 表情一つ変えずバッサリ切り捨てられたが、ここで引く訳にはいかない。

こいつの見た目なら家を借りられるし、町で買い物や売却だって出来る。

何よりこいつは綺麗好きだ。

付き人としては最高じゃないか!


「魔王様が魔王をやめたら、残された魔族や魔物達は誰が率いるのですか?」


「ぐう正論」


 その時、玉座に置きっぱなしだった魔法鏡が強い光を放った。

魔法鏡がどこかの世界を映し出しているようだ。


「何だ? 何が映って……」


──俺の名前は平凡太(へいぼんた)。どこにでもいる普通の高校一年生だ。


「何か地味な若者が出てきた!」


「一人でモノローグ始める時点で、普通ではありませんよね」


 どうやら平凡太は人間らしい。

こいつは性格、容姿、学力、身体能力、全てが一般的でパッとしないのがコンプレックスのようだ。


 何で知ってるかって?

こいつのモノローグが長いからだよ。

どんだけ自分語りすれば気が済むんだ。


──そんな平凡な生活を、ただ繰り返す毎日。ふと思う。このありふれた日常を壊す何かが起きないか……と。


──例えば、違う世界の強い魔力を持った誰かが召喚魔法を使って、俺を異世界へと転移させ、新たな役職を与えてくれたら……とかな。


「えっらいピンポイントな願望だな」


「さりげなく役職まで要求するとは図々しいですね」


 俺達は好き勝手にヤジを飛ばしながら若者を観察する。

ん? 待てよ?

もしかしてこの平凡太、使えるのでは……


──まぁ、そんな非現実的な事、ある訳がないんだけどな!


「あ、自己完結したようですね、魔王様」


「いやいや待て! そこで諦めんなよ!」


「は?」


 どうして諦めるんだそこで!

あともうちょっとで何か閃きそうだったのに。

えーっと、召喚魔法……召喚……転移……役職……はっ!


──そうして今日も退屈な一日が始まる。おっと、通学路でよく見かける子犬だ。


「まだ続いてますよ、魔王様」


「いや長いなおい」


──向こうからトラックが凄いスピードで走ってくる。まずい! このままでは子犬が……!


「ベタですね、魔王様」


「召喚魔法ぉぉー! チチンププーイッ!」


「呪文ダサいです、魔王様」


 俺は魔力を思いきり魔法鏡に叩き込む。

子犬を助けようと飛び出した、心優しい若者を救うために。

そして救った若者に恩を売って、魔王の座を押し付けるために。


 赤い魔法陣が鏡を囲い、強い光が玉座の間全体を包む。

やがて光が消え、魔法鏡の上には子犬を抱えた平凡太がポカンとした顔で立っていた。

鏡の割れる音がする。


「あれ? ここは?」


 キョロキョロと辺りを見回す平凡太をよそに、俺は歓喜の舞を踊った。


「ふはははは。やった、やったぞ! まさかこうも上手くいくとはな!」


「何をしているのですか、魔王様」


 白い目を向けるグルオに、コソコソと耳打ちをする。


「この平凡太を三代目魔王にして、俺は引退するのだ。これなら問題あるまい?」


「問題大ありですよ。彼は人間じゃないですか」


「そういった差別社会は良くないぞ」


 今更後に引けない俺は、バッと平凡太に向き直った。


「聞け、平凡太よ」


「な、何故俺の名前を……?」


「俺は魔王だから何でも知っているのだ。して、平凡太。貴様は先程死にかけたな」


「は、はい。トラックに轢かれそうに……まさか、魔王様が俺を助けてくれたんですか?」


 察しが良いな。話が早くて助かる。


「そうだ。お前には素質がある。死なすには惜しかったのだ」


「ありがとうございます! って……素質? 何の素質ですか?」


 困惑気味に首を傾げる平凡太に、俺は両手をバッと広げて宣言した。


「魔王としての素質だ! 俺の跡を継ぎ、魔王として君臨してみせよ」


「え?」


「ちなみに元の世界には帰れぬぞ。魔法鏡が割れてしまったのでな」


「えぇぇ? そ、そんな急に……えへへ」


 目を白黒させているが、どこか満更でも無さそうな平凡太。

これはイケるか?

すると今度はグルオが小声で話しかけてきた。


「魔王様。やはり無理があります。他の配下達が納得しません」


「うぅむ」


「大体、魔力の無い者に従う魔物など、いません」


「それだ!」


 俺は平凡太の前に立つ。

……こいつ小さいな。細いし弱そう。

まぁ良い。


「平凡太よ。貴様に俺の魔力の一部を授けよう」


「え? そんな事、出来るんですか?」


「出来るかどうかではない。やるしかないのだ!」


「……(何でこの魔王様、こんな切羽詰まってるんだ……)」


 グルオが止めるより早く、俺は動いた。


「魔力譲渡! マフリクマホリタ、ヤンララヤン!」


「「呪文ダサいです、魔王様!」」


 瞬間、全身の力が抜け落ち、俺は生まれて初めて地に膝をついた。


「う、うぐぅ」


「魔王様、何という事を……!」


「力が、力が溢れてくる……!?」


 今まで感じた事の無い疲労感、倦怠感、つらたん。

逆に平凡太は、自身にみなぎるかつて無い力に困惑しているようだ。

ふらつく俺をグルオが支えた。良い奴。


「ま、魔王様! 大丈夫ですか?」


「だいじょばない……」


「……ちょっと待って下さい。魔王は俺、なんですよね?」


 平凡太が、意味深な笑みを浮かべる。

黒いオーラが奴の周りに集まり、禍々しい魔力を放ち始めた。

もはや気配は人間のそれではない。

曲がりなりにも魔族頂点の俺の力を渡したのだ。

当然の変化とも言えよう。


「そうだ。貴様には俺の跡を継いで、俺の代わりを勤めてもらう」


「俺に指図しないでくれませんか? 元、魔王様」


 自信に満ち溢れた様子で、平凡太は妖しく笑った。

え?

何こいつ。

何で急に上から目線?


 グルオがそっと能力計測器を起動し、俺達に向ける。


「魔王様、レベル82。平凡太、レベル19」


「えっ」


「まぁ妥当だな」


 どうやら平凡太は、俺より強くなったと勘違いしていたらしい。

そんな都合の良い展開、あるわけ無いだろう。

俺が譲り渡したのはあくまで魔力の一部。

レベル18の分だけだ。


「つかお前、レベル1だったのか」


「うぐぐ……調子乗ってすみませんでした」


 土下座して謝る平凡太に若干引きながら、俺は恩情を与える。


「良いな、異世界転移したからといって、好き勝手して良い訳ではないのだ」


「は、はい……」


 後ろの方でグルオが「好き勝手してるのは魔王様です」と呟いていた気がしたがそんな事はなかったぜ。


「責任を持ち、城を守り、城の美化強化に励むのだ」


「? は、はい」


 やはり後ろの方で「いや、責任を押し付けてるの魔王様」という声が聞こえた気もするが気のせいだろう。


「子犬を救った思いやりの心、忘れるでない。必ずや城の綺麗さを維持せよ」


「は、はい!」


「……」


 これで良し。

ドヤ顔でグルオを見ると「もう勝手にしろ」といった目を向けられた。


「ではグルオよ。今すぐ三代目魔王の誕生の報を配下達に知らせるのだ! あと俺の引退の報もだ!」


「はぁ……分かりました、魔王様」


 渋々とグルオがインプ達に急報を伝える。

暫くは城内が慌ただしくなりそうだ。


「魔王様の代わりに、城を守る……魔王として、城の美化……城を綺麗に……」


 平凡太は何やら決意を新たにしているらしい。

根が真面目なのだろうな。良い事だ。


 こうして俺は、無事(?)魔王を引退する事に成功した。

 ちなみに鏡やガラスの破片を捨てる時は、新聞紙で包んでから捨てましょう。

「ガラスだよ」と分かるようにメモを付けておくと、回収する人達も安全です。


 よくビニール袋にダイレクトインして捨てる人がいますが、袋から突き出た破片に気付かず手を突っ込み、怪我をした作者がここにいます。


 分別は自治体によって変わるのでよく確認しましょう。

「魔王様との約束だゼっ!」

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