2、掃除道具四天王の一角、その名は重曹
カロンが不思議そうに見上げてくるが、いつもより俯き気味だ。
とんがり帽子に顔が隠れてよく見えない。
「カロンよ。まずはマッチを使わず火をおこせるようにせよ」
「で、でもそれだと全然威力が無いし……」
ぼそぼそと話すとはらしくない。
元々戦力を期待して仲間にした訳ではないのに、今更何を気にしているのやら。
「威力が全てではない。グルオだって温風魔法のように、威力の弱い魔法を実生活に有効利用している」
「はぁ……」
まぁ奴の場合は威力を調節して使っているのだが、ここは黙っておこう。
「弱くとも火がおこせるなら湯を沸かせるし、焚き火にも使える。人の評価など気にするな。腐らず、練習あるのみだ」
あ、俺今凄く良いこと言った。
ザザーンと響く波の音をBGMに、凄く良いこと言った。
俺の励ましに感銘を受けたのか、カロンの涙腺が決壊し、うわ……
「ま、マオ゛ーざぁぁん……!」
「あ、ごめんちょっと離れて」
ボロボロ涙を溢しながら両手を組み俺を崇める。
それは別に良いが鼻水、鼻水! 汚い。
「わだっ私、頑張りまずぅぅ……」
「グルオ今すぐカムバックゥ……」
ズビビと鼻をかむその姿は、やはりヒロインではなくマスコットキャラだと確信する。
その後何をするでもなくボケーーっと二人で海を眺めていると、どこからともなくグルオが戻ってきた。
「ここにいたのですね」
「すまぬ。元いた場所が騒がしくなってな」
「そのようですね。凄い騒ぎでしたよ。痴話喧嘩らしいですが」
「ヘーソウナンダー」
キッカケを作ったのが俺だとは口が裂けても言えぬ。
グルオはチラリと鼻の赤くなったカロンを見たが、特に何も言わず「こちらです」と宿に向かって歩きだした。
これは……触れない優しさなのか、いつものスルーなのか判断つかぬぞ。
ともあれ俺達はグルオの後に続いてイヨイヨの港町を歩く運びとなった。
「ふむ、確かに活気のある町のようだな」
……というより豪気な者が多いというべきか。
大通りは商店が並び、客寄せの声が飛び交っている。
店員は男女問わずガタイが良く、客も冒険者風の者が多く見られた。
町が元気なのは結構だが、どうにも雑多な印象である。
俺の好みではない。
「まるで祭りだな」
「これが日常のようですね」
「毎日パーリーなんてステキですねぇ」
物珍しそうにキョロキョロとするカロンの様子に少し安堵する。
元気になって何よりである。
宿屋は大通りから一本曲がった所にあった。
石造りの宿屋だが、潮風のせいか痛みや汚れが目立つ。
「外見は綺麗ではないな……」
「我が儘言わないで下さい。中はまぁまぁ綺麗でしたよ」
「マジか」
見た目だけに捕らわれてはならぬのは人も建物も一緒なのか。
グルオの言う通り、客室はなかなかに綺麗な所だった。
しかし、掃除屋の目は厳しく光る。
「ベッドと水回りは特に問題ありませんね」
「じゃあもう良いや。他は特に触らないし」
「……しかし窓が気に入りません」
「窓?」
別に開けるつもりないし良いじゃん、と思ったが黙っておく。
グルオ先生に口答えは厳禁なのだ。
「窓ガラスは及第点です。問題はサッシ! 塩害でサビとカビだらけです!」
「カビは困る!」
思わず叫ぶ。
カロンが驚いているが、俺だって驚いている。だってカビだぞ!?
カビ菌が体内に入ったら、などと考えるだけで恐ろしい。
「サッシの汚れは放っておくとどんどん腐食します」
グルオは口を動かしながら圧縮魔法鞄(掃除用)からスポンジや液体の入ったボトルやらを取り出す。
「サッシ掃除には水で薄めた洗剤やクエン酸、お酢など色々な方法がありますが、私は重曹厨なので今回は水で薄めた重曹を使います」
重曹厨って何だ、初めて聞くわ。
掃除屋世界ではそんなのあるの?
「はいっ、先生!」とカロンが挙手をする。
「重曹って、お料理に使えるやつですよね? 窓とかサッシに付いちゃって大丈夫なんですか?」
「アルミサッシでなければ重曹で大丈夫です。他にも重曹が使えない素材もいくつかありますが、今回は割愛します」
グルオが生き生きと解説する傍らで、カロンは熱心にメモを取っている。
真面目か。
俺は邪魔にならないよう椅子に腰かけ掃除が終わるのを待つしかなかった。
グルオの本業が一段落した所で、ようやく俺達は食事にありつける事となった。
ルームサービスのI.Y.I.Yサンドを頬張りながら今後の予定について話し合う。
ちなみにI.Y.I.Yはイカ、焼き魚、イクラ、ヨーグルトらしい。
冗談のような組み合わせだが食べられない事もない不思議な味付けだ。
「さて、魔王様。提案があるのですが」
「何だ? おかわりか?」
「違います。……魔王様、我々は現在収入がゼロなのはご存じですよね?」
「うわっ……俺の年収低すぎ……?」
「低すぎ所かゼロです、魔王様」
世知辛いものだ。
ってかグルオの奴、口元を隠す布を巻いたまま食事してるんだが。
地味に凄くないか、あれ。器用の化身かよ。
「いくら先代様のコレクション売却代があるとはいえ、このままではジリ貧です」
「何も言えねぇ」
と、ふざけてみたものの内心冷や汗ダラダラである。
しかし自ら父上のコレクションをこれ以上売らないと言ってしまった手前、どうしたら良いのか分からぬのだ。
「あの、仕事を見つけたらいいんじゃないですか?」
カロンがおずおずと手を挙げる。
グルオは当然のように頷いているが、残念ながら生まれも育ちもボンボンの俺には何をどうしたら仕事が見つかるのかも分からない。
「働くのは賛成だ。だが仕事とは主にどうやって見つける物なのだ?」
「私も詳しくは知りませんが、カロンなら冒険者について詳しいかと」
俺達は同時にカロンを見る。
急に注目されたカロンは「はぇ?」と間の抜けた顔で焼き魚を飲み込んだ。
「えっと、私も難しい事は分かりませんけど……大抵の冒険者は何かしらの連盟に登録したり、ギルドに所属してる筈です。私も卒業してすぐ冒険者魔法使い連盟に登録しましたし」
小難しい話は苦手だ。
グルオはフムフムと真顔で頷いているが、俺は黙っておこう。
沈黙イズマネー。
「それに登録するとどうなる?」
「えっと、ギルドや役場などで良い仕事を貰いやすくなります」
「なるほど。どこにも属さないと良い仕事が回ってこないのか……」
意外とクセになるな、I.Y.I.Yサンド。
イクラの食感とモッチリパンの夢のコラボ。
「誰でも登録出来るのか?」
「確か、名前と職業と、レベルが分かれば登録出来た筈です」
加入条件ザルか。
……と思ったが、このご時世、生年月日の分からない者や住所不定の者は珍しくないしな。
納得しながらモサモサと咀嚼していると、早くも食べ終わったグルオが手をはたいた。
「では、魔王様。食事が終わり次第、役場へと参りましょう」
「え、すぐに?」
「すぐです。善は急げです」
早食いは苦手だが仕方あるまい。
頑張ってモグモグタイムを早めていると、カロンが「あ、登録料は一人二〇〇〇エーヌかかります」と補足した。
「地味に高い!」
こうして俺はグルオに役場へと引きずられる形で冒険者デビューを果たす事となった。




