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1、絨毯の色落ちには気を付けろ

 高くそびえる岩山をくり貫いて作られた魔王の城。

常に雷鳴が轟き、周囲には毒の霧つが立ちこめる。


 その城の最上階にて、魔王は息子と臣下達に囲まれ、その生涯を終えんとしていた。


「息子よ……いるか?」

「はい、父上」


「息子よ……私は、もう長くない……」

「……はい、父上」


「……この先、何があっても油断はするな……経験値は、裏切らぬ……」

「……はい、父上」


「決して……勇者などにやられてはならぬぞ」

「はい、父上!」


「お前は、二代目魔王として、魔物を率いるのだ……魔族の未来はお前に」

「あ、それはお断りします父上」


「え? ちょ待っ……」


 その言葉を最期に魔王(父上)はこの世を去った。

その後、臣下達に無理やり二代目魔王として君臨させられた俺は、今日もむくれたまま玉座に座る。



「魔王様、ぜひ私にお申し付け下さい」


 俺の前に跪くのは俺の忠実なる(しもべ)にして城一番の掃除屋(スイーパー)、グールのグルオだ。

一見端正な顔立ちをしているが、口を覆う布の下には耳まで裂けた口が隠されている。


「お前の腕は信頼している。しかし今回の任は流石のお前でも……」


「問題ありません。必ずや()()を消してご覧にいれましょう」


 グルオが自信に満ちた目を向ける。

そこまで言うなら、俺はこいつを信じるしかない。


「……では、頼む。無理はするな」


「はっ!」


 言うが早いか、グルオは懐から液体の入ったボトルと白い布を取り出す。


「時間がありません。今、ここで終わらせます!」


 グルオは玉座の間に敷かれた絨毯をめくり、タオルを下に敷いた。


 手早く液体を絨毯の汚れた部分にかけ、別のタオルでトントンと叩く。

汚れはすぐにタオルに移り、白かったタオルはみるみる緑色に染まっていった。


「汚い! さすがスライム汚い!」


「まぁまぁ、スライムに悪気はありません」


 新人スライムが転んで付いた絨毯のシミが、面白いように消えていく。


「その液体は何だ?」


「中性洗剤を水で薄めた物です。付けすぎると逆にシミが広がる、危険なアイテムでございます」


 喋りながらもグルオの手は止まらない。

ぬるま湯で絞ったタオルで仕上げ拭きする頃には、緑色はすっかり消えていた。


「色落ちもしていない……だと……? 本当に汚れだけ消えたのか。あの頑固な汚れが……」


「喜ぶのは早いです、魔王様」


 絨毯を温風魔法(ウインド)で乾かしながら、グルオは懐から何かを取り出す。

白い粉のようだ。

コムギコカナニカカ?


「重曹です、魔王様」


「? もう汚れは消えたではないか」


「乾いた絨毯に重曹をかけると消臭効果があるのです」


「な、何だってー!?」


 さすが我が城一番の掃除屋。

見える汚れに囚われず、消臭にまで拘るとは侮れぬ男だ。


「後は暫く置いてから吸引魔法(バキューム)で吸うだけで完了でございます」


「さすがグルオだ! その調子でこの城全体を北欧モダンかフレンチカントリー調に模様替えしてくれ」


「それは専門外です、魔王様」


 丁寧に頭を下げるグルオに、少し申し訳ない気持ちになる。

……いや、でも待て。


 俺だって毎日色々我慢している。

たまには我が儘言ったって良いだろう。


「あぁ、綺麗な場所に引っ越したい……むしろ魔王辞めたい。潔癖症にとってここは地獄だ……」


「……口を慎み下さい、魔王様」


 流石に睨まれたが、溢れ出る俺の不満はもはや誰にもやめられないとまらない。


「大体岩山の城って、まるでドワーフじゃないか。天井、岩。壁、岩。床、岩。……岩、岩、岩! 殺風景すぎだろ! ここは牢獄か!」


「……まぁ、気持ちは分かりますが……」


「それにコウモリは多いし虫は多いし。コウモリの感染症怖いし、蛾なんてリン粉撒き散らすし!」


「魔王様、毒に耐性ありますよね?」


「岩中隙間だらけだからゴキブリだって入り放題! ゾンビは腐った肉落とすわグールは人間の死肉落とすわ」


「私は落としませんよ」


「知ってるよ! お前以外のグール()!」


 グルオの人間アレルギーは有名だ。

人肉を食うと痒みがでるらしく、絶対に人を食べないのだ。


「掃除だって本当は自分でしたいのに、みんな止めるし!」


「魔王様に掃除をさせる訳には参りませんしおすし」


「そもそも俺は魔王になる気は無かったのだ! なのに父上が勝手に……」


「まぁまぁ、仕方のない事です」


 グルオはそう言って装備(掃除道具)を整え始める。

どうやらまだ仕事があるらしい。

ちっ、つまらんが仕方ない。

今以上に城が汚くなるのは堪えられん。


「では魔王様、一階の落とし穴(トラップ)の掃除に行って参ります」


「あ、あぁ、終わったら手を洗えよ」


「……手袋は着用してますが、承知しました」


 グルオは深々と頭を下げて玉座の間を出て行った。

ぽつん。


「……やる事が無い……」


 暇をもて余した俺は魔法鏡を取り出す。

魔法鏡は異世界の様子を覗き見る事ができるのだ。


 もう一度言う。


 魔法鏡は異世界の様子を覗き見る事ができるのだ。


……ここでイヤらしい事を閃いた奴、正直に言いなさい。

俺は魔王だから怒らない。

決して怒らない。


 さて、今日は一体どんな世界が映るのか……


「こ、これは……」


 鏡には、初代魔王の父を亡くした二代目魔王の男が映し出されていた。

彼は堅実に生きるという夢を叶えるために城を抜け出し、勇者とフレンズになり、なんやかんやで勇者と共にパン屋と小麦畑の共同経営をしていた。


「ほぅ、この二代目魔王は夢を叶えたのか……」


 一度は魔王という立場から逃げたインドア派の彼が、勇者と共に自らの手でパン屋の夢を掴む……


 なんて……


 なんて……


なんて浅はかな(めっちゃ羨ましい)!」


 決めた。

俺も彼に続いて夢を叶えようそうしよう。

ちなみに俺の夢は、汚い魔物が入って来ない、掃除のしやすい広さの綺麗な家(庭付き)で静かに暮らす事だ。


 しかし問題がある。

こっそり城を抜け出したとしても、行くアテがないのだ。


 俺は野宿なんて出来ない。

宿に泊まろうにも、この山羊のような角が生えた禍々しい姿では、いずれ勇者又は冒険者と戦闘になってしまう。

戦うなんて汚れる事、絶対に無理だ。


「参ったぞ。まさか物語が始まる前に詰んでしまうとは」


 俺は頭を抱えた。

ここまで結構な文字数を使ったというのに、まだ何もしていないとは情けない。

よし、まずは落ち着いて問題を洗い出してみよう。


 まずは俺の夢だ。

夢のマイホーム。俺だけのマイホーム。

叶える手段は二つ。

購入するか、自分で建てるかだ。


 金ならある……いや、俺の金は国の金。

国の金を勝手に持ち出すのはアウトだろう。

……もしかして、俺、自分で好きに使える金って無いのでは……?


「認めたくないものだな、自分自身の、若さ故の文無しというものを」


 ふと壁に掛かったダークソード(父上の剣)が目に入る。

閃いた!

俺は父上のコレクション部屋に向かう。


「これと、これはいくらになるだろうか……」


 出るわ出るわ、宝の山だ。

埃や蜘蛛の巣が不快で堪らないが、俺はめげない。


 とりあえずすぐにでも売却出来そうな品をいくつか見繕った。

ダークソード(命名、父上)にシャドウシールド(命名、父上)、ブラッドメイル(命名、父上)に、ヘルクリスタル(命名、父上)……以下省略。


 父上厨二病説に涙しながら、俺は次の手を考える。

流石にこれを売っただけで家を買えるとは思えない。

ともすれば、これを元手に働いて稼ぐしかない。

だが魔王が働ける場所なんてあるのだろうか。

仮住まいすら見つかるかどうか怪しいというのに。


 俺がグルグルと悩んでいると、グルオが戻ってきた。

 読者様の中にもっと効率的なスライム系モンスターの汚れの落とし方を知っている方がいらっしゃいましたら、グルオさんにご一報下さい。



 ちなみに、作中にあった別世界の二代目魔王は、同作者の短編で読めます。

安心して下さい、宣伝ですよ。

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