第八十九話 自分の死
「急な事で申し訳ありません」
「謝る事じゃない本庁の仕事だ。……むしろ今まで良くしてくれたと言いたい」
佐世保総監である宗像海将は石のごとく厳つい顎をさすりながら粉川と向かい合っていた。
四角四面の総監室には宗像と粉川以外はおらず、外は朝の課業が始まり足音が響いている。
三が日を曇らせた天気も、今年初の晴天に恵まれていた。
「僕は現場働く隊員を信じています。本庁もそうであると言い切れます」
「わかっている」
いつになく真剣な粉川の顔に、宗像は苦笑いをした。
今日、この佐世保基地までイージス艦『こんごう』の内部調査官として乗り込んでいた粉川が本庁へと戻る。
もちろんお役御免での帰参ではなく、不審船事件の決着という落とし処の話し合いに現場サイドの証人と検証者を兼ねて出席をするためだ。
本来なら間宮艦長も証人として呼ばれる所だがリムパックに向かう最終調整が始まっており現場サイドからのたっての要望と、粉川の尽力により事なきを得ていた。
宗像は大事なこの時期に、本庁調査部の譲歩案を飲まなかった粉川に本心から感謝していた。
「取り調べの調書などは海上保安庁の持っているもので十分です。後は僕が本庁に向かい……けりつけてきます」
ごり押ししてでも間宮を出席させたかったのは海上保安庁の方を退けたのは粉川の尽力だけではなかった。
本庁も日本防衛の大任を持つ艦長の大事な時を奪うことを阻止する提案に難渋を背負って押し、ついに互いの庁内で話しをつける事になった。
事件とは別の決着にせわしいのは、あまり良い事ではないがいつまでもこの件を引きずりたくない防衛庁。
『こんごう』に乗り込む全ての自衛官が、さっぱりと決着の付いた形で後顧の憂いなくMD実験に参加できる事を考えたぎりぎりの攻防だった。
「間宮くんは今回の件について「必ず結果で返す」と言っていたよ。本当に色々と世話してくれた事に感謝する」
「いいえ、僕は公平にあの時あった事を話すだけです。そこに私情はありません」
私情はない。
そう前置きはした。
海自、事務方と現場というフィールドの違いはあるが同じ組織の人間でもある。
それをうがった見方をすれば、仲間を守るための人選であり証人とも言える。
「色々なご尽力があるうちに『こんごう』は南の島に向かう事になるな」
宗像総監は反射する波に目を細めて、せわしなく課業にいそしむ隊員達を見ていた。
窓から向こう、早朝最初の時間に護衛艦『いかづち』が碇を上げると、湾に白い線を引いて外海へと出て行った。
まだ一月、でも変わることのない任務と、変わらない脅威に対する警戒が続く。
『こんごう』もまた日本防衛の底力を立証する試験を兼ねて南の海に出て行く、佐世保にいるのも後10日程だろう。
窓から見る艦艇の姿に目を細めている宗像。
その背に粉川は人なつっこい笑みを浮かべ頭を掻いて言った。
「その事なんですが、僕は『こんごう』と一緒にリムパックについて行くことになりそうなのですよ」
「そうなのかい? 時間が厳しいのでは?」
「いえ、厳しいのは人選の方みたいで、春になれば新しい人事もありますし」
一瞬だけ顔を合わせた宗像は首を縦に何度か、うなずくようにして見せる。
試験には専門職も何人かついて行くだろう、データを採り実証の真価をさぐる者達とは別に粉川は行く。
「広報を兼任か、君は信頼されているのだな」
「信頼されているかはわかりませんけど、遠出ですから。独り身でそこそこ船になれていた方が良いって事みたいですよ」
「おもしろい事を考える人がいるものだ」
「ええ、上司の佐々木から……「一年間こき使う」と、新春のありがたいご挨拶をいただきましして」
相変わらずの粉川の処遇。
だが宗像にはわかっていた、いや粉川本人もうすうす気がついている事だろう。
そういう台詞の裏にある利便性。
そういう風当たりを利用した人の動かし方。
海の男一直線で、熱血精神で励んできた宗像にはまねの出来ない策士の姿。
「羽村さんは来年には退官だろう。後始末のきれいな人だ、心配事は春には無くなっているか」
突然出てきたトップの名前、しかし総監ほどの人になれば期生という横繋がりもある。
「局長をご存じで?」
「ああよく知っているよ。向こうの方が5つ上だが、色々とおもしろい人だったからね」
「そうですよね、本庁でも煙男とか……」
「はっはっはっはっ、色々な意味で煙男な人だからな。あの人が舞鶴総監だった頃に」
そこまで口にして宗像は硬かった顔を溶かすように笑顔を見せた。
「そうだ舞鶴にいた頃もそうだが、いろんな事で世話になった。粉川くんの父上とも舞鶴でお会いした事を思い出したよ。お元気かな?」
ふいに切り替わった補題に粉川は少しだけ間を置いていた。
普段の会話なら何事もなく受け答えする方だが、父の話になると語れる話題が少ない。
「……父は、はい、元気です電話ですけどちょうど三ヶ月程前に連絡をとりまして。父は舞鶴に勤めていた事はなかったのですが何かの催事でお会いになったのですか?」
語れる事が少ない以上、聞くしか無い。
そう判断した問いは意外な答えを引き出していた。
「催事ではないよ、個人的にいらっしゃっていてね。『あまつかぜ』の最後の見送りをなさりにね」
「『あまつかぜ』?」
『こんごう』から聞いた話に出てきた絆への道を探した原点の魂。
その名前に関係する人物として父の名前を聞くことになるとは思わなかった。
「父上は敗戦後初の海外艦艇との演習であるリムパックに参加なさっただろう、その時に乗艦しておられたのが『あまつかぜ』だったそうで……、日本のDDGの基礎となった船だ。名残惜しかったのだろうね。よく働いてくれたという感謝もあっただろう。実艦標的として最後の勤めにでるのを見送りにいらっしゃっていたよ」
「親父が……『あまつかぜ』に乗っていた。知りませんでした」
聞かなかった事実。
父とはあの日、心を分かたった関係になった。
母の死から、どこか溝のある親子だった。
だから父親がどこで勤務しているかなど、聞くような事ではなくなってしまい事件当日何をしていたかなど今まで知ることもなかった。
少々の驚きで額を押さえた粉川は、今まで聞かなかった事の中に偶然とはいえ出てきた『あまつかぜ』の名前に何か因縁のようなものを感じていた。
「あの出発まで少し時間があります、よろしければでいいのですが……その時の父の事、お話していただけませんか」
踏み込んだ。
質問としてはたいした事ではなかったが、今まで触れようとしなかった父の影に足を入れた。
粉川の珍しく硬い表情に、宗像も少しの驚きを持っていたが深くは考えなかった。
かまわないという柔和な態度で、手を広げて着座を促す。
「年寄りの思い出話になってしまうが、たまにはいいだろう」と茶の支度をさせ、あの日の話を始めた。
粉川が宗像の会話に入っていた頃、『こんごう』は朝の課業を終えて図書室に飛び込んでいた。
調べたい事はいろんな方面から徹底的にという持論に基づき、かき集めた本ほ『あまつかぜ』のデスクにのせた所で、思わぬ相手からの思わぬ報を知らされていた。
「今後それを調べる事を許可されない事になったわ」
昼には遠い日差しの下、少しの光が入り込む図書室で、『しまかぜ』はデスクに本を山のように積み上げていた『こんごう』に向かって、悲しく下がった眉で告げていた。
「それは護衛艦隊司令部の正式な命令ですか?」
「そうね、いずれそうなるわ。だからもう止めなさい」
自分を見返す妹の顔に、目線を泳がせた『しまかぜ』力の無い声で続けた。
「結局ね、そういうものにすがろうとしていただけなのよ。だけどそれはもう私達に必要なものでは無くなってしまったの」
ため息と諦めた声。
「正式な命令となれば考えます。それでも私個人は調べる事を止めたりはしません、そんな事より聞きたい事があります」
弱っている姉の姿は確認していたが、『こんごう』は言葉を選ばなかった。
昔自分をやっかんだ者達をはねのけて来たような、攻撃的で硬い意思の声はそのまま近づき『しまかぜ』の肩をつかんでいた。
「どうしたのですか? あれほど『あまつかぜ』姉さんの日記を探していたのに……」
「どうもしないわ、それが恐ろしい事だったのに気がついただけよ」
つまれた肩を振り払い、山積みの本があるデスクに駆け寄った。
『あまつかぜ』が使っていた古ぼけたデスクを見る目は虚ろに彷徨っていた。
繋がりは大切な事と信じてきた昨日までを無徹底的に糾弾されて落ちた奈落は深かった。
海溝から首を擡げるように、よからぬ考えに至った言葉が朽ちからこぼれ出ていた。
「『こんごう』もう知っていると思うけど、戦艦金剛は台湾海峡で沈んだの、魚雷を二本受けて」
「知っています」
「いいえ、貴女は知らない」
カーテンから入り込む光を背に、うつむいたままの『しまかぜ』の声は、闇から這い上がるどす黒い気持ちを反映させていた。
顔は見えず、口元だけが否定の後を続けていく。
「貴女はね、撃たれて沈むという恐ろしさを知らない」
「それは現在を生きる私達は誰もしらない事です」
「そうよ、誰も知らない、知りたいなんて思わないそれを探したいのかって事よ。魂を引き継ぐという事は、その痛みも恐れも引き継がれるという事になるのよ」
まっすぐな目で自分を見ているであろう『こんごう』を決して見ない顔は、自らの手を前に出して笑っていた。
「知らないでしょ、攻撃を受けて沈む苦しみなんて。戦艦金剛は魚雷を受けた後……人の不手際と艦齢を越える酷使によって二時間の間を蝕まれ爆沈したのよ。耐えがたい苦痛を思い出したくないでしょう。全ての艦がそれを望まないでしょう。だからもう止めにする事にしたの」
昨日『ひえい』に言われるまでは、まだ薄暗い道を歩いていた。
どこかにすがれる希望もあるはずだし、『あまつかぜ』の正当な後継者としてそれを伝える役目もあると信じていた。
だが今日までなんの成果も得られなかった事は、この三ヶ月で嫌と言うほど知らされていた。
「貴女ではダメ」
そう言ったコーパスクリスティー。
「逃げている人」
『はるさめ』にそう釘を刺された。
事実いつの間にか逃げていた。
その理由を知ってしまった。
怖かったのだ、『あまつかぜ』を撃ってしまった自分という大きな楔から、逃れる事のできない運命を。
自分から危険な妄執にとらわれ、姉を撃った最悪の記憶と更にそれ以前の自分だった者島風の記憶が、我が身に戻ってくる可能性に気がつかされてしまった。
「ねえ『しまかぜ』、引き継がれる魂があるのならば、次に生まれてくる『あまつかぜ』に貴女はどんな言い訳をするの?」
昨日の殴打以上に心をたこ殴りにした言葉。
眼鏡の向こう側に光る憎しみは、真実以上に迫力があり弱っていた心を抉り握りつぶすには十分だった。
『あまつかぜ』を撃った自分、勤めとはいえ、いやもはや勤めだったからという思いさえ消えてしまっていた。
「生まれたばかりの魂に、どんな気持ちで撃ったのかって聞かせたらいいわよ。答えを探す以上それは貴女の責務だわ、任務でしたと清々しく答える姿を見せなさいよ」
歯の震える言葉に、考えたくない未来が過ぎっていた。
もし、魂の引き継ぎがあって『あまつかぜ』が自分のいるこの世に戻ってきたら……
小さな姉の顔はもう見えていなかった。
闇の中に沈む姿、生まれては消える命。
もたらされる厳しい現実によって、探していた光の道はもう見えなくなっていた。
「死の記憶を引き継ぎ生きろなんて、昔もそうだけど今はもっと無理な事なのよ。もう止めましょう、止めて今を一生懸命いきましょう。それでいいのよ。私達には面前の恐怖がある、それ以上の脅威を背負う必要などないのよ」
「何を恐れているのですか?」
沈み続ける『しまかぜ』の肩は、力強い妹に引き上げられていた。
真正面に会わせる青く輝く目と、その中に光る八角の赤いライン。
「姉さん、そんな事が怖いのですか」
「怖くないの? こんな恐ろしい事があるのよ」
目の焦点を無くした涙で、弱った姉は『こんごう』に縋っていた。
「恐れてなどいません!!」
つかんだ手に力が入る。
「姉さん、帝国海軍の姉さん達は私達に伝えたかった事があったのです。私は必ずその為の絆を、引き付くべき魂を見つけると誓いました!!」
「止めて……お願い止めて、私は耐えられない」
「耐えられない? そんなものじゃなかったはずです。そんな簡単に諦められるようなものではなかったし、その苦しみは受けるに値するものだと信じています!!」
『こんごう』を支配している感情は怒りではなかった。
だがその力に乗った発言を『しまかぜ』は受け入れる事が出来なくなっていた。
自分では届かなかった想いの道に、強い一歩を踏み込んだ妹が眩しすぎた。
「どうしてそんな事がわかるのよ!! 撃ったこともないくせに!!」
「姉さん……」
つかまれていた肩を振り払った。
色々な想いが、いつも微妙なバランスのパズルの上に成り立っていた。
届かないと思いながらも、その光が今の自分を成り立たせていた。
なのに自分には与えられていなかったという失念は、容易な怒りを呼び起こしていた。
「ねえ、だったら私の最後の時は貴女が撃ってくれるのよね。『こんごう』!! 私を撃って、私の最後を見つめて、また生まれる私にそれを話してよ。今したように、恐れてなどいないと……、そう言いなさいよ!!」
「言いましょう、必ず」
揺るがなかった。
水の記憶の中で、どんな苦境に遭っても姉達は自分達の生きた記録を残そうとしていた。
それを知らせようとしていた。
魂を引き継ぐという事が、どこまでを知らせたい事だったのかはもはや当初言われていたこととは別次元にあった。
生きながら死ぬという非業な行く末にあっても心を残す道を選んだ涼月。
蔵書の多くを次の世代へと頼み逝った常磐。
帝国海軍最後の時まで多くの姉達が間違いなく思いを伝えようとしていた。
「必ずやまたこの国にて相まみえようぞ」
最後まで強き姉として君臨した敷島の言葉は胸の中にしっかりと残っていた。
「それが貴女の願いならば、必ず私は叶えましょう」
振り返らない強さに、『しまかぜ』は逃げ出していた。
自分の弱さを再確認する程に、『こんごう』が『あまつかぜ』の残した希望に一番近い存在になった事をとても受け入れられる事ではなく、混乱の心を抱えたまま、『こんごう』の手から逃れ、ただひたすらに走り逃げたしていった。
「姉上は、それが恐ろしい事だから許せないのですか?」
執務室にて『くらま』と対面に座った『ひえい』は長いタバコを吹かしながら、何を考えるでもなく惚けた目で外を見つめていた。
「誰にとっても恐ろしい事なのよ、誰かの艦生を踏襲するために私達は生きているわけではなでしょう。考えなくてもわかった事だわ、それは不必要で無駄な事だと」
多くを語ろうとしない目に『くらま』は釘だけを刺した。
「発令は四大司令艦の議論なしにはなされません、事を大きくしないよう気をつけてください」
「わかっているわ、もうどうだって良いことになったから……」
目標は達されていた。
少なくとも『あまつかぜ』の影を追った『しまかぜ』を黙らせる事はできた。
自分の死までにそれを蒸し返す者はいない、安直な安堵の中に『ひえい』はいた。
「あの日は三月だっていうのに、やけに寒い日だったな」
邂逅の始まりは季節外れの底冷えを体験した所から始まっていた。
総監宗像は当時自分が艦長をしていた艦とともに舞鶴に寄港し、重大な任務に就く直前だった。
実弾を使った攻撃試験、その実艦標的が日本国において長く防衛の任についた初のDDG『あまつかぜ』だった。
「ずいぶんと錆びてしまっているな」
朝一の静かな海に浮かぶ『あまつかぜ』を見た感想はそれだった。
感想以上に、退任によって一瞬で色あせたような灰色の艦体に、少しの寂しさを覚えた。
長くこの国に尽くした艦は最後の勤めに出るための見送りに囲まれていた。
多くの将官と、ブラスバンドと、隊員達に。
静かすぎる水面に浮かぶ艦に多くの者達が経緯を表していた。
日本海からの冷えた風に襟を立てて寒さをしのぐ粉川准将もまたきれいに整った制服姿で立っていた。
壮年にふさわしく白髪になった頭、その上にしっかりと制帽をかぶり実艦標的として細かなストライプと数字の入った『あまつかぜ』を見つめていた姿に宗像は珍しい客人だと声をかけていた。
「今日はお休みなのでは? といいますか、横須賀からいらっしゃったと聞きましたが」
粉川准将、背広組の砲へと道を進ませず横須賀で教鞭を執るある意味現場一筋の男の宗像とは、海とは別の現場人間として良い印象を持っていた。
「ええ休暇をいただき見送りにまいりました」
互いに挨拶を交わした後、准将は静かな声で続けた。
「海外に一緒に行った艦なのですよ、日本を代表して」
「最初のリムパックに、ご乗艦なさっていましたか」
皺の多くなった目が優しく輝く。
「ええ、思い出深い艦なのでどうしても見送りをしたくて、無理を言ってやってまいりました」
礼儀正しい准将の言葉に宗像は感動していた。
苦楽をともにした艦を送りたいのはどの自衛官も同じだった。
だが海の男の勤務はせわしい、年次や隔年で艦艇を乗り換え次々と新しい職務を果たしていく中で、心に残る艦は少なくなってしまう。
その中で忘れられない艦として、見送りのために休暇をとり第一種礼装を纏ってやってきた准将に声がけ出来た事を嬉しく思った。
今は錆つき、砲身もミサイルもなければレーダーも撤去されている寂しい姿だが、この艦が出来たとき、初めて姿を見たときの感動は忘れられないものだった。
『あまつかぜ』は日本防衛の要として虎の子の攻撃艦として孤独の11年を戦い、次のDDGが充足されてからも多くの働きをした艦だった。
「私は乗った事がありませんが、確かに忘れられぬ艦ですね。良く働いてくれました」
「本当に良く尽くしてくれました」
「もしよろしければ、思い出などを一つ話していただけないものかと」
宗像はこの時、後に自分がその息子に同じように質問されるとはおもわなかったが、そう聞いたと笑った。
「全てが大切な思い出です、どこかを切り出す事など出来ないほどに」
思わぬ返事だった。
だが優しくはにかむ笑顔は続けていた。
「初めてハワイに行ったとき、色々な想いがこみ上げました。かつて自分の父もハワイを目指しました、大戦のきっかけとなった戦いに向かうために。今は私がそこに向かう」
大戦後の初めての海外遠征。
そこに飛び出してきた士官の多くは、繋がりなのか父を帝国海軍の持つ者が多かった。
「気負った気持ちの中でたくさんの演習と、新しい気持ちを作る大切な時間をすごしました」
古いわだかまりを個人レベルで削除するのは難しい。
だが新しい形の組織として生まれた以上、そこに従事するものとして後ろ暗くなるものを投げ捨ててでも脱皮しなくてはならない時がある
「一丸となって、成果を挙げよう」
それが目標だった。
負けた国から、様々な問題を抱えて参加したリムパック。
演習にまで過去を抱え込まず、まっすぐに今の日本をまもる不安のない力である事をしめしてくれた『あまつかぜ』とその乗員達。
「私達の心を、その行く先を示し育ててくれたすばらしい艦でした」
胸を振るわせる満点の想いを宗像は受け取った。
「准将はどちらかというと物静かな方だったが、あの時の言葉は忘れられない。だが君を見てそういう情熱的なものを心の奥底に持っていたのだなと……そう思ったよ」
湯飲みを握ったまま、あの日の思い出を簡潔に話した宗像の前で粉川は静かに聞いていた。
父は静かな男だった。
語る声を荒げる事もなく、声あげて笑う事もない人だった。
荒ぶる海を持たぬ人。
そう決めつけていた人の心をほんの少し垣間見た気分だった。
「そういえば、あの日私は若狭湾の演習場まで乗っていかないかと申し出た」
今思えば当然で、無粋な申し出だったとワンクッション入れると部屋にかかる艦艇の写真を見回して。
「まるで人間の女性に言うような情熱的な答えだった。忘れられない答え、こう言われたよ」
「いいえここで、美しい姿を送ります。彼女が逝きますから」
その目には薄っらと涙を、だが零さぬように絶えた顔を見せていた。
いろいろな想いが入り交じっていた事は察しがついた。
それは聞く側の粉川にもわかっていた。
『あまつかぜ』に乗ってあの海に行った父、帰らぬ人となった母。
父の心の中には、高波の日もあったという事実を今更改めて知った。
『あまつかぜ』という船と父の人生は大きく関わってきていた。
「そうでしたか、ありがとうございました。やっと少し父の事をわかった気分です」
一気呑みした茶の向こうで涙をこらえ口を曲げた粉川の顔に、宗像は吹きそうになりながらうなずいた。
「君はまだ隠しきれない所があるようだね、だがそれもいいと思うよ」
自分よりまだ若輩である粉川の肩を叩いた。
「そういえば准将はあの時真っ赤な日記帳を持っていたな、何かときいたら……「彼女の思い出です。私が持っておくことになりまして」と、変わった事を言われたが、あれは『あまつかぜ』の写真でも入っていたのだろうかね」
「日記?」
「そうだよ、准将の好みとは思えない真っ赤ものだったから覚えていた。写真が入っていたのだろう? 私の予想だが」
「いやあ、僕は今日まで父が『あまつかぜ』に乗艦していた事も知りませんでしたから、きっと乗務員の方達から預かったもの……」
「日記を探している……」
『あまつかぜ』の名前を聞いたことで頭の片隅に残っていた言葉は蘇った。
アイゼンハワーを迎えての歓迎会の時、『むらさめ』が言った言葉の中にさらりと入っていた日記。
あの時は、艦魂と人間の邂逅が特別な形で行われている事を知った時だった。
その話にすぐに移行して聞き流してしまっていたが、確かに言っていた。
「『あまつかぜ』さんが、書いたっていう日記を探しているのだ」と。
後の話は何も耳に入らなかった。
ただ礼儀正しく挨拶をして部屋を後にした。
触れなかった父の子とから、思わぬ名前と、艦魂達が探している日記というものを見つけたのではという思いが錯綜し始めていた。
同時それは、寡黙だった父の生き方に寄り添った船が居たのではという疑惑だった。
第六感は偶然では無かった今日までの出会いと出来事から、フル回転で答えをはじき出していた。
「親父は……『あまつかぜ』が見えていたのか?」
艦魂の階級ですが、今までは人間組織の形に合わせて考えてきましたが絶対に合わない部分が多数噴出したため、艦魂は独自の階級を持つという事にしました。
そもそも自衛隊組織のありかたを詳しくしりません。
たくさん知ると「それはこうでないといけない」という制約にもぶつかってしまいます。
なので引き続き小説をスムーズに書いていくためにも、艦魂が持つ階級は独自のものである事にしました。
現在の司令艦達を「四大司令艦」とし頂点を『しらね』、その下に3人という形で、協議制みたいな組織としようと考えますが、あまりしっかりとした設定を作る余話邸はありませんので、何かそのつど質問があれば書いていこうと思います。
それではまた。