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第八十八話 諸刃の剣

ひさしぶりです。

 水面を切る風の音は、冬に合わせた硬質な響きを小さく刻み込んで空へと戻る。

繰り返される波の音の下で、佐世保基地の日常は変わらぬ新年を迎えていた。

とはいえ基地である以上普通の生活を送る人たちとは違う。

艦艇勤務の隊員にゆっくりとした休暇がないように、魂たちも慌ただしい新春となっていた。


「何も言ってこないというのが……とてつもなく怖いんよ」

「別にいいじゃねーか、顔を合わせたい訳でもねーだろ」

「せやけど……」

 『いかづち』は天然でクルクルに跳ね上がった髪を帽子で撫でしつけながら、姉である『むらさめ』の前で唇をこわばらせていた。

一昨日この港には、災害派遣に出ていた司令旗艦『ひえい』が入港していた。

当初の予定では不調を来している艦体の定期検診も兼ねてそのまま長崎に入港する予定だったが、数日後を追って戻った『きりしま』の定期点検が予定通りに入っていたため、工場側の準備が整う少しの間、佐世保基地に逗留する事が決まったのだ。

 年末はアメリカ海軍の大型航空母艦アイゼンハワーが訪れ、擦った揉んだと騒がしい歓迎会に、旅立ちの見送りまでと気の休まらない日々を送った。

本当に少しの解放を得た後にやってきた大姉にして鬼より怖い『ひえい』司令

「近いうちにあると思うんよ、わてのおらんところで食事会になると……」

「いないなら怖い思いもしなくてすむだろ」

「せやけど、ご飯の事で誰かが犠牲になってまた何か問題が起こったらいややわ」

「飯に苦情とか? おまえがいない間だったら責任関係ねーだろ。そんな事考えられる博愛心がおまえにもあったんだなー、ねーちゃんうれしいよ」

 制服姿の妹の肩をポンポンと軽いノックで茶化す。

自艦から糸を解かれた『いかづち』に、早くいけと背中を押して残ったバースを見回す。

 護衛艦『ひえい』は現在立神のメインバースに横付けされている。

艦影からは不調の度合いはみられなかったが、入港したその日に『ひえい』は佐世保に詰める魂たちの前には立たなかった。

停泊に入る挨拶もなく、佐世保基地司令艦である『くらま』からは、長い勤務からの一時休息が終わった後に食事会を開く予定である事だけが連絡されていた。

「でもさー、いつもやったら顎あげて……こう言ったらあれやけど、偉様やでって顔で入ってくる人やん」

「向こうのエセックス司令も演習から戻ったばかりなんだぜ、年末まで詰めていた二人が疲れた顔をつきあわせて食事会でもあるめぇさ」

 アイゼンハワーが出払った今、本来の米軍佐世保基地司令艦であるエセックスは年末の任務を終えて帰投していた、ちょうど『ひえい』の反対側に並ぶ形で。

日にちは互いに一日遅れという僅差の中だった。

そのせいもあって迎える側の労苦を向こうも考えてくれたのか?

自分のいない間に『くらま』とアイゼンハワーが素敵な夜を過ごしていないかという疑心を表に出してつめよる気力もなかったのか、後日新年会もかねてという海自護衛艦側の挨拶を承諾していた。

「まあ、月末に向かって忙しくなっていくわけだし……おまえも今日から遠征だしなぁ、飯の事とは別口って事もあるから気にすんなよ」

出航に向けて内燃機関の音と振動が高まる甲板にたつ『いかづち』に『むらさめ』は敬礼した。

「まずは新春最初の訓練を無事に済ます事だな、こっちは艦艇見学会もあるし忙しいぞ。おまえはそれが終わったらリムパックに向けて最終点検もあるんだ、無事に帰ってこいよ」

 姉の気遣いに正しく返礼する『いかづち』

 三が日を越えた港はいつも通りの活気で、今年の活動を開始し始めていた。




 憂鬱を頭の中で膨らませた頭痛。

まとめ上げたアップの髪からほつれる乱れは、不調を如実に表しているようにも見えた。

身の中に黒いものを押さえ込んだ様子で『ひえい』は『くらま』と『しまかぜ』の前に座っていた。

「体調が優れぬならば、自艦にて静養されてもけっこうですが」

 執務室の分厚い机の向こうに立つ『くらま』はいつもとは違う海自の黒い制服姿で言った。

「それでは他の者に示しがつかないじゃない? うん?」

 めがねで隠した目は、妹が作り上げた旧軍ナイズされた部屋に嫌悪感を示していた。

古めかしい鎮守府の徽章を見るに、趣味でもそれを全面に出すことを止めてくれと言い出しそうな声を抑えていた。

うつむきに近い角度、薄く下弦の月を引いたように伏せたまぶたの下で全てを律した『ひえい』の強気な口調は続いた。

「米海軍との食事会は向こうの都合に会わせただけでしょう。明後日にでもセッティングしてくれてかまわないわ」

 いつにも増して張り詰める威圧的で棘を見せる顔は『くらま』の横に立つ『しまかぜ』を見る。

「相変わらず澄ました顔をしているのね。うん、『あまつかぜ』の日記の行方について何かしれたの?」

 突然の切り口だった。

普段なら『あまつかぜ』に関わる全ての事をタブーにし、発言を許さない相手の思わぬ口火に、二人の基地責任艦は動揺を顔に出してしまっていた。

「疲れているのなら余計に考えなくてよい事では? そのような事を口に上るのも……」

「黙っていて、あんたに聞いていないわ。『しまかぜ』に聞いているのよ」

 仲裁をする立場に一転してなった『くらま』を、いつになく静で冷静さを見せる『ひえい』の目が刺す。

「前から聞きたかった事なのよ、ねえ、答えてほしいのだけど」

 右手で頬を押さえ、斜に構えた顔は立ち尽くす『しまかぜ』に自分の前に座れと手招きする。

一方で『くらま』の顔は険しかった。

『あまつかぜ』の名に胸を押さえる恋人を思うと同時に、それが魂たちにとっての騒乱の元になる事を機具しているのは額に走る危機感に十分に現れていた。

英断を要するか、無理矢理でも話を断ち割るか、食いしばった歯を『ひえい』は見透かしていた。

「『くらま』、私はね、うん、私は護衛艦隊の事を思っているわ。今回の任務で生と死をたくさん見てきたわ」

 生と死。

間違いなくそれに関わる事が仕事の大半を占める護衛艦。

戦争がない事で今はそのもの事態が緩和された時だが、もしもの時がきたらそれは常に現実のものとなり、常に目の前にある事となる。

 今までそれ艦隊関係で程冷静な話をした事のなかった姉の姿に『くらま』は態度を改め、『しまかぜ』に着座するよう腰を押し、『しまかぜ』も命に逆らわず座った。

「日記はまだ見つかりませんが、調べた事についてはいくつか話せます」と。

「いいわ。今日は貴女のそれについての意見を聞きたかったのだから、それだけよ。意見交換といきましょうかしら? よろしい、ううん?」

 黒縁も細身のステーで組んだめがねの下に隠した目と、どこかに引っ張られるように意地悪く吊ったイメージのある唇は手元に置かれたティーを一口飲むと始めた。

「まずは、なぜあんたがあの日記を探しているのか、私には未だにそれがわからないのだけど……どうしてなのか聞かせてくれないかしら」

 不適にして不遜な上から目線の物言いはかわらなかったが、今までになく冷静に問いただす姿勢に『しまかぜ』は正直恐怖していた。

何より彼女がここに来るまでの間に色々とありすぎた。

コーパスクリスティーからの非難は、軍隊とはいえ平穏な時を甘受してきた自分を蝕んでいたと落ち込ませたばかり。

まっすぐに顔を合わせる事をおそれ、うつむきながら返事した。

「探しているのは……私たち魂の絆を知るためです」

「つまり、日記にはそれが書かれているという事なの?」

 『あまつかぜ』は生前そう言っていた。

絆はあるはずなのだと、だがあえてそう聞かれると本当にそうだったのかという疑念もある。

コーパスクリスティーに心底を見透かされる前ならば、熱に浮かれたように必ずあると拳を振るったかもしれないが、今強く言い切ることは出来なくなっていた。

「おそらく……」

 言い渋るような『しまかぜ』の態度に『ひえい』は苛立つだろう。

『くらま』はそこで話をお開きにしようと考えていたが、今回の『ひえい』は違った。

自分と目を合わさない『しまかぜ』の前で、つまらなそうの尖らせた口のまま続けて聞いた。話を終わらせる気はないと強い口調で。

「ねえ、『しまかぜ』、魂の絆ってどういう事なの? 私が以前聞いたそれは……同名同種の艦が持った記憶や記録を引き継ぎ、同じ魂として生まれる事だと? そんな感じの事を聞いていたけど、実際そうなのかしら?」

 かなり踏み込んだ問いだった。

護衛艦『ひえい』は、現行の護衛艦隊の中でもっとも帝国海軍を嫌っている魂として有名だった。

「そのものが引き継がれるという事なのか? それとも一部が継がれるのか? このあたりをはっきりとしておきたいのよ」

 自分の言動に眉をひそめる『くらま』を感じていたが、聞くことを止めようとはしなかった。

一言一句で妹を抑え、目線で注意は続ける。

「大事な事よね、今わかっている事だけでもいいわ。教えてちょうだい」

 早口な質問だった。

この件をタブー化した張本人の言葉に、正直な所『しまかぜ』は戸惑いと、必要以上の焦りを感じていた。

戦地には今はいかない護衛艦。

だが、生と死を垣間見る救護活動から帰った『ひえい』は何かそれに繋がる体験をしたのかもしれない。

「どこからでもいいわ、早く教えてちょうだい」

 手元のティーをとり督促する目を前に、『しまかぜ』は一息の落ち着きを取り戻して顔をあげた。

「私が知る限りになりますが、よろしいのですか?」

「よろしいわ、それを聞きに来たのだから。もったいぶらずに進めてちょうだい」

 ポケットからたばこを出し、逃げる気はないという態度を前に話を始めろとテーブルに指をつく。

「わかりました。現状でわかっている部分をお話しします」

 断るという選択しはなかった。

この問題は護衛艦隊の全てが関心をもっていながら、関わる事を拒絶してきたものだ。

だがこの機会はチャンスでもあった。司令艦である『ひえい』が話を聞きたいという事は、少しずつでも思いへの道を探す力となってもらえるのでは。

『しまかぜ』は少しの希望も混みで話しをしていった。

 希望を探すふりをしている。

コーパスクリスティーにそう言われたことから、正直自分の心は弱っていて現状に甘んじて生を終えそうであった事に気がついてしまった。

本当は一人で姉野希望を探すなど完遂出来ないと、諦めながら進んでいた事を見抜かれたのに落胆と迷いを持ち始めていた。

だがここには隊群の二人の司令がいる。

生と死の狭間、自分達の生きて死ぬ道の答えを知りたいと思う側が増えてくれるのならば心強い。

『しまかぜ』は今まで探してきた事の全てを『ひえい』の前に開示していった。





「これでもない……、何かたりない?」

 『こんごう』は鎮守府にある図書室で文献をあさっていた。

まずは読むことだが、自室に持って行くのはGの危険があるため、港に艦体があるうちは図書室にこもる日々を送っていた。

速読、つまり情報を瞬時に理解する能力をいかし一冊250ページ程度の本ならば、10秒かからず頭に入れていく。

このペースのせいで図書室にある本が一定の偏りをもっている事に気がついた。

「米国は本を寄贈してくれているのに戦中の話はあっても、戦後の10年が抜けている。この間に何があった?」

 人の持つ歴史書もあるため、敗戦後の日本が連合国特に米軍の支配下にあった事はわかっているが、ここに集められた本は意図的なのか米海軍の詳細な動きや世界情勢が省かれている。

言うならば、一言書きのように。

 戦争勃発、そして終結。

更には、この戦後10年の中でも特にない年のものがあった。

1946年から51年にかけて、ごっそりと抜け落ちたようにその年を記録する本はない。

空白の時。

「私が行った時間の部分がない……これは」

 水の記憶をたどった先、与えられた場所は佐世保だったが時はまさにそのあたりだったのを今更ながら感謝した。

コーパスクリスティーは記録書が欠損している事を理解してあそこに送ってくれたのではと。

事実たどった記憶の中で、戦艦敷島は生きており帝国海軍の魂として絆の引き継ぎを口にしている。

継がれる事を望んだ者がいたのに、途切れてしまった魂の糸。

少なくともこの5年の間に何らかの変化があった。

「間違いない、この年に何かあった……」

 今までは『しまかぜ』から与えられる知識で知ったふりをしてきた。

自分で、手探りの作業をする事で完全な欠損ができた年が見えてきていた。

「断絶があったのはおそらく1951年、この年に何かがあった」

 平坦な文字の羅列ではわからない出来事を探す作業の中で、『こんごう』は一つの区切りを見つける事はできたと確信し背伸びをした。

欠損の部分は人の記録で補う事ができる。

粉川にこの事を告げれば、その箇所の書物を手に入れる事はできるだろうと。

 書き物はしない、全て頭の中に覚えていくという形で一呼吸入れた肩に、甘ったるい声がかかった。

「はぁ〜〜〜い、『こんごう』ちゃん〜〜〜ん」

「……『はるさめ』……」

 緩いカーブを描く髪、嬉し目を見せる顔に『こんごう』は少し引いた。

堅物『こんごう』にとって、『はるさめ』は正直苦手なタイプだった。

そして顔を厳しくする『こんごう』の態度を、『はるさめ』は瞬時に理解する回転の早い頭を持っている事を煙たがっていた。

「何かようか?」

「うん、用事でありま〜〜す」

 『むらさめ』の姉妹は変わり者が多い事で有名だ。

その中の一変である、雲のようにつかみ所のない彼女は笑顔のまま近づいていた。

「調べ物ご苦労さまでございますぅ〜〜」

 『こんごう』が座るかつて『あまつかぜ』の特等席だったデスクの前で『はるさめ』は並べられた本をちらりと見て言った。

「絆を見つけると、何か起こったりしますかぁ?」

 突然の質問だった。

訝しいと目はつり上がっていた。

普段から我関せずの彼女が、あえて非番の時間に自分の前に立つ意味を尖った視線の中で考えた。

「あれぇ〜〜質問しちゃダメだったぁ?」

「いや、かまわない。興味があった事におどろいただけだ」

 『こんごう』は正直に答えた。

最初からけんか腰で聞いても、酔い結果は生まれない。

そうでなくても発言に棘の多い自分を律した形で、聞き返した。

「何が起こるかはわからない、ただ帝国海軍の姉達は私達に想いが繋がる事を望んでいた」

「ふーん、どうして望んでいたのかな?」

 デスクを滑る細い指先は挑戦的だった。

笑みしか見せない敵対者である『はるさめ』は最初から聞きたかった事を間髪おかずに聞いた。

「ねぇ、絆がわかったら……魂の引き継ぎが行われたら今の私達の経験や人生なんて必要なくなっちゃうんじゃないのかな? だってそれのほうが大事なんでしょ」

「暴論だな」

 切り返しは早かった。

『こんごう』は動揺をまったく見せないまっすぐな目をしていた。

「絆を見つける事は自分の消失じゃない。かつての想いを継ぐことだ、それを残した姉さん達の想いを継ぐ、さらに向こう側にあるものだ」

 静まっていた。

もともと静かだった図書室の中、クネクネと体を揺らし陽気に振る舞っていた『はるさめ』の笑みが固まっていた。

だがそれは恐怖や怒りを表した硬直ではなかった。

素直な驚きだった。

 今まで理屈や語りで『こんごう』に負けたことはなかった、だから今回もあぶり出すようにあやふやな「魂の引き継ぎ」に対する考察を引き出し、無為にしてやろうと考えていた。

知ることは無意味と悟らせようとしていた。

「でもぉ、姉さん達の魂をもらったら、私達の意識はどうなるとか、心配じゃない? 私は私でいたのだもの」

「私は私だよ、たとえ戦艦金剛の魂をいただいても、きっとそうだと思う」

「思うだけ?」

 固まった笑みのまま『こんごう』を見る『はるさめ』に迷いはなかった。

迷わぬように、知りたいそれに一直線な質問をしており、確実に強い意志をもって話し合いに来ていた。

緩く揺れる髪の下で、真剣なまなざしに向かって『こんごう』は答えた。

今答えられる全てを。

「魂の意識や経験を復活と称して、引き継ぎというのではない。私はそれだけは知っている」

 立ち上がり面を合わせた相手に『はるさめ』は小さく二度うなずいて距離をとった。

「そう、だったらよかったわぁ〜〜〜私は永久の愛なんて信じてないからぁ〜〜〜。永劫に続く、繰り返される新鮮みの無い愛なんて嫌いよぉ〜〜〜」

 らしい言葉だった。

窓から入る光の中に、小さな誇りの粒が踊って見える。

らしくない静かな笑みを見せて『はるさめ』は部屋を出ようとした。

「『はるさめ』、人の事が好きか?」

「……そうねぇ、好きよ、みんな」

 振り向かない栗毛の影は、いつまでも変わらない想いを持っている事を背中で告げていた。





「それだけ?」

 静かに『しまかぜ』の話を聞いていた『ひえい』は、終わった直後に一息の煙を吹いてそういった。

目は零下の氷のように冷たく、期待をそがれたという思いは曲がった口元にしっかりと出ていた。

部屋の中に注ぐ光に反して、是隊零度の決壊があるかのように板間を冷やす声は潰したタバコから手をのけると手を顎に這わせて続けた。

「ねぇ『しまかぜ』、同種同名の艦がその魂を引き継ぐのならば……私に体に戻って来るのは苦痛でしかないわ。そんなものを貴女は護衛艦隊の全てに与えたいの?」

 灰皿に強く押し潰されたタバコ、それが話終えた『しまかぜ』に与えられた最初のダメージだった。

体を心ごと踏みつぶされる痛みで、危うく背中を丸めそうになりながらも姿勢を正した。

 呆然としている顔を前に『ひえい』の罵倒は声こそ小さかったが、鋭利な刃物で『しまかぜ』の抱えていた不安をぶちまけていた。

「前からね、ううん、そう考えていたの。魂の引き継ぎは護衛艦隊にとって諸刃の剣。危険な思想だと。それを今日確信したわ」

 怒りはゆがむ口に現れ、目の前に座る『しまかぜ』を容赦なく萎縮させていた。

だがここで相手の言うままにはなれない。

理解をもらいたい。

悲痛を見せる顔で言い逆らった。

「なぜそんな極論に……」

「黙ってなさいよ。あんたは、もしあんたに先代島風の魂が戻ったらどうするの? 心臓破裂で艦体もろとも死ぬ記憶を味わいたいの?」

 先代島風の死。

十分に最後の時の記録は知っていた。言葉が出なくなった『しまかぜ』の頬を『ひえい』は音高く殴りつけていた。

真っ赤に染まった怒りが、凍てついた大地を割ったマグマのように答えられない『しまかぜ』を往復するように二度三度と殴りつけていた。

「姉上!! 何を!!」

「この子は私に死の苦しみを与えようとしていた!!」

 外した眼鏡、乱れた髪に『しまかぜ』も『くらま』もはっきりと死の恐怖を受け取っていた。

 帝国海軍軍艦比叡の最後を。

「私はね、もしあれが私なら、なぶり殺しの上に誤報で殺されたのよ。処分されたの、どうなの? あんたはそういう記憶を復活させようとしている」

「ちっ…違います」

 蚊の亡く声だった。

激高の顔をつきあわせる『ひえい』の前、うすうす『しまかぜ』は気がついていた事だった。

魂を引き継いだとき、あの戦争の記憶をそのまま引き継いだのならそれはどんな恐怖なのだろうと。

まさにそれがネックとなって『あまつかぜ』の願う絆への道をうやむやにしていた事に対し、処断を下すこんな大きな鉈を振るわれるとは思わなかった。

もっと考えをまとめられる時間が必要だったのに、それを自身で食いつぶし、頼れる肩に安寧の中にいたと後悔と……後悔ではない後ろ暗さを実感したいた。

誰かが恐怖を見いだして、殴打の拳を振るうか、それとも泣くかはこの問題の終着前に必ず起こる爆発だった。

まさか無視を決め込んでいた『ひえい』がそこに触れるとは思っていなかったが。

「聞いてください、傷もまた一つの教訓に……」

「死は薄れない恐怖なのよ、なんの教訓になるの? そんなものを私達は受け取らなければならないの?」

「絆はそんなものだけでは……」

 烈火の怒りだった。

牙剥く顔で『ひえい』の殴打は『しまかぜ』の脆くなっていた心の壁を破壊していた。

繰り出される礫が、コーパスクリスティーが放った言葉に置き換えられ、何度も心を抉る。

心の痛みの上に、大きなくさびを打ち込む体の痛みに足がもつれていた。

「あんたはいったい何かしたかったの? そうやって今を生きる私達を苦しめたかったの?」

「違います」

「違わない。みんなその傷を背負って、戦いを恐れるふがいなき楯となる事をあんたはのぞんでいた。そうなのでしょ」

「そんな事は……」

 赤く晴らした顔の胸ぐらを『ひえい』は掴みあげていた。

「『こんごう』も『きりしま』も『ちょうかい』も……そうよあんたの姉の『はたかぜ』も死の記憶を抱える。あんたはそういう危険な事を私達の中に広めようとしていたのよ。こんな危険な思想を司令艦である私が許すわけがない!!」

 引き起こされ突き放され、ソファーにバウンドして前のめりに倒れた『しまかぜ』には返す言葉がなかった。

 アップにしていた髪からほつれ出た感情の糸が顔を飾る、『ひえい』は笑っていた。

「いいこと『しまかぜ』あんたは自分で解決出来ない問題を『あまつかぜ』の名を使って広めようとしていた。元上官に不名誉を着せて危険な思想を広めようとしていた。これは軍紀に反するわ」

 隣で恋人の肩を支える『くらま』を前にまったく怯みの無い声は宣言していた。

「これ以上その事について探求する事を許可できない。これは海上自衛隊四大護衛艦群司令である私の命令よ。私には私達の後に続く護衛艦を守る義務もあるのよ」

 完全な凍結。

恐怖を伴う苦しみの記憶が戻ってくることなど『ひえい』には許せない事だった。

同じように自分の姉『はるな』は蘇った記憶の重さに口を閉ざしたと、今は確信していた。

愛されない護衛艦である我が身に、これ以上の悲しみを与えようとする思想を封印する鬼の決断だった。





「リムパック前に戻れ……後始末をせずには日本を出させてくれないってか?」

 防衛省からの定時連絡メールを見た粉川はうんざりと気落ちしたが、もとより前向きな思考は時間が出来たことにひらめきを持っていた。

午後のかぎように入る少し前、夕方には『こんごう』からの疑問や必要な者に解する上申をもらう事になっている。

海風に揺れる護衛艦旗に目を細めながら、ここから先少しの躊躇もなく時間を無駄にする事なく答えに進まなければならないと襟を正した。

「事を慎重に進めるにしても、時間がない。三笠へ質問をする前に、あの戦争やその時の魂達の境遇……想いを知らなければダメだよね。がっちりと外堀を埋めるには……行くしかない」

 ディスプレイに光る海保との事務レベル協議。

責任の押し付け合いを身内の中でかたづけようとする例の事件の顛末も、最終段階に向かっていた。

MD実験に参加する『こんごう』が横須賀に戻るのを見越した動きに、気持ちの悪さを感じるが早めの帰投を求められる粉川には、少しの時間が出来ていた。

むろんそれは調書をまとめる為の時間だが、その間を縫ってでも知りたい事が出来ていた。

「あの時の戦争を知る船に会おう。会ってくださいよ、氷川丸さん」


書いていた当時の世相より、少し古い時代の話になってしまいました。

そのあたりは引き続き出てきたりします。

時代に即さなくなるまで放置してしまった事は申し訳ないと思いますが、このまま進んでいこうと考えておりますのでご了承ください。

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