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第八十六話 陽の名残

『こんごう』と粉川が、意を決した夜をすごしていした星の下、続く海の向こうで大きな一つの活動が一区切りの収束を着けようとしていた

南洋の海にて火急の勤めに入っていた自衛隊。スマトラに起きた災害に迅速に駆けつけた艦艇とその魂達


輸送艦として多くの人員を乗せて救援に向かった『おおすみ』

終結する各国の支援艦達に燃料補給と、救援物資の運んだ『はまな』

混乱の被災地、ヘリで人的支援の総合司令塔となった『ひえい』

遠洋の任務からの帰路で未曾有の災害に鉢合わせ、至急の救援活動を行った『きりしま』


ホワイトクリスマスという休暇を黒く塗りつぶしても徒事せねば成らぬ災害派遣部隊

全ての隊員と彼女達のめまぐるしい活動にも、物資搬送のための交代を兼ねた帰国へのカウントダウンが近づいていた




海から吹き上げる風には、体にこびりつくほどの潮の重みを感じさせる

額に汗するのは何も赤道近くの土地柄だけではない、実際に暑く何人も汗を止める事の出来ない世界においては人も魂も変わりなく


そんな熱風逆巻く海の上で、

『おおすみ』は前髪を切り上げた広いおでこに大粒の汗を滴らせて、光のモザイクにあふれる海に向かって座禅を組んでいた

熱風とまではいかないが、ヘリデッキの一番端っこ、日陰もないところに何も敷かない青服少女が座っているのは滑稽な情景だ

目をきつく閉じているためか、鼻筋に伝って顎の先から落ちる汗

への字に曲がった口と額の亀裂


もし人に、この姿が見えるのならば首をひねるだろう整然としすぎている光景の前で『はまな』は容赦なく溶けかかっていた


『おおすみ』も玉の汗を降らせているが、何もしなくてもこの状態なのだから、『はまな』も滝汗である

何せ、遮蔽物のないデッキ

デッキの表面は耐火アスファルトにも似た軟性塗装がかけられていて、肌触りはかなり悪い

その上に寝転ぶなど真夏の時を毛足の短い絨毯の上で過ごすようなもの


「あついよぉぉぉ」


嵐の前と後の海は少しだけ涼しい風と優しい輝きを反し、心を安らがせる波音を聞かせる中で、喉奥を干ばつに晒された『はまな』はなんとか『おおすみ』を日陰に連れて行こうと考えていた

どんなに丸く言葉を収めようとしても亀裂の入った音が混じるほど水分は無くなっている


「ねぇ……『おおすみ』任務を確実にこなすためにも日陰にいこうよ……」


溶け始めた相方は、眼鏡の中に降る汗を払いながら、無言の座禅を続ける『おおすみ』の肩を叩くが反応はない


災害派遣組の大仕事、燃料補給艦としての勤めを朝に一つすませてきた後にここに戻った彼女

仕事着の青服のまま、座禅を組み微かにも動かない『おおすみ』の前でだらしなく転がっているが

本当は日陰に恋慕MAXの状態。だけど多忙になればなるほどに孤独感を募らせる『はまな』は誰かといる事で職務を果たす心を保つという癖にしたがって、つきあい良く陽の下に転げているという現状


晴れ渡った乾いた空の下に『はまな』の愚痴はしみいる程度に続けられていた


容姿の幼い彼女、女子中学生のようにまだ起伏の少ない棒状に近い手足を伸ばして

髪をひっつめwaveがしているような、色気二の次な姿で壊れたラジオがごとく


「暑い〜〜〜暑いよぉぉ〜〜〜」と、夏の決まり文句を繰り返して




「あちーのはお互い様だし、声に出したって冷えるこたねーんだ。ちったあ我慢しろよ」


壊れたラジオになった『はまな』に向けて転がって来た缶ジュース

転がされた先に白いTシャツ姿で立った男は、首に下げたタオルで額を拭いながら近づき

短く刈り込んだ髪の間も汗の粒がびっしりと詰まった頭を振ると


「シャワーを浴びても……このざまなんだからよ」

「鈴村……くん……」


寝っ転がっていた『はまな』は飛び起きると缶を手して、一歩さがる

下がって『おおすみ』の側に逃げる体勢をとりながらも自分より下官だろう鈴村に「くん」という敬称つきでカラカラの唇を舐めてこたえた


「何してるの?こんなところで?地上任務は?」


地震発生から渡航、船を下りてからはずっと現地に入っていた鈴村の顔は赤銅色になるほど焼けていた

船にいた頃も色黒な人だと思っていたが、本当に漆黒の物体になったものだと眼鏡の奥のまん丸な目は見つめる


「何って、戻って来たんだよ。「リフレッシュタイム」ってのがあってな」


興味津々の瞳の前で缶を振って、しかし小さなリアクションのまま人目に付かないようにウェルデッキの一番端に少ない日陰を求めて座ると


「長丁場の現場なんだ。真夏の毎日を現地で過ごすと体調を崩したり頭のほうがいかれてくる……だから、こうやって少数隊で一日ずつの休憩に入るんだよ」


最初の一口を煽って喉を潤すと遠い目をした



被災の現地

南国の楽園を襲った地震の被害は凄まじいものだった

家は残らず押しつぶされ、ひたすらに瓦礫の山の中をローラー作戦で生存者救助を行うのだが……

暑すぎる気温によって物の腐敗も早かった

熱波と腐臭、その中での捜索と遺体の収容。必要な医療と食事の支度

どれも手を抜くことの出来ない作業だが、やり続けて体調を崩す者がまったくいないわけではない、どんなに士気高く現地に入っても同じ人間の苦しみの矢面に立ち、思いを感じるというのは実につらい

願われる救助、日を追うごとに救助は死体の回収に比重を寄せて、同時に生き残った人達の医療と怪我の処置が始まる

運べど運べどの「死」に隊員達の健康管理も大切な仕事となってくる

だからといって全ての隊が休暇をとれる事はない、細かく割り振った小隊の中からさらに数人単位で貴重な一日を休み、小さな座談会をして心身を休ませる


それまでの缶詰ばかりの冷たい飯を食い

風呂のない営舎で寝泊まりし

暑さの中で休憩をとるというサイクルからほどかれ

出来たての飯を食い

ゆっくりと風呂にはいり、簡易ベッドとはいえ少しの空調が効いた部屋で目を閉じる

それだけで心は安らぐというもの、あの戦場のような被災地を思えば…


鈴村もそういう状態の中から、陸地を離れ海にて支援活動を続ける『おおすみ』のところに戻って来た

辛すぎる現実の大地から、完全に意識を切り離すという意味合いもあり地表を離れ海に浮かぶ船に戻る


今ここでは船の中だけが心を休ませる場所として開けられている訳だ



「暑いぐらいがなんだっていうんだ、暑いぐらい」


短く刈り込んだ頭を掻くと、否定をする自分の顔を否とするように顔を横にふる


「いやいや、それにへこたれるんだよ。暑い、辛い、今ぐらいは愚痴ってもいいだろう。俺達は……」


救助活動に入って二週間。黙して働き続ける日本国自衛隊の姿は現地の人にどんな形に写ったのか

同じように現地に入った米軍、重機部隊は自衛隊の持ってきたブルドーザーと協力してがれきの除去に当たっている。


次々と現地に入る救援隊と協力をして、救助活動をするのはお互いの心を叩くための刺激だ


「みんなが頑張る。俺達も頑張る。そして被災した人達が一番頑張っている」

そういう思いを確認し続ける日々

心は常に戦っているが……



大きく背伸び

「あー、やっぱり風呂はいい。骨が溶けるか程に身にしみた」

缶ジュースを手に

「これがビールだったら最高なんだけどなー」

炭酸系サイダーを恨めしそうな目が見て胡座をかく


「ところでそっちのデコちゃん(『おおすみ』)は何してるの?」


ウェルデッキの上、午後の日差しの下に座禅を組んで目を閉じている『おおすみ』

『はまな』との会話の間もピクリとも動かない顔を指差して聞く

先ほどから気になっていた、座禅を組んで額を伝う滝の汗を晒している『おおすみ』のとなりで『はまな』が転がっているという図

あまりに子供っぽい動作を続ける彼女を「やめなよはーちゃん」……などといつものお叱り役の彼女が無視を続けている

そういう状況にさえ絶えられないだろう『はまな』が、我慢強くしているのは滑稽な眺めでもあり……こんな酷暑の中での座禅というのも気になるもので


「なんか、修行でもしてんのか?反省中か?」


炭酸を満たした口からゲップを空に吐き出す


「ちがうよ……今、離心してて、……そういう仕事で、もうすぐ戻ってくるんだよ」


頬を膨らませた顔で返事する『はまな』は、手の甲で汗を拭うとデッキの下を指差した

「さっき一号が戻って来たでしょ、たぶん鈴村くんが乗ってきたヤツ。もうすぐ二号がもどってくるでしょ、それに意識が乗っているの」

「はっ?」


即座に疑問の感嘆を吐き出した鈴村だが、思えばこの二人は少女に見えるが「人」ではない、考え方も少しばかり「人」と違う部分もあるし「能力」などあからさまに「人」と違う部分が多々ある


「えっと……それって、あっちのホバークラフトの方に……デコちゃんはいるって事?」

安直にならないよう、相手の事も考えてますよ的に

片目を細め聞く


「いるってわけじゃないよ、あっちの運行を安全にするために精神を分けてるって事」


聞いても良く分からないと首を傾げる鈴村

「精神を分ける?」

「あーもー、どうしてそういうの簡単に分かってくれないかな。うーんとね『おおすみ』が乗っけてるエアクッション…バフバフ一号と二号は『おおすみ』の体の一部って事なのよ。どちらも『おおすみ』って事なの。もちろんあっちも一人前の船だから固定の魂はいるんだけど備品である事にもかわりがないのよ、だから船から出て勤務に行く時は『おおすみ』がコントロールの補助をしてあげるわけ、でも『おおすみ』はここにも(本艦)にもいないと大変な事になっちゃうから、ああやって精神分割をさせて離心行動をサポートするわけ。バフバフが転覆したり故障したりしないように自分の小型版を作って向こうに置いてコントロール補助をしてるの。普通はそんな事はしないんだけどここは任地だから失敗しないように細心注意を払って課業をしているって事」


「えっ、あーっと、つまりあっちにもデコちゃんがいて……こっちにもいるけど、こっちが本体で向こうが分身……みたいな話し?」


怒った顔を付き合わされても、艦魂の行う精神分割など掴みきれるハズもなく、鈴村は顔をしかめると、人差し指を立て


「という事は、何?お前ら本体の船にくっついてる小さいカッターもそうういう原理になってるって事か?」


『おおすみ』艦内にあった小型の短艇もデコの分身だと考えて、少しばかり歪んだ笑みで聞き返すが、そういうくだらない事を言うだろうなという見透かした顔が覚めた目線のまま口を尖らせてゆく

『はまな』は、説明がうまく理解されていない事が不満と分かるような高い声で船を差すと簡潔に


「あれは本当に備品。私達は……なんていったらわかるの?」

逆に聞き返すむくれ顔

「備品?えー……わかんねーな」


理解を求める返事に何の差があるのか?と傾げる髭面

乗っている本体と、備品と言われる船を交互に見て『はまな』に視線を戻すも説明は聞けなそうな雰囲気に首を傾げる

魂の彼女達の事情

色々と都合の違う存在である事は、ここまで来る間の事件を経て少しは分かったつもり


「あーと、要は精神を間貸ししているって感じなのかな?いないと大変だから...洋上待機のこっちよりも大切な仕事をする側にいるって事...でいいかな」

「まあ、そんな感じでいいです」

納得はいかないが、説明を続けるのも苦痛という顔が眼鏡のフレームを押さえた手のまま返事する


「ところでよぉ、『ひえい』はどうした?近場にはいないみたいなんだが?」


短く刈り込んだ頭を掻きながらへの字口のままで海を眺める

聞き込んでも理解が遠い話しを続けるのは苦痛。せっかくの休みをもっとリラックスしたいとう思いと……少しの下心が話題を切り替える

自分の好む話しで盛り上がりたいというものか、四方の海を見回しながら


「夜には一緒に……ジュースだけど飲みたいかなってぇ……」


『はまな』の顔色を気にして横目でみながら聞くが、変わった話題に少女は小さく鼻息を吹くと


「ふん、ご愁傷様。司令は帰ったわ日本に」

「ああそう日本かじゃ……なんだとー!!」


ツンと上がった顎の顔『はまな』の自分を小馬鹿にした目の前勢いジュースを落とす鈴村


「あっ!!もう!!『おおすみ』を汚さないでよ!!」


手をわなわなさせ、慌ててもう一度海を見回す男の前で落ちた缶を拾い上げると


「落ち着いてよ、私達は緊急出動できたのよ?色々な不都合が後になって出てきたら調整も必要になるでしょ。司令はちょっと具合が悪くて」

小さな魂は、してやったりな顔で鈴村の前で話しをしていたが、その肩を男の大きな手が捕まえる


「俺は何も聞いてないぞ!!どーなってんだよ!!」

「なんであんたに言っとかないといけないのって……怖いよーーー!!」


掴まれた『はまな』の目は一気に涙目

「ちょっと痛いって離してよ!!」

「これがお前冷静でいられるかよ!!この時を楽しみに海に戻ってきた俺の純情はどーなるんだよ!!」


いい年した男が自分の純情を晒して抗議する姿は、熱波の甲板をさらに熱くしている以外何物でもない

焼けた顔から白い歯が飛び出さんばかりの勢いの前で、萎縮していく『はまな』


「そんな事……私に言われひゃって……」

声がうわずって



「ばかちん!!!」



平手のチョップが鈴村の後頭部に爽快な刺激を与えた

「何さわいでんだよ!!こっちが懸命に働いてる時に」

デコにたっぷりの汗の滴をしたたらせた『おおすみ』は片目が三倍の大きさになるような斜めよりな顔で鈴村を睨むと


「女を襲うな」


もう一度顔面に縦割りのチョップを景気よく食らわした

青空と海に響く空竹の音で騒ぎの止まった甲板の上、灼熱に照らされる三人の間に浪の音が緩く響くと、次に絶叫


「うわぁぁぁぁん!!!『おおすみ』ぃぃ、こいつ怖いよ!!」

ドッチボールの玉のように『はまな』は『おおすみ』の体に駆け込むと

「いきなり襲ってきたんだよぉぉぉぉ!!」

大きな身振り手振りで汗以外の水物を目から零して泣く『はまな』だが『おおすみ』は両手をあげてため息を吐き出して


「ていうか、聞こえてるからさー。ここに居なくたって声は聞こえてるんだぞー。二人とも落ち着けよ。『はー』ちゃんは今も課業中でしょ」


遊びには来ていた『はまな』だが実は船の方はそれなりに忙しい状態

そういうものをしっかり見越して『おおすみ』は相手の鼻に手を当てると

「遊んでるからこういう目にあうんだよー」

「遊んでないよー!!ここで待ってたんだってばー!!」

言い訳のテンションをあげて主張を繰り返す小さな魂、騒がしい黄色い声のとなりで『ひえい』がいない事を知らされた鈴村は呆然としていた

チョップを入れられたことに対して仕返すという気力まで蒸発したかのように甲板に両膝を付くと


「なんで、俺になんも言ってくれないのよ」

「なんで司令がお前に何か言っとかないといけないんだよ?」


「だってさ、俺はこの休みにあいつにあえる事を楽しみにして...今日まで働いてきたんだぞ」

「知るかよ」


考えるいとまもない問答、質疑に余白を持たない『おおすみ』の答えに、鈴村は立ち上がっると梅干しを顎にくっつけた苦い目線で

「ちょっとは気を利かせた答えはないんか、おまえわーー俺は今日までがんばってきたんだぞ」

邪な考えだったが、被災地救援活動で活力を維持し続けるのには色々な方法がある

鈴村にとってはひさしぶりに「女」『ひえい』がそれにあたり、それが上陸から今日までの楽しみとして活力維持の元にもなっていた


「なんでだよ...『ひえい』がいないなら船に戻ってくる意味なんてねーだろーよ。お前らお子様にこの切なさがわかってたまるかよ」


短く刈り込んだ頭を自分の拳で何度か叩くが、雑念で埋めた活力を追い出しても他に入れる思いもない状態


「あーーあぁ、空はこんなに青いのになー」


日の高い海の上で背中を小さく丸めると大きなため息を水面に落とす

男の悲しさを理解しない二人は後ろで背中を見ながら『はまな』は相変わらずの騒ぎぶりだったが『おおすみ』は近寄って


「司令、具合が悪かったんだ。急な出航だったし...だけど私達の仕事は待ったなしが多いだろ、本当は定期点検近かったから日本を離れたくはなかったんだけど、色々と上の方の都合ってのにも振り回されて急ぎでここまできたんだ。お前ら人にはわからないだろうけどさー、そういう疲労がここにきてから出ちゃったんだよ」


丸めた背中のまま波打ちを力なく見つめる鈴村の背中に言う


「こっちにきてから「故障しました」なんて言えないんだよ、ずっと我慢して働いてたんだ。やっと交代と帰航が決まったんで一足先にかえったんだ」


この海で働く船達、その中でも国家の威信を背負って出張る軍事艦艇が他国の船のまえで「壊れました」とは言えない、それどころではなく人的にも船的にも大きな被害を被った場所で自分の故障をあげるのは実に恥という認識が強く司令にはあったと語る『おおすみ』の声に鈴村はゆっくりと振り返ると


「そうか……そういう時もあるんだな。病気だったのか?」


病気、具合の悪い様相を人間は故障や壊れるとは言わない。鈴村は『おおすみ』の故障という言い方がいまいち好きになれないのであえてそう切り返しつつ


「最初に会ったときから、なんか具合が悪そうな感じではあったが、ただのヒスを起こしてたってことじゃなかったんだな」


騒いだまま距離をとって鈴村を見ていた『はまな』が


「司令はもう二十年以上も働いてるんだよ、だんだん体の自由だってきかなくなってくるよ。そういうのはどんなに大事にしてもらっても逃れられないんだから。だからさー……もっと大事してほしいよ、私達の心のケアとかもしろって感じ」

口を尖らせて遠巻きに言うも、もっとと欲深い言葉を使った事に抵抗があるのか慌てて返す

「とにかくご愁傷様、さっさっと部屋に帰って寝たらいいわよーだ」


子供に諭されるという行き場のない状況

「眠れるわけがない…この熱い滾りをどうしていいだか」

消えない情熱で拳を握った鈴村はフラフラとしながらもデッキの上で嘆いた


「愛ってなんだろう」


「バカがいるぞー」

『おおすみ』はあきれた顔でスポーツドリンクの補給をすると

「愛で任務が勤まるかよ」

殺伐とした言葉を投げつけた

「こんな気持ちのまま寝られるか!!!」

海を向いたまま嘆きの咆吼をあげる男の背中


「そう、まだ寝るのには早いよね」

喧噪が広がった熱波の甲板の上に天使は舞い降りた


「マーシー、帰って来たんだ」


暑い中、腕まくりはしているとはいえ黒のロングスカートにそれを覆うエプロン、時代錯誤的なメイド姿と間違えそうだが頭の上に輝く赤十字の看護帽で、なんとなく役職が分かる姿は

『おおすみ』達の前に光りの輪を伴なって現れた

赤茶けた髪を制帽にたたみ込んだ青い眼は柔和な笑みを見せて、まだ背中を向けたままの鈴村にも声をかけて


「初めまして日本の兵隊さん、私はマーシー。今回の看護任務で港に停泊してます。皆様の活躍も存分に見させていただいてます。本当に感心して」

礼儀正しく腰を折り、スカートの先をつまみ上げて挨拶をすると


「一仕事終わってやってきたのに……残念だわ、麗人のお姉様にご挨拶をしたかったのに」


胸に抱いた「海の麗人倶楽部」をばたつかせて顔をしかめた


「あれ?初日に会ってなかったっけ?」

「合同では会ってませんよー、だって私は病院船だから軍属の皆様の会議が終わってから所定箇所に移動するというが仕事の最初だもの、『おおすみ』と連携はしてたけど……『ひえい』司令艦様にはついにあえなかったわ」

仕事を終えた仲間にジュースを運んだ『おおすみ』の前でマーシーは本を開くと


「遠目にだけ……残念、みんなに自慢したかったのに」

「人気あるなー、司令……会えば憶えとけるかなねー」


ストローの付いた飲み物容器を手渡して、本を横目で見る

「新刊じゃないねー、どこから流れてくるのかわからない雑誌だけど」

苦笑いを見せて

「マーシー達もこういうのを見るんだ、アメリカには別冊とかでてそうだけど。艦艇数的な意味で」

「そんな事ないですよ、世界中何処に行ってもこれは単一の雑誌ですもの。病院船仲間の誰かに一冊流れてくる、でなんとか回してもらったり軍艦の誰かに分けて貰ったりしてるだけだよ。今回は私が出動だったけど、ちょうどハワイで受け取ったばかりで……だから余計に会いたかったのよねー」

両面にカラー写真を掲載したA4判のページを名残惜しそうにめくる細い指先


「私達は後ろ方にたまーに載ってるだけだけどねー」


甘いジュースに頬を膨らませて



「なんだそれ?」


魂の少女達が和になって話す間に、海をバックに哀愁を漂わせていた鈴村は戻り無造作に首を突っ込んだ

「なんで女の写真が写ってるんだ?」

世界各国と考えられる軍服姿の女達の写真、どれも普通の勤務では見る事のない美形ばかりの写真に目をパチクリとさせる顔は、少女達を見回して聞いた


突然の無精髭に『はまな』は案の定身を引いたが、マーシーは普通だった。驚くという顔ではなく二重瞼の奥深くも愛嬌の良い目で見返すと


「これが見えるんですか、さすが私達と交友を持つ人ですね」


普通に返事を返す

『おおすみ』はデコの汗を落とさないように首に書けたタオルをはちまきにしながら

「エロ本じゃねーからな」

口を尖らせて注意すると思い出したように手を打って


「あー、これにだったら司令の写真も写ってるぞ」


マーシーの手の中にある雑誌のページを日本のところに持って来て開く、メインに映っている『くらま』のページの後に『ひえい』の写真は1ページの半分ぐらいのスペースで掲載されていた


「何これ?こんな雑誌どこに売ってるんだよ?」

思わず手の伸びる鈴村、それを素早く叩く『おおすみ』


「別に、売ってるわけじゃないよ。念に一回か二回流れてくるんだ、私達の間でだけみられる雑誌なんだけど……やっぱりお前にも見えたか、じゃあよかったな司令の姿が見られて」

「まあ、あなたも『ひえい』司令がお好き?」

動じる事のないマーシーは目を輝かせて聞き返すと


「ステキな方ですよね、私も……もうちょっと大きくなれるのならば『ひえい』司令艦様のようにびしっと姿勢も正しい綺麗な姿になりたいのですよ!!」

同志と笑って握手を求めたが、鈴村の方はそんな事はどうでも良くなっていた


「なあ、ここ切り取ってくれよ」


背の低い少女達の中、中腰で雑誌を見ていた男は欲望に正直な言葉を発した

「この写真……いいわ」

だらしなく開いた口、ゆるんだ頬が見つめる『ひえい』の写真は、任務を終えて髪をほどいた瞬間を綺麗に切り取った1コマだった

左手で眼鏡を取り、右手て引っ詰めていた髪をおろす

普段は見えないようにしている裸の目の輪郭は影と光で美しい顔立ちを浮かび上がらせ、小さく俯いた角度で顎のラインを夕日のオレンジで引いきあげ、黄昏色の景色の中で緊張の時から解放された顔を見せつける。鈴村はため息と共に鼻の下を伸ばして


「……ダメですよ、あげられません」


惚けた面を下げて写真に見入る鈴村に、マーシーは初めて一歩引いた

一歩引いて首を左右に小さく振ると

「だって、これ切っちゃったら……後ろの『くらま』司令の写真がきれちゃうんだもん」

しっかりと雑誌を胸に抱えて拒否と目を見開く


「そんな事いうなよ、その裏の男が好きなの?今月号の雑誌なんて他のもあるわけだしさー、『ひえい』のくれよ」


大人気ない顔でずいと迫る頭を『おおすみ』が後ろから叩く


「男って誰だよ、私達みんな女しかいないっつーの。まさかお前『くらま』司令の事男とかって言ってんじゃねーよな」


汗まみれの顔を近づける

鈴村も汗のしたたる顔をむき直すと


「そんな事はどーだっていいんだよ、『ひえい』の写真が欲しいんだよ。雑誌なんだからまた買えばいいだろう」

「話し聞いてなかったのか!!どこが発刊してるのかもわかんねー雑誌なんだぞ!!数もすくねーし、お前なんぞにやれるかよ!!」

付き合うように汗の額をぶつけ合う二人


「……わかったよ……」


腰を立てて小さなマーシーに渋い顔を晒したままポケットから携帯を取り出すと、背面についた小型のカメラを見せる

黒色の携帯は所々に欠けた傷を持っていたがカメラの部分にはテープが貼ってありレンズの保護ガラスを綺麗にしてあった


「本人がいれば……これで写真の一枚もとってメモリーしとけたんだよ……いないしさー、しゃーないコレで一枚取らせてくれ」


引ききっているマーシーの姿から雑誌を切り取るのは不可能に近いという判断をしつつも未練を隠せない鈴村は、顎に皺を寄せる拗ねた顔で携帯のカメラを雑誌に近づけた


「小さくしかとれねーんだよなー」

「我慢しろ!!切り取るとか非常識だろ!!」

軽く鈴村の足を蹴飛ばす『おおすみ』


「ねえ、そのカメラで私達を写せるの?」


八方ふさがりな空間に声をかけたのは『はまな』だった

マーシーでさえ足を引いてしまった事で、写真を撮ったら退場かと短い髪を掻いていた鈴村に向かって、もう一度聞く


「私達が写るの?」

丸めがねの置くの目を輝かせて、まさかの自分から近づいて

「写るだろ?普通」


どこか懇願するような目線の『はまな』の前、鈴村は気の抜けた返事とともに雑誌に向けていた携帯カメラの『はまな』に向けて合わせるとシヤッターをきった。音は一眼レフの派手なシヤッター音で

写し取った少女の顔をディスプレイに表示させたまま見せると


「写ってるだろ?こんなんでもそこそこ性能のいいカメラが付いてるんだよ。まーあんま使うところがねーんだけどさ」


映し出された自分の姿に『はまな』の目はより大きく開かれ、鈴村の手から携帯を取り上げると『おおすみ』やマーシーの元に駆け寄る

「見て!!私……写ってる、写ってるよ!!『おおすみ』!!」

まるで初めてカメラという文明の利器に触れた田舎娘のように跳ね回った


「なんだよ、写真撮られるのってそんなに嬉しいのか?」


『はまな』の喜びを前に『おおすみ』は幾分落ち着いた顔で


「普通は写らないだろ、私達が近くにいたって。艦隊勤務の集合写真にな私達は一緒に並んでる時があるんだ……昔はみんなさそうやって写らなくても隊員達と「心は一緒にある」っていう記念にしてたんだけど……実際問題写らないわけだし、最近はやらない人の方が多いぐらい、まーつまり見えない人のカメラじゃ写らない、当然の事なんだけど、そういう壁みたいなのがあってさ……」

説明をする『おおすみ』の隣で『はまな』は興奮状態


「そんな事どーだっていいじゃん、コレには写ったよ!!今マーシーも撮ったんだけど……ほら写ってる」


まとわりつくような『はまな』の頭を押さえて

「わかってるよ、横須賀にも私達が見える人が来て、写真撮ったらしいから」

実は緊急の災害派遣で「横須賀港フェスティバル」には出られなかった『おおすみ』だが、横須賀から佐世保に自分達が見られる人間がいて写真を何枚か撮ったという噂は聞いていた


「やっぱり私達が見える人の持つカメラには私達は写るんだ」

「良かったですね、私もワイツ牧師に何度か撮って頂きましたけど。上位司令達はそうやってカメラを頂いていたのを憶えてますわ」


はしゃぐ『はまな』を祝福するように喜ぶマーシー

一方で子供達の姿に疲れ始めた鈴村は


「あー、そう、そりゃ良かった取りあえず携帯返してくれ」


覚めた様相で返却と手を伸ばした


「ねえ、これちょうだいよ」


のびた手を避けて『おおすみ』の後ろに逃げた『はまな』は少し顔を覗かせて

「これちょうだい!!」

勇気を振り絞って頼んだ

今までと同じく小動物のように人の後ろに隠れはしているが、芯のはっきりした声を出したのは初めてにも近い


「ばっ……バカ言うなよ、それは携帯でもあるんだぞ。確かにたいして使ってねーけどだな、それがねーと、今は問題ねーけど帰ったときに基地と連絡が取れねえんだよ」


口を曲げて、あえて相手に迫っていくような威圧的な行動は取らなかったが手は前に

「ほら、返せよ」

「いや……ちょうだいよ、これがあればお姉ちゃんの写真とか撮ってあげられるんだもん。これがあればあえない人の写真を手元におけるんだもん」

先ほどとは正反対の細い声、唇をかんだ顔は上目遣いで携帯を握りしめている


「あー、『はーちゃん』(はまな)頭の中にしっかり憶えてるっしょ、そんな無理を言う揉んじゃないよ」


さすがに子供過ぎる言い分と感じたのか『おおすみ』は自らの背中に隠れた相手に顔を付き合わすと

「返して、我が儘なんて私達が言うものじゃないよ」

「イヤだよ、『おおすみ』は呉にいれば妹達にも毎日あえるから……そんな事いうでしょ、私はいつだってあえないんだよ。寂しいだよ」

「そんな言い方をしたらダメ、私達は……」

「分かってるよ!!私達は日本国のための船だもん、分かってるけど……」

何度も頭を振って、ダメと解って居ても欲しい理由を自分の喉に飲み込んだ『はまな』


寂しがり屋である事を差し引いても姉妹が揃ってあえる事の少ない補給艦

同時にどの姉妹もそれほど頻繁に顔を合わせる事のない世界にありながらもも常に孤独が身近である護衛艦の魂

自分を強く保ちたいという助けは、やっぱり同型の姉妹であるのかもしれない

それは理解しつつも『おおすみ』は冷静だった

そういうものと付き合ってきた、そういう事が常である事を理解して置かないといけないという修練の思いから『はまな』が抱きしめている携帯に手を伸ばし返却をと念を押した


「……ヤダよ……」

半べその顔に

「ダメだよ、そういう態度を見せるなんて」


「やるよ」


小さな葛藤を見ていた鈴村は、大きく背伸びをすると

「どうせたいして使ってなかったんだ、壊しちまった事にして……また買えばいいんだ」

自分の方の対処を告げると


「そうだよな、家族の写真とかは……手元に欲しいよな」

自分の制服の胸元に手を当てて


「本当に」

「いいのかよ」


喜び半分で飛び出しそうな『はまな』を押さえて『おおすみ』が聞く

「いいさ、それ使って写真撮りまくってこいよ。それに俺は『ひえい』の写真を自分で撮れるって事がわかったんだ。国に帰る楽しみが増えたってもんだ、これでまた働ける」


大男の男らしい笑みに『おおすみ』は礼を言うと規律すると

「『ひえい』司令は呉がメインの港だ、私もそうだけど……写真を撮りに来たら案内してやるよ」

「マジかよデコちゃん、助かるなー俺は海自には友達は……一人ぐらいしかいないからそいつに聞こうかと思ってたんだが、デコちゃんの方が詳しいもんな。人間にはそんな事説明してもわかってもらえないからな」


呉に護衛艦『ひえい』の写真を撮りに行くなんて言えば、「いつから海自に興味が?」などと聞き返されるし、本命はその魂なんだとは説明もできないが、その部下でもある『おおすみ』が案内してくれるのならばお近づきも遠い夢でもなくなったというもの


「良かったですね『はまな』さん、これで日本にも写真を撮ってくれる人が増えたというものでしょ、お頼みしてカメラを譲って頂くチャンスも増えたね」

「ちょっとマーシー、頼んで貰うとか無し無し、ダメだよ」

一段落ついた間に入った看護婦は笑顔で


「いいじゃないですか、カメラが増えれば私達の間でも交換会とかもできそうだし」

「そうだけどさー」

嬉しい半面、そこまでは図々しすぎるとためらう『おおすみ』のとなりで『はまな』は大事そうに携帯を抱きしめていた


「ありがとう……本当にありがとう」





夕暮れの近づく中、食堂からアメをもらって来た鈴村は『おおすみ』とジュースを飲んでいた

『おおすみ』艦の上に伸びるアレンジ色の陽の名残、日中は交代で飛び立っていたヘリは一機だけが後部の側に寄せられる形で置かれている

風は南国の潮を温く運び、熱かった時間はすぎされど、熱波を纏った甲板には未だに肌に刺激を与える程の熱が残っている

そんな上部から一段下がったところ後部のウェルデッキを左右にとおるショートプロムの端で二人は夕涼みをしていた


「……さっきさ、写真の撮れるヤツが増えたって……看護婦さん言ってたよな」

「マーシー」

見たまんま看護婦のマーシーは夕暮れ前に自船に戻り、『はまな』は何度もお礼をいいながら自艦に戻った

きっと今日は眠らずにカメラを触り続けているだろうと『おおすみ』は笑って見せるが、鈴村にしてみれば小さな彼女のちよっとした願いは素朴すぎて大きな事わしたわけでもないのにこそばゆいという顔を晒す


そんな中で引っかかっていた事があった食事に一度戻った時に思い出した引っかかり、あの場ではうれし泣きの『はまな』にカメラ使用の説明をするだけで手一杯だったが、飯を食って落ち着いたところで気が付いた

自分以外にも魂の女達をみる事のできる人がいるという事


「やっぱり海自の人間なの?」


Tシャツ姿にタオル首に引っかけた仕事上がりの二人組、大男と少女という奇妙な並びで出来るだけ波風を立てないようにと少しのおふざけで楊枝を上下させながら


「そうだよ、海自の人。私は会わなかったけど『はーちゃん』は会ったみたい、横須賀から佐世保に乗って来てたらしいよ。えっーと元々乗艦勤務の人ではないらしいんだけど」

ご馳走ファンタに、ほろ酔いなのか日に焼けた頬を見せて何度か首を傾げると


「たしか粉川って言ったけ?そんな名前だったような」

「粉川?!粉川ぁぁ!!」


疲労にとろけだした背骨にキックが入るような衝撃、鈴村は顔を歪めて『おおすみ』を見つめた

いきなりの大声に相手していた『おおすみ』はつまみのトレーを零さぬようにと引っ張って

「何?知り合いなの?」

「粉川だよな、海自で粉川っていったらあいつしかいないだろ」

そこそこ珍しい名字の男


「はは、ははは……あいつかー、へーあいつかー」


困った顔の『おおすみ』の横で鈴村は拳を固めていた


「あいつ、こんな言い出会いがある事を隠してやがったな」

呟くと思い出す

レンジャーの資格者テストに付き合った背広組の男がいた事を、あの時は毎日陸を走り回っている自分達に粉川のようなデスクワークが付いてこれるものかと高をくくったが、なんのそのな結果を出してくれたものだった


「レンジャー!!」

「レンジャー!!」


お互い歯が砕けるんじゃないかと思う程に、食いしばった意地で短期間ではあったが実地訓練レポートのためという名目をぶち破るほど切磋琢磨し九万の行程をやりきった仲間

最後の日に、新型の背嚢をプレゼントした程に戦いあった男が粉川だった


「あの野郎……陸に戻ったらとっちめてやる」


そんな思い出とは別に鈴村は燃えていた

「何が出会いのない職場だよ……いい女いるじゃねーかよ。どおりで呑み会とかにこないわけだ」


色々な意味で心に火を付けた鈴村の背中を『おおすみ』は引いた目線で見つめていた

「何、類ともなの?」と





こっそり復活、色々あって疲れてるからゆっくりやってくよー

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