第八十話 母の胸
『なだしお』事件の真相を究明するといった要素は一切ございません。
これは艦魂達の物語ですから
恋愛に高い純度を持っておられる方には不愉快な部分があります
今話は特に本伝、後書き外伝ともどもそういう要素が多くありますのでセクシャリティーは純粋な行為のみとを信じたいたい方は決して読まないで下さい
ヒボシの書く艦魂は
ただやさしく
ただ可愛く
という存在ではありません、時に狡猾に見えたり、時に愛を必要以上に欲したりします
現実の世界でも全てを一つと言い切れるものはないので、依存する領域による倫理観の差によるものもあり
それが「人」には汚らしい行為に見えても
「魂」には普通の形だったりという部分があります
恋愛の箇所に掛かる場合もあります、それを不快と感じられる方は読まれないようご注意下さい
火星明楽
潜水艦『なだしお』
その名は現在この国を護る職務にある海上自衛隊の者ならば誰もが知っていた
戦後、この国を護る力として建艦された潜水艦
『ゆうしお』型潜水艦5番艦として日本国として最新の技術を導入した完全デジタル式ソナーシステムにアクティブアレイ装備の潜水艦であり
『なだしお』からはハープーンの搭載も行った。潜水艦建艦においては過渡期のモデルである
現在、呉にある海上自衛隊呉資料館に水揚げされ建築物として展示されている『あきしお』は10人姉妹の7女、『なだしお』の姉妹艦艇でもある
そしてこの潜水艦『なだしお』はある事件によって日本中に名をとどろかせ、自衛隊組織の根底を揺るがした
潜水艦『なだしお』事件
1988年7月23日
『なだしお』と遊漁船第一富士丸が浦賀水道にて衝突
総トン数150程度の船だった第一富士丸、2200トン級の潜水艦との衝突に絶えられるハズもなく、ほぼ一瞬にして水没、轟沈という形で海に消え
短時間の水没により船内に残された30名は何もできないまま死亡
衝突の衝撃で海に投げ出された者達17名は重軽傷を追うという大惨事となった
ダンプカーに原付がぶつかったような事故だった
この事件にマスコミは早々と誤報を垂れ流した
「潜水艦は停止もせず通り過ぎた」
「停止はしたが救助には一切手をかさず、溺れる被害者を並んで眺めていた」
「救命ボートもださず、艦長はカナズチで事故にパニックを起こし臆病風に吹かれた」
聞くにも腹立たしい情報だったが、何故かそれが正義だと日本国民には知れ渡り
海自は一方的に「悪」の烙印を押され叩かれ続けた
後日、報道の誤りが明るみにでる事になるが、報道した側はこれを訂正しなかった
ただ言いたい放題
公共の電波を使って、自分たちの私論を声高く叫び倒して誤りを認める事はなかった
しかし火中の海自側に問題がなかったわけでもない
むしろ事故直後に行った海自の態度が国民感情を悪化させたとも言えた
富士丸の船長は海上保安庁の事情聴取・出頭命令には即時に従いおこなったが、海自の側がこれに対して「即時には応じられない」と拒否をする
事故の検証に当てられた時間の中、最初の七時間に空白を作った事は、海自の立場をより悪くしていた
『なだしお』の艦長は幹部連の中でもエリートだった
潜水艦乗りから海上幕僚長になるのは彼だろうとまで言われたほどの人物の処遇
優秀な艦長を作るのは莫大な時間と金がかかる、ましてや最新鋭の潜水艦の艦長
国家機密の固まりでもある潜水艦の中身を、軽はずみな言動で白日に晒すことは出来なかった
だが、海自がそれを守りたかったという気持ちは世論に大きく反していた
自衛隊は何がなくても、何故か愛する国と国民に非難される
昭和46年に起きた雫石の事故で、事故原因究明より先に平謝りをした自衛隊は隊員達の士気を大きくおとしていた
なんども国防の盾達が頭を下げる訳にはいかないというプライドが空回った結果は悪い方向にむかっても仕方のないものだった
色々な思案の巡った事件だったが、浦賀水道を望む海難事故は二審判決で両者に非ありとくだされ
『なだしお』艦長には禁固2年6ヶ月執行猶予4年、第一富士丸船長には禁固1年6ヶ月執行猶予4年の判決が下り、灰色の決着に一時幕を下ろした
その後
当該艦艇だった『なだしお』は2001年除籍、解体によって艦としては短い18年の生涯を閉じる
「あの日、『なだしお』一佐、当時はまだ二尉だったが伊豆大島沖で公開訓練をした帰り道だった。もちろん知っているよな」
満月の輝きが身を隠した『こんごう』と粉川
吹き付けていた冬の波風の寒さが背筋を走る悪寒とシンクロしたように、粉川の顔色は暗くなっていた
満点を捧げられる美しい夜の下で、古傷の具合を確かめるというのは心地の良いものではない
身を隠した木にもたれかかった背中、静かに頷く顔に『こんごう』は続けた
「曇り空の日だったけど、波は穏やかで…でも二尉の具合は良くなかった」
「ああ、最新鋭の艦だったから公開訓練で色々な試験をした。その時に些少な不具合が2.3点あった、そう聞いてる」
極秘事項だった
粉川はでも全容を知り得ない事だったが、少ないながらの逸話は耳にしていた事を『こんごう』には正直にしゃべった。彼女達は艦の魂だ、不具合があれば彼女達はどこかに痛みを持っていたという事を知っていた事になる
当然、当時の事を他の護衛艦達に証言として残していても不思議ではないと考えた
「それは、ああ、あの事故以来私達は自分たちの側に不具合があると感じたときは積極的に「虫の知らせ」をつかうようにと通達された」
「虫の知らせ?」
話の端にでた言葉に思わず食いついた粉川の顔に、怒る事なく『こんごう』は答えた
少し寂しそうに睫毛を伏せた状態で
「ああ、基本私達と人とには架け橋がない、お前のように偶発的にでも私達が見えるようになる者がもっと多くいてくれれば意思の疎通も強固なものとなり、不具合の解消は楽になるハズだが…今でもお前しかいない、だから自分たちの側で人に異常を知らせるために「唸り」や「響き」、それに艦艇の運用速度の不安定化を出したりする。それを虫の知らせと言うんだ」
覚えのある話だった
護衛艦はどこか不具合が招じると、てきめんに何らかの鳴りがあったり、速度やタービンの調子を悪くしたりする
小さなモノでは、艦内に設置されている冷水器が一斉にとまり、冷やさなくなるなどという予兆をみせる
「あれは…ああいうのは君たちがやってたの?」
「そうだ、幸いにしてこの職務を共にする人は私達の変化に敏感だ。異常があると一斉点検をしてくれる。そうなれば事故は未然に防げるというものだろう」
なっとくの知らせ方
むろん、出航前などにそんな鳴りを響かされれば隊員にはたまらぬ労苦が増える
一斉点検に走り回る事になるのだが、粉川はどこかほっとした気持ちになった
彼女達の側がそういうシグナルをだしていてくれたという事に
「たすかってるよ。ホントに」
正直な感謝を示す
機械だと思っていた固まりの船。そこに心が存在する事で知ることができたこと
「とにかく『なだしお』一佐は公開訓練における最高速試験の結果が思わしくなかった。本人が思っている程でなかったそうだが、どこか不具合があるのではと探していたそうだ」
日本国の防衛のために作られる、期待を受けて産まれる護衛艦にとって自分の性能を把握する事は大事な仕事だった
特に『なだしお』は『ゆうしお』型の潜水艦としては初めてハープーンを搭載したタイプの艦艇だった
それらを含めて自分に課せられている重荷を十分に感じていた
期待される性能に対する評価、彼女は少しの焦りを持っていた
それが隊員や艦長に伝播したのかもしれない
浦賀水道に入ってから、不足分を補おうとした行動が思わぬ事故につながった
『こんごう』は伏せた目のまま、風に晒された頬に掛かる髪をかき上げると、一息ついて話を続けた
「事故については『なだしお』一佐は多くを語らなかった。というか、何も言わないふりして以降の任務を続けようとしたけど、司令達は知る必要があった。当時その事を調書したのは『しらね』司令だった」
『こんごう』誕生より少し前に起こった事件に対して人の事件追及とは別に、魂達の中でも追求と解明が進められていた
もちろん海保の側の魂からは突き上げるような事故への非難があった事も認め、話し合いをした事を教えた
頭をさげたままでも鋭く耳をきかせていた粉川の背中に『こんごう』は、ふいに注意をした
「粉川、人が求める事故の答えを私はしらない。私達は事故があったからと言って生きる道を返られないし、私達に人の法が施行させ刑を受けるわけでもない。あったとしても海保からの厳重注意程度だ。だからお前が事故の原因を知りたいというなら、私にはワカラナイとしか答えられない」
『こんごう』は事故の話に対して粉川が過敏になっている事を悟っていた
俯きながらも、海自士官として真実の原因を掴みたいという気持ちは身体の端に表れていたからだ、強く握られた拳に感じていた
だから先に釘を刺し、上げられた顔に事件と自分たちの関係を話した
「じゃあ何を『しらね』さんは解明しようとしたの?」
「単純に魂の心、私達自身に隙があったか?これが問題になっただけだ」
あっけない回答に粉川の目は丸くなった
人の社会の中では国民に憎悪の目を向けられ、存在の意義を叩き倒された海自の艦艇が事件の重大さと解明のしたかったものが「心の隙」程度という事に
「それだけ?」
おもわず相手の肩を掴みそうになった顔の前で、変わらぬ表情の『こんごう』は意志もつよく頷くと
「それだけだ、先に言ったように私達が起こしてはいけない事故ではあったが、この事故を公言する事を禁忌という扱いにした。公言してお互いを傷つけないようにと、ただ事故の教訓を捨てたという訳ではなく、今もそれは各隊群の司令艦がしっかりと教育はしている。それが些細な事でも不具合があれば虫の知らせをつかうという事の通達にもなっている」
粉川は納得できなかった
人の社会では惨憺たる問題となった事を、職務を同じくするという海自艦艇の魂達が「心の隙」程度の扱いをしていたのに腹が立ったが、『むらさめ』の前で見せたような激発的な反抗を口にするような事はせず、自分を押さえた
ここで冷静になれた事で、感情だけの考えに染まらずにすみ
一度首をふり自分に冷静さを取り戻すと、海自の魂達がお互いの間を割らないようにしているという事に、身に覚えのある言葉を思い出す事ができた
「DDGとDDHの確執」
専守防衛の元「先に死ぬ者が必要となる」という彼女達の誤認
いや、正確には誤認であると大手を振っていえるかは怪しいものだが、戦後この国を護る艦艇の魂に重くのしかかった防衛指標の前
『しらね』が事故の原因究明に心の隙を挙げ、お互いが艦の魂として心を引き締める事を大切と結論を出した根底にあるものは、それしか思いつかなかった
事件の事で今度は潜水艦に対して亀裂の根を広げるような事がおこれば、人には理解できなくても護衛艦達の絆は完全に崩壊してしまう恐れがあったと言うこと
「公言してお互いを傷つけないように」
苦肉の指示をだした一群の司令『しらね』の悲しげな顔が目に浮かぶ
粉川は自分の主張を飲み込んだ。忍耐が必要な会話、彼女達は同じ世界同じ職務の元にあっても違う社会形態と生活形態を持っているという事を、頭ではまだ理解できないが、自分の胸を叩いて気持ちを静めるようにして拳を打ち付ける姿を見せられるに『こんごう』は気遣った
「粉川、納得しないのはわかる。私もそれでいいのかと思った時もある。だけど人は私達を法廷に引きずり出すことができない、そうなれば私達は今後こういう事件が起こらないようにしようとお互いを励ます、または律し、危険などのシグナルを送る方法を考えるしかない」
深呼吸とともに粉川は開いての言い分を飲み込んだ
この話で討論をするのが目的ではない事を思いだし、事件の事を追求するのはまたの機械にしなければ自分の腹に沸き立った火に油を注ぐ結果になる事を回避した
「わかったよ、事故話はココまでにしよう。それより人との邂逅がどう行われるかを教えて」
丸めていた背筋をのばし『こんごう』の目から顔を背ける
付き合わせたら、人の言い分をぶちまけてしまいそうな気持ちを抑える精一杯の抵抗で空をながめながら
「この事故の時に『なだしお』一佐は人との邂逅をした」
打ち切ったハズの事故の話の延長にあった邂逅の事に、粉川は困惑した
彼女達の言い分は彼女達の世界観において正しいのであり人の考えるものとかけ離れている
だがそれを修正する権利も術もない彼にとっては、心を泡立てる会話となりそうで
それでも粉川は忍従を心に置いた
違う生き物であるからこそ、相手を理解するための努力が必要と唇をかむ顔に『こんごう』は苦笑いを隠すようにした
「粉川…辛いなら聞かなくてもいいぞ。ただ私は良い機会だとおもったのだけど、やはり人は遠いのかもしれない。それでも私達は」
「いいんだ、続けて。ごめん、自分で知りたいと頼んでおいて…こんな態度はないよね」
振り返り頭をさげる、自分の思慮の浅さを叩くように額に平手をつけて
「ごめん、事故の事は僕たちにとっても禁忌だ。今でも話したがるヤツはいない、君たちとかわらないよ、教訓にこそしたけど好んで話さないのは人も一緒だよ」
「そうか…いいのか?」
自分を気遣う目に粉川は頷いた、大丈夫と
自分の心を律しながらも話しを聞こうと頑張る背中を確認した『こんごう』は、軽く息をつくと
「そういう経緯から私達にとっても事故は禁忌になったが…お前が誰に聞いたかは知らないが人との邂逅自体は別にタブーでも何でもない。普通にある事だ」
「普通に?」
普通にあるのに隠されていた事、悪いと思いながらも嫌味に吊り上がる眉を手で隠す相手の前で、『こんごう』は自分の発言に語弊があった事を正した
「ああ、普通…いや違うな、私達にとっても非常事態だ。だがこれは私達という生き物が必ずする事の一つとつながっている、隠すような事ではない」
『こんごう』は言いにくそうに顔を伏せると、すぐに顔をあげた
彼女の早い決断はしっかりと相手の目を睨むように見ると
「私達は、死に近づく人には見えるようになるんだ」
一息でそう言った
「死に近づく?」
「人が生死の狭間の中、危機的状況の中、死の一歩手前に立つときに、どういう原理かはわからないし、必ず全ての人に見えるというわけではないが、大抵の人の目に写るんだ」
そこまで言われて粉川は息を呑んだ
潜水艦『なだしお』は自分と衝突し沈没していった人達に姿を見せていたという事に気がついた
だから言えなかった。事故をタブー視する以上そこだけを向き取って話をするのは難しいことだったと理解した
頭に考えをめぐらしながらも話に着いていこうとする粉川の前で『こんごう』は自分が考えるこの現象について、少し距離をおいて話した
死の手前というものが、生という側から見た限界の淵であるとするなら底を覗く行為が自分たち魂の世界との一瞬のつながりになるのではと
「それは海での死…その時って事」
「そうだな、海で起こる死の時に私達が見えるわけだから、その時は私達も死の淵にいる時なのかもしれない。だから普通の時とは言い切れない、非常事態なの時ばかりとも考えられる」
お互いが死への底を覗き合った瞬間に見える相手として
「でも『なだしお』は沈まなかった。ならどうして」
海難事故で船が沈む時に人が魂を見るというのならば、沈まなかった『なだしお』は何をしていたという疑問
お互いではなく、片方の死の時に彼女は
「『なだしお』一佐は、衝突した船に乗っていた人達を、富士丸にかわって抱いたんだ」
「抱いた…」
「それが私達が死ぬ時に、共に海に出た人に与える最後の勤めだ」
目の前衝突と共に一気呵成に沈んでいった富士丸、その魂もまた一瞬にして命を失う程の事故だった
青い泡を吐き出す渦の波間に消える富士丸を見た『なだしお』が取った行動は、人ではできない事だった
沈む船に残された人達を少しでもやすらかに送るために抱きしめるという行為
海で死ぬというのは過酷な死である
場合によっては死体などを探がすことの出来ない世界に没するという事になる
あの日、豊後水道で起こった事故直後、あまりの短時間での水没に救いの手を差し伸べる船はいなかった
先に死んでしまった富士丸にかわり、主の乗せた客達を送るための行為を
最後の勤めと言われる事を『なだしお』は行った
「私達は死の淵に立つ人達の分岐のために身体を開く。その人の愛する人の形で、時には安らぎの死の為に肌を与え、時には生きる力を注ぐために性の交わりをする」
言葉がなかった、粉川は風に吹かれるまま呆然としてしまった
およそ人では考えられない事だった
まるで身をひさぐ娼婦のような行為を正しいとか、悪いとかで判断する事は出来なくなっていたし、むしろこの行為の方がタブーとされていない事に驚いた
驚きに目が彷徨う粉川の前で『こんごう』の目は極めて正常で、それを当然の行為と断言していた
死は深い闇に落ちる恐怖の時だ、一瞬で理不尽な力の元に死ぬのならば尚のことに
だからこそ抱きしめると、人(男)にとって愛する物の肌の中に沈むのは、確かに安らぎであり、時として生きねばという思いを滾らせるものでもあるという事
理屈はわかるが理解の届かない事に目を白黒させる粉川は
その時の君たちは何?知らぬ人との情事を重ねる行為に抵抗はないのか?
人の女を基本とした考えで出た最後の質問に唇は震えていた
「なんで、そんな事をするの…」
「人がいる事で私達は海を行く、だからその死が海で訪れる時は人にとって私達こそが妻であり、恋人であり、母である、思慕する者に代わり当然事をするだけだ」
生と死を分かつ海の中で『なだしお』が行った行為は、涙の送り火
不慮の死に沈む人達に身体を開き、抱きしめるという愛だった
「三笠…」
粉川は海での死というもので、自分を抱きしめてくれた人の事を思いだした
身体に電撃の走る程の衝撃の話は、古い思い出に直結し自分にもかつて覚えのある事だったと気がつくと
『こんごう』から視線は離れ、彷徨うように海を、彼女を探す
ココにはいない、かつて自分を抱きしめてくれた人の事で。急に目に涙が溢れると膝から崩れた
「そうか…そういうことだったのか…」
崩れた粉川の姿に目の前に立っていた『こんごう』は肩をつかんだ
「おい、大丈夫か?」
小刻みに震える身体、震えて彷徨う手が肩を支えた『こんごう』の腕をつかむと
「僕は昔、海で死にかけた事がある…」
涙の混ざった声で語った
母を失った日に、父のいる海に向かおうと走った。走って走って三笠見える突堤から海に落ちた
何度も水を飲み、寒さに体温をうばわれ後少しで海に沈むところだった
「僕は助けられたんじゃなかった。あの時僕は死にそうだったんだ」
母を呼び泣き叫び、海に呑まれそうだった自分を三笠が救った
曖昧に覚えていたモノクロの記憶が蘇る
あの時、三笠は光の力を使ったわけではなかった。母を呼ぶ自分を手を開いて抱きしめたのだ
2月の凍てつく海に、身体を凍えさせ譫言のように呼び続けた母の名前の前で、長官公室のベッドの中に凍えた自分を包み込むように招き入れると、裸の彼女は柔らかな白い乳房と温かい肌を与え、自分を包むように優しく抱きしめた
三笠は生死の狭間にあった粉川に、生きる力を注いでくれた
「大丈夫妾がいる、妾がお前を愛してやる」
声がつまった、死の淵から自分を救った人に恋慕した、自分勝手に告白した時からかわれたと思っていたが
あれに勝る愛などあるはずもなかった事を今更、いや、やっと理解した
「その時に必要な愛」を三笠がきちんと自分に与えていてくれた事を
母の胸を与えていてくれた事を思い知り、大粒の涙がこぼれた
大切な思い出を忘れ大人になった自分がなさけなくて、見苦しいとわかっていても涙を止められない粉川は、『こんごう』の腰にしがみついたままで顔を上げられない状態になっていた
「『こんごう』…ごめん、しばらく顔をあげられない」
大切だった思い出のために流す涙、男泣きの顔を隠すように
肩をふるわせそのまま地面に伏してしまおうとした頭を『こんごう』の手が抱き留めた
抱えるように手をまわし、そのまま頭を腹に押し付ける
「『こんごう』?」
「かまわん、お前が泣くのなら私が受け止めてやる」
母親がわりの魂と同じように不器用な愛を示す『こんごう』、抱かれた頭に温かい鼓動を感じながら粉川は、かつて自分を救った魂の話をした
「僕はね、海で死に損なって君と同じ船の魂に助けて貰った事があるんだ」
名前はまだ言えないけど、喉につまっていた感謝の思いを誰かに聞いて貰いかった
「独特のしゃべり方をする、ちょっと乱暴な魂なんだけどね、母を早くに亡くした僕にはとても大切な人で、僕を今日まで育ててくれた人でもあるんだ」
「そうか、それで私達を見ることも出来たんだな」
自分たちを見られる人、粉川の話を『こんごう』は静かに聞き続けた
「そうだね、僕はいつか彼女に恩返しをしたいと思ってるんだ」
変わらない彼女、永遠に自分の母であることを示してくれた三笠への思いはやっと一つの軌道に乗った
恩返しにという理由をつくって、母を失い、妻を失い、息子を取られた自分の寂しさを紛らわそうとしていた、狭量な心が浄化される思いだった
「横須賀にいるのか?」
髪をなでる繊細な指は、いつになく優しい笑みで聞いた
「ああ、いつか『こんごう』にも紹介するよ。きっと喜ぶよ」
「楽しみだ」
彼女達の愛は深い、そして自分たちと共に海を行く者を分け隔てる事なく愛してくれている
だからこそね死の淵に立つときも、惜しむことなく肌身を与え、愛を注ぐ
今はそう理解しようと粉川は決めた
『こんごう』に抱かれた頭のままで、あの日、勝手な告白をした上に彼女を罵って走り去った自分の背中に、遠慮ない大声でどやしつけた三笠の言葉を思いだして笑った
「たわけ!!小僧!!一度は愛でお前を抱いたぞ!!」
その通りだった。死に損ないの非力な子供だった自分を優しく抱きしめてくれた三笠
「そうだ、僕は君の愛で生かされた。もうわすれないよ」
静かな波の音、白銀の月から涙を隠すように二人は夜の抱擁を少しだけ、お互いを許すように味わった
「いやや、そんなん嘘や…」
二人の姿に駆け出しそうだった『いかづち』を止めたのは『はるさめ』だった
粉川を倉敷から送った後、姉の言葉に心は揺れ動かされ不安になった
自分の方法で粉川との仲を詰めていくと宣言したばかりだったのに、次の約束をより濃厚なものにしようと立神に飛んだ末に目の当たりにした結果は予想を上回っていた
「はなしてーな!!姉はん!!わて!!」
「ダァァァァメェ〜〜〜」
言われた先の出来事、『こんごう』に跪く形で抱きしめられた粉川の姿は『いかづち』の心にファランクスの連打を撃ち込み、心臓に絶滅の痛みを走らす程の衝撃になっていた
止まれない憤りは、走っていって二人の間を蹴飛ばす勢いだったが、振り上げた手は『はるさめ』にがっちりと掴まえられていた
「姉はん!!『はる』姉は、わての味方やろ!!早う二人を離さな!!手伝ってーな!!」
懸命に怒鳴る、涙声の口まで素早く『はるさめ』につまみ上げられる
「ダァメェ、今出てたら『いかづち』は、ただのお邪魔虫になっちゃうでしょ〜〜空気読めない人って嫌われるよぉ〜〜」
反抗の声をつまみ上げられた『いかづち』は涙の目と、跳ねっ返りの頭を激しく振って
苦しい息のしたで叫んだ
「姉はんと二人で行けばええやん!!通りかかったみたいに!!」
「ダメ」
ゆるみのない断言を飛ばした『はるさめ』は格闘術で身につけた素早い動作で、『いかづち』の身体を手を後ろにねじり上げるようにして引っ張ると
「恋愛は一対一が基本なのよ?知らなかった?」と睨み
反抗して暴れようとした『いかづち』の頬を張り倒した
いままで、柳のように揺れて視線もどこか飛んでいる人だと思っていた姉からの痛烈な一撃にメガネをづらした『いかづち』はその場にへたり込んだまま呆然とした
協力者からの諫言は容赦がなく、座り込んだ妹の鼻先に細い指を立てると
「いい、脇道を造らないためのお膳立てはこれからもいくらだってしてあげるぅ。だけど面と向かう恋愛に二対一の手助けなんて絶対にしないから〜〜」
涙で震える妹に、念を押すように
「恋愛は男(人)と女(魂)の戦いよ。頑張らないと負けちゃうの、あっという間にね」と、木立の影でお互い気恥ずかしそうに顔を合わせている『こんごう』と粉川を見せた
言葉にならない嗚咽を漏らし項垂れた『いかづち』は瞬間に転移の光の中に姿を消していった
残光を滝の涙のように散らせて消えた妹の姿を見届けた『はるさめ』は、今一度『こんごう』と粉川の姿を見つめると
浮かれたようにハミングしながら光の輪を現すと
「男を腹の上で泣かすとは…以外だったけど、ちょっぴり好きになったわぁ『こんごう』ちゃん」
満月の輝く港の中を自分の艦に向かって消えていった
そして深遠に輝く月は『こんごう』と粉川の進む道を示すべき使徒を届けようと輝き続けていた
艦魂物語,魂の軌跡〜こんごう〜 外伝 港の働娘
前話は七十九話からどうぞ
前書きでも注意してありますが、セクシャリティーは純粋な行為のみに該当すると考える方には不向きな箇所がありますのでご注意ください
氷川丸の進む航路は安全ではない
最早、日本国の領海だと思われていた海にさえ安全な場所は存在しなくなっていたのは、彼女に乗船する兵員達の警戒心から理解できた
四方の海を睨む、痩せた目達
昼夜を問わないアメリカ軍潜水艦の攻撃に船の魂である氷川丸もまた目を尖らせていた
実際は、潜水艦に見つかれば何が出来るわけでもない
いや、何も出来ない。夜であれば光らせていても赤十字のマークは見えなかったと撃沈されるおそれだってある
それでも気を張って、日本を、故郷を求める人達を帰さなくはいけない
戦争という非常事態に駆り出され、海を渡った人達を一人でも多く連れて帰らなくてはと
痛む胃を押さえて甲板に立ち続けていた
「ダメです、このままでは感染症を防ぐ事はできません」
重く軋むドアを開け暗闇の部屋を一歩でた先
月明かりのプロムに顔を出した白衣の男は、同じく白衣に手袋、マスクをしたまま手すりに身体を預けていた病院船氷川丸院長鍵山大佐に声をかけた
彼は疲れた目を冷やすように打たれていた風を受けていたが、自分の後ろに立った手術医を見ると
「モルヒネは?」
返される言葉がわかっていても聞かねばならない、今この氷川丸のけが人を言ってに預かる男の眉間には険しい亀裂が刻み込まれている
「たりません、少しどころかまるきり」
歩を進めプロムの側に、大きな声では語れない船の医療の限界
「そんなことより、副作用の改善ができず悪化するばかりです」
プロムの渡りをゆっくりとあるく鍵山は、手袋をむしり取るように外し自身の疲れ落ちくぼんだ目頭を掴むと
「みんな弱っている、皮肉なものだ。この船に乗れた事の安心感から、弱った身体を持たせていた者のたがが外れてしまった」
そういうと後部の重病人室に目をやった
乗船の段階から怪我人、病人は区分けをして部屋をあてがわれる
最初の頃はこの規則は厳しく守られていた、いやむしろ今でも氷川丸に置いては最低限守られているのだが
収容人数が予想を超えるようになった昭和19年下半期からは、そうも言っていられなくなっていた
乗せられるだけの負傷者、それを上回る数の南方で病気に冒された者達
亜熱帯の及ぼす病気は感染率が高いうえ、日本兵はどの部隊をとっても平均的に栄養失調気味の状態で病気を蓄積している状態で船に乗っているというのが現状だ
負けているのだ。日本は、何もかも充足せず人間の心まで欠け始めている
攻勢にでるための作戦などと銘打たれ、兵員の輸送を続ける船の半分は目的地に着く前に沈められている現状を見れば、いかに骨かが無理強いな戦争に傾き始めているかは理解できる
「このままでは船の全部に病気が蔓延してしまいます」
「わかっている」
鍵山は対策を講じてはいた。前序のごとく軽度の怪我と病気の者、重度の症状を持つ者を区分けし衛生管理も徹底してきた
だが、限界がある
悪条件を生き残った者達にとってなんとしても日本の地に帰り着きたいというのは神に縋る願掛けに等しい
その幸運を届ける切符が氷川丸
チケットを手に入れた者達の心に安堵が宿るのは仕方のないこと、今まで戦い詰めだった者達が戦地を離れる事で得る安心感は不幸なことに病気に対する耐性を極端に落としていた
「隔離しきれません」
焦りの声を前に、鍵山も医者としての最大限の努力の末に尽きた策に答えようもなかった
沈黙が波の音だけを響かせ、水面に浮かぶ月を歪ませる
心地よい南国の風邪が日本に近づくほどに冷たい刃となるのを感じる中で二人の医師は、万策の尽きたこの船の病人達に何が出来るのかと嘆き、祈っていた
「前方!!船影あり!!」
深く悩み頭を抱えた二人の医師の耳に、だみ声の警戒が走った
「なんだ!!」
船橋の窓に向かい鍵山が声をかけるが、見張りは目を凝らし沈黙をまもる
こんなところで米軍の船と当たれば日本に帰る事は不可能となってしまう
「何だ!!何が近づいている!!」
鍵山のとなりに走った若い医師は思わず叫んでしまった
「第2だ、第2氷川丸だ!!」
大声で病人達に不安を煽る事はできない、叫んだ彼の口を親冴えていた鍵山は前方を行く船の招待が知れたことに大きな溜息をついた
敵ではなかった事に対する安心を実感しながら、氷川丸に乗った負傷兵達の気持ちを少し理解した
その頃船首にて自身を保たせていた氷川丸は、視界に写った第2氷川丸の影に鍵山と同じように安堵の息を漏らしていた
二人が再会したのは19年の11月以来の事だった
近づく船に氷川丸は、心細かった航路の中で出会えた妹に少しでも早く顔を合わせたいと考えていたが、彼女は船首にはいなかった
「承諾して頂けました」
「…須藤くん、これは悪魔所業ではないのかね?」
氷川丸はくくりつけの救命艇を下ろす作業に入っていた
下ろされる船には重病を患った者達が満載されていた
「大佐、このままでは氷川丸の軽傷者まで感染症にやられてしまいます。処分が必要なんです」
氷川丸から第2氷川丸へ、重病の者達を移し替える
軽傷者だけならば、クスリも数を揃えられない氷川丸内での感染症の蔓延を防げると、須藤少佐は考え、重病の者を第2氷川丸に引き取って貰うことにしたのだ
「処分か…」
須藤少佐とて医療関係者、自分がどんな判断を降したかはわかっていた
噛む唇と滲む涙で
「全部、自分の責任ですから気に病まないでください。大佐は病人の事だけを考え…」
手をあげる鍵山は声を遮った
「責任は全て私のものだ。君が進言してくれた事を受け入れた。生きられる者を生かして日本に届ける。今はそれが最大限の努力であり決断だ」
助かる見込みのない重病者、氷川丸に乗ることで感染症への抵抗力を落とした者達
日本への帰国を望みながらも、帰れない者達の姿に鍵山は敬礼した
「すまない、もう何もできんのだ。許してくれ」
白衣の軍医は、氷川丸を去る者達の姿をただ静かに見つめ続けていた
「氷雨、どこにいるの?」
氷川丸は姿の見えない第2氷川丸を探して彼女の側に飛んでいた
同じ名前を持ったことで区別をするのに「2号さん」と呼ぶのはとても失礼だし、妹の名前を付けるわけにも行かなかった氷川丸は彼女の事を氷川神社の主祭神の一人、奇稲田姫からとった名前から『クシナダ』と名付けようとしたが、彼女に断られていた
理由は姉の名前を頂いた神社の神様の名を貰うのは気が引けると
それよりも是非に「氷」の字を頂きたいと願われ、単品の字では形的に名前に遠かった事から雨の字をつけて、氷雨と呼んでいた
何度もの呼び出しに姿を見せない第2氷川丸
彼女の船体に移って最初に確認した怪我からも、心配は動悸を速めていた
2月の入港時に触雷した氷川丸だったが、同じ2月に彼女もマレーシアの切っ先、ジョホールバルにて触雷、怪我の度合いは氷川丸の軽傷とは違いセレターにての応急修理が必要な程になっていた
怪我を塞いだ穴
それでも休むことの出来ない辛さは、自分の身に起こった事からも良くわかる
胸を押さえながら、きっと倒れている妹を捜したが、すぐに違和感を感じ取った
暗すぎ船内、気味の悪い程に波の音に混ざる重病人のうめき声
それと、べとつく湿気を充満させた通路で、客室を改造して作られた病室から匂う腐臭
「この船…」
病院船と呼ぶにはあまりに酷い環境
プロムにしみ出した液体が足下を汚す、表の階段を下りた所には耐え難い匂いが遠慮なく漂っていた
灰鉄にまみれた重油缶のとなり、白の堅固なボンベに詰められた液体アンモニア、そんな物の管理がしっかりとなされていないのか?毒性を持つ香りの片鱗を垂れ流しているのかのように重い空気
小さな照明がスズランのように続く通路の中は、とぐろを巻く猛気と悪臭で満ち、悪魔の姿が目に見えそうなほどの濃度を上げていた
氷川丸は目を細め、自分の黒髪に匂いが付着するのではという思いで何度か手を振る
視界を遮り始めた本物の白い煙に
煙突のある直下、ボイラーに近づくラッタルは黒く油まみれに、魚の腐った身が溶けるようにこすりつけられている
進む方向には悪夢しかないという予感の中、それでも感じられる第2氷川丸の気に歩を進める
「氷雨…こんなところで何してるの?」
船の魂が好んでこんなところにいるとは思えない
そもそも身を持たせるために船首付近に姿を現しているのが常の魂達
風を浴び波を感じる事は彼女達の精神にはとても大切な事のハズなのに、この奥まった通路
悪臭を吐き出す事の出来ない袋小路の先のドアに氷川丸は手を置き、開いた
「氷雨…」
開かれた扉からは、目を刺すほどに濃度を上げた腐臭が熱気を伴って飛び出してきた
部屋の中はまるで南国のような熱気、しかし香りは腐った湿り気で充満させている
部屋の奥まった中央には焼却用の釜が赤い口を開いていた
踏み込んだ足にかかるヌルリとした液体、何もかもが壊れた世界の真ん中に氷雨は一糸まとわぬ姿で、黒こげに見える棒のような人を抱きしめていた
「おかえりなさい、もう大丈夫」
縛り上げていた柔らかな髪が、少しこぼれ、白い肌を這うように見える
「氷雨…貴女何をしてるの…」
裸の彼女のまわりには、無数の手が白いの肌を求めるように伸ばされていた
艶めかしい割り座の足に絡みつく手と、生を求める目
腕の中にいる男もまた、懸命に骨の指で氷雨の乳房を吸おうと伸びていた
「ああ、う、…静ぅ静ぅ」
「ここにおります、こわくないです」
窶れた青髭の顔には片目がえぐり取られたように失われ、腐り始めた肉が液状化してこぼれだしていた
第2氷川丸は彼の顔を自分の白い胸を近づけると「どうぞ」と微笑んだ
骨の指が食い込むように乳房を掴み、ひび割れた唇が乳首を吸い上げる
彼女は与え続けていたのだ。
戦地からこの船に乗り合わせる事はできたが、とても日本までは持たないであろうと言われた者達は、感染症の蔓延をふせぐために船底近くの火葬場のとなりに投げられていた
室内衛生などどこにもないこの闇の部屋に
一日中火を焚き続けても死体は8体しか焼けない部屋には、焼き待ちの死体が重ねられ身体の組織を腐らせ溶かし出た液体でぬかるみを作っていた
助かる見込みのない者は水も最小限しか与えられずに、隣に待つ地獄の釜へと投げられる順番を待っていた
待つ間に、死ぬ者の朽ちて行く死に体に囲まれた地獄絵図の中で氷雨は悲しみの愛を与え続けていた
泣いて望郷を願う者達の最後希望を叶えるために
愛する者の胸として、愛する者の身体の代わりを与え続けていたのだ
死の淵でめぐり逢った魂は人に最期の奉仕をしていた
「氷雨…貴女は…どうしてこんなにまで」
氷川丸の顔は涙でいっぱいになった
自分は病院船で、武器を積むことをおそれ駄々をこねた。自分に希望を託した人を運ぶことを拒んだのに
傷つきながら、自分以上に過酷な仕事を課され。武器を山積みし資源を樽で運び、その上で重病者を見取る愛を与え続けた氷雨の肩を抱いた
「だって私は客船に戻ると、お姉さんと誓ったんです。だから今もこうして私に乗る全ての客を運びます。間に合わない方には死出の旅立ちへのエスコートもいたします」
苦しみの航路、良い旅ばかりを夢見てきた氷川丸には、前に下せた判断が精一杯だった
自分に乗る負傷兵もお客様と思いこむ事で自分を保たせてきたに過ぎなかった事に涙がでた
「姉さんと呼んでよいですか?」痩せた病人のようだった第2氷川丸事氷雨の方が、自分以上の覚悟をもって海を走り
儚くも、この狂った地獄に死なねばならなかった人にまで愛を与えた姿に心から頭が下がった
「ああ、静ぅ」
彼女の胸に、きっと妻を想った男は大きな息を吐き出すと命の最後の旅を終えていた
「お疲れさまでした…」
二人の目に止めどない涙
「あの子こそ炎獄のマリアだった…私にはとても出来なかった事を、あの子はし続けた」
思い出を語る氷川丸は溢れた涙を拭いながら、大日本帝国最後の日々を走った時を語った
昭和20年8月15日、帝国はついに敗北を認めた