第七十六話 妾の命
頭脳に響く頭痛が続く…
歳をとると風邪程度も命取り…タスケテー
冬の木立、実りを失った木の枝が心を冷やす風を防ぐことなく粉川の頬を打った
目の前にある慰霊碑に目を見張る、荘厳にして硬い石の棺は空の器だ、もしかすれば中に宿る誰かの声がかけられているのかも?
とっさにそう思い揺れる風で木々囁くような優しい声を探す。姿勢を正しながら静かに目だけで
「戦艦金剛…貴女ですか?」
泣き言に雪崩打った足を、竹刀で叩かれたのように真っ直ぐにする
手帳に書かれたままの金剛が目の前にいるのならだらしのない腰に強烈な一撃は待ったなしだろう、踵をきっちりと合わせ背筋に鋼を通すと
金字の向こう側に魂の輝きを見るために、風が囁く時間は寸間だった事で上がった呼吸を整え落ち着いた低いトーンで今一度問うた
「貴女は?ココにいるんですか?」
「はい、ココに…ちょっと…つまづいてしまって…」
「はい?」
目の前の立派な慰霊碑、性格は苛烈と書かれた戦艦金剛がつまづく?あまりの返事に粉川の声は高く曲がる
実は自分の読み零しがあったのか?慌てて手元の手帳を開くと、そこで我に返った
「あの?戦艦金剛さん、つまづくんですか?」
目を見開いた真顔で大理石の草書に聞く粉川の背中に、笑いを含んだ声が背中を押す
「ああっ、お兄さん!こっちこっちです!!」
さすがにそこまで叫ばれれば浮世離れした発想にどっぷり浸かっていた粉川にも気がつく
背中に向かってかけられた声に素早く向きを変えると、視線が固まった
戦艦金剛の慰霊碑は他の艦艇より一つ高台にある、そのため下からココに来るには斜めに伸びた階段を上る必要があった
その上がりの階段、頂上付近の石段のところに小さな手が動いている
それも懸命に助けを求めて揺れる
粉川は瞬時に走り、手の主の所に着いた
手を振っていた声の主は、白髪に小さな目を凝らして粉川に助けを求めると
愛嬌の良い笑顔で
「こけちゃいました」と、はにかんでいた
石段に座り込んで手を挙げていた者、それは小柄な身に水筒とその身には大きすぎる袋をぶら下げた老女だった
真っ白の神は短く纏め、笑いじわを延長したような顔の中に垂れた目を見せている
「大丈夫ですか!!」
戸惑うことなく救出のために手を伸ばし相手の身体を引き起こすと、力のある粉川はそのまま抱き上げた、まるで姫を抱っこするようにして
相手が年寄りで身体が弱っている事は一目瞭然だったし、どこか痛めてしまったのならば単純に立たせるだけという訳にもいかないという判断で、階段の下に転がった杖を片手で取ると
「転んだって言われましたけど、どこか痛い所は?とりあえず下に行きましょう」
有無を言わさぬ行動力の前、特に驚く様子もなく老女はただ「そうしてくださる」と頼むと満面の笑みで、駆けて行く粉川の顔を見つめた
粉川が向かったのは大東亜慰霊塔の下を降り、最初に見渡した芝生の広場の右側に作られている休憩所だった
正門から右に行くと車を寄せられるように、車両入り口がある老婆曰く孫が迎えに来てくれるそうで、しばらくの間ココにいることにした
何もする事がなく、自分の考えに行き詰まっていた粉川には突然のイベントだったが相手が老婆では語る言葉もなく、ただ「お孫さんがくるまでココにいましょう」と席を一緒にしていた
足腰の弱っている老人をただ救い出してココに放置するのはさすがに後味が悪いというもので、セカンドポーチに入れていたカロリーメイトを出し遅めの昼食を取ろうとした
ここは木製のベンチと案内看板の大きなものが壁に掲示されており
並ぶように各々の慰霊碑、慰霊塔の祭事予定が書かれている
一見してもわかるように簡易的な作りのため壁なども白の吹きつけで作られており味気ない建物だ、真夏の時期は面前の異例広場の後ろに位置する事になり少しの日陰として提供される場所のため、大きなベンチはなく管理事務所が併設されているわけでもない場所は冬には隙間風が通る寂しいところでもある
「貴方、海軍さんでしょ」
壁に掛けられて慰霊祭の日程を読んでいた粉川の横にお茶を入れた紙コップ
おばあさんは絶えぬ笑顔のまま、味気ない食事を始めた粉川に自分が抱えてきた水筒から注いだお茶を差し出す
粉川は言葉につまった。突然そんな事を言われるのは如何にという気持ちで相手の顔を見返すばかりの姿をまるで気にもしない老婆は
「歩く姿もそうだったけど、とても姿勢の良い方だからきっとそうだと思ったのだけど…違ってた?」
姿勢…身に付いたものを見て取られたことに
自分の生活習慣も困ったものだと苦笑いしながらも返事に困った
今は海軍などいない、帝国海軍がなくなり現在は海上自衛隊という組織になった。そう言おうとしたが、お茶のカップを持つ老婆の顔に言えなかった
彼女の年齢がいくつかはわからなかったが、ひょっとしてあの戦争を知っているお年寄りならば正面から否定するのは失礼にも思えたからだ
「まあ、そうですね。佐世保基地からココをお参りにきました」
手に持った簡素な飯を下ろすと差し出されていたお茶を頂く
「まあ、鎮守府からお墓参りにいらっしゃったの」
これまた古い言葉の返事に粉川は参ったと頭を掻くと苦笑いして、沈黙の時間は好きではない事から会話を楽しもうとした
素っ気ない糧秣をポーチにしまい込むと、老婆がどうぞベンチに広げたミカンを手して頂きますと一言、ついで
「そうですね、先人に手を合わせるのは今の海を護る僕達にとって当たり前の事ですし」老婆自身も広げたミカンの皮を剥き、キレイに糸をとりながら自分の予想が当たった事に微笑むと
「そうでしょう、そうでしょう、それでね貴方何か探してらっしゃると思ったのよ」
「僕がですか?」
「ええ」
昼前から慰霊碑の間をアチコチと動き回っている粉川を見つけた老婆の目は「何かを探している」ように写ったという事だ
もちろん粉川は自分のどん詰まりの思いを胡散しに最初は走ってココに来たのだが、言われてみれば結局手帳片手に「何かを探していた」形にはなっていた
自分の心を見透かされたようで頭を掻く粉川の前で
「ほら。黒い手帳片手にしてらっしゃたでしょ?どなたかお探しの方がいるの?」
目線が見るもの
腰のポーチには老婆の救出のために急ぎで突っ込まれた黒革の手帳が顔を出していた
粉川はなるほどと思った
ただ慰霊碑の間を歩き回っているのなら、不心得にも慰霊碑に罰当たりな事をする「平和主義者」に見えたかもしれない
だが、捜し物を確認するために開いては歩き、歩いては止まりをする姿なら完全に探求者だ
答えを待つ顔は沈黙に絶えられないのか
「それでねぇ、私ここには詳しいんで教えてさし上げようと思ってね」
「すいません、コレですね」
興味深く見ている彼女の目の前に手帳を開いて見せた
「細かく書かれているので見るのが大変でして」
開かれた黄ばんだ手帳の文字に老婆は細く小さくなった目をさらに細く、紙を透かすかのように遠ざかったり近づいたりして見つめると
「あれ、ずいぶんと細かい字ねぇ。日本語じゃないのね」
「ええ、英語ですから自分も迷いまして」
そういうと目をつむって笑い、自分が粉川にしてあげようとした事を話した
姿勢正しいながらも、忙しなく歩く後ろを彼女は懸命に案内をしてあげようとついて回っていたと
「何度かお呼びしたんですけど、貴方真剣に探していらっしゃるのか止まってくださらないしね。とても足早く行ってしまうので私も頑張ってみましたらね」
結果あの階段で転んだと笑った
「すいません、声までかけて頂いてたのに気がつかなくて」
どちらかと言えば、他者に対して気遣いはしてきている粉川
まさか自分が艦魂達の疑惑に没頭するあまり、杖をついてまで自分を追った老婆の声に耳が反応しないかったなどとは絶える事なく笑顔を見せる老婆の手前で本気で恥ずかしくなり、唇を軽く噛む
「いいえぇ、そんなこと、それよりも貴方の探してた方、金剛に乗っておられましたの?」
申し訳ないと頭を下げる粉川に皺の波に浮かぶ優しい目が尋ねた
「いや、それは」そこまで言いかけて粉川は口を閉ざした
下手に違いますと言えば、この物腰優しい老婆は一緒に探しましょうと立ち上がりそうで、一度階段で転ばせてしまった相手を引き回すのはたとえ自分が背負ってでもするべき事じゃないと考えると額を叩いて決めると
「確認は終わりました」
先に見せた手帳を軽く振ってみせた
「あら、そうですの」
丁寧な口調の老婆は見開くように目を手帳にあてた後、首をふった
「私のね、兄さんは横須賀海兵団軍楽隊から分遣隊に入りましてね。呉鎮守府に勤めておったのですよ。呉の港の中でねぇ、戦艦金剛で音楽会をなさって、そのおかげで私も金剛さんに乗った事がありましてね」
そう言うと深く長い息を吐いて
「あの頃見知った方達の事を思ってねお参りに来るんですけど、金剛さんの慰霊碑は一番奥に有りますでしょ、年をとると行くのも大変であの始末です」
「そうでしたか、もっときちんと手を合わせるべきでした。申し訳ありません」
老婆の兄の友達、察するにやはりあの大戦をご存じの方の前、粉川は素直に頭を下げた
「いいえ、いいえ、ここに来てくださる事が大切。それで良いのですよ」
優しい笑顔を皺の顔の中につくり彼女は、少しの時間を会話しましょうと駄菓子のつまった手持ち袋を広げた
3日に一度はココを訪れていると語る。年を取り友達の多くも召された今の生活の中で、自分にも出来ることがあるだろうと、ココを訪れる若い世代を案内しているという
今は平和だ
それがこんなにも多くの人の死の後に訪れているという事を知って欲しい
そして今になって自分の御祖父を捜す方もいらっしゃるからこそ、迷わぬように案内し手を合わさせてあげたいのだと
頭の下がる話だった
粉川は自分の祖父を見たことが無かった。あの大戦後も生きていたという事は父親から聞いてはいたが、どこで何をしているのか?その後どんな生活を送ったのかもまるで知らなかったため、祖父の存在を確実し知ったの周忌法要の時が初めてだった
「あの人にはあの人の道がある。それを探して生きられた」
本家の名の入った黒の墓前を彩る花の前で父がそれだけを教えてくれた
「無くした戦友、部下達の残した家族に出来ることをしたい」その言葉を実行し続けた士官だった祖父。ただそれのみを戦後の糧として生きた
誰に理解される事のない生涯を送って
自分もまた敵わぬ願いのために他の人には理解の得られぬ船の魂達の希望を探している、と
老婆の話を聞きながらも思いに呆ける粉川の横顔
彼女は相手の心を読んだかのように思わぬ事を聞いた
「貴方さんは「舟魂さま(ふなだまりさま)」を知ってらっしゃいます?」
「えっ?」
突然の質問に間抜けな声と、頭に蘇った言葉
「そも我らは船魂と呼ばれる存在なり」
三笠と話しをした時にでた「艦魂」とはどういう存在なのかの船祖*1的な呼称
振り返った自分の顔、驚きが顔が目線に出ている事を老婆には確認されていると判断した粉川は勤めて冷静に返した
「ええ、お話に聞く程度には存じております」
丁寧な返事を返すと。相づちを打つように老婆は頷き
「そうでしょう、今でも海には多くの方がいるし、海軍さんにもたくさんいらっしゃっるようですからね」
さらに驚く発言をした
あまりの驚愕を顔に出し続ければいくら年取った目とはいえ不信を読まれてしまう
今度は素早く切り返した
「おばあさんは会った事があるんですか?船に居着く神様に」と
無理にでも落ち着けた微笑み返しをしたがおかしな顔になっていたのか、老婆は目を合わせた粉川の顔を見て急に吹き出してしまった
軽く手を叩くと
「あはは、舟魂さまは神様なんかじゃありませんよぉ」
皺の顔にさらに皺にして大笑いとまでいかないが口を押さえると
「貴方、舟魂さまを神様だとおもってらしたの?」
「違うんですか?」
どんだけのものが入っているのかと思える袋から甘納豆と栗をとりだしながら、止まらない笑いの中で老婆はこたえた
「ぜんぜん、船に憑いていらっしゃる「女の人」ってだけで…ああ、でも本当は神様だったのかもしれませんわねぇ。この国は八百万の神の国ですもの、嫉妬したりケンカしたりする神様もそりゃたくさんいらっしゃいますからねぇ」
老婆愉快そうに続けた
「あの方達はとっても嫉妬深い生き物なんですよ、私の兄さんはそう見えたようです」
「見えた…船魂さまが見えたんですか?」
「ええ、ええ、見えたそうですよ。皆さんとてもキレイな方ばかりで、人によっては女神様と呼ばれるのも仕方のない事みたいに言ってらっしゃいましたわ」
驚きの発見だった
現在では、おそらく自分しか見られないであろう魂の彼女達。それを当然当時も見ていた人がいるからこそ手帳の記録となって残っているのは理解していたが
まさか、実際に見ていた人に会うことができるなど、偶然とはいえ粉川の胸は高鳴った
「じゃあ、おばあさんも艦魂、いや船魂さまを見たことがあるって事ですか」
横並びだったベンチの中、思わず彼女の側に身体まで向けてしまう
老婆は変わることない落ち着いた物腰で人差し指をあげると、困った顔を見せて
「だから、嫉妬深いと言ったでしょう。あの方達は女には姿を見せてはくれないんですのよ」
初めて知る事実だった
さらに続けられる老婆の話はとてもすばらしいものだった
彼女の出生が広島県呉市で、昭和15年当時呉の尋常学校に通っていたといういわゆる戦中の生き字引のような存在だった
「それがねぇ、翌年には高等学校行く予定だったんですけど、ほれ戦争がね起こって、日本の全部学校が国民学校なんて名前代えられましてね。勉強するのは変わらないんですけどなじめないから…」
そんな小話を挟みながら彼女が子供の頃、眺めていた港町の話を聞いた
大戦の頃の魂達の姿と共に
呉は明治維新から向こうしばらくは何もなかった町だった。日本国が一丸となって進化続ける動きから取り残された江戸の風景を残していた所に一大事件が起こったのは
1886年の大日本帝国における重要軍港の1つ呉鎮守府開庁に端を発す
迫る列強の力に負けぬ国力を作ろうという力が簡素な田舎町に大きな軍港を作った
そこからの発展は凄まじいものだった機械工業の濁流が、人の生み出す細波以上なのはどこの世界でも一緒の事
あっというまに人口は倍以上、いや10倍以上にふくれあがりいつしかこう呼ばれるようになった
「東洋一の兵器工場」
繁栄ぶりは司令官の屋形などに今でもなごりとして残っている
初期帝国海軍はイギリスを習い海軍を創設した。だから現在でもイギリス風の家屋が残っている
当時としても珍しいハーフテンバー方式で作られた司令官宅は金唐紙と呼ばれる浮き出し文様の装飾も美しい豪奢な内張の部屋を持っていた(戦後米軍に接収された時に白ペンキで塗りつぶされてしまい失われるが、返還された時に職人達が力を合わせて復旧、現在も見ることができます)
だが繁栄という光が強ければ、影も色濃く残った町でもある
太平洋戦末期には軍需工場の建ち並んだこの町は、度重なる米軍の空襲で多くの市民が殺された
広島に立ち上った日本破滅の爆炎を見たのもこの町だった
歴史の波間に揺れた町に育った老婆は、さらに本物の波の世界に生きた魂達のことを良く覚えていた
「あれはお祭りの頃のことでしてね」
呉を訪れる帝国海軍の艦艇達、皇紀2600年の祭りの前後では各港で艦艇の公開も行われており
差し迫った戦争への荒雲を隠すように過密だった日の中でのことを、彼女は丁寧に語っていった
「日本のどこもかしこもが皇紀2600年祭と言ってね、騒がしくなってましたのよ。その頃ね、兄さんが軍楽隊の演奏会をするのでという事で、ついでに乗ってらっしゃる船が見せて貰える事になったんですわ」
その艦名は『浦風』
当時呉とその沖合には多くの駆逐艦達が集まっていたらしく彼女の兄は遠目からでもよく見える艦魂達を見ては、妹を片手に連れているというのに鼻の下を長くして、今は老婆になった彼女だが兄さんの顔に「男の人ってだらしない」と思ったおませぶり
それこそ聞く身の粉川が恐縮して照れるような事を「あの子は乳が大きい」とか「良い尻をしとる」と、兄さんは隠すことなく声に出して言い続けたという
「もうねぇ、よっほどキレイな方が多いんでしょうね。あっちだこっちだとそこら中に愛想笑いの手を振って、ついたと思ったらすぐに浦風ーって叫びながら走って行ってしまうの」
そこまで話してまた口を押さえて
「兄さんは何にも無いところで転げ回ってましたわ、きっと平手打ちを頂いたのだとおもうわ」
微笑ましい記憶、でも話の中に気になる事があった
最初の話で老婆は「船魂さまは女には見えないと言っていた事」
楽しげに記憶を辿る彼女に粉川は素直に質問した
「船魂さまは、おばあさんには見えなかったのでしょう…どうやって認識したんですか?」
見えなくてもわかる方法があるという事?
それは『むらさめ』が隠した人との邂逅にも似たものなのかという疑問
特殊な従方でもあるのかもしれないという思いの質問
自分の顔に、目の奥を除く程近づいた粉川の問いに
「兄さんの袖引いて説明してって。でも兄さんの言い方はアレでしょう、顔だの乳だのとそのうち私腹が立ってしまってね。私もまだ若かったし子供でしたからねぇ、自分だけ仲間はずれにされている事に癇癪を起こしてやったら」
なんとも子供らしい抗議の方法
連れてきた甲板の上で地団駄を踏む子供にはさしもの魂達もお手上げだったのか、上甲板に置いてある黒板に字をかくという方法で自分たちの容姿を教えてくれたそうだ
「浦風さんね、字が綺麗な方だったわ」
「それで姿が見えるようになったんですか?その間接的な何か合ったんですか?」
後一歩の疑問
自分に求められる質問に老婆は静かに目を細めると
宙を浮かぶチョークの姿に物怖じせずは聞いたそうだ。どうして私には姿を見せてくれないの?と
「どうしても見えませんでした。悲しくなってしまって泣きながら聞いたら、女には姿は見せられんと黒板に書かれましたわ」
そういうと口を閉じて少しの笑みを向ける
粉川は心苦しいと思いながらも後一歩のために質問を続けた
「見えないのではなく、女の人には見せられない?という事ですか?」
老婆は小さく首を振ると
「いいえ、後できちんと聞きましたらね、女は同族に当たるので彼女達がどうしたっても見せる事は出来ないのだそうで」
「同族…」
止まる粉川の頭の中にまたも三笠の言葉が蘇る
何故艦魂は女だけしかいないのか?どうしてなのか?という問いに返された言葉
「艦魂は女しかいない」「人に愛されるためだ」
「女は船である、魂のヒトガタを宿す器を持つ船」「その時に必要な愛」
混線する思い
確定されたのは彼女達は、間違いなく女しかいない種族であったという事
聞かされた事から自分にある問題を照らし合わせるが、曲がる口と同じく裏側を見ることは出来ないという苦悩、まだわからない事が多すぎる
真剣に話を聞き首をひねる粉川は彼女達の示す「人」というものが何かと問うた
「女には見えない…じゃあ「人」って言うのは?彼女達の言う「人」ってものは何ですか?」
「男の人のことでしょうね」
そういうと小さな両手を振って、目の前、船魂さまの話にのめり込み背中を丸めている大の男に
「だから言ったでしょ、あの人達はとても嫉妬深い。自分に駆る者、乗る者は男で無くてはならないと」
「でも世の中には客船とかもいますよ。旅する人には女性客もたくさんいますし」
粉川は自分の疑問を埋めたいばかりに否定の質問をした。明らかにおかしな会話になっている事はわかっていた
普通の会話ではなくなっている二人の空間
外を走る天神山からの風の音が耳の中を廻る
「あら、客船だって運転するのは男の人でしょ。それに客船の歴史なんて船魂さまの歴史にしたらそんなに古いものじゃないんですよ」
「艦魂などという者は船の歴史からすれば150年」
老婆の言葉が三笠の言葉とシンクロした
歴史という流れがあるからこそ、それに合わせて人も進化した
150年、鋼鉄の船達が世界の海を走り始めたときに、客船という船達の歴史の幕も上がる
海運業者が大きく手を広げ豪華客船と銘打った船を造り出したのおおよそ1830年代
それ以前から船には歴史があった
「どんな形の船であっても荒海を駆るのは、何時だって男の仕事でしょ」
悩む粉川の顔に囁くように優しい声
だが聞く粉川には一瞬それは古い考え方なのでは?という疑問が浮かんでいた。でも言葉にはしなかった
なぜなら、それが長い船の歴史では当たり前の事だったからだ
女性の船長を否定するわけではない、だが荒海を越えた大航海時代にしても日本に迫った列強の船団にしてもみな男達の駆る船に彼女達生きてきた
言葉は蘇る、彼の人が教えた神話の二人を
「日本武尊と弟橘媛」
荒海を渡る男である尊を魂となって届けた女、弟橘媛
悠久の歴史が証明している事
「あの人達は神様じゃなくて、私達女と一緒、荒海を渡る旦那様支えて生きる」
「どうしてですか?どうして神ではないんですか?」
粉川は首を振って否定すると、冷たい風に叩かれる出入り口のガラス窓をみながら
「僕は知人から船魂さまの話を聞いていますが、元は日本武尊の妻弟橘媛であると教えられました。二人とも日本太古の神です。神様じゃないんですか?」
「あら、ずいぶんと学んでらっしゃるのね」
食ってかかるような粉川の問いの前、まるで驚く様子のない老婆
むしろその落ち着きは教職者であるかのようにも見える
本当ならば彼女のような年寄りの言うことは素直に聞くというのが礼儀だろう
粉川にもその事はわかっていたが、ココまで深く入った話であるのなら、自分の頭に掛かった靄の一つでも消せるのならばという思いで突き進んでしまっている
探求心が行きすぎて無礼を行う事はどこにでもある事、老婆は若さというものを微笑ましく見ると
「だってあの人達が神様だったらみんな祈ったでしょう。あの戦争の時に、この争いの海から帰られますようにって、でも違う、あの人達は荒海を戦う覚悟の男達を支える者として一緒に生きていた。だからかな船乗り達は弱々しい男なんかいないんだろうと思うの。「船を護り一緒に生きて返ろう」と思えるためにもあの人達は美しい女なんでしょうと、私はそう思うの」
魂の女…女の形を持つ魂の意味
神ではなく、人と同じように生きている
「妾の命を」と器の媛は、国作りの為に身を捧
御霊を頂し尊は海を渡りて国を作る
「それにね、日本武尊にしても弟橘媛にしても、高祖なのっぺらな神様なんて言われる以上に感情豊かな姿をもってらっしゃいますのよ。夫を想い自らの命を差し出して海の道を示した媛はそう言ってる「燃え立つ炎の中にあった私を救った日を思いだして」と、自分を火中から助けた人を想って海に身を投げたのよ。そして尊は彼女を思って大泣きするの。「吾妻はや(我が妻よ)!!吾妻はや!!」と、ただの男と女でしょ。神秘的な愛なんかじゃないでしょ、一生懸命な愛でしょう、違う?」
老婆がこんなに熱く愛を語るなんて、ともすれば引いてしまいそうな言葉だったが
粉川は素直に受け入れた
「はい…」
「だからあの人達のは海をゆく男達を愛してくれる。戻れるように、そして私達女は陸地で帰りを待つの、地を離れしばらくの間、夫を助ける海の妻である船魂さまと、自分の胸に戻る夫を」
艦魂は神ではない
粉川はわかっていた事に頷いた。だから悩み苦しむ、人と同じように
優しすぎる心で、兵器として産まれた事に迷いを持ち…それでも人の側にいてくれるという事
丸めていた背中越しに拳を固める
諦めてはいけないと、駆る側の者として何か出来ることがあるハズだと、沈んでいた心を叩いた
三笠のいう「その時に必要な愛」というのはまだわからないが、今思えば三笠ほどの重鎮が軽はずみでそんな事を言ったわけではないと思えるし、愛が深いからこそ見せられない部分もあるのかもしれない
『むらさめ』が言うことを拒んだ事にも彼女達にとって重大な理由がある
人が簡単には入り込めない世界
「当然か」
当然の事、彼女達は簡単には人には見られないのだから、やたらに自分たちの領域に入ってくるものなんかいないのだから、どこまでを知らせて良いかのラインはまだワカラナイところにあるという事
だからこそ自分の方にもっと忍耐が必要だと
悩みの亀裂から額を解放した粉川の横顔を確認したように老婆は納得したように頷くと
「あら、孫が迎えに来ましたわ」と腰を上げた
正面の入り口、休憩所から見ると左側から入った白の車は駐車場に入ると空気の壁にぶつかったように急に止まった
「あの子、まだ運転が下手なんですよ」
見ればわかる急ブレーキ。目を丸くして「怖いでしょ」という老婆に「ゆっくり走れば大丈夫ですよ」と苦笑いの笑みを返し、粉川は彼女の袋に広げてしまった駄菓子をしまうと、手に持って送るのを手伝った
外の日差しはだいぶんと海に向かって傾き出していた
会話は一時間足らずのものだったのに13時に近づく佐世保の町には山間からの影が伸び始めていた
吹き付ける風で顔に掛かる白髪を払い
「風が冷たくなりましたねぇ」
変わらない柔らかな声に粉川は、はいと答えると
「今日は本当にありがとうございました。とても有益なお話を聞けたことに感謝します。…それで今更なんですがお名前を聞いていませんでした、申し訳ありません。お聞かせ願えますか?」
先を杖ついていた老婆は立ち止まった
「ああ、忘れてましたねぇ。私は滝川輝と言いますの」
風から自分を守るように歩く粉川に自己紹介をした滝川は、返事の自己紹介をしようとする粉川の口を止めた
「私、一つだけお願いしたい事がありましたの、お頼みしてよろし?」
「何でしょう、その出来ることならば」
駐車場で所定の場所に止まれず四苦八苦している孫の姿を横目に微笑みの口は続けた
「ええ、とても簡単な事ですの、貴方の官姓を入れて私に敬礼してくれませんか?」
「敬礼…ですか」
皺の間に浮かぶ真っ直ぐな目は、子供が兵隊さんを見ていた時のように純粋に輝いていた
「敬礼です、兄さんは出て行く時私に必ずしてくれたので」
昔の思い出
出征する兄は、どこか女にだらしなく魂の女の尻を追った人だったと良いながらも、帰る約束の敬礼をしていった
粉川はわかりましたと頷くと小さな老婆滝川の前に踵合わせた
「海上自衛隊粉川一等海尉であります!」
慰霊碑の丘に響く滑舌良い挨拶
腕から手のひら甲、全てに鉄心を組み込んだかのような挙手
海軍特有の脇を締めた鋭角の姿に、滝川の目が潤む
彼女には重なって見えた
あの日、帰らずの海に出て行った兄の姿に
「ああ、心が娘の時に戻りました。ありがとう、これからも日本をよろしくお頼みしますね」
市内に向かう細かな道を何度も立ち往生する車の中、滝川は離れて行く公園を見つめていた
ここの景色もずいぶんとかわった
昔はもっと趣のある街道で公園までの道は緩やかな坂だった
石畳が広く続く道の端には木造二階建ての茶店が並び、慰霊祭をただしめやかにおわるでなく、現世の楽しみを伝える笛の音が道を緩やかに楽しませたものだった
木立の街道を上がり慰霊に伏した日
戦後、結婚して佐世保に来た時に最初にしたのが東公園の草むしりだった
誰もが敗戦を誰かのせいにしなくては前を向けなかった時代に、滝川は兄達もそうだが争いの海にお供をした魂達をも弔おうと思い、一人陽に焼けて奉仕を重ねた
「すこし、風をちょうだい」
ぎこちない運転を続ける必死の形相の孫娘に頼み、ウィンドーを開く
風を手で、指で楽しむように触れると
「阿賀野の…お夏婆様、貴女様が息子さんに託した手帳、お孫さんに渡った手帳、しかと受け継がれておりましたわ。長生きはしてみるものですねぇ」
滝川は目をつむった
粉川がちらりと見せた黒革の手帳、ページの記述を思いだして
戦艦金剛のページに共に沈んだ僚艦として書かれていた魂の名前
「駆逐艦浦風 目は黒、神は黒、愛嬌良く、人の子供に興味あり」
秋風迫る黄色の輝きの海の上、兄の愛した船を尋ねた時、浮かぶチョークで遊んでくれた魂の女
「浦風さん、最後は兄さんを連れて行ってしまったけど貴女だから許せるわ。ううん、兄さんは貴女と一緒にいたいと言ったのよね。きっと…」
老いた目に少しの涙
「これからもきっと、貴女たちの歴史は引き継がれてゆくことでしょうね」と再び目を閉じた
粉川は走っていた
負けてたまるかと、息を挙げ肩を揺らすストライドの中で
自分が歴史的にみても遙かに若輩であるにもかかわらず、なんでもかんでもを一度に理解しようとした愚か者であった事を認めて
「まだまだ!!僕が学ばないでどおする!!」
大きく両手を挙げる
港から吹く波風を全身に浴びて叫んだ
「負けないぞ!!三笠!!負けないぞ!!魂の女達!!」
15キロの帰路をひたすらに爆走した
カセイウラバナダイアル〜〜神話〜〜
今回も色々と小難しい話しが…
てか!!粉川の手帳て何?って質問あったのですが…あれです3話に出てる手帳です
三笠様に会ったときにも開いたりしてます…が
あまりに曖昧に書いたので突然出てきた感はたしかに否めません
こういうのの書き方って難しいですねぇ、努力がたりませんでした
ごめんなさいです
今回登場の滝川輝さん、滝川という名字は黒鉄先生の作品からのリスペクト
輝という名前は「片目の魔王」からwww
外伝、水宮の后からの関係ある人の登場でした
少しずつ色々な角度で艦魂という存在を検証して、紐を解こうと躍起になってます
ところで日本書紀などは版判によって解釈の違う部分が多数見られます
それも現代になって解釈をかえられたものではなく
最初に書かれてから200年後ぐらいに改訂されたりしている箇所があったりです
日本書紀は国家の歴史書という意味では一級の資料とは言い難いのですが
読み解きをするのは実に楽しい作業です(ただ年と共に目にきたり、頭痛になったりで、あの原文を音読する事でなんとか頑張ってます)
*1 船祖 先代旧事紀の中にあるもので磐船の事
天孫降臨の絵でも描かれているけど神様は船に乗って彼の地(日本)に降り立ったと言われていて、その時に使った船が日本の船の祖先と言われる
それより古い時代である日本書紀には伊奘諾尊伊奘冉尊の蛭子を流すというくだりで葦船が出てくるが、これを船祖とはいわないらしい
巻第一だけでも5回ほど船はでるがどれも船祖として描かれる事はない
とにかくそういう事で、知りたい人は勉強しよう!!
今回のおまけ〜〜
艦魂物語,魂の軌跡〜こんごう〜 外伝の外伝 海の抱擁
実は以前、組合にいた頃の規格もので書いた作品ですが今回の話しの補則?というかなんとなくわかるかな的な感じで再録しました
でわ、どうぞ
救助活動、スマトラの地震で駆けつけた海の真ん中で艦魂『おおすみ』立ち尽くしていた
でこっぱちな額にたくさんの汗を浮かべながらも決して日陰にはいろうとはしなかった
真上にさしかかった太陽は目の前に広がる世界をきらめきの波、という乱反射の海にかえ
どこにいたって日陰なんかないのだから入るのは無駄というのもあったが
何もなくても『おおすみ』はココに着いてから毎日を外にて過ごしていた
大津波によって被害を被った隣国に派遣されてきた日から自分と共にやってきた陸自の隊員達は毎日入れ替わりで働いている
現地の様子はそうとうひどいらしく体調をくずしてしまう隊員も何人かいる
「無事で帰ってきて」
海上にいて船の魂である事だけが仕事
それしか出来ない『おおすみ』は働く隊員たちと同じ気持ちでいたいという思いからも朝から晩までをココに立ち尽くしている
「しかし、私ってホントにこんな事だけしか出来ないなんて…なんかなぁ」
その日夕暮れ時『おおすみ』は自分の甲板の上で一人でご飯を食べていた
ココに一緒に来ている『はまな』はキョジャッキー…
まあそれ以前に色々と事件があった事も手伝ってか3日一度は倒れている
さらに一緒にきた旗艦である『ひえい』は艦に引きこもったまま出てもこないという
女ばかりの派遣なのに華やかさのない日々で誰とも話ししないのは毒だった
「なんか疲れたな」
「どうして?」
その声はまだ振り向かない『おおすみ』の背中に勝手な自己紹介を始めた
「こんばんわ、私はマーシーよろしくね!」
ココにきてから何人かの海外艦魂にはあっていた
みんなその国の軍服姿で挨拶だけはしにきたり、しにいったり、とにかく忙しい被災地救助のため段取りを踏んで挨拶を交わせるのは、ほとんどいない
だからこんな夕方にくるのもいるのかとおもいながら口に含んでいたジュースの飲み込んで振り返った『おおすみ』は
「コスプレ?それ?」
開口一発目に変な事を口走ってしまった
目の前に立っている艦魂は.....ナースのコスチュームを着ているのだ
白衣に白い制帽
真ん中に大きな赤字で赤十字のマーク
たとえるなら、どこぞのリップクリームのアイコンに付いているナースのようであり裾広がりのロングスカートがさらにそれさ加減を強調して見えた
「違いますよ!これ私の制服なんです!!」
目の玉かっぴらきで呆然としている『おおすみ』に人差し指をあげたマーシーは白すぎる肌の頬をふくらませて
「私病院船の魂なんです」と抗議した
「病院船…」
ちょっと落ち着いた『おおすみ』は自分の後方「人」の目では堪忍しにくい距離に錨を降ろしている大きな船を見た
真っ白な船体に彼女の姿と同じような大きな赤十字のマーク
「だからナースなの?」
「そうですよ」
可愛らしい笑み
まさに弱った男達(特に男ばっかが弱るわけではないが戦場では男がメインだから)にとって自分の傷をいやしてくれる天使ともいえる看護婦姿に
作業青服の『おおすみ』は漠然としてたままポロリと本音をもらした
「いいなあんた「人」の役に立って…」
それは海に消えてゆく寂しげな太陽が心に募らせた思いを押したのかもしれない
『おおすみ』はマーシーと夜の少しの間、少しの会話をする事にした
「私は『おおすみ』っていうのだけど、何艦とかいわれると何かよくわからない船」
艦内から失敬してきたお菓子をおしげなくマーシーの前に広げた『おおすみ』はどこか自虐的な自己紹介をした
「?お仕事の内容がわからないって事?」
広げられた菓子袋の中、ポテチを見つけたマーシーは嬉しそうにほおばりながら不思議な顔で聞き返した
「わかんないよ。だって輸送艦ってだけで人運んで、車運んで、衣料品運んで…そんだけだよ」
「立派な仕事じゃないですか」
マーシーは速い手でお菓子を食べ続ける
「ごめんね夜勤明けで食べてないの、私お菓子大好きだから嬉しくって」
話も聞くがお菓子にも夢中
自分の船からもってきペ○シを『おおすみ』のカップにも注いで
「輸送艦が必要な物資を持って来てくれるから現地の人も助かるってもんじゃないですか」
注がれたペプ○
いつもわフ○ンタを飲んでいる『おおすみ』は口にはこびながら
つまらなそうな顔
「物資は持ってくるけど自分で何かしてるわけじゃないし、何かを護ってるってわけでもないし」
「船を護ってるでしょ?」
「もちろんそうだけど」
何も出来ない艦の魂、だが平時の時では特に艦体の中身である部分を護っている
心が取り乱す事でおもわぬ事故が起こってしまわぬように厳しく
その善し悪しは各艦艇の艦魂の様子でよくわかる
ココに来た4隻の中で今のところ何の支障もなく仕事をしているのは『おおすみ』だけだった
『はまな』は疲労によって精神を途切れさせてしまわぬよう、なんとか眠るという作業に没頭する事で身を保たせ艦に事故が起こらないように努力しているし
『きりしま』はその目をいかし広範囲にわたる人命救助に忙しく今日もここにはいない
一方で旗艦の『ひえい』は最初の事件以来調子を悪くしているのか
乗っている隊員も海上監視をしながら機関修理にと忙しく働いている様子を考えれば、日中も陽の下に立って艦を護っているし『おおすみ』は十分に仕事をしているとマーシーは言った
「でもさ、人を助けたいのに海に浮いてるだけって…なんかさ」
マーシーの励ましを聞けども今日の『おおすみ』は沈んでいた
「私はさ本当は空母に生まれるハズだったんだ、きっと」
「空母に生まれたかったの?」
どこか自分より幼いマーシー
姿形はどちらかと言えば『はまな』の年頃にも近くみえる
「生まれる時にそういうふうに騒がれたらしい。私の国はさ、マーシーの国に負けて以来戦争に関わる物が大嫌いでさ、戦艦とか空母とかは特に嫌われるんだ。だけど実際に国を護る仕事をする形ある名誉な名前だと私おもってんだ…だから」
「私の国だって戦争は大嫌いだよ!!」
まるで戦勝国は戦争が好きというニュアンスの発言にマーシーは眉をしかめて反論した
ちょっと起こった顔に『おおすみ』は自分の言葉が足らなかったと謝った
「ごめん、だけどとにかくそういう風潮があって私はこういう中途半端な船になっちまったんだ」
「中途半端?」
一言のあやまりにすぐに機嫌をなおしたマーシーは不思議そうな顔
「空母でもない、護衛艦でもない、なんだか国の護りとして役に立ってない感じの船だろ。ただものを運んでるだけなんだ」
「その言い方だと戦争が好きなのは『おおすみ』の方なのね」
感慨にふけっている横顔に
口いっぱいにポテチをほうばったマーシーは口笛を吹きながら
「戦う船の集団にいて、自分が戦わない形である事を惜しむなんて、戦いたいって言ってるみたいなものよ」
サファイアの瞳は相手に反抗を許さない輝きを持っていた
反論しようとした『おおすみ』の口をふさぐ仕草といい
やはり年上の艦魂である余裕を見せると
「私はね元々はタンカーに生まれる予定だったの」
自分のあり方に迷っている『おおすみ』にマーシーは優しく自分の生い立ちとその意義について話始めた
「船の仕事は基本どれも人を助ける事だよ」
指についたポテチの油を舌で舐めとりながら純白のナースであるマーシーは
『おおすみ』に肩を寄せると水平線に広く自分の写し身を広げた太陽を見つめながら
「タンカーとして生きていれば、人の生活を助ける物をいつも運んでいたと思うし、私はそういう自分を誇りにしていたとも思う」
『おおすみ』は小声で反論した
「だけどそれはただ運ぶだけでしょ、人に何かを」
「私達はいつだって人を助けたい、いつだって人と共にいたいだけど、人に直接何かをしてあげられる事なんか希にしかないでしょ、有って欲しくもないし」
それは艦魂を見られる人が少ない事を意味している
「だけど海という広い孤独人とを共有し、愛する国のために資源を届ける仕事だっと今でも思ってる。大切な生活を守るために運ぶという仕事は直接かかわらないけど、大きな仕事だと思うわ」
「でも君は病院船になって多くの人を助けている」
ただの輸送艦
『おおすみ』の心に残っている残念
国から愛されず
国の護りのために生まれたのにどこか中途半端な自分
だったら、空母として忌み嫌われながらも明確な護りの盾として生まれたかったという思い
「空母に生まれたら、貴女みたいな優しくて繊細で人にもっと色々としてあげたいと想っている艦魂はストレスで倒れちゃうわよ」
生い立ちの残念をぬぐいきれない『おおすみ』の肩を叩いてマーシーは自分の国の空母達の話をした
どれもこれもくせ者ぞろいだけど
「みんな自分から飛び立ってゆく人の事を想っていつも心配している、辛いのよ。無事に帰って来てといつも願ってる」
それは理解ができたのか『おおすみ』も頷いた
「私も、願ってる無事に帰って来てくれる事を」
被災地にいった者達の事を一日でも忘れたことはなかった
「そうよ、同じなの私達は各々の立場で仕事をするけど思いはいつも一緒よ。愛する人達が無事である事を願い、その想いを運ぶ、貴女の仕事は大事な仕事なのよ」
そう言いマーシーは続けた
「あなたの国にも空母に生まれたのにその役は果たさず復員の仕事をした姉がいたでしょ、彼女は戦う姿の自分より傷ついた日本の「人」達を海を渡って運べた事を誇りとしていたと私は思うよ」
マーシーの博学さに『おおすみ』は少し驚いたが彼女が自分より豊かな艦生をもっている事を認めつつ
「葛城姉さん…」
かつての帝国海軍との絆は、絶たれてしまっているのかもしれないけど、その名は知っている
大戦に負けた後、出征し遠い異国の島に残された人達を南海の島々へと迎えに行った姉
空母として生まれたのに兵器のツバメを飛ばすことは一度もなく、広く大きな甲板に戦いに疲れただ故郷を望んだ人達を運んだ姉は
傷ついた日本人を少しでも速く祖国へと運ぶために寝る間も惜しんだフル回転の活躍をした
『おおすみ』は涙目になり
そんな肩を強く抱いてマーシーは続けた
「私達はね大きな意味でみんな空母なんだよ。「母」の想いを持っているのよ。海を渡る人達を愛してる。彼らも私達の事を愛してくれてる。私達が海を行くために心を使わす事は、ステキな仕事なのよ。人の生活を支える物資をはこぶ貴女の仕事は誉れある仕事だわ。きっとその想いに人は感謝してくれてるハズよ」
澄んだ夜空
たくさんの星が見える海の上で『おおすみ』とマーシーは朝がくるまで色々名話をした
朝方マーシーは袋いっぱいのお菓子をもらって喜びいっぱいの顔で自分の船に戻っていった
そして『おおすみ』は自分に向かって戻ってくるエルキャックの姿を見つけて手を振った
被災地救助の陸地勤務の部隊達
交代制で『おおすみ』に、自分にもどり体を休ませる人達の姿
それが全員無事である事を確認して
満面の笑顔で手を振って
「おかえり!!無事でありがとう!!」と




