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第七十二話 死の宣告

艦魂の持つ倫理観は人とはやはり違う

これを受け入れられるかが争点でもある

海からの風の音が、煉瓦の溝をなぞるように駆ける

煉瓦の貼り合わせが違う部分を吹く風は、輪唱のように吹く末の音色を重ねるが切れるような高い響きが教えるのは冬の寒さそれだけ

粉川は風の音がつくる季節の声を部屋の中で感じていた


自分の冷えた心を抱えたまま


少し前、煉瓦倉庫に向かうため立神バイパスの分岐を歩いていた自分の背中に抱きついた『いかづち』

彼女は「寂しい」と泣くと、そのままココに一緒にいてくれとせがみ続けた

強い力で引くでない懸命に、微力な力で自分の服を引く姿に無理矢理振りほどくなど出来なくなり、身動きがとれなくなった粉川

理由を聞こうにもただ泣きながら首を振るだけの様子に困り果てたてた所を救ったのは


顔に怒りの色を昇らせた『いかづち』の姉『むらさめ』だった




「なんか飲むか?」


煉瓦倉庫の寄宿舎一階の広間は現在『こんごう』の演習帰還を祝ったと題するパーティーが開かれ、壁一つを間にした図書室内のテーブルに『むらさめ』と粉川は対面するように座っていた

手持ち無沙汰を越せ任すように栓抜きを指で回しながら、沈黙を守る男に話しかける


「今日なら酒でも何でも手に入るぜ」


考えあぐねて乾いた唇に何度目かの舌なめずりをした粉川に、いかにも気を遣ったような物言いをする『むらさめ』だったが目には険が立ち喉舌にまで力の入った口の曲がり具合

粉川は手で「いや」とこたえた

相手の仕草に声もなく応じる『むらさめ』


「悪いな、今日はパーティーだ。主賓達に顔を合わさないにしろココを離れるわけにはいかないんだ。いつ呼ばれるかわかんねーからよ」


立ち上がった彼女はドアのスキマから会場の様子をうかがいうと、戻り乱暴に引いたイスに戻る

前列に並んだアメリカ艦魂達の相変わらずな騒ぎを冷ややかに見るに

「ご宴会だな」と肩をすくめた


今日の『むらさめ』は海自の艦魂達にはめずらしくスカートではなくスラックス

ダブルの黒い軍装は大戦後復活した自衛海軍(海上自衛隊)の正装として採用されたもの、海外の艦魂にはあまり評判が良くないそうだが、今の日本がアメリカに追随した形で軍備を持っている事の象徴にも見える


『むらさめ』は長い黒髪を持っているのだが、いつものように引っ詰め、頭にくくりつけるようにまとめている。うなじに少しの送り毛を零した形のスタイル

いつもそうなのだが、今日は客の前というのもあるのか纏め方も美しい形だが

態度にはうんざりしているというものが良く現れていた、かっちりと締めていたネクタイに手をかけると


「めんどくさいもんだ」と引きはがすように弛めて

「あのヤロウ(『いかづち』)は今日の食事担当だ。主賓に変なものだしたらこっちが大目玉をくらうっつうの」


忙しい年末行軍

佐世保は月曜入港、水曜出港も合わせ多くの艦艇船舶が出入りを繰り返していた

当然基地に詰める護衛艦も入れ替わりで小規模演習を行ったり、長崎に出向いてこれまた小規模な改修や一年の垢を落とす作業に出たりで

忙しい時期である事に変わりはない


前週、アイゼンハワー寄港の時はそれなりの数の護衛艦艦魂がいたため料理は『ゆき』姉妹達が作り合わせる事もできたが今日はいない


『こんごう』と入れ替わるように『はるゆき』が出てしまったため、料理番は『いかづち』の仕事になっていた

なのに前菜も仕上がっていない厨房でパニックを起こしていた『ゆき』姉妹の姿を見つけることになり『むらさめ』は急いで妹を捜していた矢先で、粉川の背にしがみついて泣く妹を見つけてしまっていた




「あのさ」


華やかで黄色い声の響く広間から隔絶された部屋、とわいえ図書室はテラスを持つある種の社交場のような雰囲気を持っている中で開けた空間に狭さを感じさせるものはないが、監禁された気持ちを味わっていた粉川は相手の話を聞き続けた果てに口を開いた

『むらさめ』に手を引かれ自分の背中から引きはがされた『いかづち』

何故突然あんなふうに泣き出したのか、今まではそこはかとなく明るい顔を見せていた彼女の見たことのない涙に、深い闇をかいま見ていた


粉川の渋い眼差しに手をヒラヒラと泳がせる彼女の姉は

「わかってる、聞くなと言っても聞きたいだろうな」

手元に置いたジュース、ストローを通したグラスを遠ざける『むらさめ』は遠い目をしていた

先ほどまで軽口を飛ばした垂れ目ではなく、何かを観念したような冷めた目と口ぶり


「教えてもらえるなら、聞きたいんだ。どうして『いかづち』ちゃんはあんな風に…」

ストローをくわえた口が尖る、吹いて飛ばすようにした顔はいつになく真剣に、真正面に向かって粉川を捉えると片目を顰め、眉頭を押さえるようにした姿で


「簡単言えばな新しい護衛艦が産まれるって事は、誰かが死ぬって事が決まったってことだからさ」

「誰かが死ぬ?」


不可思議と目を開く粉川の顔に

付き合わせた『むらさめ』は、何を今更みたいに顎を上げると改めて相手の顔を指差し


「おいっ、当然の事だろう。国が保有できる護衛艦の数は決まってる、老朽艦が出れば代替えの艦が作られる。それがDDGならば次に死ぬのは現在一番古参のDDGである『たちかぜ』総司令だ」


まったく今更のように粉川はそういう事実に気がついた

新しい防衛力がイージス艦で作られるという事に飛び上がり、去って行く者がいる事を忘れていた事に

同時に横須賀で会った『たちかぜ』の言葉を思いだした


「長くて後数年」彼女は美しい目を伏せてそう言っていた

だから「遺影写真」と笑った、悲しく


粉川は自分の顔を手で覆った

新しい魂が産まれれば、死ななければならない者がいるという事。それが彼女達の艦生のサイクルにあり

自分たちでは選べない死の形であるという事に


「ごめん、そんな無神経な事…僕は」

「気にするな」


啜るようにジュースを飲む『むらさめ』の返事はいつもの口調で何事もなかったかのような態度に変わっていた

眉に掛かる前髪を跳ねながら、粉川のために冷水を注ぐと


「慣れてねーんだよ、アイツは」


少し荒めの鼻息を溜息代わりについた


「でも、そういうのは僕は」

「そんな程度の事なんだよ。だから気にするな」


生死に関わるデリケートな部分に「人」の認識のまま突っ込んでしまった粉川は『むらさめ』の素っ気なさに反発した


「でもさ、でも」

「答えられないのに反抗すんなっての、「人」と私達じゃ生きてる領域が違う。新しい護衛艦が産まれ国を護るための装備が充実するならば、その事を素直に喜べばいい」


違う領域の存在者

ハッキリと断言した答えに粉川は二の句が無かった

実際「人」である者、海上自衛隊の人である粉川の前、新たな護衛艦の誕生を知らされるのは最高に喜ばしい事だった

決して安全で平和の海にあるわけではない国土

年を追えば追うほどに近代化を進める隣の国の脅威の前、常に最新の備えをするという態度が国を護る一つの予防線でもある

いつまでも昔の装備のままではいられない、だから新たな護りの盾が必要となる


そして国家予算という限られた枠の中にある護衛艦は無尽蔵に保有ができるものでもない

新しい盾が産まれれば、老朽化した盾は役目を終えて死ぬ事になる

余剰を置いておくことのできない世界なのだ


当たり前のサイクル

だけど魂の女達を知る粉川にとっては、理不尽なサイクルにも思えてしまった

テーブルに置かれるグラスが揺れる程、粉川は狼狽していた


「私達が生きてるから、廃艦にしないでくれ?そんな意見は通らないだろ」


出せない答えに押し黙った粉川の前

当然口に登っても言えないであろう言葉を『むらさめ』は言い当てた


「そんな事は言えないよ、確かに言えない」


髪を掻きむしる思い

粉川は両手で顔を隠し、髪を何度も掻いた

当たり前に言えない事だ

そんな事を言い出したら「異常者」と指差されても不思議ではない

確かにそれ以外では長く国に尽くした艦に対して名残や愛着はあるが、「彼女達」が生きているから何とかしてくれなどとは口が裂けても言えない事だ


「だから、気にするなって言うんだよ」


テーブルに頭をぶつけてしまいそうな程に大きく首を振る粉川に、落ち着けと水を入れたグラスを差し出す

思いをいっぱいにした相手は顔を上げると、静かに揺れる水の波紋を見つけ

両手で儚い思いを止めるように掴む


「怖い、怖かったのかな?」


死に対する想いが人と魂でどのぐらい違うのかは粉川にはまだわからなかったが

涙の顔のまま自分にしがみつき声をなくした『いかづち』の姿を思うとそこに恐怖があったのだと思わざる得なかった

つまりかかった喉を潤すように水を一気に飲み干し、叩きつけるように下ろす


目の前墓穴を掘ったとに泡を食う粉川の姿を横目で見ている『むらさめ』は転がるグラスを止めると


「怖かったのかもな、そういう事に慣れてねーんだ。まだ産まれて十年たってねーからよ」

「慣れる?そういうものなの?」


どこまでも力の入った感情を感じさせない口調で相手する『むらさめ』に、粉川に少しの不快感を与えられていた

人が考えているような自分達の処遇に関係する事なのに、あまりにも興味がないという態度は不可解というよりもハッキリと不快だった


「どうしてそんなふうに言えるの?死が確定されるなんて事だよ?思うところがあるでしょう。君だって」

「そうだ、私達は誰彼変わる事なく同じように死の宣告は来る。それを恐れながらなんて生きられないだけだ」


『むらさめ』の返答には躊躇がなかった

彼女の性格がそうさせているとしか思えないが、粉川から目を反らすことなくただ自分が思っている事を正直に返した


「粉川よ、そんな事にいちいち捕らわれてたら私ら護衛艦はやってけねーんだよ」

「でも、『いかづち』ちゃんは泣くほどに」


「だから、慣れろってこった。そんなもん」

繰り返される返事に粉川はいきり立った

姉妹という関係の中にある妹が恐れで涙を流すほどの状況にあった事に一行に興味を示さない彼女の態度は勘に障っていた

テーブルを叩くと立ち上がり身を乗り出した


「もっと真剣に考えなよ!!『いかづち』ちゃんは泣くほどの思いをしてるんだよ…『むらさめ』ちゃんは姉さんなんだろ!!慣れろなんて投げ飛ばしな意見は良くない!!」


声を荒げた粉川の顔を白い平手が激しい打撃の勢いを伴って掴まえた

大声を立てるなと、身を乗り出した粉川の口を力任せに塞いだ『むらさめ』は人差し指を揺らしながら


「黙ってろ!別に今回が初めてってわけじゃねー」と睨んだ


ふさがれた口の下、粉川は目で抵抗し

掴まれた口の手を掴み返した

引きはがす力の中で唸るように


「だけど」

「だけどなんだ?これまでだってそうやって私達は生きてきたんだ。お前は知ってるハズだろ?いままで何隻の護衛艦がこの国にいたか、そして何隻が今生きてるか?あっ!」


凄む目線が火花を散らす空間

低く怒鳴り合った二人の間に詰めたい空気が流れていた

「何隻…」

「ああ、何隻も私達の前に居たはずだろ…」


相手の激発を上回る忍従の唇は抑揚を抑えた声で告げる

息を整えた粉川は、吐き出し合った怒声のおかげで今一度目を覚まし冷静さを取り戻していた


言われるまでもなく、これまでだって戦後から向こう多くの護衛艦が日本に産まれた

現有する護衛艦の倍は居たはずで、それだけの魂達が死んでいるという事


口ごもり静かに両手を挙げると、声を荒げないとゼスチャーする粉川の前で『むらさめ』は冷静に説明した



自分が産まれた時にいた前級のDD達の事を

『むらさめ』の前級は『きり』姉妹である『あさぎり』がおり、その前には『ゆき』姉妹がいる

さらに前、代艦とてし建艦される『むらさめ』の誕生の代わりとして死を賜ったの姉妹達がいた。『つき』の連呼称を持つ護衛艦達が

『あきづき』『てるづき』

昭和三十五年から平成五年まで長きにわたって国の楯を勤めた姉妹の死によって誕生した自分


テーブルに手を付き、目を細めながら小首を振る

「良い姉さん達だったそうだよ、敗戦からまだ立ち上がったばかりだった日本の海を護って長く働いたひと達だったってよぉ、そう聞いたよ」


『むらさめ』の表情に変化はない

むしろ表に悲しみを表してしまう事を隠すように瞬きもしない顔は氷の仮面だ

だが声はわずかに震えていた、唇を噛むように淡々と語る


「貸し付けの米軍艦艇達に混ざって、新たに日本を護るために必要な勉強を率先してやってさ…今の私達の基礎を作った魂達ひとたち…みんなそう言ってた」


思い出の姉

『むらさめ』は見たことがなかった

自分の建艦が決まった時に死の宣告を受けた姉は、自分が進水した時には死の杭刑についていた

口をきつく結んだまま、目を尖らせ涙を零さないように頬を引きつらせる姿は見ている側にも辛いものだった


「悲しい事だったろう」


相手の苦い声に同調するように苦しみ紛れの返事を粉川は返したが、次の瞬間には後悔していた

護衛艦が存在した数だけ、それは繰り返された生と死だ

悲しいなどという言葉はチープすぎる

前任者の死を、『むらさめ』に聞かせたひとがどんな思いだったか

それを聞いた彼女がどう思ったかを考えれば、言ってはいけない言葉だったと目をつぶった


「ごめん、でも『いかづち』ちゃん事を思うと」

付き合わせた顔がお互い項垂れる


「どう思えってんだよ。私達はな、誰かが死の宣告を受けることで産まれる。そういう風にできてんだ。それを恨んだり憎んだり、泣いたり悲しんだりなんかする事に意味があるのかよ?」


悔いる事の意味

産まれる事が誰かの生を踏み倒すという流れの中にある護衛艦艦魂

粉川の身体は力無く揺れた

肩に入っていた力みは抜け、イスにもたれかけた


「ごめん、考え及ばなかった」

「そうさ、お前が考えてる事で『いかづち』は泣いてたわけじゃねー」


普通の家屋と違い高く背を伸ばした天井に、黒いボーンを組み合わせた小さなシャンデリアを脱力とピントの呆けた顔で見上げていた粉川に『むらさめ』は「何故」を突き返すように続けた


「よう粉川、そこまで聞いたんだ。今度は私の言うことに答えろよ!」

押さえていた気持ちが爆発するようにテーブルを叩いくと


「私達はな、死ぬのが決まる事を恐れて泣いたりはしない!!産まれたときに相手を踏み台にしたなんて事を悔やんだりもしない!!ただ…ただ…」


突然の嵐に呆けた顔を戻した粉川の前、『むらさめ』の目には決壊寸前の涙があった


「ただ…生きてる意味がわからねーから泣きたくなるんだよ…」

見せないように隠した顔、落ちる雫に震える拳

「生きている意味?」


「ああ、意味だ。私達が産まれて生きる意味だ」


拳を振るわすという形は違うが、同じような事に悩み吐露した者がいた事を粉川は瞬時に思いだしていた

『しらね』の顔が『むらさめ』に重なる


叫びは魂を同一とするなら表現が違うだけ、同じ悲しみの悲鳴だった


「私達は何のために、この国に生きているのかって事だよ!!」

「私達、戦争をしたいんじゃないんです。私達この国を護りたいだけなの」


言葉は違うが言わんとする事は一緒

生きている理由、護衛艦であるのならば国を護るというのが仕事であると考えれば、この先の話しは言わなくてもわかる、荊の道


護衛艦として当然、国を護るという生き方がある

だが、それが護るべき国に認められているかどうかで、生きている意味は闇にきえてしまう可能性だってある


「私達は戦いたくない」「どこに行っても戦争反対と」

「私達は守りたい」「武器よさらばと」


粉川を黙らせた気迫に別の怒りが引火していた

『むらさめ』は立ち上がると、大きく手を振った


「これはなぁ!!鉄板だ!!どこの国行ったって決まってるんだ!国を護る事を任務とする船は、その国の船達の頂点に立つ責務者だ。仲間を護り、仲間の主達を護り戦う、場合によっちゃそいつらの命を踏み倒す覚悟を請け負う、だからこそ誇りや生きる意味が見えなきゃ、やりきれないんだよ!!」


テーブルに勢いをとめて静かに下ろされた拳

ゆっくりと掻くように引くように指がなぞる


「そりゃな、港に入るたびに日の丸を振ってくれとか、万歳してくれなんて言わないけどさ、どうなんだよ…どうしてこんなに愛してる国に、そこに住む人のためにいるのに…盾を持つのに、聞こえるのは野次ばっかなんだよ!!こんな中に産まれた理由ってなんだよ?何か意味があるのか?それが見えねー、生きてる意味がわからない!それがわかんねぇまま死ぬのがイヤなんだ。この国に本当に必要とされたのか…誇れる艦生だったのかを知って逝きたいんだ。わからないまま逝くのが怖いから泣くんだ…」


『むらさめ』はそのままテーブルに顔をべったりと擦りつけるように落とすと


「教えてくれよ、私達の生きてる意味は…この国にとって私達はなんだ?」


見えない存在の意味

なじられ誹られの中、国を護るという使命の前、盾持つ魂達

頂点の仕事は漁船のそれとはまるで違う重大な責務だ

生半可な気持ちで出来ないからこそ魂達は人が作った形をまねて、自分たちも軍人たらんという厳しい世界に身を置いている

言ってはあれだが、主と共に居る事だけを幸せとする漁船の魂達とはまるで違う世界観に生きているのだから

一緒のわけがない、責務の重さが一緒でないから『しらね』は、辛すぎる護衛艦艦魂という自分を恨み漁船の魂に産まれたかったと零した程に


それ程の重荷を背負うのだから、自分たちの生きている意味が欲しいというのは至極当たり前の思いだった



「君たちは国を護る盾、僕たちが必要としている事はまぎれもない事実」


沈黙で外の風の音が部屋に気味悪く響く中、二人の時間は止まていたが、『むらさめ』の懸命な問いに男粉川は、寸間をおく事も迷うことなく応えた

逆に言えばそれしか胸を張って言える事はなかった

彼女達の境遇は現在の日本では恵まれているとは言い難いが、彼女達が堅固な形で建艦される事によって、その魂として毅然として前に立ってくれる事で海自の隊員達は充実した形を持って日本を護る職務を果たすのだから


息のつまるプレッシャーの中

返された返事に沈黙を守る『むらさめ』の顔に

粉川は確認の復唱をするように声高く、まるで防衛大学校に入ったばかりの一年生が上級生に返事をするかのようにハキハキとした声で


「僕たちに君たちが必要なように、日本は君達を必要としてる。信じてくれ!!」


首筋に力みのラインと真っ赤顔

湯気が出る程に必死な粉川の顔に『むらさめ』は涙を浮かべて目のまま吹き出していた


「粉川…お前…」


十一月末の夕暮れに息は微かに白くなる部屋の中で粉川は汗を流していた

そんなものはきれい事の言い訳と取られても仕方のない言葉に、粉川は命を張っていた

そうでもしなければ『むらさめ』に応えられるものがなかったから


「僕を信じて…」


歯を食いしばり、拳を強く結んだ真っ赤な顔の男の姿に、ついに『むらさめ』は声をあげて笑ってしまった

「お前、それはどうなんだよ?えっ?」

「どうって…心からそう思ってるって事をだよ…」


不器用というか、一生懸命というか、粉川はとにかく嘘ではないという思いを伝えるために力を体中に熱波のごとく走らせていた

心も体も本気でそう思っているのを伝えようとした滑稽な姿に『むらさめ』は笑い転げてしまっていた


「わかった、わかったよ粉川。もう勘弁してくれ!」


テーブルに乗せたままだった頭、顔だけ上げて粉川を見ていた目は、浮かんでいた涙をはじき飛ばす程大笑いをして両手を振った


緩急の激しい会話の流れの中

外を走る冷温の風の音と、部屋の温度を幾つか上げるけたたましい笑い声はしばらく続いた




「飲めよ」


緊迫のとけた粉川と『むらさめ』の前にはワインが用意されていた

魚がメインだった今日の晩餐に合わせた白だが『むらさめ』は無造作にワイングラスではなくコップのような容器に入れる

一本ごとかすめ取ったボトルを横に置くと「やれよ」と手で進めた


「『むらさめ』ちゃん…その、とにかく信じて欲しいんだ」


シリアスだった話しの結末は、言い出しっぺの『むらさめ』が腰を折る形で終わっていた

笑い転げ「もういいよ」と手を振り続けた彼女の様子からは問題を解決ができたというのを感じられず粉川は何か釈然とせず、どこか逃げられてしまったような気持ちのままで

眉山を下げた顔で『むらさめ』の表情を追っていた


「わかったって言ってるだろ、そんな顔するなよ」


乾杯しろとグラスを傾けた彼女は、確かめるに鬱の気が抜けたいつもの明るい顔に戻っている

剣のとれた額を早くも赤くしながら、本当は少ししか飲めない『むらさめ』は嬉しそうに語った


「お前がいつから私達が見えるようになったかは知らないけど、最初に会えた人がお前で良かったよ」


グラスを持ちはしたが飲むには至れない粉川の前で『むらさめ』は一人杯を煽った

迂闊に何かを言えないという堅さのままゆっくりとした口調で話し始めた彼女の会話に耳を傾けた


「粉川、私達はさ、さっき見苦しい言い方した「生きてる意味」ってのがいまいちわからないてのな、まあそれでは私にはどうだって良いことでもあった」


悩むのが嫌いな『むらさめ』は見えない希望に縋ることが出来ないと笑い飛ばすと


「ただ、産まれて死んで、産まれる時には前の姉の命を終わらせてまで世に出る訳なんだから…それなりの理由が欲しかったってところだよ」

「それは辛いよね」

護衛艦の歴史からすれば何十回と繰り返された生と死の連記だが、やはり聞くだけでもつらい事だ

言葉にしたら悪いような気がしながらも粉川は素直な感想を漏らした

そう言わざる得ない人である粉川の顔に『むらさめ』は同調するように切り返した


「まぁ辛いわな、私なんて直接関わった事のねぇ人の話でさ、ピンと来なかったんだけど、やっぱり後になればなるほど」

自分の鍛えられた腹に拳を当てて

「このへんにグリグリきやがる。そう思うと絆を探すことに躍起になってる『しまかぜ』は、どんな気持ちなんだろうって考えちまう」


やっとワインに口をつけた粉川はには目に浮かぶ話しだった

最初に艦魂達の持つ不安を打ち明けてくれたのは『しらね』でありココでは『しまかぜ』だった


「私達お役立ててるのかな?」

国民の無理解に自分たちの貢献度を疑う事も、存在の理由を探している事に似ている

あのとき、この同じ煉瓦倉庫の寄宿舎にある二階階段の手すりの側に立っていた『しまかぜ』

照明の落ちたロビーは底なしの闇を演出していた

浮かび上がることのない冷たい碧が色を濃くして渦巻く闇に

細い手すりから今にも落ちてしまいそうだった『しまかぜ』の立ち位置が彼女達、魂の置かれている現状に思えて成らなかった


思えば『こんごう』も不審船の時に尖った態度で自分を突き放そうとしたのは、そういう不安が根の部分あったからなのかもしれないと思い返せた


そう言う思いに縛られている彼女達だからこそ、大戦を生きた姉達との絆を見つけたいと願っているのが、粉川にも今は鮮明にわかった

『しまかぜ』は三笠と会う事で何かがあるのではと考え付き、『こんごう』もまた三笠に会おうと考えるのは当然の行き先だったのかもしれない

生きる意味を賭けて戦った大日本帝国海軍の魂に絆を求めるという自然の成り行き


前日の『こんごう』の会話から、それ以前の『しまかぜ』『しらね』の話しなども頭の中でフル回転で思い出す粉川は肩身が狭くなっていた

今は信じてくれが精一杯の応えである粉川はワインを飲むことに専念するぐらにいしか、自分を保つ間を持てなくなっていた


そんな様子を横目に『むらさめ』は自分は直接味わう事のなかった痛みを語った


「『しまかぜ』はさ、最愛の姉だった『あまつかぜ』さんを撃ったんだ」

「『あまつかぜ』…ジェットコースター『あまつかぜ』」


飲めない酒を煽りすぎて支離滅裂になる事を恐れた『むらさめ』はグラスを手放していた

「さすがは良く知ってんな、ジェットコースターって。初代DDG日本初の誘導ミサイル搭載型護衛艦だったひとのあだ名だな」

「『しまかぜ』さんが『あまつかぜ』を撃ったんだ」

「そうさ、撃った姉から希望を託されて……」

「希望?」

 撃たなくてはならない任務。

その相手から希望を託される、心の痛む話だった。

「『あまつかぜ』さんが書いてた日記ってのを探してるんだ、それに私達の希望があるって……わかんねーけどさ」

「そうなんだ……」


粉川の態度はどこか感慨深いという仕草で額を抑えながらこたえた


「なんにしても辛いとかってもんじゃなかったろーなぁ、『しまかぜ』は未だに自分の尊敬する人として名を挙げるほどらしいし…それだけならまだしも…」


そこまで言うと『むらさめ』は大きく、酔いを払うように首を降ると背伸びし話題をそらそうとした


「私もさ、『いかづち』もそうだけど妹をたくさん持つ身としては見習いたいよ。あそこまで優しくなれる『しまかぜ』はすげぇ、強いよ」

「強いって言うのか?…そう思わないと出来ない事か…自分の姉を撃つなんて…」


生と死のサイクル。そうする事で新たな護衛艦の魂を得る彼女達には常の世界が粉川には遠く感じてしまえた

今まではそんな風に考えた事のなかった彼女達の生き方

『ちょうかい』に聞いた人と魂の差はどこか人生全般における区別の論理だったが

今回の『むらさめ』との話しでは明らかに彼女達が違う領域の生き物であり、違う倫理観を持っている事を確信せざる得なかった


同時に儚さを覚えていた

こんなにも大きな船になり国家の防人を乗せる器として、国の楯として生きる彼女達が未だにこの国との寄り添いに確信を持てていないという事に


「しょぼくれんなよ粉川、頂点の仕事に立つ私達はやっぱり強くないといけねーな。そういう意味でも私は『しまかぜ』には一目置いてるし、『こんごう』には頑張ってもらわないといけねーと思う」


重い話しの内容に背中を丸めてしまった粉川を、少しの酒で力のセーブが聞かなくなったのか『むらさめ』が音高く叩く


「『こんごう』は強くならなきゃいけねー、『しまかぜ』が『あまつかぜ』さんの艦生を終わらせた。そうやって産まれてきたのが『こんごう』なんだからよ」と手を振った


『こんごう』の誕生は『あまつかぜ』の死にあった

最愛の姉を撃ち、今懸命に『こんごう』の世話を焼く『しまかぜ』

それは本当に強い気持ちがなければ出来ない事であると同時に、耐え難い作業の中にいる事を物語っていた


なんとか最後を笑い話にしようとしながらもカラぶる『むらさめ』の笑い声の下、粉川は素直に思った


「普通でなんかいられないよ、そんな事」と





「がんばるのよ〜〜〜」


大広間のパーティー会場の中から『しまかぜ』が姿を消したのを見計らったようにフワフワ妹に駆け寄った『はるさめ』は、お軽い口調の中で両の拳をブンブンと上下させながら『いかづち』を叱咤していた

身の丈は自分より大きくバービーちゃんよろしくのナイスプロポーションの姉は、動作が単純な機構で作られているクルミ割り人形のようにも見える仕草で

「どおして帰ってきちゃったのぉ〜〜」と

粉川待ち伏せ告白大作戦の失敗を責めていた


「そないな事いうても…」


目を泳がせ周りを警戒する『いかづち』

「大丈夫ぅ〜〜『むら』ね〜〜は今いないよぉ〜〜」


初めて告白に命をかけていた『いかづち』は、粉川の突然の発言に身が固まってしまった


「新しい護衛艦が作られる」

即座に頭に廻った死の宣告で、身体がすくみ想いを告げようと準備していた言葉は消えてしまった

あげく粉川に後ろからしがみついて泣くという、動揺丸出しの恥ずかしい黒星スタート

そんな情けない現場を姉の『むらさめ』に発見され、文字通り耳を引っ張られてココに戻った


「料理の当番やったし…」


フワフワと身体を揺らしタコのように自分の周りをうろつく『はるさめ』をスクリーンに前列の側をチラリと見る

末席の方の艦魂達は壁際に並ぶように食事と酒を楽しみ

壇上の前列は相変わらず『くらま』をめぐるアメリカ艦魂達の呑ませ合戦が繰り広げられているが

いつもと変わらぬ平時の顔で酒を飲み続ける司令艦は、既に新しい護衛艦の建艦が決まった事は知っているのか?と


「どうしたのぉ〜〜〜『しま』ね〜〜は、『はる』ちゃん責任もって押さえたげるよぉ〜〜だから後は『いかづち』が頑張ってアタックしないとぉ〜〜」


ピンク思考の笑い目は妹の不安などなんのそのだ

絶え間ない笑顔の中で『はるさめ』は唇を尖らせて『いかづち』の肩を何度も押した

コックの帽子をづり落としそうになりながら言い訳する妹


「『はる』ねーはん、あんな、新しい護衛艦出来るかもしれへんのよ」


あまりの容赦のなさに『いかづち』は姉を引っ張ると小声で耳打った。粉川発の衝撃の出来事を

周りを警戒して、テーブルに隠れるように告げる『いかづち』の前、ただ上半身だけをかがめて話しを聞いた『はるさめ』の対応は深刻な顔の妹とは対照的で、一度だけ目を大きく開いて首を傾げると


「ふ〜〜んそう、だったらぁ〜〜なおさらがんばんないとぉ〜〜ねぇ〜〜」

意に介さない声に、慌てて『いかづち』は逆らったが

手を払うように笑顔の混乱誘発者は言い切った


「短いんだよ〜〜私達の艦生〜〜だから〜〜出し惜しみしちゃダメってわかったでしょ〜〜」


そういうと白色の調理衣に身を包んだ『いかづち』の胸の真ん中を、細い整えられた爪の指で軽く押した


「頑張らないと負けちゃうよぉ〜〜」と前列壇上の『こんごう』に目線を走らせた

凍る心

風の中で感じた危機感が急に煽られる


時が進めば新しい護衛艦が作られる

自分にもやってくる死への道、そこまでのリミットは後二十年程

でも間近な人である粉川が自分たちの前に居てくれる時間はもっと短い

このままなら、何にも満足出来ない、生きる意味を見いだせないまま死に至る可能性だった高い

押された胸が、針を刺されたように痛む


「負けへんて、絶対に負けへん」


『しまかぜ』退席にともない一人でワインを嗜む『こんごう』の姿に一瞥の睨みを効かして応える『いかづち』は胸を押さえたまま厨房に走っていった


カセイウラバナダイアル〜〜R15〜〜



そろそろ

話しがややこしくなってきて、より一層戦記とはほど遠い艦魂物語ですwww

今話で出た『あまつかぜ』と『こんごう』の生と死の区分けは実は少しずれてます…、後書きで申し訳ありませんがご了承くだされ〜〜〜



ところで最近小説の中の残酷描写にR15を付けなさいという督促が出回っているようですが…


あれってなんですか?

常々思っているのですが、ヒボシは遊び戦争を書いたりはしません

ミサイルキター、ドカーンキター、人死んだなんて描写は絶対にしてないと自負してます


人の死は重いし辛いのに、無感情の産物として世界中に築かれるものだすら

人間が肉切れになるというのが戦場であり

それにともなう残酷がついて回るのが真実です

ボタン戦争じゃあるまいし、巨大兵器万歳でいつも簡単に大量虐殺を書くのをヒボシは正しいとも思わないし、真に残酷だとも思わない

そんなものはただのゲームですから


逆にヒボシが描写する程度の戦場が残酷とも思わない


本当の戦場を見るのはいつも写真の中だけですから、描ききれるとも思っていませんが

それでも戦争の描写を残酷だからR15にするつもりはさらさらありません


なんかおかしくないですか?

戦争はゲームじゃありません、サイコスリラーでも書いているのならそういう年齢制限の表記は必要かもしれませんが

すくなくともまじめに戦争と向き合おうとしているヒボシには理解ができない


何故、日本人は戦争で行われる出来事を「ただの残酷」でくくってしまえるのか?理解出来ない


血肉が砕かれ

片腕しか残らなかった死体写真を何枚も見た

恐ろしかった

夢にもでた

明日こんな世界が来るのではという恐怖と共に、戦争を恐れた

広島の被爆写真をそらすことなく目に焼き付け、恥も外聞もなくその場で泣いた

心に残った戦争と戦場

人と物と死と傷


これがR15?戦争は年齢を選んだりしませんよ


昨今、文章表現や絵や映像の表現は色々な迫害を受けている

中には目を疑うような児童ポルノのたぐいもあり、考えなければならない事もあるともおもいますが


戦争を残酷だからR15の表記をしなさいというのは、少し違うと思います


素人作家の集合体である「小説家になろう」では戦争をゲームと勘違いして書く人もいるから

本体プロジェクトの側からのクレームが入ったりする事もあるのかもしれませんが


ヒボシは恥ずべき形で戦争を書いているとは考えておりません

私の作品が残酷で恐ろしいと思われたのならば、感じて頂き他かった部分ですから成功ともとれます


戦争は残酷です

時も場所も年齢も選ぶことなく残酷なものなのです

R15今ひとつ考えてみてはいかがでしようか



ps

ですがヒボシは望んで戦争を書き綴る事はありません

怖いから

だからこの作品も戦記だけどほとんど戦争の描写はなかったりです

たまにあるでしょうが、それは物語の大切な要素ですから色々とかんじて下さると幸いと思います



それではまたウラバナダイアルでお会いしましょ〜〜〜

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