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第六十八話 私の宝

眠いっす

この先の話で少しだけ年数のずれが見られる箇所かせありますがご了承くださいませぇ

「『しらね』とケンカしたんだって!!やるな!!」


まだ日が昇って間もない時間、風は緩く花びらを落とす小春日和の日

静かに物憂げに、自分の考えの中に埋没していこうとしていた時を劈く大きな声


身の丈小さく良く焼けた黒い肌の彼女

髪は黒くボブというよりもおかっぱのような短く切りそろえた頭


彼女はいつものように勝手に乗り込んできて、自分より背の高い者達を見下ろすために甲板より高い部分であるターター砲の下段に仁王立ちで立つと満面の笑みを見せていた


『しまかぜ』が彼女に持った第一印象は、チビのくせに声も態度もデカイだった


「どうしたんだ!!話してみろ!!」


眩しい朝日の下で正反対な程陰鬱な眼差しをして、波きり付近にな腰掛けていた『しまかぜ』を呼んだ


長い黒髪、潜水艦の艦魂でもないのに目を覆い隠すほどの前髪の下で『しまかぜ』はいやいや顔を上げた。起きあがった目は不機嫌そうに相手を見つめると、軽めの舌打ちをし


「なんのようですか?『あまつかぜ』姉さん。何度も言っているように勝手に人のところに来ないでください」


あからさまな拒否を一度に口にしそのまま背中を向け、態度にまで断固拒否を現して見せた


第三世代のDDGとして去年就役したばかりの『はたかぜ』型護衛艦『しまかぜ』


『しまかぜ』は産まれてからの今日まで下り坂を転げ続ける陰鬱な心を抱いたまま日々を過ごしていた

青天の日の下にあってまるで幽霊のように伸ばしっぱなしの髪が語るように、仲間と言われる者達の顔さえまともに見るのは苦痛とも思う程になっていたこの頃は、朝の点呼にも無断で休み

それに対する注意をした『しらね』とケンカになり


集合の場から駆け出すように離れ、自艦に舞い戻っていた


『しまかぜ』の心を曇らせ続けていたもの、護衛艦隊のすべてがギクシャクとした当たらず触らずの他人行儀な集団と化していた根元は

国防という第一級の仕事に徒事する護衛艦の魂らしからぬもの「イジメ」による溝にあった


産まれ出でた日は、とても肌寒い一月の海だったが、青い海と同じ天まで高く透明度の高い輝きの空の下で国家防衛の職務という船の魂としては頂点の仕事を得た魂として、多くの人からの祝福と姉たちに迎え入れられた


だが、それがこれから目の前にある暗闇を隠すための最初の嘘だったと気がついたのは、桜の花が散るのを待つ事もない程の短い時間だった


「とにかくほっといて下さい」


自分の前に立つ『あまつかぜ』から顔を背けて、あの日の思いに沈み続けた






「あんたが『はたかぜ』の妹なの?うん?」


水面も美しい戸島を望む舞鶴の海、港にそこから望む山々にも桜が淡い白雪のような花を咲かせ始めていた

帝国海軍時代からの古い煉瓦倉庫が建ち並ぶ舞鶴基地は、他の基地とは違う雅を感じさせる風景が良く見られた


産まれて初めて、国の大切な機関港における護りの要として緊張しながらも

山の下、街道を覆う桜の道をうっとりとした気持ちで見ていた真新しい制服に身を包んだ『しまかぜ』に最初の洗礼を浴びせた影は高圧的に構えたメガネの奥、虚ろでニブイ輝きの目のまま、敬礼もせずに睨んでいた


第四護衛隊群大湊から舞鶴にやってきた『ひえい』は冷たい声と態度で『しまかぜ』を品定めするように彼女の周りを一週すると


「目は青くないのね?でもやっぱりダメね『はたかぜ』に似て気持ち悪い子だわ。『あまつかぜ』みたいにチビじゃなかった事だけが貴女の取り柄だわ、うん」


新たな力として国防の職務を得た同業の護衛艦に対する言葉とは思えない挨拶だった

尖った視線の悪意は、あんまりな初見に呆然としたままの『しまかぜ』の緩んでもいないネクタイを繊細な指先でわざと締め上げるように詰めてみせると


「だらしないわね、役立たずはみんな似るものなのね」と皮肉を唇に走らせた片口の意地悪な笑みを見せつけた


同時に彼女の後ろに従っていたDD達の冷笑が遠慮無く『しまかぜ』に浴びせられた


「私達を見殺しにしないようにがんばってちょうだい、わかった、うん?」


「攻撃性を重視した艦」が護衛艦隊の多くから疎まれているという事を初めて知った日だった


同じ国を護るという職務を持つ仲間であるハズのDDHにして司令艦である『ひえい』から、心を抉り込まれるような挨拶で一つ、不可思議な現実に気がつかされた『しまかぜ』は混線した考えを持ち日々を虚ろにし始めた


その日からの演習で、DDGである自分を交えて行われる初の艦隊運動の中にありながらも『ひえい』の動きを追うように見つめ、よそよそしくしているDD達の態度に心はさらに傷つけられていった

新鋭の護衛艦と作戦行動を合わそうとはしないという仲間達の態度に


「どういう事なの?」答えない仲間の背中を見ながら、ただ黙して働いた


何故自分は同じ護衛艦の中にいるのに、疎まれ存在の価値が仲間に認められないのか?

沈痛と沈黙の演習の最後に、その理由を教えたのはまたも『ひえい』だった


舞鶴沖での演習を終えた『しまかぜ』は不明瞭な圧力の前で、それでも桜の美しい港を見て心を落ち着かせていた

「私達の帰還を待っていてくれる桜…」

「そうよ、木ぐらいは私達に文句も言わずに待っていてくれるわ」


演習中一度も口を聞かなかった『ひえい』は、そつなく訓練をこなした『しまかぜ』の姿に苛立ちを感じていた

だからトドメを自分で刺しに来たのだった


『しまかぜ』もまた、この『ひえい』という魂が自分の事を良く思っていない事は十分に理解していた

気に入らない相手と認識されているという考え方で、だから自分に背中側に立ち手を組んで嫌な感じに口を笑わしている彼女に言い逆らった


「私達は国を護る勤めを持つ船です。私達の勤めに対して安らぎがあって何がいけないんですか?」

「護ってくれなんて誰もお願いしてないわよ。木がそうやって頼んでたの貴女に?」


バカにする目と笑う口元

夕日に照らされて反射するメガネの奥で、無機質なニブイ輝きが大きく目を開く

明確過ぎる悪意の扉のように、艶やかに光る唇から出される罵倒に『しまかぜ』の苛立ちは絶頂に達していた


「何が言いたいんですか!どうして自分の仕事に誇りを持つ事を否定するんですか!」


「誇り?」


吐き出した苛立ちの音に、低く構えた声は濁った目とともに切り返した


「貴女、護衛艦が国民に頼りにされてるとでも思ってるの?うん?それともまさか貴女が国民を愛してるとかいうの?」


嘲りのテンション

春風には似合わぬ熱気の下で二人は向きあっていた


『ひえい』は自分を睨む『しまかぜ』に美しい歯並びから漏らすように卑下した笑い声で


「おバカさん、私達護衛艦は誰にも愛されないのよ。その中でも攻撃兵器の固まりの貴女を誰かが愛してくれると思ってたの?うん?そんな夢を見てたの?うん?もっと現実を知るべきだわ」


冷えた眼差しをメガネの奥にもつ『ひえい』は、いつのまにか出揃った取り巻きのDD達と『しまかぜ』に憎しみをぶちまけていた


「この国の防衛原則に則って戦うのだからね、私達を見殺しにした後に。貴女はやっと戦争が出来る程度の役立たずな船なのよ」

衝撃的な言葉は『しまかぜ』の心に亀裂を入れるに十分な破壊力だった

そこから知った


DDGが、いかに他の艦艇から疎まれていた事かを


非常事態である戦争に際してバカげた事だが「専守防衛」という規則を守るのためには最初の犠牲者が必ず必要となり

そのうえで仕掛けられた戦争を短期間で解決するために必須とされた専攻撃艦艇として産まれた『しまかぜ』は


武器よさらばと、平和を唄う国民からも疎まれる艦だという事を思い知った





「いえよー!!聞いてやるから!!聞きたいから!!」


すっかり自分の世界に没頭し頭をさげたまま虚ろに波を見つめていた『しまかぜ』の耳を力任せに引っ張った『あまつかぜ』は至近距離で轟音のごとく声を挙げていた


「何をするんですか!!」


蹲った位置から声の風圧に腰砕けのように崩れる『しまかぜ』の隣で『あまつかぜ』は手を人形のようにグルグルと回して続けた


「話してすっきりしろ!!私がなんでも聞いてやるから!!」


遠慮のない大音響の声

静かに打ち寄せていた港の波を別方向から揺らすほどの大声と、悩みのない笑顔の前で『しまかぜ』は自分が膝を抱えているのがバカバカしくなってしまった

同時に少しずつ腹が泡だってきていた


この姉は何度も顔を合わせているがいつもこのテンションだ

今その言動が心の傷を掻きむしる程に苛立つ


海上自衛隊の艦艇であれば断絶という亀裂を産んだ問題に誰もが直面している現在

特に自分たちが疎まれ、隊からのけ者にされている問題を、この日本国最初のDDGである『あまつかぜ』が知らないわけもないのに

むしろ、この姉がリムパックに出かけて行った先で『ひえい』司令とケンカしてしまった事が問題の起源である事を思い出すと


「話すも何も!!姉さんが『ひえい』司令とケンカしてこんな溝ができちゃったんじゃないですか!!」


声では負けていたがヒステリックさで相手に訴えかける高い音が怒鳴り返した

立ち上がり両の手を腰に据えると


「姉さんのせいでDDGとDDHは敵対関係になってるんですよ!原因はなんなんですか!!」


自分より小さな姉の顔に額を摺りつけんばかりににじり寄った

ここまできたら原因を知って、それで自分の心だけでもスッキリとしたいというのが『しまかぜ』の本音だった


広義には今更原因がわかったからとて、こんなに大きく広がった溝を修復する術があるようには思えなかったからだ

だったら自分だけでもしっかりと原因を知っておいて

心を薄暗くしつづける問題に決着を付けたかった

そのうえで、できる事ならば国防の一線に立つ者として、現職の司令艦として仲間割れを助長している『ひえい』を恥ずかしく思ってくれと怒鳴ってやりたいと考えていた


「どうしてケンカしたんですか?」


飛び起きた勢いも手伝い相手の顔にぶつかる程で近づくが


「なんで?私、『ひえい』とケンカした覚えないよ?」

面前の罵声に失われない笑顔が、「何言ってるの?」と言わんばかりに首を右に傾げて、異議ありと手をばたつかせると


「ケンカなんかしてないぞ!」


「じゃあどうして!私達DDGとDDHにDD、DEは仲良く出来てないんですか?」

「しらないよ」


真剣な顔で相手を問いつめようとする『しまかぜ』の前『あまつかぜ』はあっけらかんと答えた、その上で


「仲良くしてないと思うなら、今から仲良くしたらいいじゃないか?」と笑い、さらに

「そっか!『しまかぜ』みんなともっと仲良くなりたくて拗ねてたんだな!!」とガッツポーズをした


「なんだ!!早く言えよ!!さっそく親密になっちゃうぞ!!仲良くなるぞ!!」


すっかり自分の言ったことをすっとばして、それどころかどうしてその結論に至ったのかがわからず呆然としている『しまかぜ』の手を引いた


「まずは『しらね』から仲良くなろう!!」

あやうくそのまま引きずられて行きそうな勢いだったが慌てて『しまかぜ』は手を振りほどいた


「ちっ違う!!だからどうしてケンカしたかを聞いてるんです!!」

舌を噛みそうな程に頑張って自分の意見を言い直した『しまかぜ』だったが相手の顔は無限ループのように先ほどと同じく首を傾げると


「ケンカなんかしてないよ」と

変わらない笑顔の答えに『しまかぜ』の腰が退けてきていた

満面の笑みを持つこの人が、どうやってケンカしたのか?と疑問さえ浮かんでいたが


「だけど、それが元でみんな仲良くできなくなってるんじゃ」


「わかんないけどぉ、そう思うなら今から仲良くしたらいいんじゃない?」


意に介さない『あまつかぜ』は即答した


「原因は…」


堅物ではなく、迷いで心を押し込めた生活を送っていた『しまかぜ』は、開けっぴろげな『あまつかぜ』の前向き過ぎる態度について行けなくなっていた

亀裂を作った張本人は、それを事件として捉えていないという事実にめまいを起こし足下をふらつかせるが


元気のに固まり『あまつかぜ』は勢いに乗って力強く手を引いて前に進む

「何処行くんですか?」

すでに引きずられるままの『しまかぜ』


「ほら!!だから『しらね』ところに行くぞ!!」

「でも」


「ケンカしたのはお前だろ!!早く仲直りした方がいい!!」


それは…貴女が『ひえい』司令としたのでは?そう言いたいが当人がケンカはしてないの一点張りの中どうして良いのかワカラナイままの引きずられる『しまかぜ』を小さな姉は


「ちゃんと仲間の姿をみてるか?思い出してみ、『しらね』はいい女だし、『はるな』は優しいぞ!『くらま』も頼もしいヤツだし、『ひえい』は何を怒ってるのかわからないけどすごく真面目で良いヤツだ。すぐに仲良くなれるよ!!」


元気いっぱいのマーチはそのまま進んで行く

迷いのない行進をする姉の力に、『しまかぜ』は自分が小さな世界でうずくまり続けていた事に気がついた

言われてみれば『ひえい』を除けばDDHの司令達はDDGを目の敵にするような行動は取っていなかったような気もするが…

そうは言っても多くの者達が、この亀裂を気にしているという事実に


「でも『しらね』司令だってDDHで私の事を本当は嫌ってると思うし…」

「そんな事ない!」


気を弱くした『しまかぜ』の声に小さな背中は即答だった

「お前は『しらね』の良いところをちゃんと見てないぞ!!『しらね』は『しまかぜ』の事を嫌って叱った事は一度もないぞ!思い出してみ」


言われなければ気が付けなかった事

最初に刺された『ひえい』の釘で偏った見方を持って自らの心を闇に落とした『しまかぜ』は下り続けた道から急に自分の手を引き、坂道を登っていこうてしている姉の言葉に今一度思い直してみた


護衛艦群DDHの四司令艦の中でも横須賀に籍を置く『しらね』は日本国の護衛艦達の顔役ともいえる存在だった

それ故に口うるさく、どの護衛艦にも相対する盟友アメリカ第七艦隊を意識させ、海外から訪れる魂達の前、高い基準の姿勢を遵守していた

決して見苦しい真似はさせないという教育方針は全ての艦艇に毎日のように通達されていた事だった


今朝も『しまかぜ』は『しらね』とぶつかって逃げてきていたと自分で決め思いこんでいたが

ぶつかってというのは『しまかぜ』の視点からの見方で

『しらね』は無造作に髪を伸ばしきりである『しまかぜ』に


「日本の顔である艦艇として髪もキレイに纏めるか整えるかをしなさい」と叱っただけだった


「『しらね』はお前がDDGだからって叱ったか?そんな事言わなかっただろ?」


違った

その日同じように癖毛を乱したまま朝礼に出席したDD『はつゆき』も区別なくお叱りを受けていた

誰彼と変わる事なく、高い基準に同じようにみんなが行っていける事が大切と、頂点の司令艦『しらね』は同じように注意をし、叱っていた


「そんな事は言わなかったと思います」


言われて初めて気がついた事に『しまかぜ』は顔を俯かせた

自分ばかりが被害者だと、殻に閉じこもっていた事に恥ずかしさを覚えた


その日『しまかぜ』は『しらね』に今までの非礼を詫びた

そこから再スタートをする事が出来るか出来ないか?大事な事だと自分で思ったし

『あまつかぜ』に言われて確かにと感じた事もあった


『ひえい』とは距離をもってしまっているが

その他のDDHがDDGと距離を持とうとしている事はなかったという事実

『しまかぜ』の謝罪に『しらね』は快く許しを与え


「明日からはしっかりね」と励ましまでくれた


「だろ!!『しらね』は良いヤツなんだぞ!!『しまかぜ』も仲良くなれて良かったな!!」


詫びをそのまま終えて帰るのは寂しい事になってしまう、そういうところを気遣ってくれたのか『あまつかぜ』は二人の握手を見届けるとそのまま宴会に突入という荒技をやってのけた


「色々なヤツが色んな色を持ってるんだぞ!!一色の世界なんてないんだ!!『しまかぜ』」


それが『しまかぜ』にとって『あまつかぜ』という姉との大切な出会いになり

産まれてから二年を過ぎてやっと護衛艦である自分を認められるようになった出来事でもあった

同時に、延ばしっぱなしにしていた髪を短くキレイに切りそろえ現在のヘアスタイルに纏めた日でもあった




とにかく明るく

全面にそれを出して向かうところ敵なしの『あまつかぜ』だったが第三世代のDDGである『しまかぜ』が出会った頃にはすでに別れは遠くない艦齢に入っていた

だからこそ、時間を惜しむように『あまつかぜ』について回った

いつも前を向いている姉が、後ろ向きの行為に没頭する『ひえい』にケンカを売るなんて逸話だったと、『ひえい』が自分勝手に何かを取り違えているのだと思えたのもこの頃だった


小さな背中の彼女は何処に行っても大騒ぎで

お祭り女の艦魂で、数多の武勇伝も持っていた

戦後初めて外洋にて合同演習として参加したリムパックでは『ひえい』とケンカしたうんぬんは別の話として、演習実戦でPMRFにて模擬ミサイルとして発射されたテリアを打ち落とした事件の話しは痛快だった


身振り手振りを大げさにした滑稽な寸劇を交えながらの会話は弾みまくって


「だって、コンステレーション(空母)が言うだもん「腰抜けになった日本海軍(海上自衛隊)にできるかしら?」とかって、艦長達もアメリカの司令達にそんなふうに言われてたし、そうなりゃやるしかないっしょ!!」


そう言うと立ち上がっていつもの踊りを見せた

女という形を持つ魂としてそれはどうか?と目を背けたくなる腰振り踊りで愉快に


「腰に輝くターター様!!」と「私の業物でズドンさ!!」と


『あまつかぜ』の無闇な明るさは時として無神経なところもあったが、『しまかぜ』が本来もっていた責任感強く目端の利くフォローで周りとの協調に一役買いそれが彼女自身をも成長させていった


愉快ながらも世話の焼ける姉の後ろ、いつしか『しまかぜ』は『しらね』と肩を並べ『くらま』が勤める佐世保の艦魂達にも受け入れられるようになり、尊敬される姉となっていった

『ひえい』との溝は解決しなくても、自分だけでもしっかりと前を向いている事が大切である事を学んだ





時は流れ

第二世代DDGである『たちかぜ』総司令の元に、護衛艦群は久しぶりの改変が行われる事になった中


数年を『あまつかぜ』という姉と共に過ごした『しまかぜ』の前、姉の姿は少しずつだが変化していた

自分の甲板から足を放りだした形で座る姿に変化はなかったが


「姉さん、背が伸びました?」


ひたすら明るく、幼稚な姿を持っていた彼女はこの頃に「日記」を書くようになり

さらに容姿には明確な変化が現れ始めていた

散切りのおかっぱ頭だった髪に艶が出て、首の根に柔らかく被るウェットな大人なスタイルに見えるようになった


「お〜〜背が伸びた!!」


久しぶりに会う妹に、変わらないのは語り口調のまま立ち上がり『しまかぜ』と背を比べる

前は頭一つ身の丈の小さかった姉は『しまかぜ』の背丈から5センチ低い程度の背に成っていた

顔つきもドングリ眼で笑顔いっぱいの無邪気さを現したものから

女らしい含み笑いをこなすぐらいに変わっていた


それらの変化が合ったのは

『あまつかぜ』が長く勤めた横須賀を後にする事が決まった前後の頃だった

この頃の緩い風の吹く季節、他の護衛艦艇が演習に行き来する回数をみれば格段に出港回数の減った『あまつかぜ』は基地にいる長い時間で「何か」を始めていた


前は何がなくても走り回っていた彼女だったが、部屋に三日も閉じこもったり

調べ物を始めたのか基地にある図書室に「人」に紛れてこっそりと通ったりと余した時間の消費方法は相変わらずな自分本位だったが、彼女が本に没頭しているのは不可思議な事と目に映っていた


「姉さん、何か調べ物をしているんですか?手伝いましょうか?」


手元に持ったままの赤い表紙で小さな鍵の着いた日記帳とファイルを交互に睨めっこをしていた姉に

演習から戻ったばかりの『しまかぜ』は空々しく聞いた

彼女が懸命に何かを書き留めているという事が、終わりの時を意識して何かを書き残そうとしているようにも思えて『しまかぜ』は神経質な気持ちの中でそれでも心配していたのだ


わざとらしい質問と、隠せない不安の下がり眉に妹の心を見透かしているのか、いつもの明るさなのか

彼女は


「う〜ん、まだ内緒なのさ、私のライフワークだからよぉ」と笑うだけで何も教えようとはしなかった




終わりへの日々が続く

最後の勤務地として舞鶴への出航日が発表されたのは、翌日の事だった


夕闇が残りがを消した港で

明日、横須賀を後にする姉に『しまかぜ』は宴会をしませんか?と勧めたが彼女は「いらない」と答えた

静かな風が夜の横須賀に凪がれる中

いつになく神妙な面持ちを見せる姉が別れ話を話し出す事を恐れる『しまかぜ』の顔に

彼女は緊張をほぐすように笑って

「話ししようよ」と

手を引いた


足を投げ出し、湯上がりの会話を楽しむように

いつも通りの話し方で

煤けたファイルを開きながら「魂の引き継ぎ」という逸話の話しをし始めた


「むかし、メイコムってヤツに会ったんだけど。そう、『はたかぜ』の先代に当たる人になるのかな」


『あまつかぜ』が誕生した頃

まだ日本の海の大半を護っていたのは、戦後アメリカから貸し付けられたアメリカの艦艇達だった

当然魂達はアメリカ人でその数は主な任務につくもので二十隻

細かな物も数えれば倍以上が戦勝国の艦という身でありながら敗戦国日本の海を護る仕事に徒事していた


大半の艦魂は、大量生産された汎用駆逐艦でさらに戦争終了で骨董化した自分たちが解体という死以外の任務として日本への仕事を得た者だったが

感情は死を頂いた方がましだったと思っている者が多かった

負けた国に貸し出されるなど。不名誉な事だと考えていたのだ

しかも、ついた日本では自分たちは日本国に準ずる名前に否応なく代えられ、貧弱な艦隊を組み四方の海を走り回るという重労働に「機関ストライキ」を起こす者も少なくなかった


入り乱れる卑屈な感情の中にあった彼女達だったが、長い者は昭和二十八年から二十年近くを日本のために働いた


その中の一人にメイコムという艦がいた

かの大戦末期に就航した彼女はリヴァモア級駆逐艦後期型で貸し付けされた二隻の内の一隻だった


『あまつかぜ』が産まれた頃にはすでに艦齢十二歳で熟年の域に入った彼女は、当時でも態度の硬さを残していた他のアメリカからの出向組艦魂とは違いとても気さくな魂で

日本防衛の虎の子として産まれた『あまつかぜ』に色々と教えてくれた人でもあった



暗く誰もが寝静まった港で思い出から得た「何か」を語る姉の前『しまかぜ』は自分の姉にも因縁であるメイコムの話しに聞き入った


『しまかぜ』の姉、『はたかぜ』は目の色が青かった

真っ青というほどではなかったが、茶色や黒ではなく、薄く黒目の境が見える程の淡い青に少しばかり日本人離れした顔立ちでこっぴどく『ひえい』に虐められていた


どんな理由でそんなイジメがあったのか『しまかぜ』はどうせ『ひえい』のDDG虐めの一環ぐらいに思っていたし

姉はその原因については決して語ろうとしなかった

所属基地も違う事があって二人姉妹艦にもかかわらずお互い話し合う機会にも恵まれず現在に至っていた


「メイコムはね、日本に来て『はたかぜ』という名前を貰ったときに「繋がりを感じた」ってそう言ってたんだ」


繋がり?首を傾げる『しまかぜ』に『あまつかぜ』は、当時いまだ戦勝国の艦艇としてのプライドで、新たな護衛艦として産まれた日本の純血艦艇との中を硬化させていた時勢の話しをした


黙って話しを聞く妹に『あまつかぜ』は長く海上自衛隊の中に逸話として流れていた言葉を発した


「魂の引き継ぎを知ってる?」


「それは…変なうわさ話ですよね」

「違うよ!私達の魂は必ずどこかで引き継がれるようになってるんだよ。それをメイコムは感じたって教えてくれたんだ」


つながり

日本にて新たな名前を得た事でメイコムは、帝国海軍の記憶に触れた事を『あまつかぜ』に語っていた


「メイコムは名前を変えられた事で先代の魂との繋がりを感じて、それで私とか、日本で生まれた護衛艦と仲良く出来たんだよ!!これが魂の引き継ぎの少しの証拠だと思うんだ」

飛んでしまった話題に答えられない『しまかぜ』首を振って


「でもだとして、私の姉は目が日本人的でない事と関係あるのですか?」

「あるよ!!だから!私達はどこかで必ず魂がつながっている存在なんだ。それを個体の形、個別の魂としているのが名前なんだよ」

「名前?」


手元に置いたファイルをなでながら姉は熱く語った


「国から名前を得る事で私達は只の船の魂ではなくなるの、私達の責務は他の船に比べて格段に大きいでしょ!責任ある魂として引き継がれる事になるからメイコムは先代の旗風を感じた。そして新たに『はたかぜ』の名をもらった『しまかぜ』の姉さんの目が青いのは、メイコムの魂を全部じゃないけど一部継いでいるからなんだよ」


メイコム自身は大戦に参加する事はなかったがそれ故に戦いの記憶を持ち帰った姉達の話しを客観的かつ膨大に覚えていた。そしてそれを『あまつかぜ』に伝えていた

そこから『あまつかぜ』は答えを探そうとしていたのだ

死に近づく自分の為にと、もう一つ迷い続ける海自の魂達の為に


「魂の引き継ぎというものの真実を」


にわかに信じがたい事だが、『あまつかぜ』の顔は本気だった

目を輝かせて


「メイコムは教えてくれたよ。戦時中から戦後もそうだけど帝国海軍の魂は教えて貰った限り自殺をした者はいなかったそうだよ。なんでだと思う?」


大人びた彼女の指先の前、『しまかぜ』はワカラナイと首を振った

同時に敗戦という苦境の中、おそらく負けた事による限りのない辱めをうけたであろう姉達が「侍の国」と言われた日本で潔さを優先して死ななかった事が引っかかった


妹の引っかかったという感情を『あまつかぜ』は読み取った

真剣な眼差しが妹の手をとって


「『しまかぜ』覚えておいてね。私達は自殺すると魂を引き継げない、だから姉さん達は自殺はしなかった。負けても、もう一度のこの国に生まれ変わることを希望として最後まで戦ったんだ」

「でも、あの戦いからもう何年も経ってます。帝国海軍の名を引き継いだ者は多くいます。なのに誰も魂を引き継いでなんかいません」


事実だった

そもそも「魂の引き継ぎ」に関しては戦前はもとより戦後にも逸話のようにあった

だが、誰も引き継げなかったのだ


「そうなんだ、そこがわからないんだ」


妹の反論に『あまつかぜ』は申し訳なさそうに頭を下げた

「メイコムは感じられたと言っていたのに、どうして私達は感じられないのかな?」

思い出すための指さし確認のように手を振る


「何かが足らないんだ。私達なのか、他の何かなのか…『わかば』姉さんは何も語ってくれなかったし、私には時間もないし」


ファイルと赤い日記帳、胸に抱きしめたまま『あまつかぜ』は考え続けていた





終わりの日

靄のかかった舞鶴港、海上自衛隊舞鶴基地

『しまかぜ』は焦燥の顔で姉と対峙していた

北向きの気候をかぶるような寒さの中で、すでに制服に階級章もき章もなく、写身の艦体は白いラインのストライプという死に化粧を纏った『あまつかぜ』は浮いていた


「私には…出来ません」


護衛艦『あまつかぜ』は生涯最後の仕事として、次世代ミサイル護衛艦の標的となる任務を授かっていた


そして、姉の命を絶ちきる最後を与えるミサイルを撃つ者は、運命のイタズラか『しまかぜ』の役だった


自分がそんな恐ろしい役を受けるなど思ってもいなかったが

どの護衛艦が受けてもこれは地獄の思いだった

港に並び肌を冷やす風の中、今日の標的である『あまつかぜ』を撃つ面子は誰もが震えていた


標的艦は一発で沈められるわけじゃない

あらゆる兵器の試し撃ちをするように、浮いている間は何度となく糾弾を受け続けるというもの

浮いている限り死なない艦魂にとってこんな恐ろしい事が自分の最後にありえ

また

相手をあの世に送る手段であるというのは気を狂わせる程の仕打ちだった


考えたくない、思考を止めてしまいたい

DD達の中には顔を上げられず泣いている者もいた

『しまかぜ』も同じように震え、これが夢であって欲しいとただ俯き続けていた


「おはよお!!みんな元気か!!」


舞鶴の司令に就任していた『はるな』と別れの会話を終えた『あまつかぜ』は、整列した仲間達にいつものように元気いっぱいの声をかけた

濁ることのないトーン、軽やかな足取りは自分本位を貫いた者である彼女の生き方そのものにも見えた

静まっている事が当然の場に標的艦になった当事者は昔と変わらぬ笑顔


反対に『しまかぜ』の視界は雨の中のいるように滲み霞む一方だった

どうして自分が最愛の姉を撃たなくてはいけないのか、護衛艦という任を得たことで自分の生き方を満足出来た日な指で数える程度しかない

むしろ

護るべき人に「兵器」である事を強く罵られている事を知り、自分を無気力に落としてしまった日の事を思い出せば、辛い事ばかりの護衛艦艦魂である事に悔しささえこみ上げていた


日本国民を護るために生き続けた姉を殺す事まで背負わねば成らぬ業の深さに、胸が潰れてしまいそうだった

きつくつむった目と押さえた胸の顔を


「『しまかぜ』頼んでいい?」


涙で顔をベタベタに濡らした『しまかぜ』の前

いつもの足が止まっていた

俯いた姿勢のまま顔を上げられない妹に『あまつかぜ』の両手が頭を掴んで引き上げる


「泣くなよ、また帰ってくるからさ。ちょっとのお別れさ」

「帰ってくるなんて…」


今は嘘でそんな事を言われても、喜ぶすべさえない『しまかぜ』は歪めた眉の下で唇を噛んだ


「だから、私の宝を預かって欲しいんだ」


ただ泣き続ける『しまかぜ』の手に『あまつかぜ』は首からかけたネックレスの先に輝くリングを手渡した

シルバーを真ん中に挟んだゴールドをあしらった指輪はengagementringだった


「『しまかぜ』私は絶対に帰ってくるよ。新たな魂となって、だからその時まで預かっておいて!!必ず返してもらうからね!!」


霞む世界、消えて行く姉は繰り返した


「『しまかぜ』頼むよ!!」







「姉さん…」


『しまかぜ』は一人煉瓦倉庫の寄宿舎一階にある図書室にいた

『あまつかぜ』が残していったデスクに寝そべるように顔を寄せ

あの日、自分に預けられた形見のリングを見つめていた


冷えたデスクの感触を味わいながら、月の光に鈍く輝くengagementringエンゲージメントリング

姉はこの世とengageしたのか?だから愛するこの世と結ばれるために帰ってこられると信じたのか?今は知る術もない預かり物


ここに来る少し前に『くらま』の部屋に呼び出されていた

演習に疲れ、歓迎会に疲れた『くらま』は安らぎとして恋人との時間を欲していた

だが、『しまかぜ』はその気になれなかった

頭の中に残るコーパスクリスティーの言葉に心は大きく掻き乱されていた


逢瀬を拒否するのは何も初めての事ではなかった

相手が疲れていれば自分だって疲れている事もある、だがどこか頑な態度をとる『しまかぜ』に『くらま』は訝しそうに尋ねた


「何かあったのか?」と

答えはない

壁に身体を押さえつける彼女の腕の中で自嘲気味な笑みを浮かべた『しまかぜ』は別の質問を返した


「ねえ、『あまつかぜ』姉さんの事、覚えてる?」

「変わり者の事か?それがどうした?」


素っ気ない、いつものかわらない返事

それを聞いた『しまかぜ』は『くらま』の腕の中から離れた

「お休みなさい」



「そうよ、みんな姉さんの事は変わり者程度にしか覚えてないのよ…」


誰に言うでもない声は、自分の確信、自分の信じてきた事を確認するようにつぶやき続けたが心に吹く嵐を抑えられるものは何もなかった

髪を掻きむしるように、何度もデスクに頭を軽くぶつける


コーパスクリスティーは言った


まるで荘厳な教会の石畳に響く声のように、灰鉄色の目は祝福あるかなと笑い

銀の髪をなびかせながらいつまでも『しまかぜ』の心を射抜いていた


「私はあの人の想いを託されてココに来ました」と



「『あまつかぜ』の日記」



コーパスクリスティーに託された物が何かワカラナイが思い浮かぶ物はそれしかない

それに何かが書かれていた。海自の、帝国海軍へと続く魂の絆に対する何かが書かれていたと噂された日記

デスクに頭をこすりつけ、否定と首を振る。それ程に大切とされた日記が自分に託されなかったとは信じられなかった


『しまかぜ』は姉に託されたリングを見つめると続けた


「私が一番姉さんの事を知っているのよ…私が…私こそが希望託された者なのよ絶対に…」

転がしていたリングをシルバーのネックレスに通し首にかける


「姉さん…どうして…」


澄み切った紫の闇の下

月明かりのテラスで『しまかぜ』は頭を抱えながらも、心を叩き自分を奮わせ続けた

カセイウラバナダイアル〜〜あしがら〜〜〜


足柄といえば飢えた狼というニックネームの巡洋艦

もし

艦魂がいたならインタビューしたいですねぇ


ヒボシ 「飢えてるんですか?」

足柄  「飢えてねーよ」


ニックネームのせいでグレてそうですね

なんとなくそんな事を考えた今日でした

いつかどこかの作品で足柄が出てくるのが楽しみですwww


それではまたウラバナダイアルでお会いしましょう〜〜

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