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第三十一話 瞼の妹

 自分の背中よりはるかに大きな木ケースに入った一升瓶4本と箱詰めの焼酎を引きずって車に向かって行く粉川の姿に。


「ホント変なヤツだよなぁ……本庁(防衛庁)宛てで酒を山ほど送ってくるヤツってアイツぐらてじゃねーの?」

「まぁ、確かに変わり者だ」


 眺める小デブの佐野にもたれかかった吉野は事務方の中でも事,防衛庁宛に届けられる「物」の整備・警備・目通しなどを担当している。

粉川が出向でどこかに出て行けば、行った先から必ず「地酒」や「日本酒」を大量に送ってくる事を良く知っていた。


「横須賀に母親代わりだった人がいるんだって、その人が酒好きで買ってくるんだってさ」

「粉川の母親って早くに亡くなって,でも父上は「海の男」でしょ」


 同期の桜たちは粉川の父親が「海上自衛隊将補」であった事も存じていた。


 海で防衛のために働く男の家庭に起こった悲劇も知っていた。

粉川の父がリムパックでハワイに演習に出ていた時に悲劇は起こった。

粉川の母は元気一番の人で家を留守にする事の多かった夫をよく支え、一人息子をこよなく愛し大切にしていた人だったが……

不慮の事故の前にあっけなく世を去ってしまった。


「恩人か……その場にいなかった父親より大切に思えるわけだ」


 駐車場に向かって姿を消した粉川の過去に、吉井は大量に送られる酒が亡き母親への想い、幼かった自分を助けた身代わりの母への感謝を忘れぬ姿にいつも快く受け取りをしていた。


「良く貸したな新車のBMW」

 給料の使い道など自分の趣味に宛てる事しかないほど多忙な自衛官の宝だった車を、抵抗無くキーを投げた小柳に吉井は聞いた。


「粉川にだったら貸していいと思うんだよ」


 吉井の隣、ひょろりと長身の小柳は防衛大学以前から粉川を良く知っていた。

母亡き後。

一度はどん底まで落ちたであろう幼い彼を支えた人がいるのなら。

それに恩義を感じていい歳した男になっても土産を買って帰ってくるそれを「母親代わりの人」の所まで持って帰りたい気持ちは良くわかる。

新車だろうが車を貸すことに抵抗などなかった。


「持つべき友は面白いヤツに限る、いこうぜ」


 夜を濃くした闇の下。

都会の照明の方が、星より瞬く東京で「国防」の重責を担う男達はそれぞれの職場に戻っていった





 横須賀港フェスティバル。

例年なんらかの理由で開港祭やイベントを開くこの町。

開港の歴史はそれほど古くはないが大抵の事件や歴史に関係した出来事はココで起こっていたりもするという「いわく」のある港でもある。

戦国時代初期にみん国との貿易はあったらしいが、すぐに下火となりその後は江戸幕府の鎖国にならえで国内貿易の港として以後250年を過ごす。


 この緩慢とした港に一大事件が起きたのは。

幕末、アメリカからの通商使節として訪れたペリーが久里浜に上陸した時に始まった。

それが近代日本への移行への門を開き大きな港となった。

明治,大正という間に大日本帝国横須賀鎮守府と軍港の町に変貌し

戦後はその使い勝手のよさから長く「アメリカ第七艦隊」の元に置かれ現在も大部分をアメリカの「領土」として機能している。


 アメリカ第七艦隊が保有する大型航空母艦を整備できる唯一のドックを持つ。

それ以外で空母の修復を出来るドックは「呉」にある戦艦大和を建造したドックという事になるが、瀬戸内を巨大艦艇である米空母が航行する事は非常に困難であるという事を考えるに唯一である。

 日本のアメリカとの防衛の窓口である横須賀に占める割合は未だに巨大であり、アメリカ自身がその事を重要としている事も多々伺える。


 市民感情においても、その事は意識的な配慮の多くが成されているため「沖縄基地」に比べると抜群に米兵による犯罪率が低い。

厚木基地や横田などにも徹底した規制がしかれている。

 横須賀は軍港である。

昔も今も、変わる事なく。


 軍の持つ「戦争」のイメージを払拭するためなのか毎年何回かのイベントが日米共盛んに行われる。

(今年最後の目玉はCVNジョージ・ワシントンの一般公開でした)

(今年上半期の目玉は,さよならキティー・ホークの一般公開でした)

(艦魂物語の中では、アメリカ第七艦隊空母打撃群の大将としてキティー・ホークが君臨中)




「結構いるね」


 粉川が横須賀に入ったのは顔の腫れを抑えるための休養をとった翌日。

小柳から車を借りて,ありったけの酒と自分用のビールを乗せ、朝一番で横須賀港に向かった


 フェスティバルと言う祭りであっても艦艇が公開される日数はたった2日だけだ。

滅多な事では乗船出来ない護衛艦に対する関心は一般の人にも高いらしく列をなして並ぶ姿が曇り空の早朝にもかかわらず見受けられる。


 今回目玉であった『おおすみ』が災害派遣で出払ってしまった割りにはの人出は悪くない

車を基地内の駐車場に置いた粉川は背を伸ばし大きく欠伸をした。

ココにくるのは2週間ぶり。

およそ一ヶ月の間で自衛隊という組織を揺るがす事件が3つも起き,世間の関心が集まる中でフェスティバルを敢行した海自。

人の関心が集まっている時に是が非でも海自を少しでも知って貰おうという気持ちの表れでもあるが……

そうまでしなくてはならない事がこの「国」の「防衛」の仕事を「戦争への切っ先」であると見てしまう国民のもつ間違った不満を解消するための過剰なサービスとも言える行為にもなっていた。


 たくさんの親子連れのあるく桟橋を眺めながら粉川は考えていた。

昔は海自の勤務地としてココにいた……父親もココに勤務していたから、知った我が町だ。


 腕時計に目をやりながら、昨晩久しぶりに父親に電話した事を思い出しながら歩いた。


「私はココでのんびりしているよ。彼女の所に行くならよろしく言っておいてくれ」


 昔から自衛官。荒々しき海を戦う男とは思えない程におっとりとした口調の父は,息子からの電話にも変わらぬゆったりとした態度で、だが簡潔な言葉を返した。

少なくとも3ヶ月に一度は父親に電話はしているが、どこかに出ようと誰が誘っても足を運ぶ人でない事もわかっていた。

そのかわり自分では急にどこかに旅にでるという、変わり者の父と子。

 母代わりの彼女にはよろしくと、一言そえた言葉で短い電話は切れた。


「わかってたけど……」


 ゲート前「身分証」を提示してバースに向かう

昨日とは変わりくすんだ空模様が親子の間を如実に語っているように見える、どこですれ違ったのか? 親一人,子一人になのにと。

歳と共に遠ざかる縁をもの悲しく思った。


「あれは……」


 曇ってはいるが雨はなく、一般の人が多く見える横須賀基地は普段見ることのない世界で新鮮な景色。

特に艦魂が見えるようになってから粉川の視界には色々な「女」達が見えていた。

その目がこの基地で最初に見つけたのは『たちかぜ』の姿だった。


 おそらくDDGたちかぜの艦魂と思われる彼女は前甲板に装備されたアスロック発射装置の上に足を放り出したように座っていた。

肩にかかる黒髪ショートのストレートヘア、少し糸目な感じの顔の彼女は手元に寄る鳥たちと戯れている。

制服が海自のものでなかったのなら、白のキャミドレスでも着ていれば、鳥を呼ぶ天使のようにも見える。


「艦魂にも……親とかいるのかな?」


『ちょうかい』から『こんごう』誕生の時に起こった事件は聞いていたが、それでどうやって「艦魂」が誕生するのかがわかった訳ではなかった。

 呆然と目線を走らせ、思い出してはみるが彼女達は常に先に生まれた者を「姉」とよび後から産まれる者を「妹」と呼ぶ……「母」と呼ばれる者もなく「娘」呼ばれる者もいない。


「姉妹」しかいない……親はいないのか?


 両手に寄る鳥たちと会話をするように、自分の隣に並ぶ鳥たちを子のように慈しむ目の『たちかぜ』の姿は、年若くせいぜい20代前半の女性を見ながら。

 艦魂もある一定の歳を経たら「母」と呼ばれるようになるのか? などと考えた。


 鳥が逃げてしまったら……そう思うと声を掛けられずいた粉川の背中に声をかけた者がいた。


「粉川さん?」

「……『しらね』さん?」


 声の主、それは横須賀最後の夜に自分をモルモットにした艦魂『しらね』

あの後アトミックな『こんごう』の一撃を食らったことを未だ体が忘れない。

そのせいか、つい後ずさりした粉川にそんな事はとっくに忘れたのか、久しぶりの相手を確認するように眺める『しらね』。


 先ほどまで見ていた『たちかぜ』に比べると身の丈も小さな彼女だが、横須賀基地に詰める第一護衛隊の旗艦でもある彼女は、かっちりとした海自のダブルジャケットにタイトスカートという姿で目を大きく開いた困惑の顔で粉川を見ると。


「どうしたんですか……顔?」


 湿布で隠していてもわかる程の腫れ。

ゲート前で身分証を見せても怪訝な表情をしたwaveの姿。

やっぱり殴打とわかるかと粉川は諦めた顔で。


「ケンカしちゃいました……『こんごう』ちゃんと」


 嘘を付く必要のない相手に苦笑いで答えた。





 粉川が『しらね』に導かれ連れてこられた所は『こんごう』達がグループルームに使っていた部屋に似ていた。

もちろん護衛艦しらねの内部にあるのだが、それは艦魂が見えない人には入ることもできない部屋。

作りは各々の趣向を反映しているのか清潔感というよりも可愛らしさを優先した白い壁で囲まれており、これまたどういう原理かは謎だが外が見えるようにテラスが併設されている。


「もう!! 聞いて下さいよ!! サイアクー!!」


 その着いたばかりの部屋の中『しらね』の帰りを待ちかねたように『あけぼの』が叫んだ。


 『あけぼの』とは『むらさめ』『いかづち』達『あめ』9人姉妹の八女。

長女の『むらさめ』から始まるこの姉妹は変わり者が多いらしいが『あけぼの』もまた例外ではなさそうだ。

大きな身振り手振りで話す彼女は、今時ガングロ(と言ってもちょっと日焼けした程度)の髪もモカブラウンにエナメルカラーが入った天使の輪キラキラの激しいカラーで、ロングヘアには惜しみなく巻き毛がかけられている。


「も〜〜クソガキが私の甲板にジュースこぼしたんですよ!!」


 粉川の事などそっちのけの『あけぼの』はリップグロスで生々しく輝く口を尖らせて『しらね』に迫る。

「静かにしなさい」


 アメリカ人のようなオーバーアクションの『あけぼの』に指を立てて注意しながら、粉川のイスを準備させる『しらね』のとなりオーバルのガラステーブルでお茶の用意をしていた女の子は初めて見る子。

その顔は粉川を見上げて固まっている。


「『なるしお』、「人」よ。前にも見たでしょ」

 「人」の姿に驚いた彼女はティーポットを持ったまま部屋の隅っこに逃げてしまった。


「気になさらないでください、触れられる人を間近で見たことの無い子なんで」

「大丈夫ですよ」


 気遣いを示した『しらね』に粉川はまたも苦笑い。

「人」に合うのは確か50年ぶりと『しまかぜ』が言っていた。

その久しぶりの人の顔が、鈍器の迫撃を食らった負傷面じゃあねと。


「粉川さんからも、甲板にジュースの持ち込みはダメ!! そう言ってくださいよ!!」


 酒焼けしたような低い声の『あけぼの』は粉川に詰め寄って座ると愚痴りだした。

見るからに女子高生な彼女は粉川的には苦手な分類の人種。


「ああ……注意します。出来るだけ」

「徹底して!! も〜〜〜ああいうのが、お肌にくすみとか作るんですから!!」

「でもほら人がたくさん来ると楽しいでしょ、課業するより」

「佐世保じゃあるまいし、ココじゃ朝の修練走なんかないですよ!!」

「そうなの?」


 イスから乗り出した『あけぼの』の肩を叩いて自分のカップを手にした『しらね』が間のイスに座ると。


「修練走なんて実施しているのは佐世保ぐらいなものですよ。妹に会いました?」


 粉川の手元にもアールグレイの香り高いカップが置かれる。

「『くらま』さんですよね。お会いしました」


 思い出すのも、自分より大きな女は初めてだったのだから忘れようもない。


「『しらね』さんに似て小柄な方かと思っていたので、びっくりしました」

「そおねぇ、昔は三つ編みの似合う可愛い子だったのに。すっかり大きくなってしまって」


 懐かしそうな目線でティーカップのへりを指で触る『しらね』の言葉に固まる粉川と部屋にいる艦魂達。


「三つ編みとか……していたんですか……」


 粉川にはあの上から人を見下したような視線をくれたおそらく短髪(『くらま』はオールバックにしているから髪はベリーショートより少し長いのだが制帽をかぶっていたから粉川にはわからなかった)の彼女が三つ編みをしていた事があったというのが信じられなかった。


「も〜〜珠のように可愛い子だったんですけど、あっという間にわたくしの背を越してしまって」

「『くらま』司令って……『しらね』姉様より小さかったんですか?」


 粉川の隣に座っていた『あけぼの』が、ジョークですか? とほぼ突っ込みのように聞いた。

それもそうだ。

ココに揃った艦魂達にとって『くらま』司令と言えば,あの長身でいつも怖い顔をしている姿しか浮かばない、佐世保の鬼司令『くらま』の産まれた頃の姿を知っている者などほとんどいない。


「あの頃は『しらね』司令よりずっとおチビちゃんでしたね」

「私の後をお姉ちゃん! お姉ちゃん! とついて回って……可愛かったわ」


 まるで空にその思い出が浮かび上がっているのか?

テラスから向こう曇っているとはいえ静かに揺れる波に遠い目。


 空気の固まった中、一人思い出に頬を赤らめている『しらね』の合いの手をうったのは『ゆき』姉妹の長女『はつゆき』だった。

「そうよね。今はあの頃の事なんて『はつゆき』ぐらいしか覚えてないわよね」

「可愛かったですね〜」


 佐世保を騒がせる色恋話しのナイススピーカ『ゆき』3姉妹の長女である『はるゆき』は『くらま』誕生から1年後に就航しており幼かった頃の『くらま』を唯一知っている存在。

佐世保で会った他の『ゆき』姉妹達に比べると幾分落ち着いた物腰。

長髪の後ろを小さく巾着に包んだアップスタイルの嬉し目の合いの手に。


「も〜〜腕の中に入ってしまうほどの可愛い子だったんですけど……すっかり司令として大人になってしまって寂しいですわ」

「はあ……」

 胸を押さえて思い出話しをする『しらね』の周りには今まで知らなかった『くらま』の姿に耳を立てた妹達。


「あの子が生まれたときには、わたくし既に司令として激務に入っておりましたでしょ。なかなかかまってあげられなくて。寂しい思いをさせたのかもしれませんわ」


 うっすら浮かぶ涙目。しかしそれがすでに笑い話なのか? 妄想なのか? という感覚の粉川達。

「よく泣いてましたね」

 なのにそうそうと『はつゆき』の回想まで加わり。


「ダメな姉でしたわ……そうこうしているうちにあの子も司令の任に着いて、あんなに大きくなってしまって。もう抱っこ出来ませんわ」


「抱っこ……」


 悲しみに胸を押さえ目をつむった『しらね』の前、想像出来ない「図」

どちらかと言えば『しらね』を『くらま』がお姫様抱っこという図しか一同には考えられなかった。


 驚愕の話しに対応仕切れない粉川と『あけぼの』並ぶ艦魂達。

そんな周りを見る事なく『しらね』は胸のポケットから手帳を出して。


「なつかしいわ」

 開いたページを慈しむような目。

手帳の中にあるものは「写真」? 粉川はもとより部屋に詰めた全ての艦魂の興味はそこに集約されていた。


 いままで鬼司令としての姿しか見たことのない『くらま』の三つ編み少女の姿は、。誰もが見たい


「かっ……可愛かったんでしょうね。僕も見てみたかったなぁ……」


 姿勢を反らせ『しらね』の手帳を覗こうとする『あけぼの』の前、粉川も興味津々になっていた。

見たい!!

とにかく見たい!!

誰もがそう思う中での、粉川の質問はナイスだった。

『しらね』の手帳の中にある……かつての『くらま』の姿を。


「見ますか?」

「はい!」


 意外と妹思いなんだなぁ……

そんな粉川の前に開かれた手帳にあった瞼の妹の姿は。






「すいませんでした……」


 護衛艦しらねのグループルームを出た飛行甲板の下で粉川は笑いを堪えた顔で『しらね』に平謝りをしていた。

『しらね』が手帳に忍ばせていた「思い出の妹」その姿は『しらね』の手書きによる絵だったのだ。

それがまた、写実的に書かれていたものならばこんな笑いを堪える必要はなかったのだが、まるで子供が書いた落書きのような。その絵に別の意味で固まってしまった部屋。


「……ひどいですわ」

「すいません……」


 落書きのようにも認められた『しらね』の思い。

三つ編みのキラキラお目々の絵は、粉川を含めその場にいた艦魂達の腹筋を破壊するだけの凄まじい破壊力があった。

 普段司令職としてこの一群を率いる姉の可愛い落書きについ笑ってしまった事に粉川は謝り続けていた。


 顔を真っ赤にした『しらね』は無言のまま部屋を後にし、それを周りの艦魂達に背中を押されて追って今の状態になっている。

さすがに一群司令のささやかな思い出を笑い飛ばしてしまったのでは、これからまだ一群に勤務が続く艦魂達も居心地が悪いと。


「『しらね』姉様……ごめんなさい」


 粉川の後ろ『あけぼの』もキマリが悪そうに謝る。


「写真が……撮れないんだから仕方ないでしょ!!」

恥ずかしくて涙目の『しらね』は震える肩で。


「残しておきたかったの、わたくし達は記憶を辿ればいつだったて鮮明に相手を思い出す事ができますけど。写真とかを残せるわけじゃありませんわ、だから……あの時のあの子を私の手で残しておきたかったの」



 落書きは姉の大切な思い出。

司令職に産まれた『しらね』が、どれだけの時間を自分の同列艦である妹の『くらま』と過ごすことが出来たか。

そして今もなかなか揃って会うことの出来ない妹を大切に想っている事の証。


「姉様……ごめんなさい……」


 飛行甲板の下、プロムデッキの端で肩を小さくしていた『しらね』の直ぐ後ろに走り寄った『あけぼの』は自分達のした事を恥ずかしく思い走った。

「ホントにごめんなさい」


 顔を落としてしまったままの『しらね』の前『あけぼの』の目にも涙が



「写真、撮りませんか?」


 肩をすくめたままの司令の前に粉川はデジカメを出して笑った。

「写真撮りましょう! みんなで!!」

 手帳を胸に抱えたままの『しらね』は自分の前に膝を折り、顔をつきあわせている「人」に驚いて聞いた。


「わたくし達は、写真には写らないんですのよ?」

「写りますよ」


 そう言うと粉川は自分の手帳に挟んであった『こんごう』達と撮った集合写真を見せた。

「僕が撮れば写ります!!」


 手渡された写真に写る「艦魂」達。

思い出を自分の頭の中だけでなく、見える物として欲しいのは何も人ばかりじゃない。


「『しらね』さん、僕は「艦魂」と「人」はもっと親しくできると思うんです。だから僕が撮れば写る。僕も皆さんとの思い出は見える物でも残したいから。『しらね』さんが自分の手で残そうとした気持ちわかります」


 胸の手帳。

自分を追っていた幼い妹の姿……残したかったもの。

産まれついての司令職の姉妹。今ではそんな風には呼んでくれないだろう妹の。



 「お姉ちゃん」と呼ぶ姿。



「そうですね、素敵ですわ」

そう言うと涙を振り切ってプロムの壁に事の成り行きを心配気に見ていた妹達を呼んだ。


「一群! 集まりなさい!! 写真撮るわよ!!」


 覇気を取り戻した『しらね』の前に揃った第一護衛隊群の艦魂達。

全員の分をプリントアウトするのは今日中の仕事としては骨だが、思い出が形として残っていくならそれもまた嬉しい事。

プロムデッキから向こうを見渡す海の前、他から見たら念入りな風景写真の撮影にも見えるだろうところ。


 揃った彼女達の真ん中。

司令の『しらね』は手帳を抱いたまま笑顔で写真に収まった。


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