第三話 夢の花園
横須賀港からの出港が迫る時の中で
粉川は他の護衛艦に比べれば広くなったベッドルームにいた
二段式になった水兵部屋だが、これでも一昔前の護衛艦に比べれば格段によくなった居住性
特に『こんごう』艦は有事の時に司令旗艦にもなる事を想定して作られているため、部屋数も多い
その開いた一つの部屋を粉川は占有していた。というより隔離というのが正しいのかもしれない
規律厳しい海自の中でも最新鋭の護衛艦、最新の防衛システムを持つ船にて、部外者を艦無いで働く者の誰であれ一緒に起きたくないという間宮の私案の下でそうなっていた。
「痛い...マジで本物だ」
『こんごう』にぶん殴られ頭の回りにキラキラ星の衛星を回したまま医務室に向かった粉川はそのまま自室に引っ込めと指示され、追い出され自己治癒にまかせてしばし横になっていたのだが
本庁勤務でも規律正しき生活をしている彼が簡単に眠る事など出来るハズもなく
鈍痛なり響く額を抑えたまま天井を眺めていた
眠れない理由は他にもあった
「艦魂」を見たという事
粉川は体を鞄の方にかえし、枕元に古びた手帳と
自前の真新しい手帳を並べ片眼で中身を確認していった
「艦魂ズ、いたねぇホントに」
痛みの顔から手を下ろし顎を掻きつつ
革表紙の煤けた古い手帳を何枚かめくる、色あせ紙も乾燥しているため軽いこすれる音が静まった余剰兵員室に響く
手帳の中、万年質で書かれた字黄色く変色している
ところどころに赤い鉄分を浮かび上がらせている文字は達筆で十分過ぎるほどにペンを使いこなした後は流れるように記録を綴ってある
粉川はその中、戦艦金剛の名を記したページに指をとめた
「金剛…」
開いたページの所狭しと書かれる記録に目をこらしながら、小さな、誰にも聞き取られないような声で音読すると
「確かに、金剛だね」と顔をあげ
しおりを入れると自分の胸ポケットから新しい手帳をひらいて寝返った
顔の腫れは水タオルを当て続けたおかげで幾分引いていたが
あの味わったことのなか衝撃のパンチ
体の芯に届いた痛みは、なかなか消えそうにはなかった
思い出すに恐ろしい剛速球、ため息を細くつくと、開いた手帳の側に
「『こんごう』」
復唱しながら書き込む
書きながらも
あんな可愛い顔からあんな苛烈なパンチを出すとはと眉をしかめる
あり得ない状況の拳、目の覚めるというか
今までナンパであんな酷い思いをした事のなかった粉川は溜息がでたが
「さすがに戦艦金剛の魂と言ったところだったなぁ」
手元に広げた手帳と古い手帳を見つめつつ
「しかし本当に「夢の花園」は遠いな、どうやって「手なずける」んだ?「艦魂」って?」
女ばかりの魂達と鼻の下を伸ばしていた自分を悔い改めるように愚痴るともう一度、古い手帳を何枚かめくる
手垢の付いた紙は急な動作では破れてしまいそうな程感想した古い紙だ
カサコソと擦れる音をゆっくりと立てつつページを進ませる中
粉川は繰り返し何かを探すように見入る
「大日本帝国海軍高速戦艦金剛、艦魂金剛は」
「お〜〜怪我はどうよ?」
寝ころんだまま書き物と捜し物に没頭していた粉川の背中に景気の良い声を掛けたのは『むらさめ』だった
相変わらずの「海軍セーラー」で晴れ上がった粉川の顔を眺め笑いを堪えている
一連の「殴打事件」を影で見ていたのだから怪我の理由はわかっているが、実際やられた本人とそのダメージの大きさには笑ってしまう
『むらさめ』の笑った口元に機嫌悪そうに答える
「痛いよ」
ペンを振って
ちら見で相手を確認して起きあがった
「スケベな事考えたか?」
『むらさめ』はわざと話題をそらして聞いた
「どうやって?」
粉川は起きあがると手帳を閉じて聞いた
「彼女は、照れ屋なの?」
「へっ?『こんごう』が?」
おかしな事を聞くヤツだと
『むらさめ』は両手を上げて呆れたように答えた
「慣れてないんだよ!そんな事、今まで言ってくれるヤツいなかったんだから!」
「慣れてない?今まで本当に艦魂を見れた人はいないのか?」
粉川は『むらさめ』はあまり警戒を持たず正直に、こざっぱりと話しをしてくれるタイプと見切って聞いた
事務的な質問
『むらさめ』は疑う事なく返事した
「そんなのいねーよ、オマエが初めてさ『しまかぜ』がそう言ってただろ?」
「そうだったけど、それにしたって僕は「目」が可愛いいねって言っただけだよ。殴ることないじゃない?」
粉川の返事に『むらさめ』の動きは止まった
「目の事にふれたんか?」
顔に困惑を浮かべて
それがイケナイ事だったと態度で表している
「ダメな事だ...」
確信に迫ろうと聞き返した粉川の声をぶった切って光りは参上した
「ありゃ〜〜粉川はん、だいぶ腫れ引いたね〜」
光の塊が目の前で眩しく輝き消えたと思った瞬間
細い指先が腫れ上がった頬をなぞり鼻先を撫でる感触と
女の子特有の柔らかな香りが粉川の目の前に現れた
「『いかづち』ちゃん?」
まぶしさで瞬時に上げた毛布をゆっくりと除けた
そこには艶やかな花たちが粉川を珍しそうに覗き込んでいた
右も左も女の子だ
この無骨な艦艇の中に急に花畑が現れたとしか言いようのない数
「うれしいねぇ、横須賀最後の夜にわざわざ僕に会いに来てくれたの!!」
目の前には昨日見た倍近くの艦魂たちに粉川の心は飛んでしまった
そこには、上は「護衛艦隊」から下は「掃海艇」に横須賀港内で働く船達まで
とにかく
しつこいようだが「女の子」ばかりが集まっている
そして粉川を見つめている
みな初めて自分たちの姿を見ることの出来た男に興味津々で目を輝かせて
誰から話しをしようかとざわついている
「なんだあ!!なんでこんな所に急に集まってんだよ!」
通路に溢れるほどに集まってしまった艦魂たちの中
『むらさめ』が、息苦しそうに叫んだ
「わてが呼びましたねん」
相も変わらずコック姿の『いかづち』
「だぁほ!!何で,んな事すんだよ!!」
「だって初物やし...ほれ『しらね』はんに頼まれて。。。。」
どうにも手の早い『むらさめ』は『いかづち』に飛びかかった
「余計なことしやがって!!」
振り上げる拳を、後ろから受け流す光の手、花園の中でもひときは目立つメイクの艦魂が割って入った
「あんた達だけで楽しもうって魂胆だったの?」
群れなす艦魂達の間を割って入ってきたのは日焼けした肌のかなりグラマーな女の子
「初めまして私は『あけぼの』『むらさめ』よりピチピチの艦魂よ」
「なんだと!!」
勢いアチコチに手を伸ばしそうな『むらさめ』はまだ目の前の『いかづち』をひっ掴まえたばかりで反転がきかない
そんな馬鹿をよそに
粉川に迫る彼女は、今時ピチピチと自慢気に言うほどに確かなバディーのまま近づく
胸にもたっぷりと女らしさを蓄えた彼女はは粉川のベッドの横に座る
ウェーブのかかっ栗色の髪に、ぷっくりとふくらんだ唇にはグロスが入り、とろけるように輝いている
睫毛もしっかり跳ね上げメイクまさに今時の女の子だ
「ねぇ私、見えるぅ?」
急な質問だが
悪くない
声にも色気たっぷり
それこそ粉川の鼻の下はゆるみまくって胸元を見ている
「いゃぁぁもちろん見えてるよ、うん、すっごく」
見えているのは胸だけでは?
そのぐらい目尻も下がっている
『あけぼの』の手は粉川の顎をさすりながら聞いた
「ねぇ私キレイ?」
「もちろん〜〜」
「私の方がキレイでしょ!!」
すっかり手なずけられ弛緩していた粉川の首を顎ごと反対側にひねったのは
黒のストレートのヘアーにシャギーを内側に入れた少女
制服の前ボタンをはずした彼女はダイナマイトバディの(あけぼの)に比べればおとなしめの胸だが、ミニスカートからのぞく脚は
「『す・ず・な・み』、なみって呼んでぇ」
ひときは目立つ潤んだ瞳に細い指先
ネイルも磨き上げられ美しい、六本木や銀座に生息するクラブホステスかと間違うほどだ
「いゃあ、素敵だよ〜〜なみちゃん」
「だぁ!!!うぜぇ!!何しに来たんだ!!オマエらぁぁぁ!!」
すっかりキャバクラ顔負けの様相になっている二人の間に怒鳴り声と共に『むらさめ』が戻ってきた
「このお色気シスターズ!!きもちわりぃんだよ!!」
怒鳴り散らす『むらさめ』の顔に『あけぼの』の張り手が口をふさぐ
「うるさいわね、色気の「い」の字もない女に言われたくないわよ」
「そうよ!!自分の色気の無さを棚に上げて、変な「あだ名」つけて回らないで頂戴!!」
ふさがれた口から手を剥がしながら『むらさめ』は仁王立ちで怒鳴った
「うっせえ!!オマエら姉妹といい『しらね』の取り巻きと下っ端連中はみんなお色気魔神だ!!」
一声に巻き起こるブーイング
それもそうだココにいる半分の艦魂に言たったも同然だ
「ひどわそんな言い方」
嵐の会場になりつつある粉川の真ん前に今度は清楚な黒髪
スタンダードロングの少女が立った
悲しそうに揺れる目と口元に当てた手
「『しらね』姉様」
粉川の両脇を陣取っていた二人の声がステレオで名前を呼ぶ
「初めまして、わたくし第1護衛隊司令旗艦『しらね』と申します」
礼儀正しくお辞儀をする
薄い化粧にぱっちりお目々、なのに古式ゆかしい日本女性的な慎ましさ
そんな『しらね』は急に横座りに粉川の足下に座り上目遣いに言った
「粉川さん...わたくし、子持ちにみえます?」
「ええっ、そんな事ないですよ」
和服でしなだれられたのなら粉川の理性はぶっ飛んでいたかもしれない
こぼれた黒髪の間から隠れていた首筋
細い肩
『あけぼの』と『すずまみ』から姉と呼ばれたのだから年上だろうハズの『しらね』の体は二人より小さくおそらく150センチ台の背丈
しかし
顔は二人より色気を醸し出している
細い肩から伸ばされた手が粉川の足を這うようになぞりながら
「酷いのですのよ、この『むらさめ』ときたら、わたくしがDDHだからって「こぶつき」ってあだ名を...」
「DDH、ああっ『しらね』さんはヘリコプター護衛艦でしたねぇ」
頭では彼女達の艦艇である姿を思い浮かべ、きちんと顔と名前を一致させようと努める粉川だが、男の差がに近づく指には逆らえなくなっていた
少しずつ足の根本に近づく繊細な指先、必死の粉川は何本か骨をブチ抜かれている
「そう、それも3機乗せているから「三つ子のこぶつき」なんて、わたくしまだ誰にも体を許した事ありませんのに、ひどいですわ」
「そっそっそれはいけませんねぇ〜〜〜こんなにキレイな貴女に」
「嬉しいですわ、そう言って下さると」
両手に花のうえ
膝元にまで
さっきまでは遠かったハズの桃源郷
楽園は後少しだ
粉川はいつ自分がルパンのように全脱ぎダイブをするか真剣に考えていた
「いいかな?」
完全崩壊で緩みきった顔をさらしていた
粉川の室のドアをノックしながら顔を見せたのは間宮だった
「甲板で転んだんだって?神経の方まで痛めたのかな?顔、ずいぶんと緩んでるみたいだけど」
粉川は慌てた
今までピンクの花園で抜かれてしまった骨を集めて立ち上がって敬礼しようと
「いえ、あのご迷惑を」
自分の伸びきった鼻の姿、粉川の焦りはそのまま不注意に上げた頭を打擲した
金物のいい音が通路にまで響く
二段ベッドの下枠に景気よく後頭部をぶつけたまま涙目で敬礼を
「いいよ、ハハハハハ」
思わず間宮も吹き出してしまった
「甲板で転んだのもそのせい?「役職」からは考えられないほど、おっちょちょこちょいだね」
間宮はぐるりと部屋を見回す
「あっ、見えますか?」
涙目の粉川はその仕草が「艦魂」達を見ているように見えて聞いた
「そう見えるよ君、一応一等海尉なんだからしっかりしてくれよ」
「あっ、自分の事ですか」
「君以外だれの事?」
改めて間宮が「艦魂」が見えるのか聞いたが
目の見えているのは「間抜け」な自分だけだと言われて気まずく目を泳がす
そんな粉川の仕草にまで吹き出しそうな間宮だったが
「ところで、ご飯は食べられそう?」
しょぼくれかかった粉川に含み笑いの間宮は聞いた
「あっはい、それは大丈夫です」
「そう、じゃ一緒しないか?ココの食堂で」
「あっ」
間宮のテンポの早い語りに真抜けた返事しかできない粉川
「時間はまだあるけど、基地の食堂のほうに君がいったらさっそく僕たちが「袋」にしたのか?て言われちゃいそうだからね、その顔じゃ」
まったくだ
おそらく「内部捜査官」として船に乗った粉川にいきなり護衛艦こんごうの乗員がリンチなんて、どこぞのゴシップ新聞の見出しになりそうだと顔をさすった
もっとも顔の腫れはこの艦本人の『こんごう』によって作られたのだから間違った見出しでもないが
「転んだにしては殴られたみたいな怪我だし、ココで食事してくれると僕は助かるんだけど」
「ありがとうございます!!是非に、ご一緒させて頂きます!!」
断る理由もなかったがそれ以上に静かな威圧感を粉川は感じていた
策士間宮、本庁でも名前のしれる切れ者艦長に
艦長の誘いでココで一緒に食事が出来れば粉川にかかる乗務員からの火の粉は激減するだろう
助け船、それとも自分を疑っているからの牽制?
花園の夢に、鈍りだらしなく回転を止めていた頭を目覚めさせる
目の前で男盛りの笑みを浮かべる相手に警戒しながら
頭をひねる、まだまだ本音を見せない人だと
「じゃ先に行って待っているよ」
相手の私案を読ませない瞳は笑いながら、軽く手をふると通路を歩いていった
間宮の消えた後、粉川は背伸びをし自分の姿勢を正した
やり手の間宮の一面を少し見られた、この航海は色々な意味で楽しみになりそうだと大きく息を吐き出すと
後頭部に残る痛みを手で押さえながらもう一度ベッドに座った
「まいったな...」
そう言うと緊張にため込んだ息をもう一度深く吐きだした
「素敵、間宮艦長」
一思案し自分の身の振り方や、この先の事を考えていた粉川が見たのは
朝顔?
間宮という太陽を追うように顔を通路に向けた艦魂たちの異常な姿だった
「どうしたの?」
一同揃いもそろった花のため息に、少し驚く粉川の問いは軽く却下された
「素敵!!!素敵!!!もう!!間宮艦長〜〜〜」
黄色い声は一声に間宮一色に
「お姉様!!!実験は成功しましたわ!!」
そういって『あけぼの』と『すずなみ』は手を取り合って飛び上がった
「私たちの色気!!!きっと艦長にも通じますわ!!!」
二人の向こう
さっきまで粉川の足下で色香を発生させていた『しらね』は通路に出て両手を乙女チックに組みうっとりとしている
「ああっ艦長〜〜〜もうしばらくのご辛抱ですわ〜〜〜『しらね』が貴方を『こんごう』の魔の手から救ってさしあげますわ!!」
話しが見えなくなっている粉川の隣にいつの間にか『いかづち』が座っている
「どういう事?」
「あ〜〜ほらあれでっせ、艦魂が見える人が船にいる。そうなると「波長」が伝播するかもしれんやないでっか」
「それで?」
ようは
ココに揃った艦魂は例外なく「間宮狙い」という事だ
そこに初めて艦魂を見る事のできる男、粉川が現れた
それにより憧れの艦長である「間宮覚醒」、あわよくば自分を乗艦指名して貰えぬかという思いが肥大し「眉唾」な話しが流れていたのだ
ちなみに艦長が好き嫌いで艦艇を選ぶことなどない
そんな基準もない
しかし今まで「生身の男」に接した事はない彼女達にはそういう考えはないようで、自分達を確認できる人がいるという事は...ぐらいの認識から間宮にも見て欲しいという思いを爆発させ粉川を実験体に「色気」が通じるかを試したのだ
「なんでそんな事...」
呆けたまま粉川は『いかづち』に聞く
「ほら、やっぱいきなり失敗せーへんようにでしょ」
「僕は実験台か?」
「メロメロに効果出てましたなぁ〜頼まれた甲斐がありましたわ〜〜ええもんみれましたわ」
言い訳のしようもない
最初からそれ狙いで『しらね』達を連れてきた『いかづち』は口を押さえて笑って粉川を見ている
その肩をバンバンと遠慮なく叩いて『むらさめ』も笑っている
「ハハハハハ夢見ちゃってたなぁ、アハハハハハ」
粉川は肩を落とした、言い返す気力もない
あれほどまでに夢見た花園に隠れた毒牙にかけられた気持ちのままフラフラと立ち上がった
騒げば哀れになる
そう思わざる得ない景色
敗北感で影も濃くなった粉川の前
「これで艦長がお目覚めになったら...」
「胸で!!」
「脚で!!」
『あけぼの』と『すずなみ』はさっきまで粉川を誘惑していた武器をたたえ合う
『しらね』はその真ん中に立ち
「フフフ、わたくしの色業は108式まであるわ(意訳.色気の数)負けませんわ〜〜」
足取りも元気なく出て行く粉川に声を掛けるのも忘れるほどに
「間宮籠絡」に声を挙げる艦魂たち
「酷いよ」
悲しみに暮れる姿の粉川に取り巻きの女の子達が手を伸ばしている
「何?」
ペタペタと触る小さなヒトデ(手)の持ち主達は生の男に別の意味で興味津々
「生きてる...」
「動いてる...」
粉川はめちゃくちゃに情けなくなった
おそらくこの小さな少女たちは「掃海艇」や「海洋業務群」またはタグボートの港内小挺の艦魂なんだろう
目上の艦魂たちの実験が終わったのを確認して「お触り」に来たのだ
「実験動物か、僕は」
まるでラットか何かになった気分
粉川は女の子の「不可解さ」を十分過ぎるほどに味わった
「粉川さん!!!貴方のおかげで,わたくしたち自信がつきましたわ!!」
「艦長に通じますよね!!私達『こんごう』よりキレイですよね!!」
『しらね』達はうれしさに飛び跳ねながら言う
もはや
それが褒め言葉なのか、なんなんのか
粉川は手だけで挨拶する
もうげんなりだ
早くこの場から逃げたい...
そして先ほどまであった世界を忘れてしまいたさに
いいよいいよといい加減な事を言ってしまっていた
「皆さん十分キレイですよ、『こんごう』なんかよりずっと可愛いですよ。是非がんばって艦長落としてください」
そんな粉川に声がかかる
「汚染生物...」
聞き覚えある声に粉川の体は硬直したまま顔を上げた。そこには鬼の形相の『こんごう』がとがった目を輝かせて立っていた
顔の痛みが恐怖を思いだして体を震るわす
笑う顔さえ引きつったまま粉川は小さな声で
「いまのは無しの方向で」
間抜けな返答を
恐怖の間合い
粉川の前に集まっていた女の子達が急に逃げだした
というか
通路の端によって固まったかと思う先から光に変わって姿を消す
それほどに恐ろしい鬼の『こんごう』
「貴様...いったい何をしている?」
「何って...」
粉川は恐る恐る『しらね』達の方を見たが
すでに消える気満々なのか体が光っている
「いいこと!!艦長のお目覚めは近いわ!!その時こそ勝負よ!!『こんごう』!!」
窮地に立っている男を見捨てながらも自分達の言いたい事はちゃっかり言う
宣戦布告か、捨てぜりふか?言うだけ言って『しらね』『あけぼの』『すずなみ』は消えた
呆然である
粉川の前に
今まで広がっていた夢の花園はあっという間に消え、目の前にあるのは特大のラフレシアか、地獄の門番か
通路の向こうには最後まで事の成り行きを笑いながら見ていた『むらさめ』が
「し〜〜らない」と姿を隠してゆく
粉川は隣を歩いていた『いかづち』を掴まえ
「助けて」
と頼んだが
『いかづち』も光の中に消えながら
「最後の一言は、粉川はんのせいでしゃろ、ほなさいなら」
無情にも消えた
一人残された
笑い顔も引きつったままの粉川に『こんごう』は怒号が聞いた
「貴様!!海上自衛隊の風紀を乱すためにやってきたのか!!!」
「ちっちがう」
後ずさりする粉川の前で、『こんごう』の拳は熱く握られている、灼熱のミサイルが目の前に
青く澄んだ瞳に炎が見える
「これには、深い訳が」
「歯食いしばれ!!」
「待って!!今から艦長と食事...」
音速のパンチは躊躇無く粉川の顔面にヒットした
振り抜いたスイングの美しさは誰にも見られる事はなかった
今度は来る事を予想はしていたが、痛いことには変わらない
粉川は膝から崩れ顔を押さえたまま悶えた
そんな姿を『こんごう』は見下ろしたまま言った
「悪かったな!!可愛くなくて!!!」
「そんな事は...」
涙目の粉川に『こんごう』も姿を消しながら怒鳴った
「艦長と食事をしろ、歯食いしばって!!!飯を食え!!」
最早「はい」としか答えられない粉川だった
数分後
食堂に現れた粉川の顔は先ほど間宮が見たときの倍に腫れ上がっていた
「またぶつけたの?」
そんな風に言いながらも理由は聞かずお薦めの小皿まで取ってくれた
間宮の男っぷりが
今の粉川には恨めしい出港の日だった