8・始まりと決着
「この答え、結局どうしてこうなるんだよ」
「んー……こりゃあたしにも判んないなあ」
おれと未菜は机の上にあるプリントの難問を睨んで唸っていた。おれより成績が(少し)良い未菜でもこの問題にはどうやらお手上げの様だ。
「解説を読んでも、どうも釈然としない」
「悩んでいたってどうしようにも無いし、明日先生に聞いてみたら?」
「いや、そこまでするのは面倒くさい。このまま赤ペンで答えを書いて提出しよう」
持っていたペンを放り投げて、おれはベッドの上で漫画を読んでいる未菜の隣に座った。
「……そんな中途半端な学習意欲が成績を上げられない一番の原因なんじゃ無いの?」
未菜が呆れ顔をおれに向けた。
「いいんだよ。おれは赤点さえとらなきゃそれで満足なんだから」
「精神的に向上心の無い者は馬鹿だ、って夏目漱石も言っているよ」
「はいはい。三年生になったら受験勉強真面目にやるからさ、それでいいだろ?」
「そう言って高校受験の時も試験直前で、もう駄目だあ、ってあたしに泣きついてきた癖に。全然学習しないねえ」
「……あれは忘れてくれよ」
中学三年生の終盤のことだ。その頃受けた模試の結果が壊滅的だったので、未菜に頼み込んで四六時中勉強に付き合ってもらったのだ。
今になっては良い思い出かもしれない……と一瞬思ったが、よくよく思い出せば苦しかった記憶が次々と蘇ってくる。あんな辛い思いはできれば二度としたくない。
「思い出すなあ。確か日付変更時刻超えてまでずっとこの部屋でユージの勉強を見ていたっけなあ」
「それで二人して腹が減ってしょっちゅう一緒にカップ麺を夜食で食べたりしたっけな」
「偶にユージの体力に余裕があった時はチャーハンを作ってくれたっけ」
「それでも疲れ果てた時は一緒にこの部屋で寝ちゃったんだっけ。今思えばとんでもない事してたよね、あたし達」
……ふと思い出したことがある。連日の睡眠不足が祟ってお互い眠ってしまった夜、おれはふと喉が渇いて目が覚めた。その時隣で寝ていた未菜の顔を見た時、暫くその寝顔をじっと見つめてしまったのだ。
これが切っ掛けだったのだろうか。おれが未菜の事を女子として意識するようになったのは。
「どうしたのユージ。神妙な顔して黙っているけど」
「……未菜、言いたいことがあるんだ」
もうそろそろハッキリと伝えないといけない頃合いだ。いつまで片思いをダラダラと続けていたってキリが無い。もう決着をつけなきゃいけない。
「どうしたの、そんな真剣な顔しちゃって。それで、言いたいことって何?」
「それは……」
覚悟を決めておれは口を開いた。その時だった。
コンコン、と部屋の扉から音が聞こえた。ノックだろうか。
「あの……わたしです」ノックをしてきたのは愛梨だった。「入って良いですか?」
「……良いけど」
何だ。この狙ったようなタイミングは。
「お邪魔します」愛梨が部屋に入って来た。
「どうしたのさ」
「あの……少し漫画を借りたくて」
怪しい。理由が何だかとってつけたような気がする。それに少し言葉が詰まっていた。
しかしまあ、そうだと決めつける訳にもいかないので、追い返したりはしないが。
「……別に良いけど」
「それじゃあ少しお借りします」そして未菜は本棚を漁り始めた。
「あのさユージ、あたしに言いたいことって、何だったの?」
「……忘れてくれ」
愛梨の乱入で、完全におれは興覚めしてしまった。




