10・どうする、どうなる
ぐっすりと眠ってしまった愛梨を何とか頬をペチペチ叩いたり、耳元で声を掛けたりして、何とか彼女を起こすことが出来た。しかし寝起きで意識が朦朧としているので、眠気覚ましに母さんが愛飲している眠気覚ましの栄養ドリンクを飲ませることにした。
「さ、こいつの刺激で覚醒してくれればいいんだけれど……」
この台詞だけ聞くとこのドリンクがかなり危ないクスリのように聞こえる。それ、本当に飲んでも大丈夫な飲みモノなのか。
瓶の中の液体をイッキ飲みした愛梨は口を瓶から離して「くはー」と息を吐いた。
「どう、気分は?」
「この栄養ドリンクのお陰でだいぶ頭がスッキリしました」
「それなら良かった。これ、結構高いのよね。それだけ効き目が良いって事かしら」
「かしら、って、母さんいつもそれ飲んでいるんだろ」
「いや私の場合どうも効果が実感できなくてね。飲んでも本当に気力のが出るのか正直ハッキリしないのよ」
「じゃあそんな高い飲みモノ買うんじゃないよ」
幾らするんだ。その栄養ドリンク……
「さて、目が覚めてきた所で訊かせてもらうわよ。どうして優司にチューしちゃったの」
母さんにそう言われた愛梨は持っていた栄養ドリンクの瓶を机の上に置き、そして溜息を吐いた。
「……まあ、いつかきちんと話さなきゃいけない事でしたからね。仕方ありません。正直に話します」
すると愛梨はおれの方に目を向けてきた。
「すいません、優司さん。ここは一旦、席を外してもらえないでしょうか?」
これから彼女が話すことはおれにはあまり聞いてほしくない事なのだろうか? まあ、大体察しがつくけれど。
「……判ったよ」おれはそう言って部屋から出た。
部屋の外に出ると、愛梨の籠った声がドア越しに聞こえて来た。ここで盗み聞きするのはあまり褒められたものではないと思い、おれは階段を下りてリビングでソファーに座った。
はてさて、これからどうしたものだろうか。これで母さんは愛梨のおれへの恋心を知ってしまった。だとすると快人さん……義父さんに全てを話すべきだろうか?
だけど愛する娘がよりにもよって自分の義理の息子に恋してしまったと知ったら、彼は一体どう思うだろう? 快く歓迎するか? いや、そんな都合よく事は運んでくれないだろう……
ええい、悩んでいたってどうにもならない。おれは悩みを紛らわすためにまたコーヒーを淹れて、本日三杯目のコーヒーを飲んだ。流石に一日でコーヒーを三杯も飲んでしまうと、かなりうんざりしてくる。余計に気分が悪くなってしまった。何やってるんだ。
自分にうんざりしていると、母さんがリビングに入って来た。
「話、終わったのか」
「ええ、今全部聞いてきた所」
「それでどうだった? 話の内容は」
あまり深く追求して良いものでは無いのかもしれないけれど、おれとしてはどうしても聞かざるを得なかった。
「優司が言っていた事と、大体同じ感じだった。愛梨ちゃん、あんたにぞっこんみたいよ。それはもう、手の施しようがないレベルで」
やっぱり、そうだったか……内心、これまではおれの考え過ぎだったのではないかという考えも、頭の片隅にはあった。しかしこれでもう、事実を認めるしかないようだ。
「……快人さんにはどう説明しようか」
「隠す、っていうのはあまり現実的では無いわね……いずれ知ってしまうだろうし」
「だったらもう、早いうちに全部話してしまおう」
今知るより、ずっと後で知ってしまった方が、ショックが大きくなるかもしれない。そう思うからだ。
「ちょうど私も同じこと考えていた所よ」
「ならばいつ話す?」
「……今夜話してしまいましょう。明日になったら怖気ついて絶対躊躇しちゃうだろうから」
同感だ。それが一番良いだろう。
そしておれと母さんは愛梨を説得して義父さんに全て話すべきだと話した。愛梨はそれに同意して、おれたち三人は一緒に義父さんの居る書斎へと入った。
「あれ、どうしたんだい。ぞろぞろと入ってきて」
書類の整理をしていた義父さんはきょとんとした表情でおれたちを見た。
「……お父さん。わたし、お父さんに話さなきゃいけない事があるの」
「どうしたんだい、急にこんな遅い時間に」
義父さんは手に持っていた資料を一旦机の上に置き、椅子に座って愛梨の方を見た。
「まあ、いいか。話してくれ」
彼にそう言われると、愛梨は深呼吸をして覚悟を決めて口を開いた。
「お父さん。わたし、優司さんのことが好きになっちゃったの」
「へえ、おまえが優司君のことを好きに……って、え」
義父さんはそこまで言うとポカンと口を開いてしまった。異常事態に気付くの、遅いぞ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう一度何と言ったかしっかり話してくれないか……?」
彼は明らかに困惑していた。当然だと思う。
「だから……わたし、優司さんのことが好きになっちゃったの」
愛梨の凛とした声を聞いて、義父さんは一度黙って頭の中を整理しようとしていた。
「愛梨、その好きは“Love”じゃなくて、“Like”の方だよな。親愛を意味する……」
「いいえ、わたしは真剣に優司さんのことが好きなんです」
「いやだからそれは真剣な“Like”なんだよな……?」
「真剣な“Like”なんて聞いたことありません! わたしは心の底から優司さんの事が好きなんです!」
……何かここまで言われると、けっこう照れるな。いや、義理の妹相手に照れちゃいけないんだけど。それにしてもよくもまあここまでズケズケと恥ずかしがらずに言えるな……
愛梨の叫びを聞いて、義父さんは一瞬沈黙した。しかし少しずつ彼の口から笑い声が漏れ出してきた。
「ハハハ……そんな、そんなまさか……」
そこまでいうと義父さんは全身から力が抜けて、椅子に座ったままド派手に床へ倒れ込んでしまった!
「ちょ、快人さん! しっかりして!」
「お父さん! 大丈夫!?」
倒れて白目を剥いた義父さんを見て、おれはまたもや既視感を抱いた。よく気を失うよな、このヒト……
だけどこの調子でこれから我が家は大丈夫なのだろうか……? 母さんと愛梨にズルズルと引きずられながら運ばれる義父さんの姿を見て、おれは先が思いやられるばかりだった。
「優司! 頭抱えてなんかいないでこっち手伝いなさいよお!」
第二章・最初の一夜 終




