1・新しい家族がやって来る
鍋の中で沸騰したお湯と一緒に熱せられ、すっかり柔らかくなったじゃがいもをざるを使って取り出し、皮をむいてアルミ製のボウルに入れて最初にスプーンである程度すり潰してそこにマヨネーズ、塩コショウ、解凍したミックスベジタブルを多すぎず、そして少なすぎない程度に加えて、それらを泡立て器で「とおりゃッ」と一気に混ぜ合わせた。
「ユージ、今何作っているの?」
ダイニングテーブルでパーティー用の飾りつけをしている浅賀未菜が台所を覗いておれに尋ねた。彼女は隣の家に住む幼馴染で、今日はこれから行われる母さんの再婚相手とその娘さんの歓迎パーティーの手伝いをしにわが家に来た。
「ポテトサラダだよ」口を動かしながらおれはボウルの中の食材を力強く混ぜ合わせる。
「チキンはまだ焼かないの?」
「まだ下仕込み中だよ」そう言って傍らにあるオリーブオイルなどの調味料を染み込ませているパックに入っている鶏のもも肉へ目線を移した。
「実際に食べ始めるまでにまだ時間があるからな。それに早く焼いても食う時に冷めて不味くなるだけだからチキンを焼くのは最後に回す」
「それもそうか。それでおばさんの再婚相手とその子供……娘さんだっけ? その人たちはいつ来るの?」
「もう一時間くらいしたら来るんじゃないかな。今頃母さんと喫茶店でお茶でも飲んでいると思うよ」
一旦泡立て器を回す手を止めて、ボウルの中のポテトサラダをスプーンで掬って味見をした。うん、ウマい具合に混ざっているみたいだ。
「あっ、あたしにも一口食べさせてよ」
未菜は部屋の天井にセロハンテープで取り付けていた“Welcome”と書かれている大きめの画用紙をテーブルに置いて、台所にいるおれからスプーンを奪い取ってボウルの中のサラダをスプーンにポテトの山が出来るほどがっつり掬って、それを一口で食べてしまった。
「うーん、美味しい! イモと調味料のバランスが絶妙だね」
「え、あ、ああ……ありがと」
「ん。どうしたの、褒められて嬉しくないの?」
「いや、褒めてくれるのは嬉しいけれど……」
ただ、間接キスが思春期の男子としてとても気になるというか。何というか。
「けど?」未菜がとぼけた表情でおれの顔を見ながら言った。こいつ、間接キスをした自覚が無いのか。
「鈍いヤツ……」とおれは呟いてポテトサラダの盛り付けに取り掛かった。立派なティーンエイジャーなんだから、そこら辺の神経は鋭くした方が良いぜ。
「ねえ、鈍いってどういう事よ?」未菜はおれに追及してきたが、無視した。真顔で「お前、今おれと間接キスしたぜ」なんて言える訳が無い。
未菜は「何よ」と言って再び飾りつけの作業に戻った。おれも仕事を続けて皿に一枚一枚ちぎったレタスを盛り付け皿に敷き詰める。そしてそこにボウルに入ったポテトサラダを乗せて盛り付けに茹でたブロッコリーを乗せた。
「そういえばおばさんの再婚相手って、どんな人なの?」“Welcome”と書いた画用紙を飾った未菜が次のコーンスープ作りに取り掛かった俺に話し掛けてきた。
「母さんの職場の秘書だってさ。御年四十三歳」
「それで娘さんはどんな子なの?」
「今年中学三年生、それ以上はよく知らない」
「その人たちの写真って、ある?」
「ふうん、見たいのか?」
「そりゃあこれからお隣さんになるんだもん。気になるよ」
「確か冷蔵庫に貼ってあるはずだ」
オーケー、と未菜は言って台所の冷蔵庫の前に立って写真を探した。
「へえ、これがユージの家族になる人たちねえ」
そう言いながら未菜は写真を眺めた。
「ねえちょっと。ユージの義妹になる子って、この子だよね?」
未菜は手に持った写真を俺に見せながら、そこに写っているセーラー服を着た少女を指さした。
「この子、かなりの美少女だよね。あたし、ちょっと憧れちゃうかも」
「未菜……おまえ、百合だったの?」
「違うわよ! 単にこんな可愛いらしい子みたいになりたいなー、って思っただけよ!」
そんなムキになって反論すること無いだろうよ。
まあ確かに彼女の言う事には一理ある。写真に写っている母さんの再婚相手の冬野快戸さんの一人娘、冬野愛梨さんは中々の美貌を誇っている少女だ。肌は白く、二重の瞳からは知性を感じるし、写真でも判るつやつやとした黒髪のロングヘアが彼女に清楚な印象を与える。テレビに出ているアイドルと結構いい勝負していると思う。
ただ……おれは隣にいる未菜を見た。未菜は冬野さんと違って完璧な美女と言う訳ではない。肌にはそばかすがあるし、目も二重ではあるもののその上の眉毛がやや太くて目立ってしまっているし、髪の毛もバッサリと切ったぼさぼさとしたショートヘアが見る人にとってがさつな女、という印象を与えてしまっている。
だけど、おれはそんな未菜が好きだ。性格はいい奴だし、その荒っぽいルックスもおれにとってはとても魅力的だ。こんな事を書くと変態に思われるかもしれないけど、時折見えるうなじにはとても心惹かれるものがある。
「ユージ、さっきからずっとあたしの顔を見てるけど、顔に何か付いてるの?」
「へ?……そうかい?」
「うん、十秒くらいずっと凝視し続けてたけど」
うへえ、それは恥ずかしいな。
「何でもないさ。さ、仕事に戻ろう」
ここで「君の方が綺麗さ」なんて澄ました顔で言えれば格好いいかもしれないけれど、おれが言ったってそれは只のギャグになってしまう。おれの柄じゃない。
コーンスープを作り終えたおれは最後の仕事であるローストチキンを焼く前準備として、オーブンの中を何も入れない状態で加熱した。あとでこの余熱を使ってチキンを焼く。一方未菜は椅子の上に立って百円ショップで買った金と銀色の長いボンボンを部屋に飾り付けていた。
「手伝うよ」とおれは未菜に言ったが、「大丈夫」といってボンボンを壁と天井に付けて椅子から降りた。
「さあて、こんなもので良いんじゃないかな」そう言った未菜の様子はとても満足げだ。
「ありがとう。やっぱりこういう飾り付けは女子のセンスに任せるのが一番だな。だけど……」
「だけど?」
「……あそこに飾ってある国旗は何だ?」おれはそう言って世界各国の国旗の飾りを指さした。小学校の運動会で見かけるアレだ。
「百円ショップで売ってたから試してみたのよ。どう?」
「……外しておこうか」
かくして、パーティー会場の飾りつけは国旗を外して終えたのだった。その事に関して未菜は不満を漏らしたけれど、国旗はどうかと思うぜ……




