第6話:この子の未来を奪ったのは、俺だ。
嘘をつき続けていた。
自分にも、彼女にも嘘をついていた。
ずっと、ずっと……。
桃華には許されたいと願い続けていた。
「桃華……」
誤魔化し続けるのも、逃げ続ける事もできない。
「涼介君、どういうことなの!?」
困惑する彼女、悲しい顔をしている。
そうさせたのは自分自身だ。
「私のこの傷の事、何か知っているの? ねぇ、教えてよ」
涼介に詰め寄る桃華。
この状況からはもう逃げられない。
彼女の瞳は信じられない、と動揺していた。
涼介自身、身体が震えている。
――誤魔化せるなら誤魔化したい。でも……もうダメだ、誤魔化せない。
どうしようもないのだと、ようやく覚悟を決めた。
希望なんてなくて、絶望しかその先に待っていないとしても。
桃華に嫌われて、涼介たちの関係が壊れてしまったとしても。
それは涼介の自業自得であり、彼の罪だ。
知りたいと思う彼女の気持ちは止められない。
――偽りの笑顔で接してきた偽善者の仮面をはずすだけ。
そう、全ては涼介自身が悪いのだから……。
幸せな日常が終わりを迎える。
きっかけは些細な事だった。
放課後になってから涼介と桃華は同じ掃除当番があり、教室の掃除をしていた。
「桃華、そっちの方を頼む」
「うん、わかった」
涼介たちはゴミをホウキで掃きながら掃除を続けていた。
クラスメイトも同様に掃除をしているのだが、時折、こちらを見てはにやけている。
「……お前らさ、ホント見ていて微笑ましくなるよな」
クラスメイトの声を代弁するように同じく掃除当番の長瀬が涼介にそう言った。
「微笑ましい?」
「小森が困っているとすぐに助けたりしてるところがそう見える」
「……当たり前のことじゃないのか?」
涼介があまりにも素で答えたので皆、軽く笑っていた。
「とか、言ってるけど。実際、小森としてはどうなんだ?」
「涼介君は優しすぎる以上に優しいよ」
「……甘やかせすぎだな」
「うるせっ。人のことなんて放っておいて、掃除をしなさい」
からかわれて「まったく」と涼介は照れくささを誤魔化す。
――別に微笑ましくなんてない。ただ好きな相手に嫌われたくないだけ。
いつだって桃華には優しくし続ける。
それしか涼介にはできないから。
「これは俺がもつから。片付けしてくれ」
「ありがと。任せていい?」
「もちろん」
桃華の代わりに涼介は机を運んでいく。
「……涼介君。ホント、優しい」
涼介の心のうちを知らない桃華は穏やかに微笑む。
――好きな相手には笑っていて欲しい。
だけど、それは涼介のエゴでしかない。
桃華の傷跡を見つめたら、彼女は少し顔を赤らめて、
「どうしたの? 私の顔、見つめたりなんかして」
「本当に桃華はいつみても可愛いなぁ、って思ってた」
「す、ストレートに言われと、さすがに照れるんですけど」
桃華も照れくさくなり、真っ赤になる。
見つめあったりなんかしてると、外野の連中から苦情がもれる。
「お前ら、ラブラブすんなよ」
「そういうのはふたりっきりになってからしてね」
「というわけで、ゴミ捨てお願い」
クラスメイトたちからの要求には桃華も苦笑を浮かべる。
「……だ、そうだ。自業自得、ふたり仲良く行ってきてくれ」
長瀬からゴミ袋を渡されたのを涼介は受け取る。
「仲良く……ね」
押し付けられてしまった感がかなりある。
彼は肩をすくめて「やられたな」と笑った。
「それじゃ、行こうよ」
掃除を終えて、涼介たちはふたりでゴミを捨てに行く。
ゴミ袋は校舎外にあるゴミ捨て場まで持っていかなくてはならない。
放課後の部活などの賑わいが廊下まで聞こえてくる。
「桃華って何か部活してたっけ?」
「ううん。何もしてないよ。私、運動系は苦手だから」
「文化系は? 料理部とか手芸部とか、文芸部とかいろいろあるだろう」
「友達からは誘われたけれど、断っちゃった。ほら……ね」
彼女は言いにくそうに言葉を誤魔化した。
『私にはこの傷があるから』
傷がコンプレックスになっている。
何事にも自信がないし、人と接するのも自分からは避けている。
「わ、私ってば人付き合いも苦手だし」
「そんなことないだろ」
「ホントだよ。小心者のハムスターみたいな性格だもん」
「……可愛さの意味では認めるけど。桃華はそんな子じゃないさ」
彼は昔の彼女をよく知っている。
笑顔が可愛くて、誰からも愛されて。
それなのに。
――どうして、彼女が苦しまなくてはいけない。
楽しい学校生活を送るはずだった彼女を縛り付ける鎖。
それが桃華の顔にある傷跡の重さ。
――余計なものを彼女に背負わせてしまった。
涼介は苦悩する。
――全部、俺のせいなんだ。この子の未来を奪ったのは、俺だ。
だが、苦悩する時間は終わりを迎えようとしている。
いつかは話を切り出さなくてはいけない。
自分たちの関係を変えてしまうことだとしても。
涼介自身がしでかした罪を告白しなければいけないのだ――。