第4話:過去から逃げて、今も逃げてる
今日は土曜日、学校が休みなので涼介はまだ布団の中にいた。
そんな睡眠を妨害する携帯電話の音で目が覚めた。
「……誰だ?」
枕もとの携帯に手を伸ばして相手の名前を見て、ひとつため息。
表示されているのは奈央の名前だった。
「奈央さん? どうした?」
『もしかしてまだ寝てたの?』
「もしかしなくても寝てましたが何か」
『もうお昼なのに。これから、桃華と一緒に買い物に行くの。付き合わない?』
「俺はまだ寝ていたい」
『言葉が足りなかったわね。涼介、荷物持ちとして付き合いなさい』
バッサリと容赦なく、幼馴染は言い放つ。
――言うまでもなく強制ですか。
涼介は唸りながらベッドから身体を起こす。
時計を見ると、時間は昼近くを指している。
「分かりましたよ」
『素直でよろしい』
「何も準備してないから。そっちの準備終わったら迎えにきて」
『何よ、今日はホント素直ね。いつもそうならいいのに』
「諦めてるだけだよ。断っても押し寄せてくるくせに」
『幼馴染を可愛がってるだけじゃん』
電話越しに小さく笑みをもらす奈央。
――このお姉さんに逆らうとひどい目にあってきたからな。
これまでの経験的に逆らうとろくな目に遭った覚えがない。
『そうそう、お昼ご飯はまだ食べないでね』
「なんで?」
『繁華街に新しくできたお店に行くから。それじゃ、またあとで』
電話を切った後、涼介は大きくため息をはいた。
――女の子の買い物に付き合うのって結構しんどい。
肉体的は当たり前として、長い間待たされたり、平気で女性モノの服売り場に放置されたりと精神的なしんどさの方が問題なのだ。
それでも、普段なら女の子とのデートっぽい感じがして、涼介も楽しみになるのだけど、今回は明らかな荷物持ちだからある程度テンションはさがる。
「まぁ、桃華も一緒だという事がせめてもの救いか」
もう季節は七月に突入している。
新しい夏服と水着でも買いに行くっていうのが妥当だろう。
「俺も新しい服買うかな、いや、まずはお財布とお話せねばならない」
私服に着替えてから涼介は財布の中身を確認する。
大して入ってるワケでもないが、ギリギリというワケでもない。
しかし、油断はできない。
「奈央さんと遊びに行くときは予定外の出費もあるからな。特に食事代とか……あの人の恐ろしさは忘れた頃にやってくる」
残念だが、涼介が奈央に勝てる日は来ないかもしれない。
幼馴染のお姉さんの怖さを身にしみて感じているのであった。
「あはは。やだなぁ。私はそんなに鬼じゃないわよ」
食事を終えた後、奈央は苦笑しながらでそう答えた。
涼介達は最近、オープンしたばかりのカフェに行くことになった。
メニューは豊富だし、中々美味しいコーヒーとケーキに店の雰囲気も悪くない。
だが、涼介が気にしていたのは自分が支払うかもしれないという事。
そのことについて彼女に話してみたら、珍しく否定した。
「だいたい、私は貴方のお姉さんよ。可愛い弟にそんな事はしないわよ」
「その言葉、半分だけ信じておく」
「それに涼介はこの後に必要になってくるから。ちゃんと考えておかないとね」
「……やっぱり、このお姉さんは鬼だな」
「失礼ね、可愛い女の子にそういう事をいうのはマイナスポイント」
「だったら、男にそうストレートに財布宣言する方もどうかと思います」
毎度のことながら、立場関係がはっきりしている。
弟は姉には敵わないものだ。
「パフェが来たわ」
デザートに頼んでいたストロベリーパフェが来る。
甘い生クリームとイチゴの相性がとてもいい。
見た目通りの美味しさに満足げな奈央は、
「美味しい。涼介は食べないの?」
「そこまで甘いのは食べません」
「とか言いつつも、イチゴは気になる様子。貴方、大好きだものねぇ?」
「うぐっ」
「ほら、美味しいそうなイチゴだよ? 食べたい?」
スイーツ男子でもないので、ケーキの類はさほど食べない。
だが、イチゴは好きな方なので、
「た、食べたいです」
「欲しい? 欲しいならお口を開けて、ワンワンと叫んでごらん」
「ワンワン」
男のプライドも何もかも捨てる情けなさ。
「ふふっ」
思わず、桃華が笑いを押し殺すように口元を押さえる。
奈央はイチゴを乗せたスプーンを彼の口元によせると、
「ほらぁ、あーん」
「ワンワン」
「可愛いな、こいつ。お食べ」
犬扱いされながらもイチゴはしっかりといただく。
甘いイチゴの味が口に広がる。
「満足?」
「美味しくて、満足っす」
「素直でよろしい」
彼らのやり取りを見ていた桃華はどこか羨ましそうに、
「奈央さんと涼介君ってすごくお似合いですよね」
「私とこれが?」
「これ扱いかよ、俺」
「何と言うか、幼馴染ってすごく距離感が近いじゃないですか。なんか、自然でいいなぁって思ったりしちゃいます」
彼女はシュンッとしながら、涼介を見つめる。
「ただの幼馴染なだけですけど。ねぇ?」
「……はぁ。このダメ男は」
「なんでいきなりダメ男扱い?」
「桃華も。私と涼介が別に何もないのは知ってるでしょ。私に妬かないで」
「や、妬いてるわけじゃ……」
「あのー、だから、俺は何でダメ男? ぐへっ」
うるさいとばかりに奈央は口を封じながらもう一度改めて言う。
「ただの幼馴染だから、気にしないの。姉と弟でしかない、OK?」
「は、はい」
「……仲がいいのは貴方たちの方でしょうに」
「むぐっ」
「そろそろ手を離さないと駄犬に手をよだれだらけにされてしまうわ」
口元から手を離すと手拭きで手をふく。
奈央の行動に「ぐぬぬ」と涼介は悔しそうに、
「なんて扱いだ」
「犬扱いね」
「言わなくていいから。言葉にしないで。悲しくなるの」
そんなやり取りをしていると、桃華の携帯電話が鳴る。
「友達?」
「はい。少し席を外しますね」
彼女が席から立ちあがり、いなくなったところで、
「……ねぇ、涼介。アンタはいつまで、こんな関係を続けるつもり?」
「あん?」
コーヒーを飲みながら奈央の質問を「?」で返す。
「まだ自分を許せない?」
「許せるとでも?」
質問の意図が分かり、彼はあからさまに不機嫌になる。
「あの子はきっと涼介を許すわ。それでもダメなの?」
「彼女に許されても、俺が自分を許せないから」
「ホント、この駄犬は頑固者ねぇ」
「臆病ものなだけだよ。過去から逃げて、今も逃げてる」
そんな涼介の態度に奈央は「はぁ」とため息をつくのだった。