報告書06枚目 マリスの計算、アトリの誤算
遊撃艦隊旗艦「フェンウルフ」の船長室でマリスは上機嫌であった。ふふ、やった、言質を取った。部屋でほくそ笑みながら写真を指でつつく、褒美を考えていい、疲れているからこそ出てきた言葉だ。それにしても会議でのあの方はやはり凛々しかった、普段からは想像の付かないくらいの辣腕ぶり、敵に対しての冷酷さ。思い出しても・・・・・・
「あ~お嬢?」
「あっ?」
「い、いえ」
入ってきた副官のメッシャーを邪魔者を見るような目で見据え短く威嚇する。ああ、折角良い気分であの方の御姿を思い出していたの言うのに・・・そういえばと、青髪の男の顔を思い出し途端に不機嫌になる。
「それにしてもあの冷酷蒼髪アイスフェイス・・・・邪魔ですね」
「それにしてもあの乱痴気赤髪ロリフェイス、卿の傍には邪魔だ」
ほぼ同時期に同じようなつぶやきを自室でアトリも呟いていた。気に食わない、何がと言えば全部が気に食わない。アース卿の傍に取り入りいつの間にか側近でございます、という顔で付いて回るのが気に食わない。卿の胃痛の種の癖に自分は解っていますと言うしたり顔が気に食わない。
「何かいい策は」
「ないニャ諦めろ」
何時の間にか部屋にいたネコヤが珈琲を啜りながら即答する。
「いつの間に」
「さっきからブツブツ呟いて百面相しているときだニャ」
飲むか?とカップを差し出し受け取ったのを確認すると再び珈琲を注いで飲み出した。
「・・・卿には不釣り合いだと思うのですよ」
「アトリは卿に依存し過ぎだニャ」
珍しく一刀両断でネコヤが切り捨てる。ぐっと呟いて頭を机に打ち付けると突っ伏して頭を掻きむしり部下の前では見せない本音を紡ぎ出した。
「アース卿はですね、国の為に全てを捧げて邁進しているわけですよ、それを邪魔したり、妨害するのは排除すべき対象であって卿の目に入って欲しくないんですよ本当。何のために私が暗部を作って手足となって・・・」
「それは嫉妬だアトリ」
珍しくおどける事もなくまっすぐに発言する。思わず語尾が取れるくらいの真面目な発言に驚きを隠せないアトリにネコヤは冷静に畳みかける。
「アトリの忠誠は多分全て卿は知っている、知っていてなお好きにさせてる時点で信用されてるんだよ、それを受けてさらに卿の有用な手駒を落とそうとする行為は裏切りにしかならない」
違いますかね?とニヤッと笑うと珈琲を飲み干してカップを机の上に置いた。まっすぐにアトリを見つめるともう一度だけ落ち着くことだと声をかける。
「ま、少し冷静に考えると良い」
立ち上がるとヒラヒラと手を振り部屋から退出しようとしてネコヤが動きを止めた。
「ど・・・どうしました?」
「忘れてたニャ・・・卿がアトリを呼んでたって伝えに来たんだった」
早く言えと怒りに肩を震わせ頬を掻いているネコヤに、体重とスピードの乗ったドロップキックを入れると一目散に走り去っていった。
「・・・ね・・・ネコヤにも卿の十分の一でも優しくして欲しいニャ」
そう呟くとその場でパッタリと倒れ込んだ。
「う・・・・・うむ、困った」
外務卿と書かれた部屋の主はたった今起きた書類の雪崩に巻き込まれ潰されていた。疲れていたので椅子で少しうたた寝をしたのがいけなかったらしい。派手に倒れた結果、たまっていた書類が雪崩を起こした。
「つ・・・付き人も追い出していたのが敗因か」
そろそろダイイングメッセージで書類と書かなきゃいけないかと思い出した瞬間、彼の救いの神は部屋の扉をノックした。
「あの、アース卿入室許可を」
部屋の外から聞こえる声に安堵を覚えすぐ入るように精いっぱい声を張り上げ入室を促した。
「失礼します」
赤髪の背の小さい女性が入室し丁寧にお辞儀する、あのじゃじゃ馬が変われば変わるものだと、感慨深げに眺めるが事態がそれを許していなかった。
「きょ・・卿?」
「た・・・・助けてくれると非常に嬉しい」
顔面蒼白で駆けつけてくるマリス少佐は速やかに書類を排除し助け起こしてくれた。
「う・・うむ、助かった」
「御無理はいけません、此方に」
そういうとマリスは肩を背負い仮眠用のベットに運んでくれる。
「・・・意外と力があるのだな」
「余り女性には褒められたものではないのですが・・・」
そういうと少し俯いてしまう。助けてもらって相手を落ち込ませては流石に気分が悪いし胃が痛い。なのでフォローを入れる事にする。
「ま・・まぁ力があるからこそ私も助かった訳だし、済まなかったな」
ベットに座っているとちょうどマリス少佐と目線の高さが一緒になるので相手の目をのぞき込んで微笑んだ。一瞬目が合うと向こうが目線を慌てて外して真っ赤になってさらにうつむいてしまった。女性の心理はやっぱりわからない、ああ・・・・胃が痛い。
「いえ・・・配下として当然のことです・・・」
真っ赤になりながら絞り出すように小さな声でマリス少佐は答える。彼女の内心はアース卿を助けられた事や触れた事、目線が合った事で嬉しさで爆発しそうなくらいであった。
「う、うむ、それで要件は何だね」
慌てて話題を逸らす事にする。これ以上はどう転んでも悪い結果にしかならないと自身の勘が警鐘を鳴らす。
「あ、突然の出来事で忘れておりました。先日の褒美のお話を」
「おお、希望を聞くと言ったのぉ、で、希望は?」
「はい、お恥ずかしい話ですが私は海賊暮らしが長かった為、一般服がほとんどありません。」
丁寧に説明をしつつ話してくる姿勢は昔を払拭させるには充分であった。目を細め娘を見るような目でゆっくり頷く。
「そうか、では一般の服をアトリに揃えさせ・・・」
「いえ、アース卿に選んで欲しいのです」
ふむ、私にのぉ・・・・・ん?私か?口髭を撫でながらふと我に返る、なんぞ爆弾発言が合った気がするが処理が追い付かない。まて、私は女心は解らんしさっぱりである、そんなものが服を選ぶとかいや、それ以前にそれはと頭の中を考えがまとまらずぐるぐるとループに陥る。
「卿、その役目私がそろえます。ご安心されるように」
肩で息をしながらアトリがいつの間にか入室していた。それを一瞬で振り向きマリスとアトリがにらみ合う、部屋の気温が一気に下がった気がする・・・・。周りの付き人達は一斉に逃げる準備をしている、そんな大げさなと思うのではあるが。
「私は褒美にアース卿から授けて欲しいと願っているのですが?」
「アース卿の御指示で私が揃えれば願いがかなっているでしょう」
「そもそも入室の許可も得ずに部屋に入られる当たりどうなのでしょうか」
「扉が開いておりましたのでそのまま入室しましたが?」
お互いに笑顔で言い合っているがなぜだろうか、アトリの後ろに真っ白な竜が見える。慌ててマリスを見ると背後に海賊姿の髑髏がサーベルをもって居るようなものが見える。お互いにすでに鍔迫り合いに突入している状況が一瞬で目に入った。どうやら私は疲れたらしい、幻覚が見えるほど疲弊しているとは思わなかった。
「もうよい、止めよ」
「「御心のままに」」
場の空気に耐えられなくなり制止すると、二人ともこちらにすっと向き直り一礼する。どうやら本当に疲れていたらしい、今は何も見えないし二人とも微笑みを浮かべている。落ち着くためにお茶を飲もうと湯呑を手に取るが空っぽなのに気付く。
「とりあえずアトリ、お茶を」
「ご用意いたします」
その場にマリス少佐を残してお茶を入れる準備に向かう。残されたマリス少佐はおそらく私の言葉を待っているのだろう、少し赤い顔に笑みを浮かべたまま此方を見ていた。
「アース卿お持ちしました」
「アトリ、次の私の休みはいつだったか?」
湯呑を受け取りながらアトリにスケジュールを確認する。前にいるマリス少佐の顔は一層赤みを増して零れんばかりの笑みを浮かべた。反面ではあるが後ろから再び絶対零度の冷気と共に何かが砕ける音がするが見ないことにする。
「・・・・・・週末は埋まっておりますので三日後なら空いております」
「ん、ではその日一日をオフに」
「・・・・・警備はいかが」
「いらん、別にさえない男が街を歩いていても気に留めまい」
絶望したかのような声が後ろから放たれるが、もう気にしないと決めたので問題はない。それに先ほどの力を見ればマリス少佐が居れば警備も関係あるまい。お茶をすすりつつ考えをまとめる。世間から見ればさえない父親が可愛い娘に服をプレゼントするように見えるであろう。うん、何も問題はない。そう自分に結論付ける。
「ではマリス少佐、三日後でよければその願いをかなえるがいいかね?」
「万難を排してお待ちしております」
赤髪をたなびかせ綺麗に一礼する。うむ、これほど化けるなら良いものを陛下から授かったものである。男所帯だったので華の一輪もあれば潤いがあるという物であろう。目を細め綺麗にたなびく赤髪と緋色の目を見て感慨深げに頷く。
「では、マリス少佐退室させていただきます」
「ご苦労様、体を労るよう、それと先ほどは助かった」
その返事に答えずに再び零れんばかりの笑みを浮かべ儀礼をし退出していった。そういえばアトリはさっきから反応がないがと思い後ろを見ると、この世の終わりのような表情で呆けており、口から軽く一筋の血が流れていた。
「え・・・・・衛生兵!!衛生へ~い!!」
部屋中からのアース卿の絶叫と一拍置いて駆け込む衛生兵の一団と、先ほど、すれ違いざまに華を周りに振りまきスキップしていったマリス少佐を見たネコヤは、全てを察して回れ右をしてそのまま自室に戻ることを決意するのであった。