報告書70枚目 僥倖と最悪は比例する
統一国家セルフィアム帝国始まって以来の人材総浚い命令が発動され、帝国中央人事部は業務がパンクする寸前まで追い込まれていた。力不足、役不足、隠遁している、逃走しました。次々と報告書が投げ込まれ判子が押されたりシュレッダーに投げ込まれたりと戦場の方が生ぬるい状態に陥っていた。
「ローフル少将御指示を」
「・・・・・ちくせう」
分厚い眼鏡に恰幅の良い男は人事部の中央に座り仕事をこなす。先日大抜擢されそのまま人事任すからの一言でこの戦場の総責任者になったのである。まだ私は25だぞ、そんな若造にと呟いているところに再び大量の書類が追加される。話している暇に書類の追加が台車で増える、手を止めれば台車に押しつぶされる、一体どんな環境だと嘆きながら仕事を続ける。
「さあ、閣下の為に働くのですな」
「イエス、マム!」
その隣の朝礼では人材諜報の為に働いているディア局長と、アースライト狂信奉者の一派は元気そのものと言うか御本尊直々の勅命でやる気がないと言う方がおかしかった。号令一閃再び全員が駆け足で部屋から退出する。へばっているローフル少将を閣下の為に働くのですぞと、ラベルの貼っていない不思議な栄養剤を突きつけ白衣をたなびかせお供を連れて元気よく出て行くディア局長であった。
「少将閣下書類です」
「あの、御加減大丈夫でしょうか」
ディア局長が自分の部下をと言って無理やり押し付けた秘書官の小柄な女性のメーニャとスタイルから身長まですべて大きいアーニャの二人組がコンソールを片手に此方を伺ってくる。
「帰っていいか?」
「「駄目です」」
綺麗にその部分だけ二人してキッチリと同じタイミングで発言するのであった、ディア局長曰く双子なので似ていると言っていたが、どう見ても違うんですがと突っ込んでみたかったが目が笑ってなかったのでやめた。こんな場所に引っ張り出されたがまだ命は惜しいのだ。
「・・・いつ帰れるかなぁ」
「「終わればすぐにでもご帰宅できます」」
はは、何日後だよと虚しい笑いと共に追加ですと言う声と共に運び込まれた書類の山を、どこか現実味が失せた目で眺める。ああ、あれが終わったら家に帰ってゆっくりご飯を食べてあったかい布団で眠るんだぁと呟いたところで、それは・・・いえ、頑張ってくださいと二人に温かい目で見られるのであった。
・・・ライリーフ鉄道中央管理局・・・
装甲列車と通常列車に挟まれ巨大列車砲が並んでいる、その後ろにそれらを圧倒するかのような巨大な長距離列車砲が鎮座していた。書類を片手にそれらをのんびりと眺めるといつも通りの溜息と共に椅子に座る。当然の様に後ろにはマリスとメイファが控えており、その後ろには子供達が見学していた。
「旦那ぁ、とりあえずはバンバン製造バンバン輸送で問題ねぇなぁ?」
「流せ、集めろ、運び込め・・だ」
書類をアルゲインに押し付けると表題には、超弩級巨大戦艦建造計画フロンティアの文字が光る。この作戦を遂行する為に全てを揃え全てを作るのだよといつもと違った強い口調で命令を下す。いかなる命令もこの私の勅命で動いているのだから優先権はフロンティアに有する、安心して遂行する様にともう一度確認をさせる、苦情が出たらアースライトへが既にキャッチフレーズになっているほどである。
「造幣局はフル稼働している、金はバラまけ市場を動かせ、無理やりにでも好景気を作り出すのだよ」
「止まった時が負ける時かぁ、相変わらず博打だねぇ」
情報操作、情報封鎖は既に行っている、あの物体は世間に知られては不味い。レーダーに反応しないが近付くと死が待っている。そんな危険なものが宇宙にあると知らせればすべてが滞る。発見例が少ないものの既に何件か発見され、損害と引き換えに何とか沈めてきている。
「全ての勘定が割に合わない、一体倒すのに度外視戦ばかりだ」
「残すと全ての禍根になるかぁ、機雷みたいだなぁ」
御尤もだと苦笑するとライリーフ鉄道の鉄道網強化策の書類に承認の判子を振り下ろす。全ては帝国の未来の為だの一言で突き進むこの計画、不思議と内部からの反対は起こらない。マーリン、ファーナが賛同しているのも大きいが帝国内部の古株の将校全員が必死に推し進めているからである。
「・・・・貧乏くじを引きたがるのはお国柄であるかのぉ」
扇子で口元を隠しながら微笑む、自分と同じ考えをもって賛同する人間が思った以上に多かった事にまだまだこの国は大丈夫と確信できた。ならばその古株の総大将は全てを推し進めるために、再び時計の針を動かす愚行を行わなければならない。貴金属を貨幣に変え紙幣をすり続け好景気を演出し続ける、未曽有の好景気と連日報道させる、さらにマオ女王に高級品を献上させプレゼント流行の風潮を印象付ける。
「我ながらえげつないのぉ」
「何時もの事かと」
「策の為なら周りを利用する流石です閣下」
マリスとメイファが独り言を聞き取るとさらっと肯定意見を述べる。因みにさらに後ろでは、フォルナスとメルティアが教師役のメリアにどういう意味かを聞きながらメモを取っている。一つ一つ丁寧に解説しつつ言葉の言い回しも教えているのは流石にやり過ぎなような気もしないでもないが英才教育と言う事で目を瞑っておこう。
「・・・・・砂時計、違うな・・なんだ何とかの輪」
「メビウスでしょうかアース様」
「そう、それだ、平和を望むとスタートに戻るような気分だのぉ」
「閣下のおかげで前進はしていると思いますが・・・」
終わりのない戦争の序曲、終わらせたと思えば再びくすぶる不穏の種。今まで私たちの祖先はそれと戦ってきた、もっとも統一国家を作ったのはうちが初めてであろうが。それでもやっと平和と思えばこんな訳の分からないものが出てくる。ディア局長の報告書を見ると全てが解析不能の文字で埋め尽くされている。
「まぁ、あれだ、今まで散々行いが悪かったからなぁ」
「・・・否定しません」
「申し訳ありません」
何故かこの発言に対してだけはメイファとマリスは、目を合わせないように横を向いて遠くを眺めるばかりだった。こういう時は否定するのが優しさなのだがと呟くともう一度しっかりと申し訳ありませんと静かに頭を下げて、やっぱり目を合わそうとしないのであった。
・・・アトリ准将視点・・・
物の流れ、資材の運搬状況、人材総浚い、無理やりの好景気、フロンティア計画、それぞれの書類を眺めながら静かに思案に耽る。夫であるネコヤは最近連日連夜の徹夜作業の強行軍でさっきやっと眠りについたところだ。疲れてぐったりと寝ているネコヤの布団を掛けなおし、もう一度テーブルについて紅茶を飲む。
「怪しい・・・父上の行動パターンからいくと何かを企んでる」
伊達にアースライトの娘をやっていない、すでにこの計画の裏にあるきな臭さに勘付き始めているのである。もっとも核心には至らないし、自分が関与している部署はそれらにかかわっていないので積極的に情報を調べることは出来ない。それでも手元にある情報は父親の不穏な動きを伝えていた。
「先日はおさらいと称して政治と戦略の勉強をフォルナス君達とやらされたし・・・何を考えているのかな・・・・」
自分の蒼い髪を弄びながら思案に没頭する。何かがおかしい、パズルのピースが全く足りない状態で手探りで探している状況に似ている。それでも最近直感が凄まじいマオ女王陛下が許可していると言うのも解らない。
「純粋に国家総動員・・・なはずないよね、父上だもの」
貴方は一体誰と戦っているのですかと、質問が飛んできそうなぐらいの慎重な思考とシュミュレートを繰り返す。何度行っても行きつくのは国家総動員かクーデター位しか行きつかない。後者はまずありえない、なにせマオ女王陛下は権力くれと言えば父上になら普通に譲り渡しかねない。
「・・・・・・・・・なにか・・・どこかで・・・」
「あんまり根を詰めないで欲しいニャァ」
何時の間にか起きてきたネコヤが珈琲を飲みながらアトリの前に座る。時計を見るといつの間にか夕方になっていた。卿の事だから国の為になる事しかしないニャと笑いながらアトリの頭を撫でる。嬉しそうに目を細めるとそれでも何かある気がするのとぽつりと呟いた。
「卿が本気で動いてるならその裏を知るのは艦隊斉射の前で的になるくらい危険だニャ」
「父上はどれだけですか」
「策謀の悪魔、奇策の軍師、外交お化け、盤外戦の奇術師後何があったかニャ?どちらにせよアトリの父上は手段を選ばないニャ」
本当にどれだけですかと苦笑するともう一度紅茶を口に運ぶ。ネコヤにしてみれば事実を述べたに過ぎないと言うと此方も珈琲を飲み干す。お互いに顔を見合わせて考えてみても解らない者は解らないと言う結論しか出ないのである。
「まぁ、そんなに気になるなら卿の気を引く事件を起こせばいいニャ」
「父上の気を引く事件・・・・ですか?」
「そろそろネコヤも子供が欲しい」
真顔でアトリに言い放つ、こういうところだけは男らしいのですからと苦笑すると期待してますよ旦那様とネコヤに勢いをつけて飛びつく。ネコヤは笑いながらアトリを抱き留めると、最後に超えなきゃいけないハードルが凄まじく高いんだけどねぇと、誰に言うでもなく呟き苦笑するとそのまま寝室に消えていくのであった。
・・・後日アースライト執務室・・・
目の前の絨毯の上で正座させられてるネコヤを絶対零度の視線で見下すように見つめる。左右にいるマリスとメイファもすでに軍刀を抜いて身構えている。一人だけゆったりとしたソファの上に座って場違い一杯のアトリと、それに甘えているフォルナスとメルティアは別空間の住人である。
「・・・・・・・で?」
「その・・・子供が出来ました」
派手に机を叩いて、もう一度不機嫌を隠そうともせずに質問をぶつける。
「で?」
「子供が出来ました」
諦めたかのように真っすぐにアースライトを見据えて発言する。正座していなけば格好が良いのだろうが尻尾は総毛立っているので色々台無しである。因みに本日のアースライトの格好は総力戦の時に着たような完璧な軍服と軍帽、軍刀にパイプ煙草のフル装備である。
「「・・・・・・」」
暫くの間無言でお互いに見つめあう、その間メイファもマリスも軍刀を構えたまま微動だにしない。因みに付き人は全員逃走している。その重苦しいを通り越して超重力である空気はアトリやメルティア、フォルナスが助け舟を出すまで続く事となり、この後宮廷内では空白の180分と呼ばれる時間帯となる。にらみ合いの時間は調停者が現れるまで続くことになる。




