報告書05枚目 決戦御前会議
前回の騒動の折、ボロボロになったアトリに報告書を奏上されその日を迎えた女帝は上機嫌であった。思惑はどうであれ働きたくないを公言している男が働く、大体そういう場合は楽しい事になるのだ。
「あらあら、御前会議とか久しぶりですわ」
ニコニコしながら付き人に着替えを手伝ってもらい錫杖を持つ。マーリンが発動するのが常である御前会議であったが今回は勝手が違う。なにせ消極派閥の筆頭のアースライトが御前会議を仕掛けてきたのだ。
「思惑も絡むのでしょうがあっさりマーリンさんも受けましたし・・・・・・大荒れしそうですわねぇ」
ニッコリ微笑むがどこか底冷えのする笑顔に付き人が凍り付く。
「あらあら、さ、支度を続けてくださいな」
再び木漏れ日の様な笑顔で作業再開を促すパンドラ女王であった。
朝から玉座の間は大忙しである、十一人掛けの巨大な机、特設スクリーン、椅子の並びから各省の代表者の席次、侍従長は指示一つも間違えられないと必死の形相で従者たちに命令を飛ばす。大勢の人間が指示一つで走り回り、椅子や飲み物を持ち込んで行く。
「うむ、大騒ぎであるのぉ」
「「御心のままに」」
「アース卿が仕掛け人ニャよ」
それらをのんびりと眺め呟く。アトリとマリスが同時に答え一瞬にらみ合った後双方がそっぽを向く、それを苦笑しながらネコヤが書類をアース卿に渡すと二人の様子を再び伺う。片方は信奉、片方はベタ惚れ、見ている分には愉快であるが巻き込まれてはたまったものではない。
「さて、そろそろですかのぉ」
いつも通りのため息をつき外務卿と書かれた席に着席すると三人が後ろに控える。右を見ると各省の代表が深々とお辞儀をする。対面を見るとどこか今日は機嫌のよさそうなマーリン元帥が挨拶をしてくるので返しておく。
「パンドラ女王陛下の御成り」
報告官の声とともに全省代表者が立ち上がり臣下の礼を取る。その中でゆっくりと微笑みながら中央玉座に腰を下ろすと静かに、それでいて威厳のある声で御前会議の開始を告げる。
「本日の議題は・・・・外務卿よりの提出、スリースター公国侵略についてであります」
中央の巨大スクリーンに報告官が議題と内容を映し出す。いよいよ長い戦いの火蓋が切って落とされることになる。
「あ~こちらの得た情報では公国は惑星連合国家から大量の燃料、武器、弾薬を購入、進行ルートは例年通りのモルガン星雲と思われます。」
すっと指示棒で指し示すとスクリーンに今言った通りの情報と進行ルートが現れる。向こう側を見ると武官達も手元の資料とスクリーンを交互に見て何かを相談し合っている。
「加えて艦隊の数はおおよそ8万、わが軍がかき集められて5万戦力差はある意味絶望でありますな」
「弱腰な、わが軍であればその程度の差は引っ繰り返して見せる、何のための軍ぞ」
「はい、私もそう思います、戦力差においてはまったく気にしておりませんが技術力の差に絶望を感じます。」
マーリン元帥が珍しく自分の意見を通したのをいぶかしげに眺めその後に首を傾げた。左手を見ると自分の派閥の人間も首を傾げたり自分の補佐官とひそひそ話している。
「アース卿、たぶらかしは結構、本題をお願いしますね」
ざわめく会議場を笑顔で見回すと本題を早くと女王が促す。
「はい、此方の諜報部が手に入れた情報によりますと今回の遠征は新造艦隊のお披露目も含めたものであると判明しております」
一気に会場のどよめきが大きくなる。パンドラ女王ですら珍しく錫杖を弄び考えに耽るそぶりを見せている。普段はこういう場合はヤジを飛ばすはずの武官派閥に至っては情報が手に入っていなかったらしく珍しく元帥が汗をぬぐっていた。
「まぁ、新造艦隊についてはすでに丸裸にしております」
ニッコリ笑うと各代表にそれぞれ新造艦隊のスペックが配られる。武官派閥はどよめきを通り越してあきれた表情になる。
「問題はこの新造艦隊の射程ですな、我が艦隊は7000、向こうは8000、この時点で一方的に打ち込まれれば戦力差もあって壊滅も見えるでしょう」
「そ・・・・装甲を前面に厚く展開すれば」
「ご自身で部下に死ねと言えるならば私も諦めますがいかがでしょうか?」
苦し紛れのマーリン元帥の発言をいかがいたしましょうと笑顔で切り返す。流石に無理だと悟ったらしく無言でお手上げとジェスチャーをすることになった。
「はい、お手上げです、現状では」
「まぁた悪企みしたな」
普段は仲が悪かろうと国難が前だとなぜか団結する両派閥長をお互いの各省代表は何時もの事だと妙に信頼して始まったなと目を細めて眺めていた。
「ではまず、補給を断ちます、此方はすでに手を回しており通常の半分以下の補給しか受けていないはずです。」
「相変わらず早い」
「さらに背後を気にしてもらいますセルペンディア反テラ連合にこの侵攻の情報を流しております」
普段の情けない素振りはどこへやら、てきぱきと指示棒で新しい情報を提示していく。後ろに控えているアトリはさらなる信奉を、マリスはさらに心を掴まれており、ネコヤですらやるときはやはりやるんだニャとお手上げ表情である。
「さて、ここまで策を弄しても射程という難題は残ります」
「戦力では拮抗したみたいだがな」
「損害です、これに尽きます。復興に時間がかかる戦略は我が国において致命傷になりかねません」
「さて、アース卿これでは御前会議に掛ける意味が解りかねますね」
微笑みと共に各省担当の疑問をパンドラ女王自身が代弁する。
「惑星連合国家から期限付き不戦条約と資源総ざらいを行いました、よって国庫よりの持ち出しが発生しておりますのでそれの承認を願います」
完全な事後承諾行動である、場合によっては反逆罪に取られても仕方ない懸案をさらりと御前会議に掛けるあたり、自分も相当の面の皮が厚いのであろうなぁと自身であきれた。
「・・・・・・・・は?」
「いやいやいや、洒落になりませんぞ」
「気でも狂われたか」
「反逆罪ですぞ陛下、これは明確な」
『黙れ!!』
マーリン元帥が立ち上がり気合一閃で自分の椅子を、軍刀で真っ二つにする。相変わらず武力においてはすさまじいものがある。
「軍務省はこれを戦略として承認する、異議申し立ては軍務省に言え!!」
さらに軍刀を文句を言っていた代表者たちに突きつけ大見得を切る。相変わらず見せ場だけはしっかり持っていく御仁だ。静かになった会議場に聞こえるようにため息をつき、再び指示棒を持ちスクリーンに書き込む。
「この結果においてさらにモルガン星雲に防衛のための陣地構築、要塞構築を急ピッチで行わせております。なお、完成は三日後、これは破壊されるための要塞となっております」
「興味が尽きませんね、続きを」
いつの間にかその場には微笑みが消え、目をしっかりと開いたカリスマ状態の女王が君臨していた。この状態になれば誰も口を挟む事はしない、なにせ何を言ってもくだらない事なら即論破されるからである。
「この要塞、破壊されますと粒子攪乱幕を巻きながら大爆発いたします。結果的に射程の優位性は消える事となるでしょう。」
「・・・見えた」
「左様、ここからは軍部の仕事になりますので私からはこれ以上ございません、ただ此方に先日開発された新型光子魚雷の設計図がございます、活用いただければ幸いです」
最後に設計図をマーリンに手渡すとこれで宜しいか?と小首をかしげ椅子に着席する。やはり主役など張るものではない、私は脇役で十分だなと背もたれに寄りかかり反応を待つ。
「アースライト外務卿、此れに」
漆黒の吸い込まれるような黒目を見開き、しっかりと錫杖を持ったパンドラ女王が威厳をもって名前を呼び立ち上がる。
「陛下の御前に、如何様にもお裁き下さいますよう伏して」
そう答えると静かに臣下の礼を取りパンドラ女王の前にひれ伏し手のひらを上にする。我ながら短い人生であったがまぁ、最後に国難を排除できたのだ、諦めるにはちょうど良かろうと言う思いが胸を占める。
「独断専行、外交専横、国庫無断使用・・・・これらの罪を許すことはできません」
「お待ちを、このマーリン流石に今回は命乞いをいたします」
「黙りなさい、今は私が話しています」
詰め寄ろうとしたマーリン元帥を一括すると錫杖を私の首筋に振り下ろす。
「ですがその後の功績を鑑みて罪状帳消し・・・・・ありがとうアースライト、国は救われました」
静かにゆっくりと錫杖を下ろすと同じ目の高さまで跪きニッコリと微笑んだ。ああ、これが見たかったんだなと胸がいっぱいになる。
「さて、これで勝てなければ問題だらけです、やれますね?」
『勝利の栄光を帝国に!!』
凛とした声で軍部に命令を下すと一斉に武官派閥が立ち上がり最敬礼と共に答えた。
「ではこれで御前会議を終了します、各員準備を」
ニッコリ微笑んでパンドラ女王が退出する。と、同時に一斉に武官が各書類と設計図をもって走り去る。
「今度酒奢れよ」
「勝ったら奢ってあげるわよ」
「朝までコースでな」
「あら、酔わせて何する気かしら?」
「冗談、先にこっちがつぶれるわ」
軽口をマーリン元帥と笑いながら交わし、一言だけ武運をと呟くとハイタッチで別れた。確かにライバルであるがそれは平時である。国難に対しては同じ国なのだから協力して当たり前だ。と自身を納得させつつ椅子にへたり込む。
「卿、お疲れ様でした」
「アース卿、惚・・・いえ素晴らしかったかと」
「流石に命を懸けすぎだニャ」
口々に不満を口にしつつしっかり支えてくれてる当たり良い部下である。ただ良く見るとなんだかアトリとマリスが腕を取り合ってるような気もするが気のせいであろう。その後各省の代表のあいさつを受け、歩く元気も残っていない状態で三人に支えられながら自室に戻ったのは、格好が悪いが良しとして欲しい。
「あ、そうだ、マリス少佐、今回は諜報ご苦労様、今度褒美を考えるので欲しいものを考えていて欲しい。」
「光栄です!」
「な、ちょ、え?」
「・・・・・」
最後にこう言って自室に入ったが三者三様の反応を見てなんとなく失敗だったかもしれないと思ったのも最後に付け加えておく。因みに扉が閉まった後その外では極寒の空気が吹き荒れたと後で付き人から報告があった。