報告書56枚目 親の背中と歴史の後先
普段の勉強漬けの毎日ではあるが本日は休日、麗らかな昼下がりに中庭で静かに本を読んでいる日本人形みたいな女性が居た。その前には緋色の髪をした同じくらいの年齢の男性が中庭のテーブルの上で突っ伏してぼーっとしていた。
「みっともないと怒られますよ?」
「休日だから大丈夫だよ・・・多分」
自信なさげに目の前の女性に答えると、ぼーっと太陽の光を浴びて光合成をするように時間を潰している。そんな男性に苦笑すると女性が本を閉じてお茶を飲み始める。
「フォルナスお兄様は今日はお出かけにならないのですか?」
「昨日の剣術の試験でくたびれたから今日は休みにした」
お疲れ様ですと柔らかな笑みを浮かべてお辞儀をする、いつの間にか二人の傍に付き人が現れお茶とお茶菓子を置いて静かに立ち去る。周りの人間もこの二人には気を使っているのが見とれるのである。
「メルティアは今日は大図書館に行かないのか?」
「お父様の伝記は本当か嘘か解らないのが多いので真相を見極めてからにしようと思っています」
手に持った本の表紙をなぞりながら幸いなことに本当か嘘かは後日確かめられますからねと、見る者を見惚れさせるような笑顔で答える。
「父上剣術もそこそこできたっていうけど本当かなぁ」
「そうですわね、聞いた話だとお母様を一度切り伏せられるくらいは強かったらしいですよ?」
その答えを聞いて本当かなぁとフォルナスは素直に口に出す。彼の母親は単純な剣術の腕だけで行けば帝国トップのマーリン元帥にすら勝てるかもしれない腕があるのだ。そんな母親に文官畑の父親が勝てるとは到底思えなかった。
「私の母上も絶対戦ったら負けるから勝負はしたくないと言われてましたよ」
「・・・・・・それこそディアさん達の話じゃないかなぁ」
その話を聞いて間違いなくディアさん達経由だよと断言する、彼女達の話を纏めると父親は全知全能の神と同等のランクで褒めてくるので参考にならない、最も策略や謀略、内政面についてはほとんどの人間が同じような答えをくれるので間違いなく辣腕であったのは答えとして出ている。
「どちらにせよ謎だらけだよね父上」
「ミステリアスと言った方が宜しいですよ」
想像つかないよねと笑いながらお茶を飲む二人の元に、此方が真影でございますと付き人がホログラフィを持ってくる。持ってこられたホログラフィはやっぱり加工されていて神々しくなっているので二人そろって知ってたと遠くを見る事になる。
「護衛の人の基準は皆さん父上こそ神ですだからな~」
「皆さんお父様に幻想をお持ちでいらっしゃいますから」
二人してとりあえず言葉を選びつつやっぱりあてにならないと結論を下す。こうなると恐らく彼等の母親や姉が一番正解を知っているのだが、母親も姉もやっぱり少し敬愛と信仰が微妙に入っているような感じなので正確に教えてもらえない可能性があるのである。
「この帝国で父上の事を客観的に語れる人って居るのかな」
「大なり小なりお父様の影響下におられますから難しいかもしれません」
二人が顔を見合わせて相談しているのを傍で見ていた暗部の男がそっと周りに集合を掛ける、その瞬間にどこにこれほどと言わんばかりの数の人間が集合して、お互いの電子機器を取り出し相談を始める。彼等は上官にできる限り休日はフォルナスとメルティアの好きにさせるように厳命が降っているのだ。やっぱり愛されているのである。
「差し出がましいようですが一人程可能性がある男性がおります」
「本当ですか?是非ご紹介ください」
「父上の事を客観的に語れるなら是非に」
二人の食いつきに少し驚きながらも、自分の上官の名刺を取り出しその後ろに何かを書いていく。書き終わるとその名刺をそっと二人に手渡して、此方を渡せばあってくれると思いますと、丁寧に語ると其のまま準備に入る為にその場から立ち去った。
「父上の事を客観的に見れる人か、凄いんだね」
「えっと・・・参謀省長官フェザー様だそうです」
参謀省長官フェザー、例の帝国が崩壊しかかった内乱の折に粛清を逃れた数少ない将官の一人、自分の意見をアースライトに言ってしまったため気に入られ参謀省長官を拝命する結果になった男に、スポットライトが当たった瞬間であった。彼に言わせれば来るべき時が来たけど来なかった方がよかった、俗にいう厄日との事であるが。
・・・移動中・・・
普段と違い休日の王宮はのんびりとした空気に包まれている、将官達もあわただしく動くこともなく付き人達も普段の足早な行動ではない。そんな中をとことことやっぱりいつもと違って寄り道をしながらフォルナスとメルティアが歩みを進める。目的地は決まっているものの急ぐわけでもないのでゆっくりと寄り道をしながら歩いていく。そんな彼らを見守る周りの目は保護者そのものであった。
「次の角を左に曲がると参謀省が見えるはず」
「お時間が合えばよろしいのですが」
参謀省此方と書かれた看板を目で追いかけながら左折をしようとすると、無精ひげを蓄えた手荷物を持った将官とぶつかりそうになる。
「っと、おやフォルナス坊ちゃんとメルティア嬢ちゃんじゃねぇか」
「アルゲイン辺境伯こんにちは」
「アルゲイン大将こんにちは」
普段と違い休日なのであっさりとした挨拶を交わす。無精ひげを撫でながらアルゲインがどっかに散歩か?と尋ねると、メルティアが参謀省にお話を聞きに行くのです。と元気よく答えるとフォルナスも一緒に元気よく手を上げて追従する。
「お話ねぇ、ところで手ぶらで行って怒られねぇか?」
「あ・・・」
「忘れてましたどうしましょう」
そんな二人を苦笑しながら右手に持った手荷物を差し出す、これもってけ嬢ちゃん達と言ってメルティアに握らせる。困ったような顔をするのを見てからこれは俺も押し付けられた物で困ってるから持ってってくれとお願いする。それを見て安心したかのようにフォルナスとメルティアがお礼を言って参謀省に向かうのを見届けた。
「おめぇら手抜かりあり過ぎだろうが」
「申し訳ありません」
二人の姿が見えなくなってからさっきまでの様子と打って変わっり、声の質が下がった声で後ろに待機している暗部に叱責する。数名の暗部が顔を挙げずにお辞儀をしたままで固まっているところを見るとこの男もやるときはやる男なのであろう。
「旦那の子供が恥をかくと言うのは、ひいては旦那が恥をかいたのと同じだ」
「ご・・・御尤もです」
「旦那はそれを望むかねぇ」
向き直ってお前ら全員減給処分なと告げると其のままその場から立ち去った、アルゲイン大将、現在の暗部の総まとめと裏の仕事を引き受ける彼もまた、信奉するアースライトの背中が大きすぎて困っている人間の一人であった。
・・・フェザー視点・・・
目の前の子供たち二人がマーリン元帥の名刺を持ってきたことにも驚いたが、何より手土産ですとしっかりと、参謀省が欲しがっていた機密を持ってきたことも目を見張る事ではあるがまだいい、最大の驚愕はあのアースライト大宰相の子供であると言う事だ、失礼があったら死ぬな私はと思うには充分である。
「それで、フォルナス様とメルティア様はいかなる御用でしょうか」
部下が茶会の用意を終えて其のままその場に居たくはありませんと言うスピードで退出するのを確認し、恐る恐る来た目的を聞きに行く。すでに胃は痛く、微妙な脂汗が流れ出る。
「公の場ではないのでフォルナスで結構です」
「そちらが御年輩ですのでメルティアとお呼びください」
「は・・はあ」
目の前に置かれた紅茶を飲みながら屈託のない笑顔で答える二人を見て、少し拍子抜けしながらもう一度御用の趣は如何なものでしょうかと水を向ける。すでに自分の紅茶は飲み干して何度目か解らないお代わりをしているのを除けば立派な対応である。
「実は父上についてお聞きしたいのです」
「帝国内で客観的にお父様を語れる方とお聞きしてお邪魔したしました」
一瞬理解が自分の想像の範疇をすっ飛ばして飛んでいく。少しの間の沈黙を馬が支配した所二人そろって駄目でしょうかと、俯き加減に申し訳なさそうに聞いてきたことにより何とか正気に戻る。
「わ・・・私が知っている範疇で宜しければになりますが」
「客観的にお願いします」
「誇張無しで是非に」
机の上で乗りだし気味に興奮を抑えられないと言った感じでノートを取り出し、お互いに筆記用具を用意して此方の発言を待つ。逃げられない何かを感じたので恐る恐るではあるが自分が知っているアースライト大宰相の客観的な意見を述べる事にした。
・剣術が出来るのは間違いないが居合である
・内政面を一手に引き受けていたのは事実
・セルフィアム王家三代に仕える忠臣
・自分に厳しく、周りに甘く、身内に激甘
・外交面では綱渡りの連続を事もなく行う
・人材確保と人材育成の推進者
・一度崩れた帝国をマーリン元帥と共にもう一度立て直した立役者
ぐらいではないですかねと当時の事を思い出しながら語るとフォルナスとメルティアの兄弟はノートに何かを纏めている。彼らの中で何か納得いったのならそれはそれでよかったのかもしれない。
「客観的でこれならやっぱり父上は化け物の可能性が」
「間違いなくお父様は優秀であると言う事は解りますね」
何個かの逸話が事実であった裏付けが取れたのも大きいですねと相談しあうと此方に向き直る。ところで図書館にしかない上に閲覧禁止の文章の一つが帝国が倒れかけた事に関する書類なのですが、とメルティアが質問を変えて此方に向き直る。
「それは流石に私からは言えません」
きっぱりと拒絶して確かに私自身も関係者であり、関わったのは間違いありません。ただし、いつかあなた方にも知る日が来るでしょうと言葉を濁す。あの時の事はいまだに悪夢で見るし、押し付けられたあの後は艱難辛苦の日々だったと身震いする。
「やはりこちらは駄目でしたか」
「父上の関係者も全員教えてくれないからね」
残念そうにする二人に散々謝って話を終える事にする。きっとこのまま彼らがねだり続けたら話してしまうかもしれない。そんな思いを払拭するかのように仕事がありますのでと伝えると二人を見送りに参謀省の出口まで一緒に向かう。
「ありがとうございました」
「お時間をいただきまして光栄です」
丁寧にお辞儀をして去っていく二人を見ながら、偉大な親を持つ子供は苦労するのだなと痛感する。もっとも移動していく二人を陰からそっと見守っている人間の多さに少し苦笑する事になるのだが。部屋に戻った彼に何故か何時の間にか居たマーリン元帥に深々と頭を下げられて、持病の胃痛がぶり返すのはほんの数分後の事であった。




