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ありふれた報告書  作者: マンボウ紳士
第一章  群雄割拠と獅子身中
5/110

報告書04枚目 側近の苦悩

「馬鹿な・・・全滅だと」


諜報の報告書を受け取り渋い顔で書類を握りつぶす、各書類には全て目標に対してのガードの硬さと、諜報作業の失敗と記録してあった。決してアース卿に見せない顔でアトリはごみ箱に書類を投げ込んだ。信奉するアース卿の為にどんな事でもするのが自分の信条であるアトリは流石に歯噛みした。


「こんな報告書を上げたらまた卿の胃痛が酷くなってしまう」


最近の上官の胃痛と顔色は悪化の一途だ、見ていて此方が沈痛になってくる。彼の為に少しでも原因を減らせればと強引に諜報を押し通したがこの結果ではかえって胃痛で倒れかねない。


「だから無駄だって言ったニャァ」


けらけら笑いながらネコヤが珈琲をもってきて差し出す、実際二人ともアースライトの側近を自負しているのでお互いの仲は良いのだ。


「しかし、海賊程度・・・・・・・」

「アース卿が認めたを頭に入れるニャァ」


ビックリするぐらい失敗した理由が珈琲と共に飲み込めた、そうなのだあのアース卿が認めて最終的には自分の配下に仕方ないといえど入れたのだ、無能なはずがない。自分達の価値観に当てはめ本人不在の中で勝手に尊敬を重ね上げていく、本人が聞いたらさらに心労で胃痛が増すような話である。


「だが、あの変貌ぶりは」

「え?アース卿が好きなんだニャ」

「ぶっ」


さらっと答えたネコヤの回答で思わず飲みかけていた珈琲ネコヤに向かってを噴く。


「きったないニャ、ほら拭くニャ」


アトリにハンカチを差し出し、自分の服に飛び散った珈琲を拭き取りながらさも可笑しそうにけらけらまた笑う。


「配下としてもちゃんと功績をあげてあの美貌なら良いんじゃないかニャ?」

「認めません、あんな海賊の棟梁とか」

「ニャはははは、それはアース卿の決める事だニャ」


お父さんは認めませんよと言わんばかりのアトリとあらあら、まぁまぁのネコヤの漫才に思わず部屋で仕事に従事してピリピリしていた付き人達に微笑みが浮かぶ。


「大体海賊の棟梁なんだからどんな手垢が」


すでに個人攻撃までし出したアトリをなだめて居ると付き人が数名扉の前にいそいそと整列し用意を行う、と同時に報告官が声を張り上げ全員に主の到来を告げる。


「アースライト外務卿ご入室!」


手早く二人で片付けを行い扉が開くと同時に揃って深々とお辞儀をする。


「おはよう、二人とも随分早いな」

「おはようございます、卿」

「おはようだニャ、アース卿」


ネコヤは書類を整え差し出しつつ、アトリは湯呑を置きつつ返事を行う。二人の作業を眺めつついつものように深々と椅子に腰かけ盛大にため息をつく。ああ、今日も始まるのかという思いが捨てきれない、書類の山と陳情の山をみながらもう一度ため息をつく。


「今日の予定を・・・」

「はい、午前中は陳情と書類、午後から陛下より時間を空けるようにとのご命令が」

「ふむ・・・・・・」


ちらりと報告書の山の最重要の部分に目を通す、それと同時に最近は宙域の様子をマリス少佐が事細かに上げてくる報告書もあるので大体は察することが出来る。


「・・・・・戦争案件だな」

「惑星連合共和国でしょうか?」

「・・・スリースター公国だろ」


スリースター公国。かつての帝国の第三王子が立ち上げた国でバリバリの軍事国家、自分の意見や政策を受け入れない国を攻め吸収合併して大きくなってきた新鋭国家。たびたびセルフィアム帝国にも戦争を仕掛けてきているが毎回引き分けに終わっている。


「・・・席をはずせ、全員だ」


お茶を一気に飲み干し、いつの間にか手にした扇子が開かれ笑止という面が表になっている。付き人は一礼して全員退室し、アトリとネコヤは静かにコンソールを立ち上げると部屋から出て扉の前で待機する。


「元気かね?」

「ん?こりゃ困った客からの連絡だな」


コンソールの向こうで豪華な部屋でのんびりと腰かけていた身なりのいい男が苦笑しながら受け答える。


「儲けの種を提供しようと言うのに困った客とは随分だな」

「OK、フレンド話を聞こう」


高速で手の平を返すこの男は惑星連合共和国の三党首の一人豪商アルゲインであった。この男、金額次第でどちらの味方にもなるので割と油断がならない、最も惑星連合共和国自体がそういう風潮なので仕方ないと言えば仕方ないのであるが。


「スリースター公国の情報と最近の軍事物資の流れ言い値で買おう」

「おいおい、それだけで儲け話か?」

「期限付き不戦条約と燃料弾薬全て総ざらいと戦後の物資の御裾分け」


アルゲインの頬が引きつって動くのを確認すると満足そうに扇子で仰ぐ、相手が乗り気の時に出る癖というのはいつ見ても良いものだ。ニッコリとほくそ笑みながら我ながら細かい事だなと苦笑する。


「そうだな、弾薬燃料は幾らだ?」

「今は500から600の取引」

「800で全部買い漁ろう」


相手の発言を区切ってさらに高値で叩きつける。交渉を有利にしたければ相手に流れを掴ませない基本中の基本だ。


「OK、フレンド何でも聞いてくれというか資料は直ぐに送付する、後今日中に期限付き不戦条約を発表する、それで問題はないか?」

「そうだな、850で総ざらいの上相手に物資を渡さないのなら完璧だ」

「ぐ・・・・900なら」

「950で信用を買うとしようか、即動いてくれ」


ほくほく顔ですぐ動く、待っていてくれと言ってコンソールが切れる。やれやれ、胃が痛い。利に聡い人間は利益で動いてくれるので確実である。だがもう一つ手を打たなければな。手を打つのに打ちすぎるという概念は存在しない、静かにコンソールを操作し恐らく側近たちですら知らない番号を打ち込む。


「ほい、お久、ど~かしたかんじ?」

「スリースター公国背後ががら空きになるぞ、うちを攻めるから」

「・・・・・成程な~一時的に手を組めそうな展開だねぇ」

「50:50の分け前半々」

「了解、うちのボスもすぐ乗ると思うよ、腐れ縁だしね」

「お互いにな」

「たまにはデートに付き合ってよ」

「心にもない事を・・・・・」


向こうで黒いシックなドレスを着た見目麗しい女性が紅茶を飲みながらけらけら笑うとコンソールが砂嵐に変わる。


「さて、手は打ったけどどうなる事やら」


誰に言うでもなく深く椅子に腰かけため息をつく。ああ、憂鬱だ、胃が痛い、戦争は資源を消費する行為にままならない。無駄な血も流れるし莫大な無駄な時間がそれに伴う、ダメージを受ければそれを癒す為にさらに莫大な資源が飛ぶ。憂い気な表情で無意識に傍にあるチェス盤の駒を何手か動かす。


「入っていいぞ」


外に声が届くようにボタンを押しまた無意識にチェスを続ける、同時に入ってきた二人と付き人達が忙しそうに、書類と今しがた届いた情報文章と条約締結書類をまとめ必要な分をそろえて差し出してくる。


「・・・・チェックメイトまではあと五手足らぬか」


うつろな瞳で書類を受け取るとため息交じりにチェス盤を大きな音を立てて引っ繰り返す。付き人もアトリとネコヤも戦争前は必ずやる行事らしく慣れた手つきですべてを集めて元に戻す。


「打てる手はすべて打たないとなぁ・・・・・・」

「御意志のままに」


アトリが差し出された書類を受け取ると少しだけ表情が歪むが、すぐに相手にコンソールをつなげると赤髪で背の小さめな女性士官が慌てたように敬礼を行い衣服を正す。


「アース卿、お召しですか?」

「遠方巡察中に申し訳ないがの、二日以内に戻って欲しい」

「すぐにお傍に」


必要とされたのがよほど嬉しかったのか笑顔の赤髪の女性が一礼すると即座にコンソールが切れる。ネコヤが苦笑しながら自分に差し出された文章を見て軽く眩暈を起こす。


「アース卿正気ですかニャ?」

「おおむね正気だ、胃痛以外は」

「・・緊急資金放出とか正気と思えませんニャ」

「物資はあっても困らんし腐らん、やれ」


有無を言わさない態度で決裁書類に判子を押し命令を下す。こうなった場合は確実に何を言っても無駄なのをネコヤは身をもって知っているので、この後の後始末を考え身震いをしながら派閥の財務省に向かった。


「アトリ」

「御傍に」

「陛下に奏上、本日の会議は中止と緊急御前会議を二日後に求む

「・・・・・ぜ・・・全力ですか」

「かまわん、やれ」


第二のネコヤ状態になりながら冷や汗を流し陛下に奏上しに走る。文官派閥騒乱の一日の始まりはたった数行「構わん、責任は私が取る」の文章が飛び交っただけであった。結果的にこの文章の為に内務派閥は眠れない数日を過ごし、さらに主犯は胃痛に悩まされることになったのである。それでもまだまだ物語は序章であると誰も、そして騒動の本人すらもそれを知らないのである。

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