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ありふれた報告書  作者: マンボウ紳士
第三章 錆びた揺り籠
49/110

報告書40枚目 流れる物留まる物

執務室で上がってきた報告書を眺めて目の前の女性に対して唖然とした表情を浮かべる。目の前の女性は眼鏡を押し上げると、自分の有意性と必要性を改めて報告書に注釈を入れてアピールしてくる。


「いや、驚いた確かに大したものである」

「お褒めにいただき恐悦至極ですな」

「机上の空論を半分形にしてくるとは・・・」

「流石に時間はかかりましたがお目には欠けれる程度かと」


ディア局長が眼鏡をせり上げ胸を張って鼻息荒く報告書をさらに提示してくる。前回のエンジンの試作品と同時に開発された新兵器の報告である。手回しと品数の多さは特出すべきであろう。


「エンジン・・相転移エンジンは試作品が完了したのですな、安全性はまだ見えておりません、同時に相転移エンジンからのエネルギーを使った相転移砲の開発にも成功しました」

「・・・・・・・まだこの前から半年であろうが」

「潤沢な資金とバックアップがあれば我が研究所ならば容易い事ですな」

「それにしても揃ってもダメな人間は駄目な結果しか持ち寄らぬ、ディア局長はしっかり役を果たしたと言える」

「過分なお言葉ですな」


威力は簡易ブラックホールを相手側に作りますという簡素な一文であるが冗談になっていない、相転移エンジンに関しては安全性さえ確保できれば製作コスト以外は大幅なコスト削減となる。どちらも実装されれば今の戦争のやり方は大幅に変わるものになるであろうし空母の意義が薄れたものになる。


「驚きました閣下、これ本当に実装されたら戦争変わりますよ」

「理論上は完成しております、ただし突拍子もなくコストに対して頭が痛いのですが」


報告書を受け取ったメイファとマリスは二人そろって頭を抱えている。軍事や輸送に携わって居ればこのエンジンが完成した時のデメリット以上のメリットが見えてくるのだ。


「ただアース閣下にお目見えするにあたり、安全性が確認が取れていませんので私としては机上の空論でありますが途中経過までにと」


丁寧な口調でお辞儀をするがディア局長の雰囲気を察するに、誉めてというオーラは駄々洩れである。よく見ると誇らしげに立った犬の耳とすさまじい速さで振られている尻尾が見える気がする。


「博士の完璧な身辺警護及び草の根絶」

「御意に」


静かに椅子の背もたれに寄りかかるとぽつりと誰に言うでもなく呟く。呟きを拾った緋色の補佐官の目が静かに輝くといつの間にか室内から消えていた。


「情報規制と口止めでバラまけ」

「既に動いております」


お茶を飲みながら笑顔をはりつかせもう一度呟く。アースライトにしか聞こえない音で呟きに答えるかのように、袖の暗器を鳴らしながら緑のスリットの補佐官がディア局長に紅茶を持ってくる。


「しかし閣下の周りはやはり化け物ぞろいですな」

「私が一番の愚物であるがなぁ」

「・・・・・・え?」


本気で何を言っているか解らない表情を浮かべるも、一瞬で消えたマリスを興味深げに眺めながらディア局長が進められた紅茶を受け取る。飲みながら本題を何時切り出そうかと狙っているのは解るので、そろそろ此方から言いたいであろうことに水を向ける事にする。


「さて、この研究が完成すれば確かに新人類の頭脳面は証明されるのぉ」

「で・・・では我等の有意性をお認めいただけると言う訳ですな?」

「であろう、このエンジンは机上の空論の塊、それを完成させたなら有為性は間違いない」


目の前で話し合っている両名のお互いの台詞を聞いてメイファが少し違和感を覚える。ディア局長は有意性、すなわち我等は居る意味、存在している意味があると念を押しているように感じる。対するアース様は有為性、すなわちディア局長たちの見事な才能であるという意味を仰られている。


「安全性が確かめられ完成した暁には望み通りプロジェクト凍結を解こう」

「我等の悲願である有意性を示せさらに認めて頂けるのですな?」

「認めよう」


認めるとの一言で感極まってディア局長が泣き崩れる。おかしい、これは何かがおかしい、メイファの中の第六感が警鐘を鳴らす。彼女たちやアース様が引き取られた方々は一様に有意性と言われている。泣き止むがよいと慰めながらハンカチを差し出しているアース様をなんかこう不思議な目で・・・・・。


「あっ」

「どうした?」

「いえ、失態ですお気になさらないと助かります」


そういう事か、彼女たちは自分達を必要とされていない。すなわち自分が生きる場所を求めていると言う事他ならない、仲間を作ろうとしたのも数で自分達を認めさせようと思っていた訳だ。今回の開発も自分たちの身を削ってまで短期間で仕上げたのはアース様が認めると言っている言葉に縋ったからだ。


「ではこれの安全性を確かめ完成に向けて動きたいと思うのですな」

「期待しているぞ、ディア局長」

「必ず御期待に副えるのですな」

「完成した時には褒美も考えている頑張って欲しい」

「胸に刻み邁進するのですな」


前と違い恭しく一礼すると静かに退出していく。退出するディア局長を眺めながら気付いた点と相違点を纏め自分の考えを纏める、纏まった考えをもって考え事をしているアース様に対して進言する。


「アース様、お気づきでしょうか?」

「居場所の渇望であるな、余程今まで酷い目にあっていたと見える」

「なにも言う事のない程の御明察かと」

「それでもあのエンジンを完成させられるならばそれは紛れもない価値のある存在である」

「ならばこそ褒美を与えると」

「褒美の内容も解っているものならば与えやすい」

「御意であります」


扇子を広げてのんびりと椅子に座りなおす、どうやらアース様は先ほどの会話ですでに答えにたどり着いていたようだ、やはりこのお方は色々抜け目がない、安心してお仕えが出来るとほっと胸をなでおろす。


「失礼いたします、身辺警護の強化と草の根絶、現状は終了しました」

「ご苦労様」

「研究所ではなく再びこちらに釘付けにするよう動きました」

「重ねてお疲れ様じゃな」


何時の間にか帰ってきた緋色の髪の士官が軍刀を鞘に納めつつアース様の背後に現れる。何かで汚れたマントを其のままごみ箱に投げ込んで向き直ると、仏頂面だった顔が何時もの様に笑顔に変わり勢いをつけてアース様に抱き着く。


「草ばっかりで疲れましたアース様」

「仕方あるまぃ、今回は情報レベルが一気に跳ね上がった」

「念入りに処分して情報を逸らしておきました」

「この流れで流石に本当の情報は流せぬ、国益の為にのぉ」

「どちらの国益でしょうか?」

「言わずもがなであろう?」


扇子を仰ぎながら苦笑する、マリスを抱きしめ返しながら次の手を考えねばならんなぁと考えに耽る。準備も怠らず油断もしない、それで初めて神に祈れると言うものであろうなぁと珍しく目を見開いて静かに呟く。


「・・・・・・・・失うものは多い」

「と言われますと」

「平和であれ裏では莫大な血が流れている、それを止める方法を知らない自分の無能を恨むのぉ」

「アース閣下が無能であるなら我等も無能になります」


難しいものであるなぁと呟くと窓の外の景色に静かに目をやる、昔と違い見下ろす景色ではなく見上げる景色に変わっている。空を見上げて静かに窓辺に移動する、はるかに高く青い、そこに届くまでには今までいろいろ積み重ねた。


「我が身をチップに変えて戦ってきたがもうすぐだのぉ」

「アース様の悲願達成は」

「現状私たちの望みであります」


メイファとマリスが後ろに控えて静かだが力を込めた声で肯定する。事件から長い月日がたち、責任を取るべき人間は消えていく。今我らが行おうとしているのはただの鬱憤晴らしではないか?平和を乱すのは果たして今本当に正しい事を行おうとしているのであろうか、答えをくれる人間など要るはずはない。


「あのエンジンが積まれた戦艦が出来れば数は意味がなくなる」

「小型ブラックホールがあれば戦力は消えますからね」

「相転移砲・・・か、艦載機すら無意味にしかねぬなぁ」

「ほぼ無補給で行動できますからね」

「はっ、何が時計の針を進めるのを望まないだ・・・・・・・進め過ぎているではないか・・・・・」


静かに扇子を閉じると扇子をへし折りごみ箱に投げ捨てる。メイファが懐から新しい扇子を取り出すと何も言わずに差し出す。受け取って再び扇子を開くと答えを言うのをためらうかの様に口元をゆがめる。


「理解しております」

「アース様の為さりたい様に」

「・・・・・・エンジンが完成しそれを積んだプロトタイプ戦艦が完成したら世論を開戦に持ち込む」

「その時が統一戦争・・・・ですね、最初で最後の」

「私は私の道を歩む、独善的な道であれ誰かが立ちふさがり私を打ち倒すまではその道を進む」

「私達はそれを補佐し続けます」


再び扇子を閉じて思案を重ねた表情で椅子に座り込む。それに続くようにメイファとマリスがお互いに顔を見合わせると仕事に戻る。メイファはお茶を汲みに、マリスは会社を通して開戦のめどがついたことを知らせに、今までずっとバランスを取り続けていた天秤をとうとう傾ける物が現れる。昔の偉い人は言ったものだ、時を戻すことは万金払っても不可能であるが、時を進める事は積んだ金の量に応じて早めることが出来ると。


『天秤に乗せる物は揃えられた?』

「とうとう出て来たよセルフ」


『貴方の道は照らされたのかしら?』

「残念ながら自分で火を灯したよ」


『後進は育ったのかしら?』

「私よりも有能なものが多数おるよ」


『そ、ならアースの好きなように進めば?後始末だけはしてあげる』

「なら精々終わりに叱ってもらおうか」


今となって過去の台詞が自分に追いつくか、あと数年・・・それが平和の期限となるだろう。今度の戦争はいかにテラ側の戦艦を消すかにある。このエンジンがあれば誤爆すれば相当数の数が落とせるだろう、数の利を消す戦略兵器か私の名前はどう残るのであろうなぁ、大量破壊兵器の生みの親か?それとも戦争を終結させるために働いた担い手か?出来ればどちらも要らんな、過去を取り戻せなかった道化師で終わりたいものだ。


「全員が白と言っていればどうしても黒を用意したくなる・・・か」


昔ある人が言った言葉をなぜか今思い出す。とりあえずは設計図を描くとしよう、エンジンを有効活用できる戦艦の設計図を。関係者各位が間違いなく最後の分水域であったと言われる一日が終わろうとしていた。

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