報告書28枚目 あるいはそれすらも平凡な一日
丞相執務室、別名書類の間と呼ばれる部屋の扉を静かにノックする。返事がないのでもう一度ノックしてしばらく待つがやはり返事がない。
「アース卿失礼します」
アトリが付き人に命じて開けさせると執務室の主は見当たらない。代わりに机の上にモノクルと手紙が置いてあった。ため息をつきながら手紙を開けると周りの人間に分かる勢いでアトリの顔色が赤くなった。
「・・・・・草の根分けても探し出してやる」
手紙に書いてあった文字は『疲れたので気晴らしに行きます』だけであった。
・・・セルフィアム帝国商業惑星『アールス』・・・
人口は約1億2500万人、商業港を多数持ち各国からの特産品が持ち込まれ周辺中立国家や協力国家との玄関港にもなっている。交渉や陛下に対しての謁見をする前に一度は必ずここで待たされることになる。総督はメリア少将。
「いつ来てもにぎわっているのぉ」
誰に言うでもなくぼそりと呟くと下士官の服を着た中年の男はのんびりと屋台や商館を見回っていた。現行最大の敵であるテラとの不可侵期間であり、水面下での殴り合い以外は表立っての戦争は行われていない。
「偶には私だってのぉ、一人でのんびり買い物をしたいんだよね」
前回の時みたいな事はしない、カードも下士官クラスのカードに変えてあるし身分証の偽造も完璧だ、そもそもモノクルを外して口髭がない状態で解る人間も少ないはず。
「お、にいちゃん、買い物か?これなんかどうだ」
威勢よく傍にいた露天に親父に呼び止められる。店先を見ると何かわからない貴金属や鏡が並べてある。
「・・・・・なんの店だ親父」
「質流れの品の良質なやつを売ってんでさぁ」
そういうとブローチを差し出してくる、成程確かにそこそこの品である、偽物やガラクタが相当混じっているようだがそこは勉強不足の人間が買うのであろう。丁寧に辞退し大通りに向かうが、前からくる人間を見て慌てて傍の喫茶店に逃げ込む。
「お嬢、今日はアース卿の傍じゃなくていいんですかぃ?」
「護衛を頼まれていない時は私も仕事するんですよ」
「無所属海賊は勝手に増えますから面倒でさぁ」
「帰順するなら其のまま、しないならね?」
「しかしお嬢夜に予定があるんじゃぁ」
「それまでには終わらせますからね」
物騒な会話と共に、海賊を引き連れてマリス中佐が大通りを港に向かって歩いてくる。独特のプロポーションと赤い髪、緋色の目が目立つので周りの目を集めている。
「お、海賊中佐だ」
「相変わらず目立つねぇ」
周りの露天商や往来の人間がそちらを見て騒いでいるのですぐにわかる。
「いや、まったくニアミスだねぇ」
注文したミルクティーを飲みながら大通りを観察する。港の方を見ると何隻か入港する軍艦を見て冷や汗を流す。
「マール少将とマリー准将が来るとか・・・・・どれ程運が悪いやら」
紅茶を飲み干しながら運ばれてきたケーキを急いで食べると会計をするためにレジに向かう。
「ここにするか」
「ですね、たまには羽を伸ばしませんと」
後ろを呟いた張本人の二人組が歩いて通り過ぎる、なんだろうか、私に恨みでも誰か持っているのだろうか。店内は急に来た大物二人で軽い騒ぎになっているので会計をすましそっと逃げる事に成功する。
「あ、そちらの下士官の方」
外に出ると同時にチャイナドレスで中佐の階級章を付けた女性に呼び止められる。
「は、何でありましょうか」
「マール少将とマリー准将を見かけなかったかしら」
「先ほど此方の店に入られるのを見かけました」
「そうなんですか?ありがとうございます」
丁寧にお辞儀すると女性中佐はその店に慌てて入っていった。
「・・・・・・・・星の選択間違ったか?」
周りを確認した後にそっと路地裏に逃げ込む、表通りに比べると治安もにぎわいも少し落ちるが歩く分には問題ない。少し怪しい露天やら占い師やらを覗きながら考え事をしていると広場の方で少し騒ぎが起きているのが解る。そっと覗きに行くと、警備兵と炊き出しをしているメリア少将が居た。
「はい、此方が今日の分ですよ、皆さんゆっくり食べてくださいね」
「申し訳ねぇ、御領主様」
「良いんですのよ、皆さんあっての国ですから」
見ていると随分と慕われているようなので少し安心をする、警備兵もそれほど厳重な警戒をしていないところを見ると住民も領主を認めているのであろう。良いものを見たなぁと思って踵を返すと表通りの方に向かう事にする。
「せめて美味しいものを食べて帰るかなぁ」
呟くとレストランが開く時間まで暫く傍のカジノで時間を潰すことにしようと思い入り口を通ると、中でポーカーをやっている人間を目に入れると回れ右をすることにする。
「いやぁ、何やってもついてねぇなぁ」
「またブタですかぃ」
アルゲイン少将がディーラーに同情されるようにテーブルの上に突っ伏している。周りには回収されたと思われるコインが山になっていた。静かにその場を立ち去ると悪意ある第三者を疑わざる得ない状況だと感じるようになった。
「まぁいい、こうなったら別の星に向かえばいい事」
呟くと宇宙港に向かう、中に入った瞬間に素早く傍にある柱の陰に隠れる。
「探しなさい、絶対にここの星のはずです」
「いやぁ、安直すぎるんじゃないかニャァ」
幽鬼の様な状態のアトリ中佐とそれに付き合っているネコヤ中佐とその周りの暗部と諜報部の人間が一斉に空港から駆け出していく場面であった。
「足取りとデータと情報を集めたらここが一番確率が高い」
「アース卿だからそれすらダミーだと思うんだニャ」
「市内捜索の後、足取りが合ったら宙港を止めますよ」
「職権乱用だニャ」
アトリを宥めながらも的確な突っ込みをネコヤがいれる。面白くなさそうに其のまま二人そろって残った部下と共に宙港を出て行くのであった。
「・・・・・水の星フィウスまで」
「畏まりました、渡航許可はお持ちですか?」
「此方に」
水の星フィウスは高級観光地となっている為、そこそこの人間からの紹介状か渡航許可証が必要となる、当然逃げる予定だったので今回は自分の名義で署名を用意している。
「この後20分後に第三ゲートより出航いたしますのでご準備ください」
「ありがとう、感謝するよ」
第三ゲートに向かい旅行用シャトルに乗り込む、ここまで来れば流石に追いかけてこないだろう、ほくそ笑むと静かに外に目を向ける。静かに出発のアナウンスが流れるとともにシャトルが打ちあがる。周りを見ると金持ちか商人、それとそこそこの地位の人間らしい士官がちらほらと乗っている程度であった。
「後は此れで付くまで寝ていれば問題ないな」
再び静かに呟くとアイマスクとブランケットをかけて眠りにつくことにする、偶にはこちらもとことん逃げる時があるのだ。
「このシャトルは目的地まで後50分ほどで到着」
アナウンスを聞いて安心しているとシャトルが不穏な衝撃を受け停電を起こす、直ぐに緊急電源に切り替わるが周りの動揺は計り知れない。
「そちらのシャトルに次ぐ、停止しなければ次は沈める」
「海賊か・・・・・」
思わず手に持っていたヘッドホンをへし折る、今日は何処まで行っても妨害される日らしい。周りの騒ぎをよそに諦めたように立ち上がりコクピットに向かう。
「お客様、此方は~」
「この場は私が預かった」
隠していた自分の身分証を見せると唖然としている添乗員をよそにコクピットに入る。中にいた船長やその周りの士官が何かを言いたそうに口を開こうとする。
「アースライト・レアスフィアである、この場は私が預かる!」
仕舞っていたモノクルを取り付け、扇子を片手に全員に解るように大声で周りを落ち着かせるように声を張り上げる。一斉に周りの人間が敬礼をし、指示に従いますと宣言する。
「あ~海賊に告ぐ、アースライト・レアスフィアである、私が人質になるのでシャトルをさっさと通すように」
「え?・・・・・丞相、うっそだろ、そんな大物が」
「良いから迎えにこい、その代わりシャトルに危害を加えた場合、生きて帰れると思うな」
「わ、わかった、今向かう」
鈍い音と共に接舷され武装した海賊が入ってくる、周りの船長や士官に後は任せる、職務を全うする様にと宣言すると海賊と共に移動する。
「ほ・・本物だよ」
「どうする、身代金相当取れるぞ」
見当はずれな事を言う海賊たちをくだらないものを見る目で見つめると船長の場所に案内する様に言う。慌てて案内するからついて来いと言って傍にあった捕縛錠で拘束する、何処か腰が引けるような状態で連れて行かれた。
「ま、まさかこんな大物が居るとか聞いてない」
「どうした?大金星であろう」
愉快そうに此方が微笑んでいるのに、向こうの船長は既に及び腰になっている、シャトルの金品を巻き上げる程度の小悪党だったのであろう。周りの海賊もどうするかすでに困っている状態であった。
「で、私をとらえて身代金を取った後はどうする?殺すか?」
「あ・・・あんたを殺して無事に生きて帰れるはずがない」
「ならどうする」
「正直俺らみたいな小悪党には手に余る爆弾だよ・・・・」
どうやら少しは解るらしい、かなり落ち込んだ様子で船長は顔も上げずにぐったりとしている。周りの船員もどうしていいのか船長に一任で数名は既に逃げる準備すらしている。
「と・・とりあえずあんたを近くの惑星に下ろすから今回は見逃して欲しい」
「考える頭を持っているのか・・・・なら紹介状を書いてやるからマリス中佐のところに行け、しっかり食わせてくれるはずだ」
捕縛錠を外すように指示すると簡単に言われるままに捕縛錠を外す。その後紙を持ってくるように言うと、持ってきた紙に紹介文と私のサインを入れて船長に渡す。
「これがあれば悪いようにはされないはずだ、小型船舶をもらえるか?フィウスまで行きたいんでな」
「わ、解った直ぐ用意する、俺らも此れで宮仕えだ」
紹介状を受け取ると助かったと言わんばかりに頭を下げて小型船舶に案内される、乗り込むときに綺麗に敬礼されるのが少し面白かったがこちらも挨拶を返して其のままフィウスへ向かう。
「ああ、ろくでもない休日であった・・最後位は平和に」
小型船舶が港に着くと同時に張り付いた笑顔でこちらに向かってくる将官を見て諦める事にする。
「アースどうした?無事でよかったではないか」
「まぁあーちゃんだからねぇ無事よねぇ」
肩を落としてマーリンとフィーナに捕まるが、ここまで来て諦めてたまるかという思いで二人を同時に口説く。
「諦めたからこの後夕日を一緒に食事と酒でも飲みながら見ないか?」
「あらん、私はその提案のるわぁ」
「む・・・・・まぁ、今回はアースの顔を立てるか」
二人そろって顔を赤くするのが可愛いと思う。その後二人と海傍の高級リゾートホテルで夕日を見ながら食事と酒を飲む、なんだかろくでもない一日だったが最後が此れならば差し引きはプラスではないかなと、思いつつ目の前の景色に感動している二人を見て目を細めるのであった。




