決着編―リリアの願いを叶えよう13
「あとはどこを見ていないだろうか」
シルビアはあてがわれた自室のベッドの上で胡坐をかいていた。足元にはクロがいる。ベッドから離れたソファにはアストラスが座っていた。
「―夜になったな」
アストラスが窓の外を見ながらつぶやいた。その声は穏やかだったけれど、シルビアは焦りを覚える。
(心は黄泉の扉を閉めろと言っていたが、どれほど緊急か教えてくれなかったな)
黄泉の扉が開くとどう危険なのかもシルビアは知らない。
(情報が雑すぎないか?)
今になり不満が湧いてくる。
シルビアはため息ひとつ、自分の足元で小さくなっているドラゴンを見た。
「ごめん」
「そうしょげるな。私が無理やり起こしたのがよくなかったんだろう?」
「それは、そうなんだけど」
クロにも矜持があるらしい。扉にたどり着けないことに消沈していた。
「暁が一度扉を封印してから、クロが目覚めたのは今日が初めてか?」
アストラスがそう質問を投げた。シルビアとクロは首を傾げた。アストラスは説明を加える。
「いや、移動させることはあるのだろうかと思ってな」
「あ!」
クロは叫んだ。何か思い当たる節があったようだ。
「あいつ、一回俺を起こして扉を移動させた!」
「どこからどこに!」
シルビアは上からクロに向かって声を落とす。クロは腕を組む。むむむと唸る姿は愛らしいが、何かは思い出してもらわなくてはならないとシルビアはクロを見つめる。
「確か、ふっつうの部屋からどこかに移したんだよな」
「ふっつうの部屋…」
シルビアが考え始める。ということは特段そこは暁の寝室でもなかったのだろう。何の変哲もない、ただの空き部屋ですらあった可能性がある。
「なぜ暁は扉の場所を移したのか」
「リリアが関係しているとか?」
アストラスの言葉にシルビアが続いた。アストラスは頷く。
「辻褄は合うな」
「リリアが扉を開けないように、どこか別の場所に移動させた」
「リリアが扉と接触する可能性のある部屋といえば」
「リリアの部屋か?」
シルビアのつぶやきに、アストラスは顔を上げた。シルビアとアストラスは顔を見合わせると立ち上がる。
「クロ!見て欲しい場所がある!」
「なんだなんだ?」
「リリアの部屋だ!そこに一度暁は扉を隠したのかもしれない!」
シルビアはクロをすくいあげると肩に乗せる。アストラスが部屋の扉を開けて待っていた。シルビアが近づいてきたのを認めて、廊下を念のため確認する。誰もいない。アストラスは部屋を出た。シルビアはアストラスの背に続く。
リリアの部屋にはすぐについた。もとよりリリアの客人としてリリアの部屋の近くに部屋をあてがわれていた。
「ここなんだが」
明かりを付けながらシルビアは肩にいるクロに話しかける。クロは目を見開いていた。
「ここだ」
「ここから暁は扉を動かしたのか?」
「そうだ!思い出したよ!あいつ、ここから移動させたんだ!」
「移設先は思い出せそうか?」
「うーん」
クロは何かを感じ取ろうとしているのだろうか目を閉じていた。それを邪魔しないように、シルビアはただ見守る。
カッと窓の外が光った。その光は紅で、リリアが落としたものだと分かった。
「本当に、暁の子どもなんだな」
いつの間にか目を開いていたクロが、暗くなった空を駆ける光に呟いた。
「ああ。リリアは鬼神暁の娘だよ」
「っ!」
ひときわ大きく、紅い光が空を縦断した。クロは頭を押させる。
「どうした?」
「なんか、思い出しそう」
「本当か!」
「でも、痛いからちょっと待って」
「ああ、無理はするな」
シルビアの声もクロには聞こえていなかった。今、クロの頭を埋めているのは過去の記憶。数度しか会話を交わしたことのない鬼の声だった。
『―娘がこの部屋を使いたいと言い出した』
『なんでよりによってこの部屋なんだよ。俺までたたき起こして』
『それは分からない』
『他にも部屋なんてあるだろう。わがまま言うなって言ってやれよ』
『わがままだから聞いてやりたいんだ』
そう言って、へらっと笑っていたのを思い出す。そうだ、自分は本人から娘がいると聞いていたのだ。
『―それで、どこに移すんだ?』
『そうだな、あの子がなるべく行かないところがいいから―』
「ああ!肝心なところが!」
クロは一層強く頭を抑えた。その声にシルビアが驚く。
「子どもが行かない場所ってどこだ??」
「うーん、暗い部屋か?」
「リリアが暗い部屋を怖がるか?」
「どうだろう」
クロの疑問に、シルビアが案を出す。それはアストラスによって覆されてしまったが。
「リリアの行動から考えたらどうだ?」
アストラスの提案になるほどと手を打ったあと、シルビアは顔をしかめた。
「リリアの行動パターンなんて知らないぞ」
「それはそうだな」
「誰か知ってそうな奴いないのかよ!」
「梓か?」
「そいつのところ行こう!」
「でも、どこにいるのか―」
「お呼びですか?」
「うわ!」
突然の声の乱入に、シルビアは悲鳴を上げた。見ればアストラスも目を丸くしている。リリアの部屋の扉の開けて、梓がこちらをうかがっていた。梓も梓で不安げな顔をしていた。
「梓、どうしてここに」
「いえ、姫の部屋でも整えようかと思って」
落ち着かないんです、と梓は言った。
「多くの鬼が、姫の帰還を機に出ていきました。私もそうすべきなのでしょうが」
「いや、リリアを思えば、あなたは残ったほうがいいと思う」
「―せめて、次の鬼神が立つまでは残ろうかと」
シルビアの言葉に背を押されたように、梓は困ったような笑みを浮かべながら言った。そして、すぐに顔を引き締める。
「それで、姫の行動パターンですか?」
「ああ、幼い時のリリアの城での過ごし方を知りたいんだ」
「そうですか…」
梓は目を細めて思考する。
「姫は大体王と一緒に玉座にいました」
「玉座の間は消去だな」
「食事も王と一緒に王の部屋でとっていました。―あとはこの部屋と書庫くらいですね」
「クロ、これで分かるか?」
「それだけじゃな~どこに行かないか分からないな~」
「姫が立ち入らなかった場所を知りたいのですか?」
「そうなんだ」
シルビアがクロに代わって説明する。梓は難なく言った。
「では、地下ではないでしょうか」
「「地下?」」
3人は声をそろえて梓の言葉を繰り返した。梓は頷いた。
「ええ、王は姫が地下に行かないようにそれとなく動いていましたから」
「そこだ!」
クロが声を上げた。シルビアも納得したようにうなずく。
「そうだな。玉座も書庫も王の部屋もこの部屋も、地下からは遠い」
「行こう!」
「何をお探しなのですか?」
「ああ、いや、こちらの話だから、気にしないでもらえるとありがたい」
「はあ」
煮え切らない答えではあったが、梓はこれ以上追及するのはやめてくれた。自身の王がもうすぐ死ぬということに疲れているのかもしれない。
シルビアはクロをねぎらうように撫でると、アストラスと一緒に部屋を出た。急いで地下に向かう。
「地下なんてベタで見ていなかったな!」
「食堂があるせいで他の鬼も多かったですしね」
軽やかに階段を下っていく。廊下を直進すれば食堂だ。
「暁は自分の血が偶然扉を開けるかもしれないことを恐れたんだ。他の鬼がどれだけ黄泉の扉に近づいても問題なんかない」
「その認識はなかったな!」
クロの説明にシルビアは納得したように頷きながらあたりを見渡す。
「さすがに食堂ではないだろう?」
「そっちからは気配はしない」
「じゃあどこだ?」
アストラスもきょろきょろと首を巡らせている。クロは気を落ち着けるように目を閉じる。そしてゆっくりと目を開いた。
「右だ」
「分かった」
シルビアはまだ行ったことのない右の廊下を進む。それはすぐに左に折れて古びた扉が姿を現したのだった。
「さすがに、あれじゃないよな」
「あれじゃないな。―このあたりに扉の気配がある」
クロはぱたぱたと翼を動かすと、行き止まりになっている壁に手を当てた。とたん、紅い光の壁が現れた。真ん中が切れたように割れ目が走っていた。
「ここだ」
割れ目からすーすーと生ぬるい風が吹いてくる。なんとなく足元にまとわりついてくるそれは気持ちのいいものではなかった。
「これを閉じればいいのか?」
「いや、結界の向こうに扉の本体がある」
少し待ってと言われて、シルビアは動きを止めた。クロは何やら念じているのだろうか、両手を紅い壁に当てて目を閉じた。すると壁は音もなく消えていった。そしてそこに現れたのは、巨体のアストラスが小さく見えるほど大きな、重厚な鉄の扉だった。
その扉は確かにわずかに開いていた。シルビアはポーチにしまっていたカギを取り出す。ひやりと冷たい感触がした。
一歩、扉に近寄る。ゴーッと強く風が吹いた。足が止まる。
「止まるな!黄泉のやつらが抵抗してる!何が起きても気にせず閉めろ!」
クロの言葉にシルビアはさらに一歩踏み出した。風がさらに強くなる。その重苦しい空気に、アストラスは恐怖を覚える。このまま魂が引きずり込まれていきそうだと思った。
シルビアの手も震えていた。カタカタと歯の根が合わなくなっているのが分かる。それでも、閉じろと言われたから、その言葉を信じて閉じようとする。
冷たい扉に触れる。それを押すと、案外簡単に動いた。風は抵抗するようにその音をより大きくしたけれど、扉を閉めるのに支障はなかった。ガタンと音がして扉が閉まる。鍵穴にカギを差し込む。今度はガチャリと重い音がした。
風がぴたりと止まった。かくりと身体から力が抜ける。倒れそうになる身体をアストラスが受け止める。見ればシルビアの顔は蒼白で、冷汗が流れ、身体は小刻みに震えていた。
「ご苦労さん!カギはシルが持っててくれ!結界は鬼神にしか張れないから次の鬼神が決まるまではこのまんまだな!」
「そんな、重要な役目―」
「鬼神の血がないと、そのカギには触れないよ」
「まったく!」
仕方ないとシルビアはまだ力の入りにくい手で、カギをポーチにしまった。そして使命は果たしたと言わんばかりに意識を手放したのだった。




