契約編―鬼と契約しよう8
「でかいな」
「でしょう」
いつの間にやら隣にいた劉輝が、浅葱のつぶやきに同意を示した。
「こんなでか物何年ぶりだ?」
「さあ。でも久々だよね」
ていうか、このクラスが見境なく人をや鬼を襲うってことが変、と劉輝は続ける。それもそうだと浅葱は思案に入りそうになるのを我慢する。
「傷を負ったものはいったん引け!治癒の術をかけてもらってから戻ってこい!」
その叫びに何人か後ろに下がったのが分かった。徐々に押されてきている。
―妖魔の姿はあえて言うなら蜘蛛に似ていた。しかし、胴からは長い首が生えていたし、八本の足とは別に首に柔軟な腕のようなものがついていて、その先には刃がある。体は金属質な何かで覆われているような光沢があった。
「腕が邪魔だ!先に切り落とせ!」
鬼たちの狙いが敵の獲物に代わる。それを察知して、妖魔は首を振って腕をしならせた。浅葱一人分はありそうな刃が、鬼たちを狙った。そのスピードに、鬼たちは一度距離をとる。そして、間を計りもう一度飛び込む。
何人かは吹き飛ばされ、何人かは体を上下に切り分けられ、二人ほど首の根元にたどり着いた。腕は全部で6本あるようだがすでに1本は切り落とされている。残り5本のうち、1本落とすことに成功する。
「その調子だ!―劉輝、ルーシアとアスランだけ呼べ」
上半身と下半身が分かれてしまった者は己の足で主の元へは戻れない。この戦闘に耐えられる魔術師を、浅葱は二人しか思い出せなかった。
「了解!」
劉輝が二人を呼びに浅葱から離れていく。浅葱が再び妖魔の方へ向くと、すぐ隣を誰かが吹っ飛ばされていった。しかし、そんなことにひるむこともなく鬼たちは果敢に戦う。
腕をもう一つ切り落とせたとき、妖魔は苛立ったように雄たけびを上げた。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
突風が起き、浅葱も例外なく飛ばされる。空気が大きく振動し、体の調子が狂う。どちらが上でどちらが下か分からないまま腕を伸ばす。どうにか木の枝をつかんで里に押し戻されるのを防ぐ。
浅葱が周りを見渡せば、木に打ち付けられたものが多かった。
グルン
首にある腕が回される。刃物がまたも鬼たちを襲う。それを避けているとどうしても後ろに下がってしまう。
「左右に散れ!」
このままでは里に妖魔を入れてしまうと、浅葱は叫ぶ。鬼たちはどうにか少しずつ軌道を左右にずらしていく。
けれど、妖魔は左右に分かれた鬼たちを追いはしなかった。一度馬がそうするように後ろ足に体重をかけて前足を上げると、勢いをつけて浅葱に突っ込んできた。
さすがにこの巨体を浅葱一人で止めることはできない。仕方ないから横に避ける。
(このままだと里に入られる!)
浅葱がその巨体を追おうとしたとき、ずどんと妖魔が何かにぶつかり止まった。見れば、白い光が紋章を描き妖魔の行方を阻んでいる。
「ごめん劉輝!やっぱりもう何人か連れてきて!」
聞こえてきたのルーシアの声だ。どうやらルーシアとアスランが結界を張ったらしい。
「後ろから狙え!」
浅葱の声に、散っていた鬼たちが戻ってくる。妖魔にとびかかっていくが、雄たけびによる空気の振動でまた吹き飛ばされる。
「ちっ!」
(どうする)
「結界で囲みましょう!それで燃やすの!」
ルーシアの提案を採用することにして、浅葱は劉輝を追いかける。崖下を見れば、続々と魔術師たちが上がってくるところだった。
「結界で囲った後、燃やす!」
それだけ伝えると、魔術師たちはそれぞれ得意な方の呪文を唱え始めた。白い光が、妖魔の四方を囲み始める。閉じ込められると気づいた妖魔は暴れ始めたがこっちには数の利がある。そう簡単には壊せまい。
光と光が重なる。
(閉じ込めた!)
次の瞬間、結界の中で大きな炎が上がった。妖魔の悲鳴が上がる。地面を揺るがし暴れる。何重にも張られた結界のうち、内側のものから消されていく。
「根比べだ!負けるな!」
浅葱が檄を飛ばす。妖魔の悲鳴はより一層大きくなっていく。
「効いてるぞ!そのまま押し切れ!!」
とうとうズドンと一度地面が大きく揺れ、妖魔は倒れた。それを確認した術者たちはカクリと膝をつく。
「待て、まだだ!」
浅葱が気付いた時にはすでに遅く、妖魔は再び首を振り刃の付いた腕を振り回した。木の幹が切り落とされ倒れていく。雄たけびがまた空気を揺らした。
妖魔はまた馬のように上体を起こして突進の様子を見せる。
「ち!」
浅葱はルーシアとアスランを掴むと突進の軌道から外れるよう地を蹴った。
「きゃあ!」
ルーシアが浮遊感に悲鳴を上げるが気を利かせてやる暇などない。後ろで、がらりと音がした。
「落ちる!」
浅葱たちは、妖魔の侵入を許してしまった。
※
「なかなかやるじゃないか」
リリアは窓から崖の上を眺めていた。眺めていると言っても、リリアの角度からでは何も見えない。しかし、風が連れてくる妖気の強さに対して、鬼たちはよくやっているように見えた。
「あれは、土地神の部類か」
窓枠に頬杖を突く。
「神に勝てるのは、神だけだなぁ」
くすくすと笑う。白い結界が見えた。よく見ればその中が燃えているような紅になっている。
「頭も悪くはないのだがな」
しかし、歴然とした力差がそこにはあった。絶え間なく続いていた空気の振動がやむ。白と紅が消えた。けれど、すぐに悲鳴が上がり、人が崖の上から飛ばされてくる。
(あれは死んだな)
人はあれでは助からない。リリアは冷静にそう判断する。
「さて、そろそろ私の出番かな」
そうつぶやくと、窓枠を蹴って外に出るのだった。