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鬼神殺し―リリアと十六夜の物語―  作者: 水彩月子
―第一章―リリアの野望編
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契約編―鬼と契約しよう2

 十六夜は、毎夜毎夜月を眺めるようになった。まん丸の月を満月というのだと、彼女が教えてくれた。満月は15日の夜、その翌日の少し欠けた月夜を十六夜というのだということも教えてくれた。そんな夜に出会ったから十六夜と名をくれた。


「リリア」


小さく教えてもらった少女の名をつぶやく。その響きに、小さく口元がひきつった。本当は笑いたいのだけれど、笑えていないことに本人は気づいていない。ただただ、大切な何かを抱きしめるように膝を抱えて縮こまる。


「十六夜」

「!」


誰もが寝静まる夜更けに名を呼ばれる。心臓が跳ねる。顔を上げれば、初めて会った時のように、彼女は柵の上に立っていた。


「起きていたか」

「―うん」


ここ数日で、簡単な受け答えはできるようになってきた。十六夜は小さく頷いた。


―リリアを待っていたとは言えなかった。


「ほれ」


リリアはひょいと柵から飛び降りて十六夜の前に降り立つと、いつものごとく水筒を差し出した。ごくごくと音を立てながら飲む。


「たんと飲めよ。お前は乾いているからな」


その真の意味も分からないまま、十六夜は水を飲みほした。見れば、リリアはまた袋ガサゴソといじくっている。何やら目当てのものが見つからないらしい。暇つぶしにリリアは十六夜に話しかけた。


「何をしていたんだ?」

「…月……見てた…」


十六夜は月も知らなかった。リリアもたいそう驚きながら教えたのだった。


「月が好きなのか?」

「………名前、もらったから」

「そうか」


空気で、リリアが笑ったのが分かった。空気が明るくなる。リリアはお目当てのものを見つけたらしい。がさっと大きな音を立ててパンを取り出した。それを差し出す。


「食え」


十六夜は空いていた手でパンを受け取る。空になった水筒はリリアが回収してしまう。ここ数日で知ったパンというものに、十六夜はかぶりつく。


やわらかいそれは簡単に噛み千切ることができる。もぐもぐと咀嚼するさまを、リリアは楽しそうに眺めていた。


「………美味しい」

「だろう!」


小さくこぼれた感想に、リリアは破顔した。


「今日は街のパン屋を歩いて回ったんだ。このパン屋のそのパンが一等うまかったんだ」


リリアは自慢げに胸を張った。それにまた十六夜は顔がゆがむ。まだうまくは笑えない。


リリアは袋から自分の分のパンを取り出すとかぷと小さな口でかぶりつく。ペロリと平らげると、また袋をガサゴソとひっかきまわす。


「今日はな、パンだけじゃないぞ?」


そう自慢げに取り出したのは、紙に包まれた肉だった。焼いてタレがつけてある。それはもうとっくに冷え切っていたが、それでも香ばしいにおいが鼻孔をくすぐった。


「ほれ、食え」


そう突き出されて、十六夜は反射的に受け取ってしまう。しげしげと眺めた後、口に運ぶ。とたん、何かが頭の中ではじけた。がむしゃらに肉に噛みつく十六夜に、リリアは満足そうにうなずいた。


「そうそう、お前は飢えているからな」


優しげに目を細めると、また自分用の肉を取り出して食べ始める。ちらと空を見上げれば、今日もきれいに月が輝いている。それに口端を持ち上げていると、十六夜のつぶやきが聞こえる。


「…なくなっちゃった」

「ふふ。気に入ったのなら、また明日持ってきてやろう」

「うん」


十六夜は勢い良くうなずいた。それにくすくす笑いながら、リリアも肉を食べる。ごくりと飲み込んだ後、リリアは口を開いた。


「お前も肉が好きなんだな。私と同じだ」


うまいよな?とにやりと笑って見せる。


「!」


(同じ)


十六夜はなぜかうつむいて、また膝を引き寄せた。小さくなってしまった十六夜に、リリアは首をかしげる。


(同じ。リリアと同じ)


同じ黒い瞳と髪を持つ少女。その少女が同じだなと言って笑う。それに、胸が熱くなった。ずっと一人だった十六夜にとって、「同じ」誰かなんていなかった。


「―ねえ」

「うん?」


十六夜の声に、リリアは首を元に戻す。


「どうして…リリアは……俺に優しくしてくれるの?」

「言ってなかったか」


リリアは肉を包んでいた紙をくしゃくしゃと丸める。それを袋の中に放ると、立ち上がって両手を腰に当てた。


「お前が欲しいからだよ」


隠された黒い双眸が、大きく見開かれる。十六夜は余計小さくなった。


「だめだよ」


震える声でそう答えるのが精いっぱいだった。リリアは不服そうな顔をする。


「なぜだ。お前は誰とも契約していないだろう?」

「俺…悪いこと、呼ぶから」

「悪いことって例えばなんだ」

「それは―」


(知らないけど)


「だめ」


かたくなでさえある十六夜の答えに、リリアはふうむと考えこむ。


「私は、お前しかいらないんだがな」

「!」

「別にお前とだったら不幸になっても構わないよ」

「っ!」


小さく、体が震える。喉が震え、声がこぼれそうになるのを耐える。黙り込んでしまった十六夜に、気分も害することなくリリアは柵に腰かけた。


「今すぐに決めなくてもいいよ」


でも


「私は、十六夜しかいらないよ」


同じ言葉を繰り返す。十六夜はぐっと膝を抱える腕に力を籠める。リリアはそれを優し気なまなざしで見つめてから柵の上に立った。


「また来るよ」


そう言い残すと、リリアは姿を消した。


残された十六夜は、嗚咽をこぼして泣いた。


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