初級編―妖魔を狩ってみよう3
街で一番大きな宿をとる。部屋も最上階を抑えることができた。リリアは機嫌よく街道を眺めていた。大通りに面する宿からは、人の行き交いがよく見える。外はもう暗く、街灯の明かりが美しかった。
「リリア」
細い声がリリアを呼ぶ。外套を脱いだ十六夜は、どこか不安げな顔をしていた。
「どうした?」
「―いつになったら、戦えるの?」
(さっき半端に戦ったからな)
体がうずくのかもしれない。その感覚に翻弄されそうになって不安なのだろう。
「今晩、書類に書いてあった場所に行ってみよう。妖魔が出れば倒していいよ」
「うん!」
十六夜はぎこちなく笑った。熱のはけ口が見つかりそうで安心したのかもしれない。
(今はまだ私の鬼神の血のほうが強いが、そのうち十六夜のほうが強くなる。本気で暴れられたら手が付けられない)
定期的にガス抜きをさせてやらねばならないと、リリアは考えを改める。おとなしい形にだまされるが、十六夜は紛うことなく次の鬼神となる、何よりも戦闘を愛する鬼だ。
「一度仮眠をとろう。疲れで後れを取ってもいけないからな」
「はーい」
リリアの言葉に、十六夜はベッドに入り込む。明かりを消してやればすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。それに笑いながら、リリアも目を閉じるのだった。
※
ふと目を覚ます。リリアはのっそりと起き上がり、窓から空を眺めた。
(真夜中)
ちょうどいいころ合いに目が覚めたと思いながら靴を履く。コンコンとつま先を床に打ち付けていると、もぞもぞと十六夜が動いた。
「リリア?」
眠そうに眼をこすっている。それにリリアはつい笑顔がこぼれる。
「十六夜、時間だ。出よう」
「…―うん!!」
寝ぼけて戦いに出ることを忘れていたのだろう。しかし、思い出すと元気にうなずいた。靴を履き、髪がしっかり束ねられているか確認する。
外套をとると、いつも通りフードまできっちり被って顔を隠す。
「用意は良いな」
「大丈夫!」
二人は部屋を出て、階段を下りた。宿の一階は居酒屋になっていて、多くの客でにぎわっていた。十六夜が体をこわばらせたのが分かった。
「嬢ちゃん、こんな時間にどこに行くんだい」
突如声がかかる。腕で十六夜を制止しながらリリアはジョッキを片手に持っている男に返した。
「仕事だよ。街外れの畑を荒らす妖魔を退治に行くんだ」
「そりゃ助かるな!」
俺の畑もやられちまったんだよー、と主張することも忘れない。それにリリアは愛想笑いを顔に張り付ける。
「では、行ってくるよ」
「ああ、頼んだ!」
男は手を上げてリリアと十六夜を見送ってくれた。
※
街から外れてしまえば、明かりはなく静かになった。暗い夜道を、夜目を利かせながらリリアと十六夜は歩く。今のところ、風は妖気を運んでは来ない。
「いないね」
「今のところはな」
十六夜は気が急いているようだった。早く戦いたくてしょうがないとまとう空気が伝えてくる。
(書類によると、この辺りより奥の方だったな)
リリアはさくさくと足を進める。身長のわりに十六夜の歩幅は狭い。まだびくびくしながら歩いているのかもしれない。十六夜がリリアを追い越してしまうことはなかった。
ひゅっと冷たい風が吹く。それにわずかばかりに妖気が含まれていた。
「リ―」
「しっ!」
リリアと呼びそうになる十六夜を、リリアは人差し指を唇に当てて黙らせる。十六夜はリリアの先を、まっすぐに見た。そこに何かいる。
「十六夜、こっちだ」
リリアが小声で十六夜を物置小屋に誘導する。小屋の陰から畑を覗き込んだ。ほんのりと白い光が浮かび上がっている。それが妖魔の目だと気づくのに時間は要らなかった。
―形はダンゴムシのようだ。それが中型犬ほどの大きさをしていて、5体ほどで一心不乱に作物を食べていた。
「食事中だな」
「…待ったほうがいい?」
「いや、荒らされる畑を放っておくわけにはいかないな」
「じゃあ―」
「ああ、行っていいよ」
許可を出した瞬間、十六夜は飛び出した。赤い残像は十六夜の攻撃色だ。
十六夜は足を振り下ろし、1体を踏み潰した。悲鳴すら上げられないままに妖魔は絶命する。しかし、残りの妖魔は仲間に危険を知らせるようにギーギーと不愉快な音を発した。それを黙らせようとするように、十六夜は妖魔の体のつなぎ目に手を当てるとやすやすと引きちぎってしまう。
どさっと死骸を捨てるように落とす。十六夜は、残りの妖魔もつぶすなり千切る形で倒してしまう。
(鬼らしい凄惨な光景だな)
リリアは転がっている肉片をつま先でちょいと突っついた。肉片は反応しない。どうやら本当に絶命したらしい。他にも妖魔がいるかもしれないとも思ったが、十六夜が返り血を浴びていたのでまさか朝方帰るわけにもいかず、リリアは宿に戻ることにする。
「戻るか」
「―うん」
答えるまでに間が開いたのは、まだ満足していないからか。
「―次はもっと強い奴にしてもらおうな」
「うん!」
十六夜の足取りは軽くなった。