契約編―鬼と契約しよう12(終)
ルーシアは合流した十六夜を輝く瞳で見ていた。
「かっわいいわね~」
「え?え?」
「ルーシア、十六夜が引いてるぞ」
「えーひかないでよ~」
十六夜にしがみつきそうになるルーシアを、浅葱が引き離す。
浅葱は崖の下でがれきの撤去と補強のための指示を飛ばしていた。誇り高い鬼たちは、己の主の言うことしか聞かないのである。そして例外が浅葱であった。
「もっとまとまれよ」
「仕方ないよ、鬼だもん」
劉輝は特段作業を手番うわけでもなく、浅葱の隣に立っているだけだ。浅葱はため息をついて、視線は現場を見ながら少女の名を呼んだ。
「リリア」
「なんだ」
リリアも特段視線は合わせずに答える。
「長がまだ何か悪だくみを考えているらしい。早く里を出たほうがいいと鉄斎が言っていた」
「そうか、鬼の追っ手をかけられては面倒だな」
十六夜にはまだ早い、とつぶやかれた内容が怖いと思わないでもなかったかが、浅葱は触れないでおいた。
リリアは十六夜用に外套も購入したようだ。十六夜はそれがお気に召したのか、フードを目深にかぶっている。
「ああしてるのが落ち着くらしい」
「そうか」
浅葱の視線に気づいたリリアが十六夜の今の状況を説明する。
「まあ、ゆっくり外せるようにするさ」
「ああ、頼んだ」
「頼まれた」
リリアはニッといたずらっ子のように笑んだ。
「さて、あらかた買い物も済んだし、そろそろ出るとするか」
「もう行くの?」
さみしそうなその声に、皆首をかしげるがルーシアは何か思い至ったようだ。
「大丈夫。私たちも結構外に派遣されるの。きっとすぐ会えるわ」
「本当?」
「ええ。出先で黒い鬼がいるって聞いたら十六夜のこと探すわ」
十六夜はまだぎこちなく笑んだ。
「じゃあ、俺も、里の鬼が来てるって聞いたら浅葱たちを探す」
「うん」
ルーシアは頷きで返した。
「それじゃ、行こうか」
今度こそ大丈夫だろうと、リリアは歩き出す。その背に小さくなって十六夜がついていく。少し離れてはこちらを振り返っていく様は小さな子どものようだ。彼の行く先が、どうか幸せであってほしいと三人は祈った。