契約編―鬼と契約しよう11
銭湯を出ればすることもなくて、ルーシアがうるさいから浅葱は彼女の家に戻った。劉輝もアスランの様子を見てくると言って浅葱とは別れた。
「おかえりなさい」
ルーシアが笑顔で迎え入れる。浅葱からする石鹸の匂いに、ルーシアは意外そうに言った。
「お風呂入ってきたの?」
「リリアに十六夜を頼まれてな」
「そういうこと」
身支度をしているのね、とルーシアはお茶の準備に取り掛かる。
「髪もきれいになってたぞ。前髪も切ってた」
「ええ~私も見たかった!」
「そのうち見れるんじゃないのか?」
「そうかしら」
何やらぶつぶつ言いながら、ルーシアはお茶菓子を用意する。今日はクッキーのようだ。実は甘さ控えめのルーシアのクッキーは浅葱のお気に入りだったりする。そしてそれは秘密のつもりでいるが、ルーシアは浅葱の好みとしてしっかり把握している。
「何もできなかったわね~」
悔し気にルーシアは言った。
「鬼神のせいでバランスが崩れているんだろう」
リリアが言っていただろうとそっけなく返す。そうだけど、とルーシアは不満気だ。
コンコン、とドアが鳴った。
「はーい」
ルーシアが返事をする。二人とも劉輝あたりだろうと思っていたが、入ってきたのは鉄斎だった。
「休まれているところ失礼する」
「はあ」
ルーシアは何と答えていいのかわからないようで、曖昧な声を出すにとどめる。
「お恥ずかしい話なのだが、我が主スガノサはまだことを理解しておらず、十六夜殿をあきらめてはいない」
「とっ捕まえて来いってか」
「いや、今のを言伝て、準備ができ次第この里を発ってもらいたい」
「それ、言いに来て大丈夫なのか?」
「本来の目的は別にあるゆえ、心配はご無用」
本来の目的に、浅葱は嫌な予感がした。鉄斎はにっこりと笑う。
「崩れた崖の補修がうまくいかぬ。あなたに指揮をとってほしい」
浅葱は頭痛がした。
※
「そうですか、十六夜は旅立つ準備を進めていますか」
劉輝からの報告にアスランはほっと一息ついた。
「世界の仕組みとは、分からないものですね」
本をぺらぺらとめくりながら独り言のように言う。劉輝はそんな流れるような言葉を聞きながら、外の往来を眺めているのが好きだった。
「ねえ、アスラン」
「どうしました?」
「十六夜は本当に鬼神になるのかな」
「―話を総合するとそうですね。劉輝はどう思いますか?」
劉輝はうーんと考え込む。
「特別だとは感じる。でも、リリアのほうが特別」
「そうですか。まだ在位の鬼神の血のほうが強いのかもしれませんね」
「そういうものなのかな」
劉輝の言葉にアスランは答えなかった。それを肯定と劉輝は受け取る。
「さて、そろそろ俺も加勢に行こうかな」
「珍しい、あなたががれきの撤去なんて手伝うんですか?」
「きっと浅葱が徴収されてるから」
「なるほど、いってらっしゃい」
アスランに見送られ、劉輝は浅葱を探しに再び出かけた。