かいふく系モンスターと奇跡の停戦
「大人しく、金を出しな」
アーニャをその裏街道に誘い込んだ男は、いかにもな口調でそう言った。何処に潜んでいたのか、他にも似たような連中がわらわらと脇の方から出てくる。十数人以上はいた。ナイフや剣を手にしている。明らかに強盗だ。
迂闊といえば迂闊だったかもしれない。宿屋の娘のアーニャ・セイレンは、その日、市場の真ん中で稼いだ大金を隠しもせずに、使いまくっていたのだ。ただでさえ女一人で狙われ易いのに、大金を持っていては、悪人達が目を付けないはずがない。
その金は彼女が謎の回復系モンスターのカイくんと共にダンジョンで“回復屋”をやって稼いだもので、彼女が油断していたのは、思った以上に当たったその商売に浮かれていた所為もあったのかもしれない。カイくんとは、彼女はダンジョンに向かう道中で知り合ったのだが、何故かこの妙なモンスターは、無尽蔵に強力な回復魔法を使えるのだ。それで彼女はその商売を思い立ったのだが。因みにカイくんは、白い楕円体を半分に切って、そこから触手が生えているといった、子供のラクガキが宙を漂っているような緊張感を削ぐ姿をしている。
大金を手に入れて浮かれていたアーニャは、どうせなら高い食べ物を買ってやろうと、市場の高級品売り場で物色していた。会って以来、なんとなく一緒にいるカイくんにも「あんたは何が食べたい?」と尋ねる。カイくんは氷砂糖を指差すと「ウ」と言った。
「へぇ、カイくんは氷砂糖が好きなんだ。なんからしいと言えばらしいわね。わたしはこの高級フルーツにしよーかなー」
そんな時、浮かれていた彼女達に先ほど説明したいかにも怪しい青年が話しかけて来たのだった。青年は「もっと良い物が安く手に入る」と言って彼女を誘い、そして彼女は、その誘いにノコノコとついていってしまったという訳である。
「あんた達ね、女一人をこんな大人数で襲うなんて恥ずかしくないの?」
裏街道で武器を持ったゴロツキに囲まれているにもかかわらず、アーニャは慌てる様子もなく気丈にそう言い放った。ゴロツキの一人がそれにこう返す。
「あ? 気の強い女だな? それとも馬鹿なのか?」
見たところ、その裏道に逃げ道はない。彼女は絶体絶命のピンチだろう。普通に考えれば。だが彼女は、自分がピンチだとは少しも思っていなかった。
「なに、余裕ぶってるんだ? さっさと金を出した方が身の為だぞ?」
ゴロツキの一人が、剣先をアーニャの喉元に当てるように突き出した。もちろん、刺さってはいない。それを呆れた視線で見ると、彼女は軽くため息をついてからこう言った。
「カイくん。やっちゃって」
傍を漂っていたカイくんは「ア」とそれに応える。そして次の瞬間、擬音をつけるのなら「ミョンミョンミョン」といった感じの波紋を放った。それを浴びるなりゴロツキ達は、次々とバタリバタリと倒れて眠っていってしまう。
カイくんは争い事が嫌い…… かどうかは分からないのだが、とにかく近くで争い事があると争っている連中を眠らせるなりなんなりして、それを止めてしまう性質があるようなのだ。
「くだらない時間を過ごしたわねー、本当に」
そう言いながら、アーニャ達が裏街道から出てくる。カイくんは彼女の持っている袋から氷砂糖を取り出すと、それを口に放り込んだ。それを見ながら彼女は言う。
「しかし、それにしても、本当にカイくんの魔力は尽きないわね。その氷砂糖から、そんなに魔力を得られるのかしら?」
それを聞くとカイくんは「ウ?」と言って首を傾げた。自分でも分からないらしい。彼女達が裏街道を出ると、街頭で何やら男が演説をしていた。男は自分を神の伝道師だと名乗っていて、神の奇跡をこの目で見たと主張している。
「今を去ること五年前、あの“ウメルディアナの奇跡の停戦”を、私は実際に体験しているのだ! 神はいる! 神以外に、一体誰にあのような奇跡を起こせるというのだ?」
“ウメルディアナの奇跡の停戦”というのは、ウメルディアナ地方で起こった実際の話…… という事になっている話で、凄惨を極めた戦争が、神の奇跡によって瞬く間に停戦に導かれたというのだ。
「あの戦争は神の名の下に行われた。しかし、それは神を都合良く利用しただけの、言うなれば神に責任を押し付けて行われた戦争だった。だからこそ、神はあのような奇跡を起こされたのだ……」
男はそれから語り始めた。その戦争がどれだけ悲惨なものであったのかを。アーニャはそれを聞きながら想像した。もし仮に、この争い事を止めようとする性質を持った謎の回復系モンスターのカイくんを、その戦場のど真ん中に放り込んだなら、一体どうなるのだろう?と。
人々が殺し合っている。しかも数え切れない程の人々が。カイくんが、それを見つめている。もちろん、人々の傷を癒そうとするだろうしその争いを止めようともするだろう。だけどどれだけ強力な魔法を使えても、それだけの数の人々に一度に魔法をかける事はできない。範囲が限られているから。もし、一気に治療したかったならば、どうすれば良いか?
そう彼女が思ったタイミングで、男が言った。
「私は見たのだ! 戦場の真ん中を一筋の白い何かが空高く昇っていくの!」
アーニャは思う。
そう。空高く飛んで、上空から魔法をかければ良い。
彼女の想像の中で、上空まで昇ったカイくんは争っているたくさんの人々を見つめていた。やがてカイくんは「アー!」と叫ぶ。魔法を放った。そしてそれから、戦場で戦って傷ついたたくさんの兵士達を眩い光が覆う。
男が言う。
「しばらくして我々の身体を不思議な癒しの光が包み込んだのだ! その次の瞬間、私達の傷は瞬く間に治癒してしまっていた! 驚いたことに瀕死の重傷を負った者すら、完全に回復していたのだ! その信じられない奇跡に、私は神が私達に味方してくれているのだとそう考えた。しかし、直ぐにその考えが間違っている事を私は悟った。何故なら、敵兵も我々と同じ様に回復していたからだ!」
アーニャは思った。
“もしもカイくんなら、回復させてもまだ兵士達が争いを続けようとしていたら、きっと眠らせようとするんだろうな……”
男は語りを続けた。
「不思議に思いながらも、我々は争いを続けようとした。ところがだ。それから奇妙な波紋が我々の頭上から降り注ぎ始めたのだ。急激な睡魔に襲われ、我々は眠ってしまった。そして、目が覚めた我々からは、すっかりと戦意が失われていたのだ。もちろん、神の起こした奇跡に畏怖した為だ。神はこの戦争を止めさせたがっている。敵も味方も神を畏れ、誰も戦争を続けようとはしなかった…… そして、必然的にあの戦争は停戦にまで至ったのだ」
話を聞き終えたアーニャは、カイくんを見てみた。カイくんは首を傾げて「ウ?」と言う。それを見て彼女は“まっさかねー”とそう思った。
「わたし、こういうオカルトな話って苦手なのよ。胡散臭いってぇかさ。カイくんもそう思うでしょう?」
カイくんはそれに「ウ」と頷く。アーニャはそれを受けると歩き始めた。
「さぁ、さっさと行きましょう。今晩は高級な宿屋に泊まるんだから。宿屋の娘が、宿屋に泊まる! ああ、なんて、贅沢な響きでしょう!」
カイくんは「アー」と言いながら、アーニャについて行った。
それから少し経って、裏街道で眠っていたゴロツキ達が警察に逮捕されるという事件が起きた。目撃者の証言によると、女性を襲おうとしていた男達は、妙な波紋を浴び、次々と眠っていったのだそうだ。その話を聞いたあの伝道師の男は
「“ウメルディアナの奇跡の停戦”の時とまったく同じだ!」
と、そう言ったのだとか。
書き易かったので、思わず別の話を書いちゃいました。