居場所
いつまでも対峙を続ける訳にはいかない。
例え敵がどれだけ大勢であっても、こちらから仕掛けなければならない時はある。
ティアとカレンを助けなければならないのだ。
敵と向かい合っているだけでは、二人は助け出せない。
時には、こちらから撃って出なければ。
シーパルは、短槍をしごいて柄から細かい砂を落とした。
一緒にいるのは、ユファレートである。
彼女以上に頼れる魔法使いなどいない。
ただ、相手にはカリフがいる。
ユファレートと二人掛かりでも、短時間で押し切るのは難しいだろう。
兵士たちに接近される可能性も考えなければならない。
ユファレートには、近接格闘の技能はない。
接近戦となったら、シーパルが体を張らなければならないだろう。
武器の扱いには、自信がなかった。
接近戦では、兵士一人か二人を相手にするのが限度だろう。
それでも、やらなければならない。
ユファレートと話し合い、決心を固めた。
と、シーパルは変化に気付いた。
暗くなっている。
夜だから暗いのは当たり前だが、先程まで見えた月や星も空にない。
暗闇の中に落とされたような暗さ。
なにかが、空にある。
それも無数に。
そして、猛烈な勢いで降ってくる。
咄嗟に、ユファレートと二人で魔力障壁を張り巡らせた。
物体が、砂の地面に激突していく。
まず眼に映ったそれは、剥がした床の板のように見えた。
それだけではない。
レンガ、切り整えられた大理石、木の柱、扉、タンス、とにかく、あらゆる物が降ってくる。
シーパルたちに直撃するようなことはなく、周囲に積もっていく。
「……なに、これ?」
ユファレートの問いに、答えることはできなかった。
シーパルにも、なにがなんだかわからない。
どんな魔法だろうとすぐに使えるように、身構えるだけはした。
迂闊に動き回ることはできない。
自分たちの体重よりも重そうな物が、かなりの広範囲に次々落下しているのだ。
瞬間移動の魔法などを使用するのも、危険だった。
数分が経過しても、空からの落下物はなくならない。
ただ、落ちてきた物が組み合わさり、形を為すようになっていた。
シーパルとユファレートを包み込むそれは。
「……部屋……?」
ユファレートが呟く。
部屋に入ったのではなく、周囲に部屋の壁や天井ができた、という形だった。
窓がない。
だから、地下室のような印象をシーパルに与えた。
足下が砂でなければ、地下室だと錯覚できるかもしれない。
「……これは一体……?」
視線を動かす。
部屋だった。
御丁寧に、机や椅子、タンスや食器棚などもある。
ヨゥロ族であるシーパルほど夜目が利かないのか、ユファレートが魔法で明かりを造り出した。
敵に発見されることを恐れているのか、かなり光量を抑えている。
蝋燭の火にも満たない、微かな光。
「……あれ?」
ユファレートが、小首を傾げる。
「どうしました?」
「え? ……えっと……あれ? ……ちょっと待ってて」
なにやら深刻な表情で考え込む。
なにか引っ掛かることでもあるのだろうか。
ユファレートが思考に夢中になっている間に、シーパルは部屋の観察を続けた。
引っ掛かるといえば、すべてが引っ掛かる。
これは、なんなのか。
味方の仕業ではないだろう。
『百人部隊』の誰かの能力なのか、クロイツという得体の知れない魔法使いの謎の魔法なのか、なにかの魔法道具の力なのか。
空気穴などを見ることができた。
そのためか、圧迫感などはない。
違和感があった。
なぜ、攻撃してこない。
天井や壁、無数の物体を、シーパルたちを潰すように叩き落とすことも可能ではないのか。
足下が揺れた。
体が持ち上がっていくような感覚がある。
ユファレートは、杖にしがみつくようにして立っている。
踏み締める物の感触が変わった。
柔らかい砂から、しっかりとした感触へ。
床板を踏んでいた。
どこかからか、砂が抜ける音がする。
(動いている? 部屋ごと? 空を、浮いて……?)
「……ユファレート」
「待って」
張り詰めた表情で、揺れる床によろけながら、ユファレートは移動した。
壁を撫でながら、歩く。
「どうしました?」
「……シーパル、魔法を使ってみて」
「え?」
ユファレートは、壁紙を凝視している。
幾何学的な模様が描かれた壁紙だ。
言われるがままに、シーパルは簡単な魔法を使用した。
明かりが部屋の暗さを隅に追いやる、はずだった。
「……あれ?」
いつも通り発動させた。
それなのに、いつもの半分の光量もない。
「やっぱり……」
ユファレートが得心したように呟く。
「この壁紙の模様、魔法陣だわ。わたしたちの魔法を、弱体化させている」
それは、深刻なことだった。
シーパルやユファレートにとって魔法とは、戦術の肝であり、初手から使用するべきものであり、切り札でもあった。
失えば、戦えない。
「魔法陣なら、壊してしまえば……」
シーパルは壁まで駆け寄り、短槍を突き立てた。
魔法陣に傷ができる。
更に深く傷付ければ、魔法陣の効力は失われるだろう。
「それを続ければ、ちゃんと魔法を使えるようになると思う。でも……」
ユファレートが部屋の中を見回す。
壁に無数にある、幾何学的な模様。
すべてを潰すのに、どれだけの時間が掛かるか。
魔法を完全に封じられた訳ではないので、壁紙ごと燃やすことはできるが、それだと自分たちまで蒸し焼きになってしまう可能性がある。
「……部屋、出た方が早いよね?」
「! そ、そうですよね……」
当たり前のことに、気付けなかった。
魔法をいつものように使えないという状況が、自分を焦らせている。
扉には、鍵などは掛けられていなかった。
外に出て、絶句する。
部屋の外は、広間だった。
広間の中央に小さな部屋がある、という造りである。
広間の壁や床、そして天井にも、何百、何千、何万もの無数の魔法陣がある。
一つ一つの魔法陣が、シーパルたちの魔法を弱体化させている。
正面に扉があるが、囚人を隔離するかのような鋼鉄製の物に見えた。
ドアノブには、鎖が巻き付いている。
「……どうしよう?」
「……どうしましょうか?」
魔法陣を破壊することはできる。
だが、まともに魔法を使えるようになるまで、どれほどの時間が掛かるか。
壁を破る方が早いかもしれない。
閉じ込めることが目的の部屋ならば、相当壁は厚いだろうが。
耐魔の特性くらいは備えさせていそうなものだ。
「……ねえ。瞬間移動の魔法で……」
それも危険だった。
魔法を半ば以上封じられた状況で、まともに瞬間移動が使えるのか。
壁の中にでも転移してしまえば、それだけで死ねる。
「……待ってください」
余程の自信があるのか、それでも試そうとするユファレートを、シーパルは止めた。
広間を観察しているうちに、気付いた。
ヨゥロ族で、特殊な訓練を受けたシーパルに備わっている、特別な感覚。
「外に、誰かいます……それも複数……」
兵士たちだろう。カリフもいるかもしれない。
魔法をまともに使うことができない。
そして、敵がいる。
肉弾戦では、複数の敵とは戦えない。
この状況は、非常にまずい。
シーパルの頬を、汗が伝った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「相変わらず、壮観な能力ですね」
合流してきたナルバンの視線の先には、建物が一つできあがっていた。
その中には、シーパル・ヨゥロとユファレート・パーターがいるはずだ。
カリフは、『悪魔憑き』だった。だが、それだけではない。
クロイツが考案した新たなる実験、魔法道具との同一化の、数少ない成功例だった。
『悪魔憑き』は、人間の存在と古代兵器である『悪魔』を、魔力により結ぶ。
そして、人間の肉体と魔法道具を結ぶのは、『悪魔』だった。
カリフと一つになった魔法道具の名は、『木と金の箱庭』。
武器ではない。
木材や金属などを支配し、操作し、即席の建物を造り上げることができる。
時間さえ掛ければ、城のようなものでさえ建造できる。
あらかじめ素材を用意してあれば、魔法陣などを設えることもできる。
武器ではなく建築のための道具であるため、当然人を攻撃することはできない。
誰かを傷付ける目的で物体を操作しようとすると、勝手に制限が掛かってしまうのだ。
直接的に相手を倒すことはできないが、敵の捕獲や拘束、移送などには便利な道具だった。
『木と金の箱庭』の核というべき物が、カリフの胸には埋め込まれている。
本来なら数人掛かりでなければ扱えない物であるが、魔法道具と同一となったカリフの脳は、一人での操作を可能にしていた。
残った兵士は、二十六人。
半数を、造り上げた建物に入らせた。
「クロイツ様から連絡があった。フラウ殿が、亡くなられたようだ」
「……」
ナルバンの表情に、動揺が走る。
イグニシャ・フラウのことを知らない者など、『コミュニティ』にはいない。
「ルーアを捕らえろ、ということだ。私とお前でな。いくぞ」
「シーパル・ヨゥロとユファレート・パーターは?」
「相手をする必要はない」
というよりも、できれば相手をしたくない。
二人とも、素晴らしい魔法使いである。
本来の半分以下まで魔力を封じられた状況でも、それは変わらない。
優れた魔法使いの条件はいくつもあり、強い威力で魔法を放てることだけではないとカリフは思っていた。
彼らの魔法の応用力やバリエーション、制御力は、尋常な領域ではない。
力を封じ、側にナルバンがいても危険だった。
戦わずに事を進められるなら、それに越したことはない。
『木と金の箱庭』の能力は、彼らを驚かせただろう。
魔力を半減させられてもいる。
ますます慎重になるはずだ。
兵士だけでも、充分牽制できるだろう。
シーパル・ヨゥロやユファレート・パーターを残し、カリフはナルバンや兵士たちと出発した。
基地は、『木と金の箱庭』により建築されたものである。
その約半分を解体し、更にその約三分の一でシーパル・ヨゥロとユファレート・パーターを封じた。
二人を閉じ込めた建物は、現在宙に浮いている。
脱出に手間取るくらいの効果はあるだろう。
残りの物体は、カリフたちの頭上を漂っている。
これで、ルーアを捕らえる。
連れていくのは、ナルバンと十三人の兵士。
戦力としては、ルーアに敗れたイグニシャや能力者の部隊に、遠く及ばない。
だが、敵を捕まえるだけなら、イグニシャたちよりも上手くできる。
飽きるほど見慣れてしまった砂漠の空に、カリフは眼を向けた。
そして、日付が変わったことを月の位置で知った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
右腕が痛む。
右腕を左腕で抱えるようにして、ルーアは歩いていた。
途切れ途切れではあるが、戦闘の時の記憶を取り戻しつつある。
勘違いでなければ、右腕を失った。
だが、今はここにある。
失った四肢を再生させるのは、不可能ではない。
ただそれは、何人もの優れた魔法使いが協力し合い、数ヶ月に及ぶ儀式の果てに可能となることである。
高位の魔法使いを長期間複数雇い、儀式に必要となる魔法道具や魔法薬を揃えなければならない。
莫大な金が必要になる。
テラントの父親は、隻腕だった。
暮らし振りを見る限りでは、かなり裕福な生活を送っているだろう。
それでも、腕を取り戻せていないのだ。
失った腕を、再生することはできる。
ただし、金と時間さえあれば、である。
もし短時間で再生させたのだとしたら、それは人の力ではない。
身震いがした。
(ダンテ・タクトロスに、嗤われるはずだよな……)
以前、このラグマ王国で倒した『悪魔憑き』。
ルーアは、『悪魔憑き』を否定した。
力を求めて『悪魔憑き』の実験を受けたダンテのことを、否定した。
それなのに、いつの間にか人外の力を求めるようになった。
人の力では、到底及ぶことのない、絶対的な力を何度も見てしまったから。
ダンテには、わかっていたのかもしれない。
だから、嗤った。
(化け物の、力……)
多分それを、イグニシャたちとの戦闘で、ルーアは奮った。
イグニシャたちを一蹴し、腕を再生させた。
化け物の力どころではなく、化け物そのものなのではないのか。
戦闘中は、意識がはっきりとしていなかった。
もしデリフィスを先に行かせていなければ、どうなっていたか。
イグニシャたちと一緒に、殺していなかったか。
裸の右腕に、爪を立てる。
それによる痛みはない。
元からある痛みが、ルーアを苛んでいる。
こんな力、敵以外の者がいる時は、使えない。
絶対的な力である。
使用することによる代償は、なんだ。
使用後に、次も人間ルーアに戻ることができるのか。
いつの間にか、俯いていた。
立ち止まり、ルーアは顔を上げた。
空に、なにかが無数に浮いている。
不思議と、それには驚かなかった。
どこか思考が鈍くなっているのか。
そして物体の下、地面には複数の人影。
どうせ、クロイツ辺りからルーアの正確な位置を聞いたのだろう。
カリフとナルバンの姿を、ルーアは認めた。
右腕が痛む。が、力が入らないこともない。
化け物の力を使うつもりはない。
しかし、追い込まれてしまえば、どうなるかわからない。
恐怖に近い感覚が、ルーアの心を支配していた。
それでも意識は、前に立つ敵たちに向く。鋭く、鋭く。
左手で、剣を抜く。
切っ先に、月が映る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ルーアの周囲に、カリフは木材を落としていった。
直接はぶつけられない。
『木と金の箱庭』にある制限により、操る物体で誰かを傷付けることはできない。
それでも、敵の動きを狭めることはできる。
ルーアが放った魔法により、一部の木材が燃え上がった。
前に出てくる。
ルーアになにがあったのか、クロイツから概ね聞いている。
イグニシャを倒した力は、当分使えない。
そして、消耗しきっている。
それでも、前に出てくる。
勝ち目がほとんどないことも、逃げ切るのが難しいということも悟っているだろう。
そんな場面で、躊躇わず前に出る。
慎重なシーパル・ヨゥロやユファレート・パーターとは、反対だった。
どちらが良い悪いではなく、性格の問題だろう。
(……面白いな)
カリフは笑った。
隣では、落ち着いた様子でナルバンが指揮を取っている。
このナルバンがいるから、カリフは笑うだけの余裕がある。
弓を持った兵士たちが、ルーアの横に回り込んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヴァル・エクスプロード!」
ルーアが放った大火球が、前を遮る木材を焼き崩す。
魔法道具か『悪魔憑き』としての力か知らないが、木材は空から降ってきたものだった。
柱のような物、床板のような物、様々な形状で、今も宙に浮いている。
空を覆い隠すように。
なぜこちらに飛ばしてこないのかという疑問よりも、さぞ目立つだろう、とルーアは思った。
夜空に浮かぶ無数の物体は、遠方からでも望めるはずだ。
反射的に、派手な魔法を放っていた。
気付いた味方が駆け付けてくれれば善し、敵の増援が来たとしても、どうしようもないほど厳しい戦いが、更に厳しくなるだけのことだ。
燃え上がる木材を踏み越え、兵士たちが向かってくる。
敵の目測を狂わせるため、ルーアも突進した。
剣を遣い、二人を薙ぎ倒す。
「ライトニング・ボルト!」
電撃が、黒装束を貫き兵士の体を焦がす。
左右から、矢が飛んできた。
力場を発生させて払い除ける。
兵士たちが、ルーアの足が止まった隙に近付いてきた。
のけ反るような心地で後退しながら、兵士たちに指先を向ける。
「ル・ク・ウィスプ!」
ルーアがばらまいた無数の光の弾丸が、兵士三人の体に穴を空ける。
また、矢が飛んできた。
剣を振り、払う。
接近してきた兵士が、手斧を振るう。
魔法は使用したばかり。
剣を返しても間に合わない。
ルーアは、左肩と肘を上げた。
首筋に喰らうよりはましだろう。
左肩を叩く衝撃。
転がりながら、ルーアは剣を右手に持ち替えていた。
耐刃ジャケットが切り裂かれながらも摩擦を殺してくれたか、傷口は深くない。
だが、骨に亀裂が入るくらいはしただろう。
兵士が、手斧を振り上げる。
喉の奥から雄叫びを迸らせながら、立ち上がりざまにルーアは突きを繰り出した。
尖った剣の切っ先が、兵士の首を裂く。
「フレン・フィールド!」
痛みに視界を眩ませながらも、ルーアは力場を発生させた。
遠方からの矢ならば、この魔法で防げる。
砂埃が立ち昇った。
柱が周囲に落下し、砂に突き立っている。
兵士に指示を出していたカリフとナルバンを見失う。
嫌な予感がする。
痛みに座り込みたい衝動に逆らい、ルーアは横に走った。
追われているような気がする。
気のせいかもしれないが。
『……待て』
声がした。
なぜか声が聞こえてきた方向をすぐに察してしまい、振り仰ぐ。
砂埃などお構いなく視界に映る、宙に浮いたエスの姿。
ルーアが向かおうとした、逆の方向を指す。
「……」
従った方が、生き延びられる可能性は高いのだろう。
エスが指し示す方向に、ルーアは走った。
東の方向だと気付いたのは、走り始めて数秒経過してからだ。
背後から砂を蹴る足音がする。
肩越しにその姿を確認する。ナルバン。
左腕を振れない状態では、全力疾走できない。
距離が詰まり次第、なにか投げ付けてくるだろう。
真っ直ぐに駆けるのは、良い的である。
だが、攻撃が来ることを理解していれば、危険はそれほどではない。
とにかく、まずは初撃をかわすことである。
それから、走る方向を変えつつ反撃する。
前方の砂埃を割り、飛び出す人物がいる。
身構えるルーアの横を走り抜ける。
「テラント!?」
エスに案内されたのだろう。
『カラドホルグ』から光を伸ばした姿に、ナルバンは立ち止まり警戒した表情で大剣を構える。
テラントが、体を左に傾ける。
急速な方向転換に、足下の砂が破裂する。
死角から回り込んできていたカリフや兵士に、テラントは気付いていた。
おそらく鎖でも仕込んでいるであろうグローブで、カリフは『カラドホルグ』の刃を受け止めるが、勢いに押され後ろに倒れる。
体勢を崩したカリフには構わず、テラントは腕を振り上げた。
兵士の胸から、血が吹き上がる。
「フォトン・ブレイザー!」
ルーアが撃ち出した光線が、テラントの背後を通る。
ナルバンは、テラントの姿に遮られ、直前までルーアを見失っていただろう。
それでも、大剣で光線を逸らす。
ナルバンの背後にいた兵士が光線に弾かれ、悲鳴を上げる。
魔法に対する耐性があるのか、ナルバンの大剣には傷一つない。
カリフが跳ね起きる。
そして、右からも兵士が回り込んでくる。
すかさずテラントが二歩後退する。
前にいるナルバン、左にいるカリフ。
負傷したルーアを庇えるよう、強敵二人の圧力を一人で受け止められる位置。
お陰で、ルーアは右から来る兵士の相手に専念できる。
ルーアが体の向きを変えたその時、小柄な人影が兵士に横手から突っ込んだ。
手にしているのは、テラントの剣か。
明らかに重量に振り回されながら、投げ付けるように剣を兵士に突き立てる。
「……オースター……?」
返り血を浴びぬよう機敏に身を翻す姿に、間の抜けた呟きが漏れる。
「なんだ……」
「……後にしろよ」
テラントの言葉で、我に返る。
「なんだ……」
呟きつつ、ルーアはテラントの背後に付いた。
取り敢えずは、カリフの魔法に備えればいいだろう。
視界の隅にいるティアの姿を、もっとちゃんと確認したかったが、テラントの言う通り後にした方がいい。
カリフとナルバンが合流する。
背後には、兵士が三人。
人数では勝っていても、カリフもナルバンも先の戦闘で負傷している。
対するこちらには、無傷のテラントがいる。
カリフたちは、少しずつ後退していった。
間に、木材が落ちてくる。
また砂埃が立ち昇る。
そして、去っていく。
「なんだ……」
呟きながら、ルーアは剣を鞘に収めた。
左肩の傷口を塞ぐ。
「なんだ……」
呻く。
テラントは、まだ敵を警戒していた。
ルーアは、ティアに向き直った。
「なんだ……助かっていたのかよ……」
テラントやエスが助けてくれていたのだろうが。
呆気なく戻ってきた、という感じがする。
ティアが救出される現場に、自分が立ち会っていなかったから、そんなふうに感じられるのかもしれない。
「なんだ……」
「……なんなのよ、さっきから。『なんだなんだ』って」
三ヶ月半。三ヶ月半振りに聞く、ティアの声。
「……いや、べつに」
ティアの頭に、ルーアは手を置いた。
「……なによ?」
ルーアの手を、ティアが見上げる。
「ちょうどいい高さだから。お前、ちびだし」
「……」
ティアが、頬をちょっと膨らませる。
「髪に砂が付くんだけど」
「……そりゃあ、砂漠だからな」
砂漠まで来た。
寒い寒い北国から、三ヶ月半もの日数を掛けて。
「……髪、伸びたな」
「……まあ、切らなかったから。変?」
「いや」
結構似合っている。
顔が小さいからかもしれない。
「……変ではない。髪型はな。」
「髪型は?」
「なんじゃ、その格好?」
「……それは、俺も突っ込むのを我慢していた」
去っていく敵を気にしたまま、テラントも呟く。
ティアは、ひらひらとしたドレスを着ていた。
「なによ!?」
顔を赤くする。
「どうせ似合わないわよ!」
「……そんなこともないけどな。なんと言うか、馬子にも……」
「言うと思ったわよ!」
ティアが、向こう脛を蹴り付けてくる。
痛い。だが、痛みに動じることはなかった。
そんなことよりも。
「なんだ……」
お返しという訳ではないが、ティアの頭をぐりぐりと撫でる。
ここにいる。実感がある。
「あの、さあ……その……なんと言うか……」
砂が眼に入るのか、片眼を閉じながらティアが言った。
「……ただいま」
テラントが、喉を鳴らす。
笑っている。
ルーアは、ティアを見返した。
(そうか……)
戻ってきたのか。
「……ああ、ただいま」
ティアはきょとんとし、訝し気に眉根を寄せ、それから不機嫌そうに口を尖らせた。
「なんで『ただいま』の返しが、『ただいま』なの?」
「……え?」
ルーアは、首を傾けた。
ティアが、頭に置かれたルーアの手を払い除ける。
「なんか嫌。やり直して」
「……べつに、わざわざ……」
「いいから! ……ただいま!」
ルーアは、小さく溜息をついた。
「……おかえり」
「ん……」
ティアが、満足気に微笑む。
「なんだけど……」
「なんだけど?」
「……いや、なんでも」
適当に手を振って、ルーアはごまかした。
ティアはすっきりしていない表情ではあったが、今度はテラントへの感謝の言葉を口にし出した。
上空にいたはずのエスの姿は、無くなっている。
(おかえり、なんだけど……)
エスを捜すティアを眺めながら、ぼんやりとルーアは考えた。
(やっぱり、『ただいま』だよなぁ……)
その方が、しっくりする。
なぜなのか。
ティアが、近くにいる。
見える所にいてくれる。
(……そういうことか)
それに気付いてしまい、ルーアは後頭部を無事な右手で掻いた。
過去に、すべてを失ってしまったことがある。
だが、ストラームとランディが、ルーアのことを拾い上げてくれた。
二人が、ルーアに居場所を与えてくれた。
そこには、レジィナやミシェル、ついでにライアがいた。
リーザイ王国王都ミジュア第八地区にある、『バーダ』第八部隊の基地。
そここそが、ルーアの居場所だった。
家のようなものだった。
だから、戻ることがあれば、きっと自然と口にしてしまうことだろう。
『ただいま』と。
要するに、そういうことなのだ。
認めることに、抵抗もあるが。
ティアの頭に、またルーアは手を置いた。
「……なに?」
「……なんでも」
つまり、いつの頃からかそういう場所が増えていた、ということなのだろう。
(……こいつの側が、俺の居場所か)
取り戻した。そして、三ヶ月半掛かってしまったが。
ようやく、帰ることができたのだ。




