4.白鷺の話
ずっと、好きな人がいた。それは私の片思いでしかないけれど、それでもかまわなかった。…もちろん、想いに気付いてほしかったし、そうしてくれるなら嬉しかった。手を繋ぎたい、デートしたい、一緒にいたい、キスをしたい。そういう願望があるのだって、気付いていた。だけど私はこの想いを伝えることが出来ない。
私は、ずっと、好きだった。
ずっと、好きだった。
×××
私、白鷺結芽にとって、高校というのは新しい空間だった。ついこの前までは中学生だったというのに。新しいクラス、新しい景色、新しい友達。全てが新しくて、遠くのほうから通っている私にとって、この新しい空間、高校というのは、つまるところ私の人生の新たな一歩というやつだった。もちろん、全てが新しいというわけではない。数人ぐらいだったけど、この高校に来た中学の同級生もいる。
私には、好きな人がいる。同じ中学の同級生だ。その人はすごく優しくて、あこがれだった。まだ想いは伝えてはいないけど、いつか、とは思っている。
…ま、私は意気地なしだから、こんなこと親以前に、友達にさえ伝えていないけど。
「ね、ゆめちゃん、【未来を教えてくれる場所】って知ってる?」
季節は春の四月、同じクラス、そして私が高校で初めて友達になった女の子から、そういう話を聞いた。
未来を教えてくれる場所。
未来、なんて、そんなものわかるやつがいるのだろうか。そういう疑問にバッチリ答える女の子。
「ほら、ゆめちゃんも朝、見たでしょ?三人の先輩達。」
「え…あ」
見た。遠めだったけれど、不良に絡まれていた女の先輩と、何故か自ら突っ込んでいった男の先輩、それから助けに入ったらしい竹刀の女の先輩。
「あの人の、スマホいじってた先輩、あの先輩ね、異常者って言って」
「異常者!!」
異常者、聞きなれない言葉だが、ある程度は知っている。自分たち―仮に一般人とする―とは違い、異常者は特殊な能力を使うという。同じ人間だけれど、私たちはそれを奇跡の力、なんて呼んでいるし、先輩達もみなそう呼んでいるようだった。
「あの先輩…糸音先輩はね、モノをびゅーんって飛ばしたり…瞬間移動?できちゃうんだって!すごいよね!!!」
そうキラキラした目でいう女の子。だけど、それが、その【未来を教えてくれる場所】とどう関係があるのか。尋ねてみると、女の子は説明してくれた。
「だから、未来を教えてくれる異常、っていうのもあるんじゃないかなって思ってさ。それなら、ありそうじゃない?」
……まぁ、確かに?
それで、この子はどうしたいのだろう。
「気になってさぁ……あーあ、ないかなあ、その場所。なんでも、選ばれた者だけしか見つけれないだとか……」
そんなおとぎ話。
でも。
未来………。
私には、好きな人がいる。
もし、…もしも、だ。その人といる未来が、視えたら……あぁでも、その人といない未来が視えたら……
だけど………未来、というものを、確かに、私は知りたい…………知りたい、けど………
「ゆめちゃん?」
「……ううん、ねぇ、ゆーちゃん。」
コテン、と女の子は首を傾げる。
「詳しいこと、あとから教えてもらってもいいかな?」
×××
誰にだって、叶えたい願いがあって、そのうえで未来が視たいと望む。ただ、それを求めることが本当の意味で正しいのかどうか…それは結局、自分自身の判断によるものではないだろうか。自分が望んだことだ、それに責任を持つこと。それこそが、未来を視たいと望むこと。
「確かここらへん…?」
その場所、というのが、どうも別館の最上階にあるという。別館は本館と同じ、五階建て。しかし、と私は首を傾げる。選ばれた者しか、その場所に行くことが出来ない。それはどういうことだろう。五階など、いつでも行けるし、誰でも行けるし――………。
時間は夕暮れ時だ。文化部に所属している私は部活も今日はなかったし、こうして放課後に来てみたわけだが。
外からは賑やかな声。活発に行われている部活動。窓から心地よい、風が吹き抜けている。周囲に人はいなくて、まるで五階だけが切り離されているかのような、そんな錯覚を覚えてしまった。そして――……
「どうしたの、君」
え、
思わず驚きの声を上げ、後ろを振り返る。そこには、短めに切りそろえた髪をわずかに揺らす少女がいた。肩下げバックを揺らし、片手には――白いスマホ。コテン、と首を傾げ、こちらを見詰めるその様子に、声を掛けられているのが自分だと気付いて、慌てて私は頭を下げた。
「こっ、こんにちはっ!!!」
「え、…あ、こんにちは」
中学の時は体育会系女子だったから、こういったことには条件反射な私だ。戸惑ったような声に、羞恥心が膨らんでしまって、顔を上げられない。
少しでも、見惚れてしまった。
――あの、話にも出てきた、異常者の……奇跡の力を操る、人。
そう思っていると、向こうから言葉を選んでくれた。
「君…………、ここに、何か用なの?」
「え、あの」
顔を上げ、
―――気付いた。
「、え?」
自分と、先輩の間。
顔を右に向けてみる。左からは、開け放たれた窓からの風。右側―――……
黒いカーテンで、遮られた一つの、扉。
(さっきまで、こんなところ、あったっけ…?!)
見落としていたか?そんなはずはない。確かに、ここには。そこで思い出す。ここには、何があった?資料室?使われていない部屋?………思い出せない。
「……あぁ、もしかして、お客様だったのかな」
「お、お客……?」
先輩がその、黒いカーテンに手をかけて、隠れていたドアノブに鍵を差し込む。その仕草は、とても慣れたものだった。
先輩はいう。
「時々ね、来るんだよ。後輩先輩とわず、彼が呼ぶんだ。」
「か、彼、って」
カチャリ、鍵の開いた音。
先輩、糸音先輩はその扉を開きながら、こちらを見て、クールな表情をふわりと和らがせて私を誘い入れた。
「どうぞ。お茶ぐらいは出すわ。心斗が来てから、話をしましょう」
そこは、選ばれた者しか、行けない場所。今、わかった。行けない、のではない。
視えない、のだ。
私はまるで魔法にでも魅せられたかのように、コクリと先輩の言葉にうなずいていた。