3.奇跡の力
「あっははははははは!!!」
大爆笑。スマホから視線を上げて、糸音はいまだ尻餅をつく少年を見た。豪快に笑う少年は、やがて瞳に涙を浮かべ始める。
「いやいやいや!!!面白かったッ朝からいいもの見れたー!」
「………。えっと、とーのさん、いきましょー」
「そうだな、いくか」
「ええええ待って待って?!」
糸音は少女、井上遠之―通称との(とーの)に声をかけて、踵を返した。すると、少年は慌てて立ち上がり、歩き出した二人の背中に抱き付く。
「ちょ、やめてください?!セクハラですよ!!!」
「おい、断罪すんぞ」
「うっわ、扱いひどくない?最近君たち容赦ないよね、いや、とのはいつも通りだけどさ」
はいはい、と肩をすくめて体を離して、ため息。陽利心斗は「んで、」と改めて二人に微笑みを浮かべた。
「おはよ、二人とも」
二人も、心斗を見て言う。
「「おはよう」」
遠巻きに見ていた生徒達は皆、一様に呟いた。
――奇跡の力だ、と。
×××
心斗ととーのは高校三年生、糸音は高校二年生である。三人は別に幼馴染だとか、部活が一緒だとか、そいういうわけではない。共通点があるとすれば、生徒達のいう、奇跡の力――つまり、異常という能力を持っていることぐらいだろう。異常については、あまり詳しく知られてはいない。どこから来たのか、どうしてそんなのものがあるのか。かつて気になりはしたものの、特に興味を抱かなかった。別に、今となっては知りたいとは思わない。
面白いことが好き、な心斗ならば、そういったことも多少は知っているかもしれないが、それはまた、違う機会でよいだろう。高校生活を楽しむのに、そういった難しいことはいらない。必要ない。
「で、心斗さんはどして割り込んだの?私の――【瞬間移動】なら、あんなやつら一人でもどうにかなったのに」
三人で廊下を歩く。もとい、職員室に向かう。お察しの通り、先生のところである。仕方のないこと、あれだけ校門の前で騒ぎ立て、あわや警察沙汰になるところだったのだ。そういうことがとにかくめんどくさいと思っていたから、なるべく穏便に済ませようと思っていたのに、心斗は見事にぶち壊してくれた。ついでに、とのは完璧巻き添えである。しかし、竹刀で人を殴ったことは…まぁ、許されないよね。正当防衛でも。うん。
「女の子を助けようと思うのは当然だろう?」
「ドヤ顔うざいですやめてください」
自分に酔ってでもいるのか、額を抑え言い放つ心斗。その頭に竹刀が落とされた。
「痛い?!」
「断罪」
「なんでぇ?!糸音助けたじゃん、僕!」
「俺がな」
「ありがとうございました、とーのさん!助かりましたぁ!」
にこっ、と笑顔で言い放つと、心斗はうじうじと下を向いてしまう。果てしなくめんどくさい。とのもまた、同じように思ったらしい、小さく舌打ちをこぼした。
「で、ほんとの理由は?」
とのがいう。心斗は下を向いたまま、くっと小さく笑みを浮かべた。
「面白かったからさ、介入したほうが」
顔を上に上げて、首筋をほぐすように片手を当てる。こきっ、と小さい音が耳に届いた。笑みを浮かべる表情、その瞳がうっすら青色交じりになる。といっても、それは錯覚で、例えばとのにとっては黄色にも見えたりするらしい。つまり、色自体は意味がない。意味があるのは、異常が発動しているかどうか。
心斗の異常は【秒先透視】。数秒先の未来を読み取る異常。糸音の異常【瞬間移動】は対象をワープさせるもの、移動させるもの。心斗のそれとは、また違う。
「あのままだと、ふつーに糸音が異常使って、それでおしまいでっさー面白くなかったから、ちょっと介入してみた!」
「無邪気に言わないで?!」
むしろ介入しないでくれたほうが平和だった!!!
でもさ、と肩をすくめ、暗い顔で心斗は、
「あの後僕が殴られるシーンが浮かんで、やばい!って思って―でも、とのがすぐ近くに来てたのも視えたから…」
「人を使うな断罪すんぞ」
言いながらため息をこぼすさまは、どうも慣れっこのようで、しかし竹刀を握る手がふるふると震えているところから、別に怒りを感じていないというわけではないようだ。まぁ時間の問題だろう、とのは短気だから。
「いや、でもさ!面白い展開になったじゃん?!見たでしょ、あのなさっけない顔!!!!俺様ほんっと面白くてしょうがなくてさ…」
「はいはい、わかったわかった」
興奮気味の心斗を連れ、とのと糸音は職員室のドアを軽くノックした。