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インアドラの楽園  作者: そうしょう
0.インアドラの楽園
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2.春、正門にて

春だ。いつもなら遅い春の訪れも、今年は早めだったからか、道路には数多の花びらの欠片が落ちてしまっていた。殆どの桜も既に枯れかけており、だんだんと葉桜の季節が漂い始めている。

日暮(ひぐらし)糸音(いとね)は普通の高校生である。手に持った白いスマホは使い込んだ感があって、薄く汚れて傷もある。しっかりとした制服を身にまとい、けれどもスカートの長さはちょっとだけ短め。肩のあたりで切りそろえた茶色っぽい髪にはヘアピンが一つ、挟まれていた。風がそよぐ彼女の通学路を、ゆっくりと歩く彼女は今年で高校二年生となった。自宅から高校まではそう遠くない。あまり遠くないところを選んでいたので、それはもちろん当然のことだったのだが、歩いているのもなかなかつまらないものだった。一人で歩く道を、スマホとともに歩いていく。

スマホの画面を気にしていたからなのだろう。前から明らかにガラの悪い数人の男たちが近づいているのに気が付かなかった。

そして―――…


×××


こんにちは、おはようございます、日暮糸音です。朝からバカっぽい男に絡まれています。高校の正門の前、後ろからガラの悪い男を引き連れてきた糸音を見て、だれもがギョッとした表情を浮かべている。糸音は小さく吐息をこぼした。あまり目立つタイプではないが故に、こうして視線が向いているのには気おくれのようなものも感じてしまうのだ。しかし、どうやらそれが男たちの気にでも障ったらしい。また、ここに来るまで見事なほど無視していたが為に、男たちの堪忍袋の緒も切れてしまったようだった。

「おい、女ァ!?てめぇ、いつまで俺たちのコト無視してんだ!!!」

正直、すごくうるさい。

だからこそ、糸音は口に出してはっきりと言ってやった。

「うっさいな、何なの?言ったでしょ、糸音はしっかり避けました。なのに、貴方たちが仲間同士で遊んでいて、それでぶつかってきただけ。むしろ被害者は私です。」

一人称を変えながらそう言い放つ。しかし、視線はスマホに向けたままだ。

ふざけんな、と男が糸音の胸倉をつかもうとした。周囲の取り巻きが目を見張り、悲鳴を上げ―――


「まぁまぁ!落ち着いてくださいよ!」


割り込んだ、声。

糸音は、スマホから視線を動かした。チラリと。それから小さく、今度は心の中で吐息をこぼす。

「…誰だ、てめぇ」

ガラの悪い男たち…の中の、リーダー格のような男が低くうめく。にへらと少年は笑って、

「いや、ここの生徒、っていうか、そんなのはどうでもいいじゃないですか!それより!女の子にそんなことをするのはどうかと思うんですよね!僕!」

スラリとしたなかなかの長身の体躯に、さっぱりとした髪型。黒っぽいフードは今は被られることなく、白い手袋と対の色がどこかミステリアスな雰囲気を醸し出しており、その表情故に軽薄さが垣間見えていた。

さて、そんな少年に至極正論ではあるものの(正論であると糸音は思う)諭された男たちは憤った。いや、当然だろう。

矛先が、少年に向く。

ガッ、と胸倉を掴まれた少年が、驚きに一瞬だけ目を見開く。しかし、すぐにへらりと笑みを浮かべた。

「―――何笑ってやがるふざけんなよてめぇ!!!」

男の掌が強く握られ、少年の頬に突きつけられる、そのとき。


「何をしている?」


男の拳が遮られた。ヒヤリ、とした声が空気を引き裂く。

遮ったのは、一本の―――竹刀。剣道でよく使う、その竹刀だ。男は目を見張り、けれどそのまま押し切ろうとして、ピクリとも動かないことに腹を立てた。そして、声のほうを見る。矛先がまたも変わった、故に胸倉を掴んでいた手が緩み、ドサリと少年はその場に尻餅をついた。糸音はスマホに目を落としたまま、会話を聞く。

「ここは高校の目の前。邪魔なんだよ、どけ」

「なっ……」

声の主、それから竹刀の主はポニーテールの少女だった。上に纏った衣の下、黒い服が映えている。軽装気味の服で、拳から竹刀をすっとどかし、肩に背負った。

男らしい。まさにその一言に尽きる。

「聞こえなかったか?どけっつったんだよ。」

「っの…!!なめやがってよぉ、さっきからぁ!!!」

男が殴りかかる。少女は軽く首を鳴らして――ゆらりと動いた。少女は剣道部ではない。以前は軽く習っていたようだが、型がない。竹刀は、少女の足りないリーチを得ようとする道具でしかない。

「だから――――断罪するぞ」

竹刀が揺らめき、男の胴体を薙いだ。男は呻き、その場に崩れ落ちる。

拳は少女に届かなかった。

腹を抱え、蹲る男をゴミでも見るかのような瞳で見下ろした少女は、あろうことか舌打ちまでした。徹底的である。ケラケラと少年は笑う。

「っていうか、いう前にもう断罪しちゃってるけどねー」

「―――何してくれるんだてめぇらぁ!!!」

あ、と少年は後ろを見る。鉄パイプ、だろうか。どこから持ってきたのか、あろうことか高校生ごときに子分であろう男は振り落とそうとしたのである。


糸音はため息をこぼした。


スマホから顔を上げる。男の鉄パイプが、少年を襲い―――

その鉄パイプが、姿を消した。

「へ」

男はなくなってしまった掌を呆然と見る。ない、ない、そう視線を泳がせる男の頭上―――

スマホを持たない反対の手。それを一本だけ、人差し指を上に持ち上げ――

男の頭上、鉄パイプが――

人差し指を、下に―――


くいっと、下げた。


「うあああああ?!!!」

鉄パイプが、男の頭から降り注ぐ。糸音は足元に転がってきた鉄パイプをコン、とローファーの先で軽く蹴った。

「さすがに、それはないと思うな。いくら大人といえど、やっていいこととやっちゃわるいことがあるってもんでしょ」

糸音は男を見据えて言い放つ。ポニーテールの少女は残りの男を見て、竹刀をそっと構えなおした。それを見た男たちは、慌てていう。

「逃げるぞ!!!」


くすくす、

少年はこらえ切れずに、笑った。


「おまわりさん!!こっちです!!」

「急いでください!!!」

男たちはゲッ、としたような表情で身をひるがえしていく。しかし、前方、バイクに乗った警察官から逃げ切れるわけもなく―――…





もう一度、スマホに目を落として、糸音はため息をこぼした。


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