不器用な貴方
だけど、そんな貴方は少しだけ優しい。
私の名前はカティア・バラデュール。
階級は二等騎士尉。
第七空挺団赤の遊撃隊所属の魔導戦闘機の整備士です。
この度、新しく開発されたから魔導戦闘機“ル・フォーヴ”シリーズを担当することになりました。
辞令によれば光栄なことに、ル・フォーヴの副隊長機の整備班に配属となっています。
ル・フォーヴは他の機体に比べるとオーソドックスな機体のようで、魔導戦闘機開発部からは追加装備の取り付けが可能であり、今はデファンスという強化パーツを取り付けているという報告を受けています。
機体本体には魔導装甲が配備されているので魔導エネルギー切れまでの時間が早いという難点もありますが、パイロットの身の安全を守るためには欠かせないものだと思います。
デファンスは魔導戦闘機開発部の鬼才であるトラヴェリアン三等騎士佐が独自に開発した装甲なので、特殊な魔導装甲が施されているようです。被弾した際の融爆を防ぐためのパージ機能を確認しておく必要がありそうですね。
カティア・バラデュール、動力系専門の整備士としての誇りをかけて、立派な魔導戦闘機にして見せます!
そうそう、ただ一つ問題があるとすればパイロットのことなんです。
副隊長の名前はハルトヴィヒ・クリューガー。
階級は二等騎士佐。
優秀な魔導戦闘機パイロットで、エリートさんです。
クリューガー副隊長の操縦技術に関しては花丸をあげたいくらいの腕前なのですが、少し性格に問題が。
魔導戦闘機パイロットにしては少々感情の起伏が激しいのです。
特に、本人曰く腐れ縁である青の遊撃隊副隊長アイシス・ディーン二等騎士佐が絡んでくるといつもの冷静な判断力はどこへやら。
また、強面が災いして他の方との交流があまりうまくいっていないようなので心配は倍増です。
パイロットと整備士との間に必要不可欠な『チームワーク』がうまく芽生えてくれるといいのですが。
クリューガー副隊長はそっけないですが本当は優しい人なんです。私は、彼が曲がったことが大嫌いで正義感あふれるパイロットだということを知っています。
天涯騎士団士官学校時代に視力の関係でパイロットになることを断念しなければならなくなって落ち込んでいた私を励ましてくれたのは、当時教官補佐をされていたクリューガー副隊長でした。
それから何かと気にかけてくれるようで、男ばかりの仕事場でも何とかやっていけています。
士官学校を卒業して別なところに配属されてしまった私によくメールをくれるんです。私の些細な悩み事にも相談に乗ってくれます。
時々、リアルタイム回線でお話しすることもあるんですよ。
今回の転属はいつも助けてもらっている恩返しがしたいと考えていた矢先のことでした。
命を半分預かる身として全力でバックアップしますね、クリューガー副隊長!!
「副隊長、エンジンの調子はいかがですか?接近戦に耐えうるように少し出力を上げてみたのですが」
第七空挺団の護衛宇宙戦闘艦アヴェンジャーズのドックはいつも戦場である。
ところ狭しと並んでいる魔導戦闘機には常に誰かが整備を施し、入れ代り立ち代り整備士やパイロットがやってくるのが日常である。
今日は主だった戦闘がなかった為、ル・フォーヴシリーズの微調整が行われていた。
魔導装甲の魔法陣にかじりつくようにして手直していたクリューガーは声のした方向に片手で合図を送る。
親指を立てているので、OKということだ。
手を使った合図はクリューガー付き整備班独自の意思の疎通方法である。
魔法陣の書き換えに集中しているクリューガーが「答えるのが面倒だ」という理由から始めたのがきっかけで、いつの間にか整備士たちの間に広まったのだ。
「出力OK。地上にいる間は飛行支援機ラ・ベルを使うので単独飛行での魔導エネルギー切れの心配もなさそうですね」
整備項目にチェックを入れながら、カティアは汗をぬぐった。
カティアたちクリューガー付き整備班は赤の遊撃隊の月降下に伴い新たに編成されたアリステア駐留部隊の整備士で構成されている。
それまでの整備班はアリステア解放戦線の戦艦フラムベルジュと共に宇宙に散ってしまったので、その後任としての編成であり、青の遊撃隊の整備班も同じである。
着任早々、ろくな調整をする暇もなくクリューガーたちは戦艦フラムベルジュを撃沈した独裁政府軍を追ってアリステア解放戦線の本隊率いる部隊へと移動した為に整備班は取り残された状態になってしまった。
護衛宇宙戦闘艦アヴェンジャーズ側の受け入れ態勢が整わなかったので仕方がなかったのだが、カティアは帰還してきたクリューガーの魔導戦闘機を見て無理にでもついて行くべきであったと後悔した。
いたる所が砂まみれの魔導戦闘機はどことなく哀れだ。
クリューガーの機嫌もすこぶる悪い。
アリステアの環境に魔導装甲が適応していなかったのだとすぐにわかった。
あれから時間が空く限り魔法陣とにらめっこ中のクリューガーは真剣な顔をしていて思わず見とれてしまうほどかっこいいのだが、帰ってきてからずっとあんな調子なので息抜きが必要だと整備班の誰もが思っていた。
「クリューガー副隊長、後どれくらいで終わりそうですか?」
コックピットからにゅっと突き出された手は一指し指を一本だけ立てている。
一時間。
カティアはクリューガーに少しでも休息を取ってもらいたくて、ダメ元で聞いてみた。
「機体整備は完了しました。クリューガー副隊長、一時間したらティータイムにしましょう」
クリューガーに聞いてみただけなのに、何故か周りの整備したちが顔を輝かせてOKの合図を送る。
みんな疲れているから当然と言えば当然なのだけれど。
どきどきしながらクリューガーの答えを待っていると、意外にもOKの合図をくれた。
「整備班待機室ではなんですので、お部屋にお持ちしますね」
クリューガーの指が『あ・り・が・と・う』と動く。
ほら、やっぱり優しい。
「他の皆さんは整備班待機室でいいですよね、リクエストがあればお作りしますよ」
「カティアが入れるお茶はどれもおいしいから、作りやすいのでいいよ」
「ここはいいからあがってくれよ。俺はエスプレッソですっきりしてぇな」
「ウィラード、いつもコーヒーだと胃を悪くしますよ」
整備士同士の交流はまずまずだ。
クリューガーともなかなかいい関係が築かれていて、短期間のうちに整備班は大分馴染んできた。
それはひとえにカティアの努力のおかげだと言えよう。
癇癪持ちのクリューガーをうまくフォローすることによって、ギクシャクしがちなエリート・パイロットと整備士の間にある確執を昇華させているのだ。
件の副隊長、アイシス・ディーンのように人当たりがそこそこいいわけではないクリューガーには、よく気が利く柔らかい印象のカティアのような人物が必要なのである。
カティアにしてみれば優しいと感じるクリューガーの言動も、他の人は『触らぬ神にたたりなし』とはなっから決め付けている節があり、うまくその真意が伝わっていなかったりする。
もう少しだけ愛想よくしてくれたらいいのにと思うこともあるが、アイシス・ディーンのような笑顔のクリューガーははっきり言って変だ。
「では、お任せしますね」
同僚のせっかくの申し出を断る理由もないため整備班のリーダーに敬礼をしてドックを後にする。
オイルまみれの作業着のままお茶を入れるのは衛生上よろしくないのでカティアは真っ先にシャワールームに向かった。
クリューガー副隊長にはとびっきりの紅茶を入れてあげよう。
疲れた身体に癒しのカモミールティーを。
フルリーフの最上級の等級を誇るディンブラのアイスティーはクリューガーのお気に入りだ。見かけによらず甘い物好きだから、お砂糖は多めにしようと考える。
また、クリューガー副隊長に紅茶を入れてあげることができるなんて。
ゆっくり、お話もできるかな?
「やはり、カティアの入れる紅茶はうまいな」
ほんのりとリンゴの香りが漂うカモミールティーをゆっくりと味わいながらクリューガーは微かに微笑んだ。
優雅にお茶を楽しむ姿はとてもパイロットとは思えない。
「そうですか?そう言っていただけるなんて、嬉しいです」
クリューガーはちゃんと一時間後に部屋に戻っていた。
カティアと同じくさっぱりして見えることからシャワーも浴びたのだろう。
「今日は隠し味にブランデーを入れてみました。カモミールティーとの相乗効果でぐっすり快眠ですね」
カティアも同じものを飲む。
お互いにばたばたと忙しくて、久しぶりのゆったりと流れる時間に違和感を覚えつつもティータイムを楽しんでいた。
よかった。
すっかり顔色もよくなってる。
戦艦フラムベルジュの弔い合戦から帰還してきた魔導戦闘機の状態から、クリューガーが宇宙でどんなに危険な状況にあったかが手に取るようにわかった。
擦り切れたギア。
磨耗した間接部。
ひび割れた装甲。
クリューガーの被っていたバイザーは傷だらけで、コクピットも様々な部分がショートしていたのだ。
幾分くつろいだ表情のクリューガーはアプリコットジャムを乗せたスコーンを黙々とほおばっている。
一杯目のカモミールティーを飲み干していたので、おかわりを注いでやるとクリューガーは自分で何滴かブランデーを垂らした。
心地よい沈黙。
クリューガーと一緒にいると、静かな時間が気持ちいいと感じる。
何も話してくれなくても、ただクリューガーが傍にいるだけで心安らげる。
不器用な貴方が、とても愛しい。
そんな沈黙は、クリューガーの一言によって破られた。
「どうやら俺は、カティアのことが好きらしい」
さらりと爆弾発言をやってのけたクリューガーの顔が赤くなった。
照れ隠しなのか何なのか。眉間に皺を寄せている為にせっかくの愛の告白が台無しだ。
「し、士官学校時代から・・・・・その、なんだ・・・・・・・・お前のことが気になって、だな」
カティアの返事を聞くのが怖いのか、溜め込んできた想いを一気に吐き出したいのか、やや慌てたようにとつとつと語り始めるクリューガーはカップに残っていたカモミールティーを一気に飲み干すカチャっとカップを置いた。
それからおもむろに立ち上がり、ガシッとカティアの両肩をつかむ。
「お前が卒業して配属先が別になったときは、正直言って落ち込んだ。赤の遊撃隊に選ばれたのは・・・そりゃ、嬉しかったが」
カティアの顔をまともに見ることができないのか、ずっと顔を背けている。
「お前が配置されたアリステアの前線なんてそうそう行けるもんじゃないし・・・・・・・お前の口からいつ彼氏の相談事が出るかヒヤヒヤしてたんだっ!」
おかしい。
副隊長はこんなにおしゃべりではなかったような気がします。
少なくとも、自分から自分の気持ちをぺらぺらしゃべることはなかったはず。
怒鳴ったり、悔しがったり、そういったことは今までにもありすぎるほどありましたが。
これは、副隊長の新しい側面でしょうか。
カモミールティーにほんのちょっぴり垂らしたブランデーで、まさか酔ったわけではあるまい。
士官学校時代では他の教官たちと一緒になってお酒をたしなんでいたから、クリューガーがお酒に強いことは知っている。
「副隊長、酔ってますか?」
「しらふだ」
よくよく見れば、クリューガーの目は焦点が合っていない。
誰が何と言おうとも、完全に酔っている。
クリューガーはカティアが抵抗しないのをいいことに、ぎゅうっと抱きしめる。
「こうして一緒になったのも何かの縁だ」
軍で支給されるボディシャンプーの香りがふわっと香る。
そして、微かにクリューガーの吐息からブランデーの香りもした。
あ、そう言えば。
「痛み止め!!副隊長、痛み止め打ってもらったんですね?!」
先の戦闘で負った怪我が、連日の暑さで少し悪化したと言っていたから。
「クククククリューガー副隊長、大丈夫ですか?!あぁ、どうしよう。アルコールは厳禁なのに」
「俺は大丈夫だ。カティア、お前はどうなんだ?お、俺のことは・・・・」
どうあっても、カティアの返事を聞くまでは放してくれないらしい。
「最近は口を開けばル・フォーヴ、ル・フォーヴと・・・」
魔導戦闘機に嫉妬してどうするんですか。
「好きです、好きです!!副隊長が思っているよりも好きですから、大人しくベッドに横になってくださいっ!!」
こんな風に告白するつもりじゃなかったのに……。
でも今は一大事だ。
痛み止めにアルコールだなんて、副隊長が馬鹿になったらどうしようっ!!
微量だけど、危ない。
「そうかっ!!カティア、俺は嬉しいぞ」
「~~~~~~~~~~~」
あたふたとしているカティアにクリューガーは優しく唇を合わせる。
カモミールティーとブランデーとクリューガーの味がカティアの口の中に広がった。
「カティア、好きだ」
クリューガーの舌がカティアの唇をなぞると、カティアは思わず口を開いてしまった。
お互いの舌が絡み合うと、観念したカティアはクリューガーの首に腕を回す。
「……ん」
「カティア」
息が苦しくなって、一度顔を離すもまたすぐにクリューガーに捕らえられた。
「宇宙に」
クリューガーに身体を支えられるようにして口づけを受けていたカティアは、閉じていた目をそっと開ける。
クリューガーの熱を帯びた灰色の瞳がカティアの緑の瞳とぶつかった。
「俺が宇宙に帰るときも一緒だ」
口づけはますます深くなっていった。
「気分はいかがですか」
「………頭が痛い」
薬とアルコールの所為で恋人たちの甘い時間は打ち切りとなってしまった。
「ごめんなさい、確認すればよかった」
クリューガーが寝ているベッドの側でカティアは申し訳なさそうに謝る。
それから、クリューガーの額にそっと手を乗せると頬とまぶたに口づけた。
驚いて起き上がろうとしたクリューガーを制して、カティアはぎゅっと手を握り言った。
「整備士としては、魔導戦闘機が心配ですし、大好きです」
「でも、カティア・バラデュール個人としては・・・・ハルトヴィヒ・クリューガーが大好きです。間違えないでくださいね」
言葉にしなくても、クリューガーが手を握り返してくれたから。
酔いが醒めて、また不器用な貴方に戻ってしまったけど。
ちょっとした仕草が優しくて。
愛しくて。
今度は自分から口づけしてみました。
SFファンタジー 宇宙の涯の物語 から抜粋。
別サイトからの転載。