後から悔やむモノだから
「…っうわぁ!!」
学校帰り、とんでもないモノと遭遇した。
あぁ…あの時だ。よく覚えている。
あの衝撃を忘れるもんか。草むらの斜面を降りた所をただぼんやりと歩いていた俺の目の前に…まさか人間の足が転がってくるなんて。
足首、少し上あたりからの足。赤いヒールを履いていて、どう見ても女のモノだった。
人工的に切断されたとしか思えない断面からは、真っ赤な血が滴っていた。
何故か俺にはソレが俺を求めているように思えた。
家に帰り、それから何日かはニュース番組ばかり見ていて母親に訝しがられた。
しかしどれだけ待ってもどれだけ探しても、それらしい事件はなかったのだ。
女が殺されたという話もなければ…失踪した、という話すらない。いくらあそこが人通りの少ない場所だといっても、こう何日も誰にも死体が見つけられないのはおかしくはないだろうか。どこかぼんやりとした矛盾を感じたが、俺はどうすることもなかった。
今になって思う。何故あの時、通報しなかったのだろう。
テレビで報道されてでもいれば通報していたかもしれない。あの足を、拾った場所にかえしたかもしれない。
しかしそれがテレビで報道されるはずはなかった。
考えていると頭がクラクラしてくる。恐ろしい悪夢を見たような気がした。しかし残念なことにこれは現実なのだ。
あの時の俺によって、今を変えることはできたのだろうか。
そう考えても今この状況を思うと期待できそうにない。
いや、心のどこかでは分かっている。俺という人間がとる行動など結局変わらないのだと。
あれから何年経ったのだろう…俺が足と出会ったのは確か高校2年の夏だった。それなら今日でちょうど10年だ。
普段から全くといってもいいほど人の通らないこの草むらで俺は10年も前のことを思い出していた。
なんということだ。
何もかも、全て終わった後で気がついた。
天を仰ぐと月までもが俺から目を背け、俺を中心に闇の世界が作り上げられていく。
何故こうなってしまったのか。目の前にはすでに冷たくなった肉の塊が横たわっていた。
俺の手にはしっかりと電動のこぎりが握られている。もう悔やんでも仕方がない、何も元には戻らないのだ。
流す涙さえも失ってしまった俺はゆっくりとした動作でのこぎりのスイッチを入れる。
そこで彼女と目が合った。俺に気持ちを伝える術はもう持っていないはずなのに、その目は俺を嘲っているのだと分かった。負けた気がした。
目の前の愛した女に負けたのか、それとも自分自身に負けたのか。
俺はこの分からない世界に完全に負かされた。彼女の視線が痛い。
その目に対抗するかのように、その目から逃れるかのように。
俺は彼女の足を綺麗に切断した。先ほど気がついたがその足は、真白な足によく映えた真っ赤なヒールを履いている。
俺が彼女の足を切るのは始めから決められた作業だった。
そしてついでのように残された体も綺麗に切断する。
全ての作業が終了してから気がついた。
始めに切った足がない。
ふと、足を置いておいた場所を見る。そこは斜面になっていた。3、4メートル降りた先には砂利道が続いている。
俺が作業に没頭している間に落としてしまったのだろう。
そして俺は知っている。
今この坂の下まで彼女の足を探しにいっても、ソレを見つけることはない。
今頃、1人の男が彼女の足を拾い上げているのだ。
いや、もしかすると気味悪がって逃げているかもしれない。
もしかするとタイミングよく他の人間が見つけているかもしれない…。
淡い期待を抱きながら、俺は家に向かって歩き始める。
しかし俺は知っている。
押し入れの奥には10年前から保存されたままの彼女の足が俺の帰りを待っているということを。