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【前線】

作者: 故郷
掲載日:2026/05/26

 如何なる理由があろうとも、客観的理由に基づき前線に向かってはならない。前線はその都度、姿形を変え、演算子に頼んでも実体を解明することは不可能である為だ。非人道的な佇まいをしている前線には、いくつもの同胞の空箱がある。前線はその空虚さえ飲み込む。

 前線は時代によって態度を変えるのだ。誰にでも良い顔をする時もあれば冷ややかな目でこちらを覗くこともある。どの時代においてもその本質は変わることはない。

 結局はただの鯨である。それも生物学的思想を取っ払った偶像であるが。前線に呑み込まれたら助かる方法は殆どない。何故なら前線は理解し難い、超常学的な畏怖対象であるからだ。畏怖対象に指定されればまず常人では敵わない。そこに辿り着くまでにどれだけの箱が空になったか、答えられる学者は一人も居ない。空箱の数は正確に記録されている訳では無いからだ。

 捕鯨船は大地を泳ぐ。前線があるのは殆ど地上である為だ。稀に海上に出没することもある。その時は銛で突き刺して抑えるらしい。前線の主食は人間である為、その胃袋には空箱が収納されている。銛で突き刺した時に、空箱にも穴を開けることがあるそうだ。前線の胃が引き裂かれた暁には、散り散りになった同胞と対面できる。その数秒後には捕鯨船の乗組員も空箱になっているが。そしてまた乗組員が銛で突き刺す。乗組員は叫ぶ。

「カグツチ様のお照らしだあ」。前線はこの地方では「カグツチ様」と呼ばれ、崇拝されている。果たしてそれが純なる意味での崇拝なのか、或いは…。

 民俗学者は言う。我々でも解明できない事象は存在する、と。この地方だけ記録が全くないのだ、と。前線(もしくはカグツチ様)と呼ばれ崇拝される「それ」はこの世のものではないとされるのが定説だ。前線は我が国だけでなく、世界規模で畏怖対象に指定されている。各地に出没するのだ。では何故この地方のみ「カグツチ様」と呼ばれ、崇拝されているのか。答えは単純明快。


ここがカグツチ様の御神体であられる為だ。

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