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告ってフラれたあの子が「主さま」 ~TS女軍師になったオレは可愛がられてこき使われながら、彼に天下を取らせます~  作者: 香坂くら
サニー行政官

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009話 鉄砲


 深い眠りから意識が浮上したとき、最初に感じたのは、石造りの部屋に漂うかすかな白檀の香りと、誰かの視線だった。


「……ん、……シリル?」


 重い瞼を押し上げると、そこには妹ではなく、逆光の中に佇む一人の男のシルエットがあった。


「――ようやく目が覚めたか。三日も眠り続けるとは、お前らしくもない」


 低く、どこか安堵を含んだその声。オレはあわてて飛び起きた。


「の、ノヴァン様!? え、なんでここに……えっ、あ、オレ、街道で倒れて……」

「……気にするな。医者によれば、過労と心因性の脱力だそうだ」


 ノヴァンさまは椅子から立ち上がり、窓際に移動した。その背中が、いつになく小さく見える。


 そう言えばあの時。「(いしずえ)君」……って、確かにそう呼んだよな?

 喉まで出かかったその名前を、オレは飲み込んだ。今の彼はまた、冷徹な「魔王」の仮面を被り直している。

「……ノヴァン様。あの、……先日お聞きしたヒューゴ……とやらのことですが」

「その話は後だ。まずは体力を戻せ」


 ノヴァンさまは振り返り、鋭い眼光をオレに向けた。


「三日も休んだのだ。その分、働いてもらう。……例の鉄砲、あの威力は本物だ。だが、50丁では到底足りん。一千、いや一万の単位で揃えねば、王都上洛への道は開けんぞ。ドワーフの里へ向かえ。あのアナグマ共を説き伏せ、鉄砲の量産体制システムを築くんだ」

「……了解です。お安い御用ですよ、ノヴァン様」


 オレは、わざと明るく笑ってみせた。彼がオレの正体を知り、安堵したことを隠そうとしているなら、オレもまた「軍師サニー」を完璧に務めるのが、今の二人の距離感には正しいのだと思った。


◆◆


 ドワーフの里への旅路には、新たな同行者が加わっていた。


「シルヴィア殿。出発の準備は整っております。……顔色が悪いようですが、また無理をされているのでは?」


 馬の手綱を握り、厳しい表情でオレを見下ろすのは、サイラス・トーン。

 後にブラック・ウェル砦の城主となり「鉄の執行者」と恐れられる男だ。

 ノヴァンさまの幼少期からの武術指南役だった彼は、旧主に連れられて洗礼を受けた敬虔な教徒でもあるらしく、甲冑の上からいつも黒い法衣を纏っているそうだ。無表情で鋭い眼差しは、罪人を裁く審問官のようでもあり、事実、領民からは畏敬の念を持って慕われていた。


「大丈夫ですよ、サイラス殿。ちょっと寝不足なだけです」

「……ふうむ」

「何か気になることが?」

「いや――私はな、幼少の折からノヴァン様を見てきている。そして同郷のあなたのことも知っている。だが。近頃のお二人の変貌ぶりには、正直、嬉しさと共に少々戸惑いを感じる。失礼ながら、まるで中身が別人にすり替わったかのような感覚なのだ。何が彼とあなたを変えたのか。正直なところ気になる」


 サイラス殿の言葉に、心臓が跳ねるのを必死に抑えた。


「……そこは……立派に成長したな、とでも言ってくださいよ」

「そうであれば良いのだ。……とにかくだ。我が主が歩む道ならば、たとえ地獄へ続いていようと、私は全力でお供する。それが私の揺るがない『意志』だからな」


 彼はそう言って、二度と同じことを追及してはこなかった。基本は寡黙な男だが、その背中からは主さまへの絶対的な忠誠が滲んでいる。

 一方で、彼は子を持つ父としての顔も持っている。オレや主さまに向ける眼差しには、慈愛と厳格さが同居していた。

 実に心強い。だが、この人の前でだけは「礎冴」としてのボロは出せない。オレは気を引き締め直し、ドワーフの里を目指して歩を進めた。


◆◆


 深い森を抜けたところ、鉱山と一体化した「ドワーフの里」は、常に槌の音と火薬の匂いに包まれていた。そこに住むのは、各地の鉱山と工房を牛耳る「技術・製造ギルド」の重鎮たち。


「よう、グロムだ。手紙に書いた者を連れてきたぞ、ワシの言った通りの『とんでもねぇ娘子』を」


 案内役を引き受けてくれたドワーフ親方、グロムさんが声をかけると、奥から彼と瓜二つのドワーフが現れた。


「……おう、久しぶりじゃなグロム兄。その子が兄者の言う『魔法少女』か。だがな、我らドワーフは教会の機嫌取りには飽き飽きしとるんだ。聖遺物の修復だの、魔法具の補助だの……クリエイティブな仕事が何一つもありゃしねぇ」


 彼こそが里長、ブラムさん。グロムさんの弟であり、里随一の偏屈者らしい。


「ブラムさん。今日はお願いに来たんじゃありません。提案に来たんです」


 オレは、あらかじめ用意していたオルドー家特産の、度数が極めて高い琥珀色の蒸留酒――通称「魔王の涙」をテーブルに置いた。


「まずはこれで、喉を潤してください。技術の話は、その後に」


 ドワーフ族は酒に目がない。一口飲んだ瞬間、ブラムさんの顔が火照り、その鋭い眼光がわずかに和らいだ。


「……ふむ。若いのに酒の味は分かるようだな。だが、技術(うで)の方はどうだ?」


 酒の味……。

 未成年に分るわけなかろー。グロム親方に聞いたんだって。


◆◆


「ブラム里長。この里の鉱山、最近は出水がひどくて、下層の採掘が止まっているそうですね?」


 ブラムさんの顔が苦々しく歪んだ。


「教会の魔法使い共に『凍らせろ』と言っても、コストがかかりすぎる。挙句、落盤だ。……技術の限界だよ」

「いいえ、技術不足なだけです。これを見てください」


 オレは持参した「水硬性セメント」と、木製の「滑車式排水ポンプ」を披露した。


「水の中で固まる石……だと!?」


 ブラムさんがセメントの塊を水槽に入れ、数分後にカチカチに固まったそれを見た瞬間、周囲のドワーフたちが「魔法だ」と騒ぎ出した。


「魔法じゃないです、『工学』です。このポンプを使えば、人力の数倍の速度で水が抜けますよ」


 オレは間髪入れず、サイラス殿に運んでもらった「鋼鉄製の定規」を配った。


「これは『メートル法』という単位を刻んだ定規です」


 オレは古い布に包まれた「黒い板(スマホ)」を慎重に取り出した。もちろん、画面は暗い。ただの鉄とガラスの塊だ。


「なんだ? その不気味な板は」

「これはオレの先祖に伝わる『聖遺物』です。この板の長辺は、厳密に『147.6ミリ』と決まっている。……いいですか、皆さん。この世界には、神様が定めた不変の数字があるんです」


 オレは、スマホを定規代わりに使い、それを6.77倍してだいたい「1メートル」の紐を作った。


「これでほぼ1メートルだ」

「……ただの目寸でなく、その板を基準にするというのか」

「ええ。現在、皆さんの工房では、職人ごとに『親指の幅』や『肘の長さ』で部品を作っていますよね? だから、部品が壊れたらその職人にしか直せない。でも、この基準板から導き出した『1メートル』を物差しにすれば、ベテランの技が若い技師に伝わります。だから里長、統一定規を作りましょう」


 バラバラに作られた鉄砲の部品を机に並べる。


「もし規格を統一すれば、ある街で作った部品が、別の街で作った物にピタッとはまる。……分業が成り立つ。技術屋同士が助け合って、どんな物だって作れるんです」

「……そんなことをして、我らドワーフの『技』は、それからどうなる?」

「個人の勘を『精度』に昇華させるんです。この定規を受け入れた瞬間、皆さんはただの鍛冶屋から、世界レベルの技術を共通言語にする術を得て、最高傑作品を全員の力で作っていくんですよ」


 ブラムさんの懸念通り、一度「互換性」という便利さを知れば、もう元には戻れない。でも、これこそがドワーフの技を世界に知らしめる第一歩なんだよ!


 最後にオレは、ノヴァンさまから預かってきた「特区宣言書」を渡した。


「ノヴァンさまの領内では、教会の許可なくあらゆる発明を認めます。火薬の研究でも、魔技の転用でも何でも自由です」


 ドワーフたちの間に、沈黙が走る。


「発明した技術の利益は、ギルドが独占していいし、ドワーフの居住区には教皇庁の査察官を一歩も入れさせない。……これは、ノヴァン・ド・オルドーが命に代えても守る約束です」


「……教皇庁のに背を向けるというのか、あの魔王は?」


 隣にいたサイラス殿が静かに一歩前に出た。


「私は教徒だが、主の選ぶ道に神の許可は不要と心得ている。……ドワーフの諸君。あなたたちの『誇り』を教典の中だけに閉じ込めたくない」


 重みのある言葉が、最後の一押しとなった。


「……面白い。騙されたと思ってやってやろうじゃないか。サニーと言ったか。その『テッポウ』、ワシらが世界一の死神に仕上げてやる!」


◆◆


 交渉は成立した。オレは安堵の息をつき、シリルの用意してくれた保存食の肉を頬張った。


「……シルヴィア殿」


 サイラス殿の目は、相変わらず鋭い。


「先ほどの『規格』の話。……あれは、この世界の知識ではありませんな。少なくとも、私が知るかつてのあなたからは、そんな発想は微塵も感じられなかった」

「……サイラス殿」

「ノヴァンさまもそうだ。あの冷徹さの裏に、時折、燃えるような熱情と……何かを渇望するような眼差しが見える。……二人とも、何を隠している?」


 オレは肉を飲み込み、彼を真っ直ぐに見返した。


「……秘密、ですよ。でも、サイラスさん。オレたちがやりたいのは、この世界を『誰もが笑える場所にすること』なんです。……それだけは、信じてください」


 サイラス殿は、ほんのわずかだけ、口角を上げた。


「……信じましょう。あなたのその、嘘をつくときに出る癖は、子供の時から変わりませんからな。……肉のタレを鼻につけているところも」

「えっ!? ホントですかっ、鏡、鏡!」


 キメ顔から一転、慌てふためくオレに彼は静かに笑った。

 ――鉄砲の量産。ドワーフが味方。着実に、上洛への準備は整えた。


 けれど、サイラス殿のような勘の鋭い人もいる。もしオレらの正体がバレ、世間に広まったらどうなるのか……? オレは少しばかり不安な気持ちになった。


次回予告

【ナレーション:ノヴァン・ド・オルドー】


……ふん、あの一介の従卒が、これほどの結果を出すとはな。

『もてなし』の準備? 私が自ら指揮を執るのは、あくまで軍の士気向上のためだ。カン違いするな。

決して、あの娘の喜ぶ顔が見たいわけでは決して無いっ。


次回、アオハル転生! 第10話『主さまのサプライズ! 陣頭指揮は愛のメロディ』

貴公らの忠義に、最上の感謝を捧げる。……見てくれないと、おしおきだぞ?


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