007話 盟約
「……シリル、聞いてくれ。河原に生えてるあの野草、塩を振ってよく揉めば、案外いけると思うんだ」
オレ――シルヴィア・フォレスト、通称サニーと呼んでくれ――は、空腹で鳴り続ける腹をさすりながら、妹に提案をしていた。
「姉さん、情けなっ。先日の敵を射抜いた鉄砲作戦は確かに立派でしたけど、その対価が『愛妹に雑草を食べさせる生活』なら、私は今すぐ屑鉄になった鉄砲をパンとスープに変えてきますよ」
シリルがドンッ! と差し出した皿には、カサカサに乾いたパンの耳が二片。妹の言う通り、使い過ぎてもはや使用不能になった鉄砲50丁の代金は、オレらフォレスト家の家計を跡形もなく焼き尽くしていた。
「うう面目ない……。でもなシリル、今度の同盟さえ成功すれば、ノヴァンさまから特大のボーナスが……」
「ボーナス? 信じらんないですって。 私、もうこれ以上は頭を下げに行ける宛てがありませんから」
シリルの言葉に、オレの背筋に冷たいものが走った。
実は、オレはこの同盟交渉を一度「失敗」させている。
最初のトライでは、オレは隣国の領主イリアスを甘く見て、事務的な条件提示だけで同盟を迫った。結果、プライドを傷つけられた彼は席を立ち、交渉は決裂。オレにまたとない大役を命じたノヴァンさまからは、
「期待をして損をした。お前はただの、口先だけの女だ」
と、氷よりも冷たい言葉を投げつけられたんだ。
あの絶望を打ち消すために、オレは「時戻り」を使った。
――時戻り。
その魔法は、この奇妙なマクラを使うと発動する。
ほら、見えるかな? この魔法少女がプリントされているボロくて汚いマクラなんだが。
このマクラで寝るとアラ不思議。ほぼ1日、時間が巻き戻すことが出来るんだ。つまり失敗をやり直せるんだよ!
でもコレ……。たぶん剛のヤツが持っていたモンなんだよなぁ……。返さなきゃ。けれどアイツは現世にいる。返したくても返せない。手放したくても手放せない。ああ、かわゆい魔法少女だこと。
だが。使用するには代償もあった。
オレの美しい金髪に、使うたびに元気のない白い髪が混ざるようで。……ま、それくらいは別にヘーキだし。
「……次は、絶対に外せない。イリアス卿の『忍耐』に報いる、最高のおもてなしをするんだ」
オレは、シリルの実務能力を頼りに、ある「作戦」の準備を始めた。
後に知ったことだが、この作戦に必要な経費を工面するため、シリルは陰でほうぼうを駆けずり回り、例えばマルコへの追加融資の交渉や自分の私物を売ってまで用立ててくれていた。
オレは泣いた。
シリル……お姉ちゃんがあとでゼッタイに、最高にウマイ肉を食わせてやるからなぁぁ……!
◆◆
ミカーヴァ子爵領の本拠オカザール城からやってきたのは、イリアス・リヴァース卿。
城門をくぐり、馬を降りたその姿を初めて見た時、オレは思わず息を呑んだんだった。
……若い。あんなに幼いのか? と。
そこにいたのは、ノヴァンさまやオレよりもさらに二、三歳は年下に見える、ローティーンの少年だった。使い込まれた古い鎧は、その小柄な体躯を誇示するのではなく、守るべき領民の重圧をそのまま背負っているかのように見えた。だが、その佇まいは驚くほど颯爽としていた。
地味な茶髪を短く整え、切れ長の瞳には「忍耐の賢者」と称されているのに相応しい、底知れない理知の光が宿っていた。大国に翻弄され、幼少時代、人質という過酷を潜り抜けてきた少年。その若さで、彼は希同様、「感情を殺す」という術を完全に身につけていたのだ。
「……貴公が、オルドーの『ラ・ソルシエール・オ・シュヴー・ドール』か」
彼は私を真っ直ぐに見据えた。その声は幼いながら低目で、透き通るように冷静だ。
「我が領地を叩きのめした一夜橋。そしてボウマン公までの巨大な壁を崩した鉄砲。……貴公という人間を、僕は死神か、さもなくば悪魔の化身だと思っていたが」
彼は会場の白いリボンと、甘いケーキの香りに視線を移し、わずかに眉を寄せた。
「……どうやら僕の想像力すらも、貴公の発想には追いつかなかったらしいな」
彼の視線は鋭く会場の隅々に流れた――逃走経路や伏兵の有無を瞬時に把握しようとしているようだった。若く、賢く、そして誰よりも慎重な少年当主。
……この子だ。この子の『忍耐』を溶かして、ノヴァンの最強の盾にするんだ。オレは心の中で自分に気合を入れ直し、サニースマイルをフルチャージした。
一方、彼を待っていたのは物々しい兵列ではない。
「――ウェルカム・トゥ・オルドー! 本日はハッピー・ウェディング・アライアンスへようこそ!」
オレは現世の、あ、えーと、昭和バブル花盛りの結婚披露宴をイメージした、最高に「多幸感」あふれる会場を演出し彼を導いた。
白いリボンで飾られた回廊、ハープの調べ、そして中央には巨大な同盟記念ケーキ。さすがのイリアス卿も呆気にとられ、毒気を抜かれたように立ち尽くした。
「……これは何の冗談かな。僕は別に降伏しに来たわけじゃないぞ」
「冗談じゃありません、閣下。これは『ミカーヴァの誓い』。今日、この瞬間から、ミカーヴァとオレたちディワールは一体となり、一つの家族になるんです」
オレは転生前の接待術を、想像や記憶の限りフルチャージさせ、シリルの用意した極上の料理と酒で彼をもてなすことにした。【人は空腹が満たされ、自分を『一人の人間』として尊重されたと感じた時、初めて心の鎧を脱ぐ】――と何かの本か、ネット記事で読んだ……ような気がする。
◆◆
宴が最高潮に達した頃、ノヴァンさまがゆっくりと席を立ち、イリアスの前に立った。
会場が静まり返る。ノヴァンさまは盃を手に、イリアスに言い放った。
「イリアス・リヴァース殿。我がオルドーは、ミカーヴァに全幅の信頼を置き、背中を預け、これより総力を挙げて西進する。【王都オーディンス・クラウン】への上洛を果たす」
「……なんだと?」
「よって貴公は。――大陸の東半分をすべて我が物にするといい。手始めは虫の息のシュール・ガルド大公国の併合でしょう。そっちは頼みますぞ」
イリアス卿は目を見開いた。
「なっ……。あの大国を含む東の地をすべて、この僕に託されると言うのか」
「今日はそのような交渉をするために、苦渋に耐え、わざわざ仇敵の地に参られたのだろう? それに報いるための、せめてもの私からのお礼だ」
イリアスの拳が、震えていた。
これまでボウマンに顎で使われ、盾にされ、誰からも価値を認められなかった小領主の少年。その彼を、ノヴァンは「東を任せる対等なパートナー」として認めた。
「お、オルドー辺境伯……。……このイリアス、貴公の背後は死んでも守り抜くと誓おう」
イリアスが深く頭を下げた瞬間、オレが仕掛けたマグネシウム火薬の室内花火が炸裂し、会場は祝福の光に包まれた。
◆◆
「おめでとうございます! これで同盟成立だ!」
歓声の中、オレは安堵で膝から崩れ落ちそうになった。
「……姉さん。今回の作戦、バカらしくて、とても上出来だったよ」
いつの間にか隣に来ていたシリルが、少しだけ誇らしげに笑った。
「シリル……。ありがとうな。お前が金を工面してくれなきゃ、このケーキも花火もなかった。……本当、最高の妹だよ」
「……ふん今更ですよ。あとで利息分、たっぷりお肉を食べさせてもらうからね」
そんなオレたちのやり取りを、上座のノヴァンさまがシラッと眺めていたらしい。
シリルだけが気づいたようだ。
「ねぇ、姉さん。見て。ご領主さま、またあの顔だよ」
「え?」
「姉さんがシリルのおかげだって笑った瞬間、すごく……なんて言うか、切なそうな顔をしたの。自分も姉さんに『ありがとう』って言いたいのに、立場が邪魔して言えない……みたいな、もどかしい顔」
オレはノヴァンさまの方を見たが、彼はすでにいつもの冷徹な領主の表情に戻っていた。
「……シリル、お前ときどき詩的な事言うなぁ。そりゃ気のせいだって。ノヴァンさまは、オレを便利な道具としか思ってないんだよ」
そう答えながら、オレは自分の前髪に触れた。
時を戻すたびに増えていく白髪をオレは気にし始めていた。
ノヴァンさまの覇道のために、オレの美貌が少しずつ削られていく。
まさか。もしかして、ノヴァンさまのひがみの呪いだろうか。
……なーんて。まーそれでもいい。
あの日、非常階段で彼女が眺めてた広くてでっかい夜空を。「誰も見たことがない景色」を。
オレがこの世界で見せてやるんだ。
独りよがりでいい。何でもいいから役に立つんだ。
アイツのために。
次回予告
【ナレーション:シルヴィア・フォレスト(=サニー)】
みんなぁ、サニーだぞー!
敵の伏兵が潜む『灰の道』、これって完全にフラグじゃん?
逃げ場なしの絶体絶命、でもオレの心には、主さまから預かった熱い信頼があるんだ。見せてやるぜ、オレの戦い方をな! 大切な人を守るためなら、オレは何度でも泥にまみれてやる!
次回、アオハル転生! 第8話『涙のタクティカル・マーチ! 乙女の祈りは道を拓く』
主さまへの愛、フルスロットルだっ!★
はい、終わり。いいのかよ、これで?




