029話 アベイ・ド・フォンヴローの変
西域連合攻略の最前線。
シルヴィア・フォレスト遠征軍は、難攻不落と謳われた要衝、「シタデル・ド・シャラント城市」を攻囲していた。だがオレは無益な殺生を避けたいため、フォレスト鉄砲隊の威力を誇示しつつ、オルドー通貨による経済的懐柔を進める「無血開城」を目指していた。城内には数多くの一般市民もいて、彼らへの危害は厳禁。それがオレの絶対命令だった。
攻囲戦は三日目を迎え、膠着状態にあった。苛立ちが募る兵士たちをよそに、オレはシックスの隊を率いて、城市の外周を威圧偵察に出ていた。城壁に沿って流れる小川のほとり。まさか、と目を疑った。
そこに、城から抜け出したらしい二人の姉弟が、無邪気に花を摘んでいた。
「馬鹿にしやがって……!」
若い兵士が、反射的に弩弓を構えた。狙いを定めるその腕を、オレは反射的に叩き落とす。
「お前こそバカヤローだ! 何してやがる!」
ゴン、と鈍い音を立てた。どつかれた兵士は、平素シックスの容赦ない制裁に鍛えられているためか、非力な拳を受けても痛くもかゆくもない様子で、目を丸くしてオレを見返している。
「市民に危害を加えるなと、何度も言っただろうが!」
シックスが面白そうにニヤニヤしながら、手で兵士を制止する。その時、小川に落ちていた石につまずいた弟が、姉を巻き込むようにして川に転落した。
「キャーッ!」
悲鳴が響き渡る。城壁の上からは、オレたちに気づいた兵士たちが矢を放ち始めた。矢の雨が降り注ぐ中、オレは迷わず馬を降り、初冬の川に飛び込んだ。
「大丈夫か!? 立てるか!?」
流れに飲まれそうになる姉弟を抱え上げ、シックスたちも城からの攻撃を受けながら、必死に援護してくれる。矢と水しぶきを浴びながらも、何とかふたりを城門の前まで連れて行った。
「おいこら! 彼女たちを城の中へ入れてやってくれ!」
割れるような怒鳴りを上げて頼み込む。
さっきまで闇雲に矢を飛ばしていた兵士たちがようやく状況を呑み込み、呆然とした顔でこちらを見ている。 シルヴィア兵が距離を取ったのを見計らい、恐る恐る城門が開いた。姉弟は城の中へと消えていった。
◆◆
その日の夜遅く。城から降伏の使者が来るとの報せを受けた。ヒューゴやシックス、サイラスたちの間にも、安堵と達成感の空気が流れた。
「……よし、これで西の巨壁が落ちる。あるじさまに良い報告ができるな」
わずかに口角を上げた、その時だった。
王都方面から、一騎の伝令が猛烈な勢いで駆け込んだ。遠路を走り通したその馬は力尽き、泡を吹いて倒れた。泥にまみれた伝令が、絶え絶えの声で叫ぶ。
「……緊急報告! 王都オーディンス・クラウン、オルドー家館、アベイ・ド・フォンヴローが……謀反により炎上しております!」
「な……!? アレクシスか? 教皇派の残党か!」
詰め寄るオレに、伝令は震える唇で信じがたい名を告げた。
「……イリアス……イリアス・リヴァース侯爵です! 侯爵率いるリヴァース軍が……閣下を急襲いたしました!」
「……嘘だろ」
オレは脳天に鉄槌を喰らったような衝撃に呻き、視界が真っ白になった。
膝の力が抜ける。シックスが支えて何か言ってくれたが、オレの耳には入らない。
頼んだよな、イリアス?
お前が守ってくれって。……オレが、アイツを主さまの所に連れ込んじまったんだ!
絶叫しそうになったのをサイラス殿に強く揺さぶられた。
「シルヴィア様! しっかりなされませ! 今は気を失っている場合ではございません!」
その言葉で、かろうじて気を張り詰め直した。そうだ、気絶なんてしてる場合じゃない。隣にいるヒューゴだって青ざめてるが、必死に事態を分析しようとしているようだ。
動揺の色を隠せないシックスや、立ち尽くすレオを前に、ヒューゴが眼鏡を押し上げて話し出す。
「考えられる可能性は三つだ」
彼は無意識に愛用のマクラを両手で握りしめ、まるで引きちぎるかのように力を込めていた。レオが慌てて「落ち着けって!」と止めるが、彼の目は興奮のあまり真っ赤に充血している。
「一つ! 教皇アレクシスによる、野望を刺激した洗脳か密約! リヴァース家に『聖戦』とうそぶき、天下をチラつかせての誘惑だ! 二つ目! ボクたちが進めてきた近代化が、騎士道という古い価値観を壊すことへの、イリアス自身の根源的な恐怖! このままでは世界が壊れる、とでも思ったのかもしれない! そして三つ目! リヴァース家の縁者や、彼が守るべき人々を何らかの形で人質に取られたことによる、断腸の決断! 一人の人間を裏切って万民を救うか、あくまで義理を貫いて見殺しにするか……それは最悪の選択を迫られた結果だ!」
言い切ったヒューゴは嘆息する。
「どれも勝手な推測だ。あんなに高潔で義理堅い騎士が、なぜこのタイミングで、信頼の厚い恩人を襲ったのか……。その心の中は完全に闇だね」
ヒューゴの言葉を聞き終え、オレは震える手で地面を掴んだ。
脳裏にはアベイ・ド・フォンヴロー城館を焼き尽くす炎と、その中で独り立ち尽くす主さまの姿が、呪いのように浮かんで消えない。涙がぽろぽろ出て止まらない。
「……理由なんて、どうでもいい」
喉の奥から血を吐き出すような掠れ声で宣言する。
「……戻る。今すぐに。城明け渡しの交渉はサイラス殿に任せる。動ける者は全員、馬を乗り換えてでも王都へ走れ!」
開城は目前で、大返しに反対する者はいなかった。
「直ちに戻る。王都オーディンス・クラウン、 アベイ・ド・フォンヴローへ!!」
◆◆
――早朝。
シルヴィアたちの喧騒が消え去った攻囲陣の中。シタデル・ド・シャラントの城門が静かに開き、領主が単身、サイラスの前に出頭した。
彼は鉄仮面をゆっくりと脱ぎ捨てると、片膝を付き、深々と頭を下げた。傍らに置かれた降伏文書には、既に署名が記されている。
「……騎士の道に未練する我らに、慈悲を与え給う白き軍師殿に、心よりの感謝を……」




