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告ってフラれたあの子が「主さま」 ~TS女軍師になったオレは可愛がられてこき使われながら、彼に天下を取らせます~  作者: 香坂くら
サニー総監

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挿話:免罪(後編)


 ノヴァンさまと視察に出掛けた、その一ヶ月ほど後。

 あれほど平和だった鉄の産地、モンティーロが文字通り地獄の惨状になった。

 西域連合に与する有力諸侯が、何を血迷ったのか突然国境を侵犯したのだ。


 教皇庁が発した聖域指定によって武装が解かれ、祈りと施しに浸っていた村は、トチ狂った蛮兵らの格好の猟場になってしまった。


「サニー、兵を出せ! 大至急だ!」

「急ぐぞ、シックス、サイラス殿も!」


 主さまが蒼白な面持ちで呻く。


「――ベネディクトのやり方は気に食わん。だが村民を見殺しには出来ん!」

「承知しています! ヒューゴ、鉄砲隊は準備出来るか!?」

「……すまない、間に合わない。教皇庁の物流制限で、弾薬が十分に揃わないんだ……!」

「くっ……!」


 ベネディクトが施した「平和の麻薬」。――それが今、最悪の副作用としてオルドーの足を引っ張っている。……だが、絶望の淵にいたオレらの元に、風伝魔術による信じがたい第ニ報が飛び込んできた。


『――……報告します。西域諸侯軍、全滅! ……オルドー特務部隊が村を奪還いたしました!』

「特務部隊……? そんなの、出してないぞ!」


 思わず主さまと顔を見合わせた。

 嫌な予感がした。その予感は、続く早馬による詳細な報告によって確信に変わった。


「特務部隊の指揮はヴォルカン様が執られました。『異端による不法占拠を排除す』と宣言されています。なお混乱の中、枢機卿ベネディクト・ニューマン閣下が戦闘に巻き込まれ亡くなられたとの由です」


◆◆


 翌朝。

 オレとノヴァンさまはモンティーロに駆けつけた。そこにはもはや平和の名残などなかった。

 白亜の修道院は完全に倒壊し、残骸が黒く焼け焦げている。

 かつて子供たちが笑っていた学校の跡には冷たい灰が積もり、親とみられる人たちが泣き崩れていた。


 そして、逃げ込んだ教会ごと焼き討ちに遭ったのだろうか。神像の周りには、折り重なるようにして息絶えた村民たちの骸が、物言わぬ山となっていた。


「……ひどい」


 主さまが、その場に膝をつく。やつれた表情で、瞼を震わせていた。

 村の広場に行くと、全身に返り血を浴びたヴォルカンが、次々に引き立てられ斬首される捕縛人を無表情に眺めていた。


「あら、サニー嬢。どうかご安心を。不浄な侵略者はすべて屠りましたわ。教皇庁のお仕着せ平和なんてクソくらえ。これで綺麗さっぱり無くなりましたわね」


 ヴォルカンの底冷えする言葉に、二の句が継げなかった。

 ベネディクトが「経済と権威」で世界を操作しようとしたのに対し、ヴォルカンはそれを「暴力」で踏みにじり、秩序を上塗りしてしまったのだ。


「ヴォルカン。刑を停止しろ」

「は? 何を……?」

「聞こえんのか、殺すなと言っている」


 いつ追いかけて来たのか、背後からノヴァンさまの鋭い一喝が飛んだ。


「やだわ、私、怒られているの?」

「……黙って主さまに従え。オレと一緒に傷病人の救護をしてくれ」

「はいはい。分かったわよ」


◆◆


「……奴は微笑んでいた」


 辛うじて被害を免れた建屋の前で、主さまが切り出す。


「ベネディクトは私に『何が大切か考えろ』と言った。……そのとき私は思ったのだ。村の者が笑っていられるなら、我が道を少しぐらい曲げても良いかと。……だが。その結果がこれだ」


 壁に手を触れ、うなだれる。その手が小刻みに震えている。そしてその眼が――烈火のように燃え盛っていた。


「力のない平和はただのエサだ。簡単に獣共に食い荒らされてしまう……。祈りや想いだけでは、誰も守れないし、救えない」


 オレは建物の中で死に絶えていた親子に手を合わせながら、主さまの隣に寄り添った。

 ふと、自分の中に抱いた本音を漏らした。


「……オレは、世の中から戦争を無くしたい。本気でそう思ってる」


 ノヴァンさまを見ずに、どこか遠くを見つめて言う。


「カッコつけだとか偽善者だとか何とでも言えばいい。とにかく戦争を無くすためなら、オレはいくらでも泥を啜るし、人殺しの道具だって作る。……そして、戦いに勝ち続ける。二度とこんな人生の終わりを迎えなくてもいい世界をつくるために」

「ああ、そうだな。私も同感だ。私はヴォルカンを咎め立てなど出来ん。何故なら、奴より私の方が悪人だからな」


 主さまが顔を上げた。その瞳から焔が消えていた。

 代わりに映ったのは、ベネディクトの聖性でも、ヴォルカンの狂気でもない。

 すべてを背負って地獄を歩む者の、深く、静かな覚悟だった。


「……免罪なんて御免蒙る」


 主さまは、てきぱきと怪我人たちの救護を指揮するヴォルカンの姿をひと睨みし、息を漏らした。


「サニー。領内にある教皇庁の特権をすべて奪え。聖域指定、免税、独占販売――全部を武力で無効化する。……文句が出るようなら、今後はオルドーの秩序を信仰させよ」

「分かりました。仰せのまま、直ちに」


 それは、この世界における神との決別。

 自らが世界を再構築するという宣言であり、強い意志を込めた旧体制への宣戦布告だった。


◆◆


 ――数ヶ月後。

 復興が進み始めたモンティーロ()()の片隅に、一つの小さな銅像が建てられた。

 眼鏡をかけ、帳面を抱えた、穏やかな男の像。


 視察に来た軍の先頭で、その像の前で主さまが馬を止める。

 主さまは一言も発せず、ただ深く、一度だけ頭を下げた。


 それは、自分にこの世界の残酷さを再認識させ、あっさりと退場した好敵手への最大級の敬意に見えた。あるいは、二度とその優しい欺瞞には任せないという自戒の儀式にも映った。


「さあ、行こう。サニー」

「ウィ、主さま。……世界の果てまでお供しますよ」


 軍靴の音が、新たな時代の足音になって、敷設したばかりの石畳に響き渡った。


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