025話 渦
夜明け前のヴァル・ド・ロンシャンは、深い霧と、重苦しい湿気に包まれていた。
三日三晩、一睡もせずに街道を駆け抜けた身体は、正直鉛のように重い。けれど、オレ――サニーさまの目は爛々とした闘志で冴えわたっていた。
「……軍師殿、これで本当によろしいのですかな?」
声をかけてきたのは、老将バールだ。
彼は指揮官としての才も咲かず、家柄も平凡。年功を積んでいるが際立つ武勲は無い。オルドー麾下で最も「普通」な軍隊長の一人だ。そんな彼が、今は泥まみれの軍服をさらにセメントの粉で白く汚しながら、オレの指示通りに数千本の杭の打ち込みを前線指揮し、異様な形の防壁を築いていた。
「ああ、バール隊長。完璧だよ。この『セメントの胸壁』こそが、魔法騎士団、虎の牙の墓標になるんだ」
「ははっ、奇妙な戦よな。名乗りを上げる暇もなく地面を掘り、泥を固めるのが勝利の鍵とは。だが……貴殿が信じろと言うなら、ワシら凡夫は地面を這いつくばってでも仕事を果たすまでよ。行くぞっ野郎ども! 杭を打て! 敵が来る前に『壁』を完成させるんだ!」
バール隊長の怒声に応じ、兵士たちが必死に土を盛り、セメントを流し込む。
かつての戦場なら、彼らはただの「数合わせ」として使い捨てられる運命だった。けれど今は違う。彼らの泥臭い労働が、魔法使いたちを斃すための大きな原動力になってるんだ。
◆◆
◇カイザーベルク公領、惣領バルタザールの視点
一方、川をはさんだ小高い丘。そこには、当世無敗の魔法騎士団を率いる若き獅子、バルタザールがいた。
彼は父の前で短慮な怒りを見せていたのとは打って変わり、冷厳峻峭な武人の眼差しでこちらの陣地を観察していた。
「……妙な陣だ。リヴァースの副城を守りに行くのではなく、手前の平原にわざわざ『壁』を築くとは。オルドーの魔王はいったい何を企んでいる?」
バルタザールは、決して無能な男ではなかった。むしろ、父バルデルの戦術眼を最も色濃く受け継いだ、次代の軍神と呼ぶにふさわしい人物だった。
「父が落とせなかったリヴァースの要衝を、私の手で落とす。あれはただの土塁だ。魔法騎士団の突撃による圧倒的質量攻撃……そして『ツクモガミ』の加護があれば、あのようなもの紙細工同然」
彼は全軍に対し、攻撃重視の魚鱗の陣形による一斉突撃を命じた。それは、中世騎士道の極致とも言える、華やかでかつ暴力的な「個の武勇」の集合体だった。
◆◆
地響きとともに突進が始まった。
バルタザールを先頭に、数千の重装騎兵がツクモガミによる魔法光を頼りに突っ込んでくる。その迫力にオルドー軍の最前線部隊が一瞬、腰を浮かせた。
「手柄が近付いて来たぞ。持ち場で深呼吸しろ!」
オレは最前線の胸壁に立ち、泥と油で汚れた右手を高く掲げた。
「……みんな。奇跡を待つ必要はない。ただいつもの通り、しっかりと引き金を引け」
敵先頭が最大射程に入る。
「まだだ、――後5カウント」
ヒューゴが、きっちりカウント5で軽くオレの背を押す。
オレの手が振り下ろされた。
「撃てええええええええいッ!」
山を崩すほどの轟音。それは単発ではなかった。
オレが導入した戦術の一つ、カウンターマーチが始動した。
兵士たちは横一列ではなく、9名一組の斜縦列――「渦」を形成していた。
一番手の射手が放火すると、すぐさま後ろの兵に撃った銃を渡しつつ1歩後ろにさがる。射手の背後には、二人の「装填助手」が張り付いていた。火薬まみれの手で火皿を掃除し、弾を突き固める助手たちは必死の形相で頑張る。そこには華やかな英雄譚なんてどこにもない。あるのは、ただ効率的に鉛を送り出す分業という名の作業だった。
射手は常に同じ銃を使い、手渡される「装填済みの銃」を一歩前に進み出て、間断無く機械的に撃ちまくるわけだが、都合3班に分かれているため、次弾掃射まで僅かながらインターバルがあり、慌てることが無い。
一番手が撃ったら、二番手。二番手が撃ったら三番手。そしてまた一番手。絶え間なく弾丸が吐き出される渦。魔法使いの詠唱時間より早くこのサイクルを回転させる。
◆◆
「障壁を張れ! 『ツクモガミ』の盾で防げ!」
バルタザールが叫ぶ。
騎士たちの前方に美しい幾何学模様の魔法陣と、黒く漂う霧が展開された。
前回の戦いでは、これに弾き返されてエンドだった。
だが。ブラムの親父さんが心血を注いだ尾栓によって、銃身の密閉率は飛躍的に向上していた。爆発の際のエネルギーを逃さず受け止めた弾丸は、音速を遥かに超える貫通力で、魔法陣をその核の紋章ごとブチ抜いた。
「障壁が、貫かれた……!」
「ツクモガミが止まりました!」
「な、何だと?!」
バルタザールの驚きが動揺に変わる間もなく、オレたちの「システム」が牙を剥きだす。
「弾幕(Curtain of Fire)攻撃開始」
ヒューゴが淡々と指示する。その命令が鉄砲隊全軍にさざ波のように届く。
一人を狙う必要はない。敵がいる「空間そのもの」を鉛の粒で埋め尽くす作戦。
相手が美しい魔法を描こうとした瞬間、その指先が、頭部が、馬の脚が、見えない速度の鉄塊に叩き潰される。
オレたちはこの日のために六千丁の鉄砲を用意した。
さらには、セメント防壁で完全防護された塹壕からの攻撃は、反撃に到らない魔法騎士たちを軍馬ごと薙ぎ払った。オルドーの兵たちは、一方的な「屠殺」にシフトした戦場でシステムを回し続けた。
「ツクモガミが起動しなくなっている……!」
ずれ落ちたヒューゴのメガネを拾い上げたオレは、彼の独り言の意味を聞き返した。彼は多数の魔法騎士たちが胸を押さえながら斃れていく様を指して顔を背ける。
「きっと魔装飾器の呪いだ……」
バルタザールが血反吐を飛ばしながら、オレたちに叫ぶ。
「これがお前たちの『戦』かッ! 魔王の戦いかッ!」
彼の誇る魔法騎士団は、英雄的な戦いを繰り広げることもなく、ただ草っぱらの上に転がり、泥の中に突っ伏し、黄泉へ沈んでいった。
◆◆
戦場が静まり返る頃、ロンシャンの平原は「死体の絨毯」へと変わっていた。
かつてこれほどまでに一方的な戦があっただろうか。
オレは、硝煙で真っ黒になった手を震わせ、足元に広がる惨状を見つめた。
自分の持ち込んだ知識。ネジ。セメント。分業制。それらが組み合わさった結果、人がまるで廃棄物のように処理されてしまった。
「……あ、あはは……。勝ったぞ……。オレたちの、勝ちだ……」
カラ元気を出そうとしたけれど、声が掠れて出ない。
視界が歪む。
勝利の歓喜に狂ったように沸く兵士たちの中で、オレやヒューゴだけが、無言で恐怖に震えていた。
そこへ、黄金の鎧を纏ったノヴァンさまが徒歩で近付いてきた。
「サニー」
「主さま……。オレは……」
「お前の罪は、ぜんぶ私が背負う。お前の涙も、私が拭う。……お前はただ、私と一緒に前を見ていれば、それでいい」
主さまの黄金の瞳に、オレは吸い込まれた。
彼はオレを抱き寄せ、戦場に漂う硝煙を遮るように、そのマントを広げた。
――ヴァル・ド・ロンシャンの決戦はオルドーの大勝利で終わった。
虎の牙は完全に瓦解。
バルタザールは多くの勇士を失い、故郷カイザーベルク公領に失意の撤退をした。
次回予告
みんなー、サニーだよっ! つぎのおはなしは――!
あのね、次回から3話ほど「特別編」をお話するよっ!
何だかムズカシそうなお金の問題。
教皇庁の頭のいいオジサンが、オルドーに嫌がらせをしてくるの。
わたしも主さまも、もーカンカン!
ちょっとォ、もーヤメテー!
次回、「お祈りはキケンな香り!? ノヴァンさまプンプン! 『まさかのオルドー破産!』なのだっ!」
「主さまっ! この胸のドキドキ、ぜんぶあなたに届けっ! 愛のシュートでゴーォォル!!」
※作者不調のため「次回予告」がしばらくお休みとなります。ご了承ください。




