024話 イノベート
◇カイザーベルク公領、カイザーシュタット城
胸を焼くような痛みが、肺の腑まで侵している。
(――儂としたことが、これほどの不覚を取るとは)
カイザーシュタットの奥屋敷。天下最強と謳われたバルデル・タイガーの巨体は、今やシーツの海に沈んでいた。
「父上! 起きてください! 今こそオルドーを叩き潰すべきです!」
枕元で喚き散らしているのは、息子のバルタザールだ。血管が浮き出るほど顔を真っ赤にし、ただ感情のままに威勢を放っている。その短慮な思考が、病床のバルデルには透けて見えた。
「……静かにせよ、バルタザール。今は自重し、融和を図れ。王都の次期国王候補、アレクシス・アスコットと密に連絡を取り合え。ヤツの上洛要求には期待を持たせるだけにして、決して乗ってはならぬ」
「何を弱気な! 父上はバルドゥイン大公を見捨てるのですか!」
バルデルは虚しく息子を見つめた。
「それがヤツの運命だ。……それとヴォルカンだ。儂はあの女に踊らされた。送ってきた『ツクモガミ』。アレは「ヒラグモ」の模造品だった。あやつ、この儂を実験台にしおったのだ」
バルデルは、最期の力を振り絞って息子に告げた。
「……万が一、儂が死ぬようなことがあったら、直ちにオルドーの魔王と講和しろ。それがカイザーベルクが生き残る唯一の道だ」
「父上ッ!」
噛みつくような息子の怒りを、バルデルは閉じた瞼の裏に遮断した。
(……儂の代で、カイザーベルクは終わりか。……教皇庁も、次王も……これで……)
◆◆
王都、オーデンス・クラウン宮殿。
煌びやかなシャンデリアの下、次期国王候補のアレクシス・アスコットが影を薄めながらも立ち会う軍議の場。オレは冷たい石床に膝をついていた。
「――必勝の策をお持ちしました」
「そうか」
我が主、ノヴァン・ド・オルドー辺境伯はアレクシスの臨席から、ただ一言発した。
代わりに口出ししてきたのはヴォルカン・マッソ。
「ま、必勝の策ですって? それは素晴らしいですわね。ならば実戦で早速その策とやらを試されては? ちょうどバルドゥイン大公のまたまた懲りずに武装蜂起したという話ですから……」
扇子を弄んでいた彼女、他人事のような、それでいて挑発的な視線を投げてくる。
「バルドゥイン大公を始末するのは、アンタの仕事じゃなかったっけ? ヴォルカン」
思わず口答えすると、間髪入れずノヴァンさまの咆哮が響いた。
「サニー! 口を慎め、この思い上がり娘。貴様に口答えする権利はないッ!」
「――っ! あ、ははあっ!」
あまりの剣幕に仰天して飛び退くオレに彼はさらに言葉を叩きつける。
「ヴォルカンではなく、お前が代われ、サニー。今こそ貴様が先陣を切り、汚名返上するのが筋であろうが!」
「ハハッその通りでした! バルドゥイン退治、このお調子者のサニーが見事成し遂げてみせますデスッ!」
「当たり前だ、さっさと支度せい。私も監視について行く。……それとヴォルカン、貴様の隊も同行しろ。二度目の裏切りはもう許さぬぞ」
ヴォルカンは一瞬、嫌そうに眉を寄せたが、すぐに不敵な笑みを戻した。
「えーマジで……畏まりましたわ、殿下。……ホントお二人、仲のよろしい事」
◆◆
バルドゥインが逃げ込んだ、地方の小さな城塞都市。
そこへの攻撃は、ノヴァンさまの手によって見るも無残なまでの蹂躙へと変わった。
サニーの新戦術を披露する隙など、微塵もない。
「主さま、やりすぎだって! これじゃ市街がぜんぶ灰になっちゃう!」
オレはシックス、サイラス、レオ、バーナビーら仲間たち全員を急かした。
「みんな! 非戦闘員の女子供、年配たちを裏道から逃がすぞ! 急げ!」
戦功よりも、人道。それがオレの、シルヴィア・フォレストとしての最後の矜持だった。
だが、追い詰められたバルドゥインは最悪のカードを切った。「教皇庁の加護」を唱えさせ、武装させた子供たちだけで編成した部隊を、オルドー軍の真っ向へと突撃させたのだ。自分はその隙に逃げるという、吐き気のするような作戦だ。
「射殺しなさい、閣下」
ヴォルカンが冷酷に囁く。
「これがヤツらの常套手段。一時の迷いで好機を逃せば、子供とてやがて大人の正規兵になって脅威になるわ。地獄は永遠に続く。そうでしょ?」
ノヴァンさまが手を挙げようとした瞬間、オレはその前に割り込んだ。
「待って! そんなことをしたらヤツらと同じになる! 頼む、見逃してやってくれ! オレが、ゼッタイに戦いを終わらせるから!」
「閣下。愚図つく時間はないわよ」
「主さま! 頼む!」
結局、ノヴァン・ド・オルドーはヴォルカンに勝ったオレの必死の形相に、振り上げた拳を下ろした。子供兵らは全員捕縛され、武器接収の上、家族の元に帰された。
◆◆
バルドゥインは取り逃がした。
宮廷の将軍たちは口々にオレを「腰抜け」と罵倒し、ノヴァンさまは苦い顔で黙り込んだ。そこへ、ヒューゴが口を割って来た。
「カイザーシュタットに兵が集結! バルデル・タイガーがいよいよ動きます!」
場が、シンと静まり返る。
「サニー。いや、シルヴィア。お前の鉄砲隊の威力、温存しておいて正解だった。いまこそ見せつける番だよ。――ね? 閣下」
「このシルヴィア・フォレスト、命に代えてもタイガーを打倒します!」
「……その大言壮語、しっかりと耳に刻んだぞ。今度こそ失敗は無い。分かっているな」
「ハハッ!」
オレとヒューゴは視線を合わせた。
「……想定戦場はどこだ?」
「リヴァース子爵領、ヴァル・ド・ロンシャン。バルドゥインが逃げ込むであろう城の近郊です。行程四日半の地ですが、既に武器弾薬を運び込み、城塞を築いております」
「何故バルデルの動きを……しかも、その場所だと予測できた?」
麾下の将軍の問いに、オレは力強く答えた。
「何故なら、息子は……偉大な、あるいは偉大『だった』父を超えたがっているからです」
バルデルが重篤か、あるいは既にこの世にいないことを示唆する言葉に、麾下将軍たちは色めき立つ。父が落とせなかったリヴァースの城を落とす――若き後継者が陥るであろう心理的な罠を、オレたちは既に予測していた。
「行くぞ皆の者、ついて来いッ! ヴァル・ド・ロンシャンまで三日で駆け抜けるぞ!」
魔王ノヴァンの号令が、オーデンス・クラウンの静寂を破った。
次回予告
みんなー、サニーだよっ! つぎのおはなしは――!
もやもや霧のロンシャン平原! ドキドキ夜明け前に、サニーさまはスコップ片手で大忙し!?
「穴をほって、かためて、またほって! これが勝利のじゅんびなのだっ☆」
そこへ突っこんでくるのは、ピッカピカの魔法きしだん!
うわぁっ、速い! 強い! かっこいい!?
……でもでも、今回はちがうんですっ!
「奇跡は待たない! いつも通り、引き金ひくだけっ!」
ドドーン! バババーン! 魔法のカベが、まさかのパリン!? 戦場はぐるぐる大混乱――!
だけど……勝ったはずなのに、胸がずきっとするのは、どうして?
そして戦いのあと、ノヴァンさまがサニーをぎゅっと――!?
次回、「きらきら勝利!? でもハートは大ゆれ! はじめて知る『ほんとうの戦争』なのだっ!」
「ノヴァンさまっ! この胸のドキドキ、ぜんぶあなた行きっ! 愛の弾幕、フルオートで発射ぁぁっ!!」




