022話 再起
石畳に額がこすれる。膝に染み込んだ泥が、生温かい返り血の記憶と共に冷たく固まっている。
オルドー城の謁見の間。かつての「救世の英雄」を迎える喝采なんて、もはや欠片もなかった。
「シルヴィア・フォレスト。貴様の浅薄な慢心のせいで、同胞たるイリアス卿は死地に取り残され、我が軍は一万の精鋭を失った。この大罪、万死に値する」
頭上から降り注ぐのは、ノヴァンさまからの痛罵。
恐る恐る顔を上げると、そこには『魔王の仮面』を被った、見たこともないほど昏い瞳をした主さまがいた。周囲に控える貴族、ヴォルカンの息がかかった新興商人たちが、とばっちりを受けないよう目線を逸らしつつ、こっそりと無様なオレを嘲りほくそ笑んでいる。
「猶予をやる。一週間だ。その間に、あの軍神バルデルを討滅する確かな策を届けよ。叶わぬならば、素っ首をプラトー・ド・トリリテの英雄らに捧げる。いいな! ……っ! 分かったのか、そのしみったれの顔を下げろ、無礼者めが!」
ノヴァンさまが投げつけた銀の杯が、オレのすぐ脇で響音を立てて跳ねた。
「……っ申し訳ありませんっ、承知……いたしました」
オレは震える声で答え、逃げるようにその場を後にした。
――誰もいなくなった自室に戻った瞬間、オレはベッドに沈み込んだ。
「うそ……」
あろうことか、オレ、泣いてる?
マジで首が跳ぶと思ったし、それも仕方ないとさえ思った。
「クソ……なにオレ泣いてんだ。泣いて死人が生き返るのかよ。赦してくれるのかよ」
……これでいい。今のオルドー軍には、敗戦の怒りをぶつける対象がないとダメなんだ。
それより。
「サニーちゃん、ヘコんでるヒマはねーぞ! 落ち込んでる間に次の手だ!」
オレは自分の両頬をパンパンと叩いて、鏡の自分にニカッと笑いかけた。カラ元気だって、出し続ければ本物になる。軍師様がくじけてしまったら、一万の兵士がそれこそ無駄死にだ。永遠に浮かばれないからな。
◇◇
深夜、急いで荷物をまとめているオレの部屋を、筆頭侍女のクララが訪ねてきた。サイラス殿の娘さんで、いつも背筋が定規みたいに真っ直ぐな、強い度の入った眼鏡の女の子だ。
「サニーさま。……ノヴァンさまが、ひどく落ち込んでおられます。お一人になった際、『サニーが泣いているかもしれない』『あんな言い方はなかった』などと、ずっと独り言を……。食事も喉を通らないご様子です」
「……クララ、ありがとな。でも大丈夫。オレがそうしてくれって、予め閣下に頼んだんだから」
苦笑いしながらクララの肩を叩くと、彼女は少しだけ安心したように眼鏡を直した。
「ノヴァンさまには、私から『サニー様は鼻歌を歌いながら荷造りしていました』と伝えておきます。少しはお心が休まるでしょう」
「あはは、頼むよ。じゃ、行ってくる!」
◆◆
城の裏口から抜け出し、ヒューゴと会うために二人だけの秘密のアジト(まるで子供の隠れ家だが)に忍び入る。彼はいつものように丸椅子に座り、火の気のない暖炉の前で計算尺をいじっていたが、その表情は真剣そのものだった。
「来たか。落ち込むなよ、サニー? 万の兵が死んだってのは敵さんの宣伝で、実際のところは日和見参加でさっさと戦線離脱した小領主たちに音信不通の逃亡兵が大半で、ケガ人が五百、戦死者は百足らずじゃないか」
「よう。――そういう問題じゃないって。死んだ兵らの家族に同じことが言えるか? 大怪我した者だっているんだし、何と言ってもノヴァンさまの本陣にまで斬り込まれたんだから、……それにノヴァンさま、肋骨を折ってたんだぜ? サイラス殿だって全身切り刻まれてるし。オレの完全敗北だ」
ジト目になったヒューゴ。態度を一変させた。
「……フーン、そう来るかい。じゃあ衆目の中で死刑宣告を受けた気分はどうだい、サニー?」
「お前だって共犯で死刑リスト入りなんだからな」
ここでようやく小さく笑い合った。
「それで……バルデル軍の動向はどうなってる?」
ヒューゴが首を傾げた。計算尺を少し離れたテーブルに投げ置く。
「それがさ、妙なんだ。イリアスさまの城を完全包囲したバルデル軍だが……三日ほど前から動きが止まっている。理由ははっきりしないが、どうも居城カイザーシュタットに帰る動きすら見せているらしい」
「なんだって!? あの勝ち戦でトドメを刺さずに帰る? 意味がわかんねぇよ。イリアス卿を味方に引き入れるんじゃなかったのか?」
「ボクも困惑してる。教皇庁との間に何らかの不和があったのか、あるいはヤツの公国自体に急変があったのか。……だが楽観は危険だ。バルデルが消えたわけじゃない。この『空白の時間』に、例の計画を急いで進めなきゃ」
ヒューゴの瞳に、知的な野心が宿る。
「物理学がファンタジー世界の得意とする魔法に負けたままじゃ、ボクの寝つきが悪くなる一方だ」
「同感だ。バルデルが戻ってくる前に、あいつの空間波動をブチ抜く『新兵器』を完成させるぞ!」
◆◆
オレたちが向かったのは、城下町の地下深くに隠された工房。そこには、今回の再起を支える「一番頼もしい親父」が待っていた。
「よお、オマエさん! えらく惨めな顔で戻ってきたじゃねぇか!」
出迎えたのは、図太い腕を組むドワーフの里長、ブラムさんだ。
「ブラムの親父さん……! 悪い、負けちまったよ」
「ワシの作った鉄砲が通用しなかったって聞いて、悔しくて悔しくてな。ドワーフの里から腕利きの細工師を引っ張って来たわい。こうなったらもっといいもん作って見返しちゃるわい。ドワーフの辞書に『降参』の文字はねぇ!」
親父さん、ガハハと豪快に笑い、オレの背中をドシンと叩く。その掌の熱さに、折れかけていた心がまた少し、組み上がっていくのを感じた。
「親父さん、相談がある。これを見てくれ」
促されたヒューゴは、作業台の上に『スマホ』を置いた。
「これを分解してみてくれ。中には米粒より小さな『ネジ』が入ってる。それを、銃身の底に応用したいんだ」
「ネジ……? 知っとるぞ、螺旋の溝のついた棒……じゃな。じゃがそんなもん、どうやって削り出すんだ?」
職人たちがどよめく。今のこの世界には、銃身の底を完全に密閉する技術がない。だけど爆発の圧力が逃げるほど、バルデルの空間波動を貫くほどの力は生まれない。今より更に強度を上げるにはこの手が有効なんだ。
「日本の鍛冶師は大根に形を写し取ってこれを作ったんですよ。ドワーフ族の最高技術ならゼッタイにできることだ。この『螺旋』が、魔法を殺す鍵になります!」
オレの言葉に、親父さんの目がギラリと光った。
「……面白ぇ。ワシらに作れねぇもんがあると思われてちゃ、先祖代々の名が廃る。オマエさん、見てな。一週間で、神様も腰抜かすような『鉄のボルト』を削り出してやるわ!」
すかさず今度はヒューゴが親父さんの前に進み出た。
「ボクからも一つイイですか?」
「おん? 何でも言いねぇ! 今のワシには怖いもんなしだ」
「親方、あなたの打つ鉄は確かに素晴らしい。だが、これから作る『銃身』には、硬さだけじゃなく、もっともっと『粘り』と『耐熱性』が要る。ただの鋼じゃ、連射の熱でふやけるか、圧力に負けて弾けるのがオチ」
「……で? どーすんだ?」
「鉄にクロムを1%、モリブデンを0.2%混ぜます。微量だと思うでしょうが、この僅かな『粉の足し算』が、鋼の性質を根底から変えます。熱を持っても強度が落ちず、摩擦にも強い。ボクの国ではこれを『クロモリ鋼』と呼んでいた。これこそがバルデルの猛攻を貫くための『現代の神鉄』です」
親父っさん、「うーむ」と呻き、「もーちと、分かり易く説明を頼む」と泣きついた。
◆◆
工房に火が灯る。鉄を叩く音。やすりで金属を削る不快なまでの摩擦音。
それは、失われた多くの命を弔う、オレたちなりのレクイエムでもあった。
次回予告 ナレーション:サニー
みんなーサニーだよーっ!
つぎのおはなしは――!
くさくて、きたなくて、でもキラキラ☆
地下工房から生まれるのは、魔法にだって負けない――とっーてもフシギで、ちょっぴりコワ〜い科学のチカラ!
えへへ♪ 見た目はアレだけど、中身はとびっきり本気なんだから!
ドワーフ職人のピカピカねじねじ工作! 集まれ夢見る新兵さん! 狙わず! 迷わず! せーのでドーン!
……だけどね、夕焼けの丘で、サニーはちょっとだけセンチな気分。守りたい人のために、かわいいだけじゃいられない夜が来るの――。
次回、「ドキドキ☆くさくてキラキラ! 愛と科学のドッカーン大作戦なのだっ!」
「ノヴァンさまっ! この愛、弾丸にこめて一直線―― 愛のゴールに、フルバーストぉっ!」
……ヤバさ加速してねーか?




