021話 プラトー・ド・トリリテの惨劇
三つの街道が交差する台地、プラトー・ド・トリリテ。
「三つの騎士団が一夜で消えた」なんて不吉な伝承が残る場所だが、今のここにあるのは、そんな幽霊話を吹き飛ばすほどの凄まじい熱気だ。
――オルドー総軍、一万二千。そこにイリアス・リヴァース率いる重装騎士団三千が加わる。
狙いは一つ、北東方面からこちらの領土を掠め取ろうと進軍する軍神、バルデル・タイガーの迎撃だ。アイツの脅威が、本来なら東西それぞれ別方向に矛先を向けているはずの二つの軍を、皮肉にもかつてないほど強固に結びつけていた。
「皆、聞くんだ! 僕たちの行く手には最強の敵が立ち塞がっている。だが。僕らの隣には『紅蓮の静寂』と『白き天使』が並んでくれている! これ以上ないほどの心強い味方だ!」
イリアスの檄に、両軍の将兵が地を揺らすような歓声を上げた。
全軍の視線の先――最前線の高台に、「紅蓮の静寂」であるノヴァン・ド・オルドーと、「白き天使」と呼ばれた女――白銀の装飾が施されたセーラータイプの軍服を纏う、シルヴィア・フォレスト ――オレ――が並び立っていた。
オレは内心の怯えを押し殺し「勝利の女神」としての演出に応えようと「聖女のような微笑み」を全力で顔に貼り付けた。死角からヒューゴがこっそりグーサインを送っている。有難いが余計だからヤメテ。
今回の作戦は完璧だ。遮蔽物のないこの平原なら、鉄砲の射線は無限に広がる。接近される前に、鉄の雨で敵を肉片に変える。ヒューゴも「風通しの良いここなら、あの忌々しい『ツクモガミ』の放つ壁の霧も滞留しない」と断言した。
だが、その確信に、冷たい水が浴びせられる。
「サニー殿、伝令です! 王都方面から急報!」
飛び込んできたのは、ヒューゴ直属の情報部『零の者』の工作員だった。
「バルドゥイン大公が再起! 教皇庁騎士団の全面支援を受け、ここディワール辺境領に向けて電撃進軍を開始しました! さらに……」
工作員は言葉を詰まらせた。
「ヴォルカン殿が変心、オルドー常駐軍を置き捨てて王都を離れ、自領にて独立を宣言。一連の戦いへの中立を表明しました!」
「なっ……! 勝手な女、このタイミングで火事場泥棒かよ!」
背後を突くバルドゥイン、そして同胞だと思っていたヴォルカンの離反。
オレの脳内に、初めて「計算外」のノイズが走った。だが、動揺している暇はない。地平線の向こうから、地響きと共に「死」が迫っていたからだ。
◆◆
それは。
もはや軍勢というよりは、巨大な黒い波だった。
――カイザーベルク公領、魔法騎士団「虎の牙」。
その中央、六頭立ての巨獣に引かれた戦車の上に、その男はいた。
バルデル・タイガー公爵。
車上の軍神は微動だにせず、ただ前方を睨みつけている。
ただそれだけでこちらの馬たちが動揺して暴れ出し、兵たちが震えあがって武器を落としだした。
「……フン。あれが世にいう本物の『暴力』か」
天幕から現れたノヴァンさまが呟いた。
「レオ! 構えろ! 敵はまだ射程外だが、このまま一斉射撃で出鼻を挫く!」
オレは唸るように声を絞った。
「了解っす! SSS。構え一番前ッ――」
だが。
レオの号令が完結するより早く、バルデル・タイガーの軍配が振り下ろした。
――瞬間。
雪も降っていない真夏の台地が、凍りつくように冷えた。
信じられないことに、バルデルの振るった魔力によって氷層の路が生じた。そこを数千の重装騎兵が、重力を無視した超高速で滑走し始めたのだ。
「ウソ……だろ……速すぎるって……!」
「時速百キロ、恐らく超えてるぞ!?」
オレとヒューゴが絶叫する。
近代戦術の常識では、重装騎兵は「鈍重」なはずだった。だけども魔法という理不尽は、質量と摩擦の法則をゴミ箱へ捨て去っていた。
「間に合わん撃て! 全員んんッ、撃ちまくれッ!」
オレの、悲鳴のような命令に応じ、数千の鉄砲が一斉に火を噴いた。
轟音と硝煙。
平原は白煙に包まれ、味方の誰もが「当たった」と確信した。
しかし。
立ち込める煙の中から躍り出たのは傷一つ負っていない「虎の牙」の先鋒だった。
「……ま、マジか」
オレの目の前で、放たれた弾丸が空中であり得ない挙動を見せていた。バルデルが放った「咆哮」――空間の振動と言った方がいいか――が、弾丸を停止させて鉄粒に変え、地面に叩き落としていたのだ。
「ツクモガミ……」
「姫の情報は正しかった。ボクの物理学が完敗している……」
ヒューゴの計算尺が、指先から滑り落ちた。
◆◆
衝突は一瞬だった。氷上を滑る黒い波が、イリアスの重装騎士団と激突した。
金属がひしゃげる音が、台地に鳴り響く。最強を誇ったイリアスの精鋭たちが、まるでおもちゃの兵隊のように空中に跳ね飛ばされ、続く黒波に踏み砕かれていく。
「イリアスさま! 持ちこたえて!」
オレの叫びは、敵の咆哮にかき消された。
バルデル・タイガー自らが抜刀し、最前線へ斬り込んだ。その剣、あり得ないほど巨大な魔導剣。
彼が一振りするたびに空間が縮み上がり、衝撃波が戦列を薙ぎ払う。
サイラス殿が大盾を構えて立ち塞がったが、バルデルの剣が触れた瞬間、厚さ10センチの特殊合金の盾が、まるでバターのように両断された。
鉄の執行者と謳われた彼が、血を吐いて吹き飛ばされる。
「サイラス殿ォォォ!」
蹂躙。その言葉以外に、この惨状を説明する術はない。
レオ率いるSSS(=セーラー戦士・サニー・スナイパーズ)は、銃を再装填する暇もなく、軍馬の蹄によって、泥と肉の塊に変えられていった。
「女神様……助けて、シルヴィア様!」
足元で、瀕死の兵士がオレの裾を掴んだ。
だが、オレには何もできなかった。オレが授けた「現代知識」が、彼らを死地に追いやったのだ。慢心が、完璧だと思い込んだ戦術が、彼らの命を奪っている。
オレの白のセーラー服は、味方の返り血でどす黒く染まり、兵たちの目には「女神」に対する敬意ではなく、「我らを騙した偽物」への憎悪が宿り始めていた。
「コイツ偽物だ! 女神なんかじゃない!」
「逃げろ! オルドーの魔王と魔女に呪い殺されるぞ!」
敗走する兵たちの罵声が、オレの心をズタズタに引き裂いて行く。
◆◆
戦線は完全に崩壊した。
バルデルの視線が、高台に立ち尽くすオレを捉えた。
彼が剣を振り上げる。死の圧力が、オレの呼吸を止める。
ああ……終わった。オレのせいで、みんな……。
――その時。
「サニー、前を見ろッ!」
背後から飛び出してきたノヴァンさまが、オレを横抱きにして馬に飛び乗った。
バルデルの衝撃波が、つい数秒前までオレがいた場所を粉々に砕く。
「主さま……!?」
「黙っていろ! お前を死なせはしない。言ったろ……二度とわたしの前から居なくなるな!」
ノヴァンさまの『ブレない仮面』は怒りと執着で、凄まじい形相に歪み切っていた。
彼は全軍の壊滅という現実を背負いながら、ただこの瞬間だけは「オレを救う」という一点のみに全神経を集中させ、血路を切り開いていく。
背後では、勝利したバルデルの軍が、王都へは向かわず、進路を北へと変えていた。
「……あっちには、イリアスさまの居城が!」
レオが、顔に付着した味方の血を拭いながら叫ぶ。
「ヒューゴさま、バルデルの狙いは何ですか!?」
「……降伏だよ。イリアスさまを包囲して、オルドーとの同盟を無理やり破棄させる。ボクたちの『翼』をもいで、孤立させるつもりだ」
ヒューゴの推測は、最悪の形で当たっていた。
バルドゥインが王都のオルドー兵を追い出し、ヴォルカンが独立し、最強の友軍であったイリアスまでもが軍神に呑み込まれようとしている。
◆◆
プラトー・ド・トリリテ。三つの墓標を意味するその台地には、今日、新たにオルドー軍多数の将兵と、サニーの自信という名の墓標が築かれることになった。
だが皮肉にもオルドー軍は全滅を免れた。
勝利を確信したバルデル・タイガーが、残党の掃討よりも「同盟体制の解体」を優先し、軍の切っ先を北方、イリアス・リヴァースの居城へと向けたからだ。軍神にとって、壊滅したオルドー軍などはもはや追う価値すらない「死に体」に過ぎなかった。
一万二千いた兵力は、残兵三千を下回る惨状。
傷ついた将兵を引き連れ、ノヴァンさまとオレは這う這うの体でディワール辺境領へと帰還した。かつて「軍師様」「白き天使」なんて熱狂的に迎えてくれた市民の視線は冷たく、敗残兵の足音だけが虚しく石畳に響いた。
オルドー城でオレたちを意外な人物が迎えた。戦場を放棄して「独立」を宣言したはずの女、ヴォルカンだった。ソイツが何食わぬ顔で待ち構えていた。
「あら、おかえりなさいませ。随分と派手に負けましたわね、閣下」
ヴォルカンは優雅に扇子を広げ、首座の傍らで深々と頭を下げた。ノヴァンの死を予期していたのか、あるいはこうなることを見越していたのか。彼女は「裏切り者」の顔を止め、忠臣面で言ってのけた。
「ご安心くださいまし。バルドゥイン大公の軍は、この私めが王都の手前でしっかりと『通せんぼ』しておきましたわ。王都は、この不肖ヴォルカンが無事守り抜きましたことよ」
「……貴様、どの口でそれを言う」
ノヴァンさまの声には、凍てつくような殺意が混じる。だがヴォルカンは動じない。それどころか、泥と返り血に汚れ、精神的に崩壊寸前のオレに対し、挑戦的で、それでいて慈悲深い毒を含んだ笑みを向けた。
(……どうしたの、勝利の女神様。計算通りにいかなくて、泣きじゃくることしかできないのかしら?)
声には出さずとも、その瞳がそう告げていた。
オレは唇を噛み締め、震える拳を隠すことしかできなかった。
――実際、戦況はヴォルカンの言う通り、奇妙な膠着を見せていた。
頼みの綱であった軍神バルデルに「転進」という形で放置されたバルドゥイン大公の軍は、突如として進路を塞いだヴォルカン私兵団の鉄壁の防陣を突破できず、王都近郊で足止めを食らっていたのだ。糧食の尽きた彼らは現在、教皇庁信徒が運営する小規模な城塞都市に逃げ込み、籠城という名の略奪で飢えを凌いでいるという。
「……あきれたよ。独立宣言は、バルドゥインとバルデルの足並みを乱すためのブラフだったわけだ。ヴォルカン、君のその胆力と図々しさ……ボク、少しだけ尊敬するよ」
ヒューゴが乾いた笑いを漏らす。だが、オレには笑い飛ばす余裕など微塵もなかった。
「ヴォルカン。貴様の独断と不遜は、後でじっくりと検分してやる」
ノヴァンさまは首座に深く腰掛けた。その瞳に宿るのは、敗北を経てなお消えぬ、魔王の苛烈な意志だ。
「だが今は、その忠誠心とやらを証明してみせろ。籠城したバルドゥインの鼠どもを、一匹残らず叩き潰せ。これは命令だ。――直ちに発て」
ヴォルカンは目を細めて頷き、最後にもう一度、絶望に沈むオレを嘲笑うように見つめてから、流麗な動作で背を向けた。
「――御意のままに、魔王様。勝利の女神様が台無しにしたこの状況、わたくしが綺麗にお片付けして差し上げますわ」
次回予告
ナレーション:サニー&プラムの親っさん
サニー:「みんな、サニーだよ……。大勢の仲間を失って、主さまからは死刑宣告され。……でも、泣いてる暇なんてない! あの軍神の理不尽に負けっぱなしでいいわけがない!」
ブラム:「しおれた顔すんじゃねぇ、嬢ちゃん! ドワーフの技術とあんたらの知恵がありゃ、前に進めるはずだ。意地ってやつを見せてやろうじゃねーか!」
サニー:「ネジにクロモリ、そして魂の込もった銃身! 絶望の淵から、逆転の一撃を叩き込んでやる!
次回、アオハル転生! 第22話――」
二人同時:
『叱咤と涙と鋼の再起! 唸れクロモリ、逆転のニューウェポン!』
サニー:「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」
ブラム:「おうおう。その意気じゃ」




