020話 ツクモガミ
グロッケン・シュピッツェでの敗戦の傷跡は、思った以上に深かった。
オレたちはノヴァンさまの英断に従い、王都オーデンス・クラウンに最低限の駐屯軍だけを留め、本領であるディワール辺境領へと一時帰還した。そしてその翌日から軍の立て直しと再軍備に奔走した。
そんな中、王都よりもたらされた報せは衝撃的なものだった。それには労いの言葉など微塵もなかった。それは、我らオルドー家に対する明確な、あまりに無慈悲な拒絶の宣告だった。
「――全土へ告ぐ。ディワール辺境領当主、ノヴァン・ド・オルドーは、神の理を汚す『魔王』である」
ヒューゴ率いる斥候集団『零の者』がもたらした報告によれば、その文書にはアレクシス・アスコット卿の自署のみならず、教皇庁の聖印までもが鮮明に刻まれていたという。
――アレクシス・アスコット……教皇庁の頂に君臨しながら、次期国王の座を虎視眈々と狙う野心家の貴公子。彼は、グロッケン・シュピッツェでのオルドーの敗北を『王軍の名を汚し、魔王の本性を露わにして敬虔なる信徒を苦しめた暴挙』と断罪。列強諸侯に向け、『ノヴァン・ド・オルドーという不浄を王都から排せよ』との檄を飛ばした。
「……アレクシスのヤロー、留守を良い事に」
オレは包帯の巻かれた拳を握りしめ、執務室の大テーブルに広げられた大陸地図を睨みつけた。
「彼を王都へ連れ帰ってやったのは、オレたちオルドー家だぞ。恩を仇で返すとはこのことだ。ノヴァンさまを傀儡にできないと悟った途端、これかよ」
吐き捨てるオレの傍らで、ノヴァンさまは静かに地図を凝視していた。その横顔はいつもの彼そのもので、動揺の欠片も見当たらない。心中までは計り知れないが、少なくともオレたちの生き残りを懸けた次手に、深く思考を巡らせているはずだった。
「なぁヒューゴ。相手の動きはどうだ?」
ノヴァンさまが低く通る声で尋ねる。
「最悪ですね。教皇庁直属の騎士団に加え、周辺の日和見領主たちが『聖戦』の名の下に王都あたりに集結している。……それだけじゃないです」
色を失くした顔で計算尺を置くヒューゴ。
「――誰の仕業かは知らないが、とある魔装飾器が王都から持ち出されたらしいです。その話が事実なら、もしかしたら、ボクたちの鉄砲が通用しなくなる時が来るかもしれない」
◆◆
反オルドー派の先遣が「ジルバービルケンタール城市(=通称、白樺の谷)」付近に現れた。王都とディワール辺境領を結ぶ幹線ルート上にあるオルドーの主要都市だ。
オレは迷わず注進し、レオを前線指揮者に抜擢した新生のセーラー鉄砲隊(=SSS)で急行した。
灰の道を突き進むオレたちの足は速かった。
突如として眼前に現れた我らに、敵は浮き足立ったかに見えた。街道地形も、天候の理も、そして射程も、すべては事前の策通り。一斉射撃で敵の戦意を粉砕しようと、オレたちは目深に照準を合わせ、構えた――。はずだった。
「撃てッ!」
レオの号令と共に、轟音と火花が味方の城壁に反響する。
――だが。
「……なっ、なんだありゃあ!?」
レオが絶叫した。
放たれた数百の弾丸が相手の手前、数メートルの空間で、まるで水面に触れた波紋のように歪み、あらぬ方向へと弾かれて行った。
よく観察すると、敵軍の前線で白い法衣の魔法使たちが、光の幾何学模様を展開している。
「物理的障壁魔法……、ただの補助魔法……のようだけど。もっと別の、強大な何かを使おうとしている」
「例の魔装飾器――か?」
並び立つヒューゴが声無く肯定した。
「……重力も、空気抵抗も、慣性の法則もムシだ。物理現象をムリやり歪めている。……弾道計算なんて通用しない」
「そんなのが……!」
次々に鉄砲隊が放つ弾丸は、その半分以上が見えない壁に阻まれ鉄屑となって地面に転がった。オレたちは為すすべなく攻撃を諦め、いったん城市をはさんでの睨み合いとなり、持久戦を余儀なくされた。
◆◆
天幕の中で、オレは一人歯噛みをしていた。
自慢の鉄砲が効かないだと?
この世界の理を敵に回したような絶望感に、胃の底が冷えていく。
「――軍師殿、客人です。お通ししますか?」
「客人?! 戦場に?」
サイラス殿が通したのは、簡素な旅装に身を包んだ女性だった。
それはアレクシス卿の妹、エルゼ姫。主さまと諸々語り合っていた「インテリ女子」だ。オレは反射的に体を強張らせた。
「……どういったご用件です? まさかあなたの兄上の差し金……とか?」
「私は私自身の意志でここに来ました。兄アレクシスが教皇として下した命令が単に気に食わなかった……とでも申し上げますわ。それを愚痴りに来ましたの」
エルゼ姫は王族の令嬢らしい鷹揚な物腰で、品定めするようにオレを眺めた。
「シルヴィア・フォレスト卿……とお呼びしてよろしいかしら。貴方の放った弾丸が阻まれたのは、ヴォルカンが試験導入した魔装飾器の成果ですわ。寝具のような柔らかな外見に惑わされてはなりません。あれこそは、扱う者すら害する禁忌の代物――『ツクモガミ』。それが発動したのだと見て、まず間違いありませんわ」
「ヴォルカンの『ツクモガミ』だと……? あの女、そんなものを教皇庁に無断で持ち出したのか!?」 「持ち出したのかどうかまでは存じ上げません。さらには、彼女自身がどうしてそのような危険な物を持っているのかさえ、知る由もありませんし、その意図も判りかねます」
オレは姫に断り、極秘にヒューゴを呼んだ。
姫が語る『ツクモガミ』の特性は、オレやヒューゴがもつ科学的な常識を根底から揺さぶるものだった。周囲の生体・動体エネルギーを急ピッチで集め、高濃度の「魔力エネルギー」に変換して噴出する。それは霧のように見えたり、壁のように見えたりもするが、要はその特性は、空間を捻じ曲げる異次元的能力にあると言う。
「……撃てば撃つほど弾丸の動的エネルギーはソイツに吸収され、利用される。ボクたちの物理攻撃を、意図する魔法などを発動させるための燃料に変える装置、というわけだね」
ヒューゴが「厄介だな」と、計算尺を強く握り呟いた。更にツクモガミの概容を話すと、彼は絶句してよろめいた。「それにはどんな魔法少女が描かれているんだい?」と、あらぬ角度から姫に詰め寄った。
◆◆
「もうひとつ。お話します。……兄がカイザーベルク公国の主、バルデル・タイガー公爵を動かしました」
「バルデル……タイガー……聞いたことある名だな?」
オレはそんな反応だったがヒューゴは違った。その名を耳にした途端、「……っ!」と声を上げ、大げさに思うほどの挙動を示した。ポタポタと冷や汗を床に落とし、執務机に両手をついた。
この男がこれほどビビるとは!
「おいヒューゴ、大丈夫かよ?」
「……ば、バルデル、だと。あの『東の軍神』が、ボクたちに挑んで来るのか……?」
聞けばヒューゴはブーケの塔で暮らしていた時分、地方諸侯に乞われて東方遠征に付き合ったことがあったそうだ。そのときに小競り合いを演じたのが、かのバルデル・タイガーで。
「ボクは数刻遅れ、物見遊山で依頼者の軍に合流しようとしたんだ。そしたら合流地の草原はすべて血で染まっていて……八千ほどいた兵は誰一人生きてなかった。バルデルが救援した小砦は数百程度しかいないのに全くの無傷で、戦闘なんて無かった風に悠々とお昼ご飯を食べていたよ」
外が騒がしくなった。
サイラス殿らを呼んで様子を尋ねると、兵士らの間で噂が飛び交っていると言う。
「おい、聞いたか……カイザーベルクの『虎』が来るってよ……」
「牙の門が開いたんだ。あの騎士団に狙われて、生きて帰った奴は一人もいない……」
剛胆なはずのサイラス殿でさえ、報告しながら顔を強張らせていた。
「オルドー軍の中に間者がいるようだ。ソイツが流言飛語を流している。零の者に指示して止めさせる!」
「今更だが頼む」
エルゼ姫の護衛を増やして丁重に見送った後、オレはサイラス殿とヒューゴを伴い宿営地を巡視した。いても経ってもいられなかったからだ。
「エルゼ姫は危険を冒してまで、なんでオレたちに会いに来たんだろうな……」
無意識に独り言をしたようでヒューゴがすぐさま返してきた。
「愛だろう、愛」
「はぁあ?!」
わざわざ口に出すな、アホチン!
レオが忍ぶように走り寄って来た。
「シルヴィアさま……オレ、知ってるんす。故郷の爺さまが言ってた。バルデル公爵の魔法騎士団は、地形ごと敵を薙ぎ払うって。鉄砲なんて、届く前に踏み潰される……」
「――鵜呑みにするなよ。それは完全にガセだ。部下たちには……」
「言うわけないでしょう。失礼します」
オルドー領に、これまでにない圧迫感が伝染していく。オレはノヴァンさまに緊急救援を乞う手紙を書いた。出来ればオルドーの総軍を挙げて駆けつけて欲しいと頼んだ。
「……決戦だ、バルデル・タイガー公爵。オルドーの力を見せてやる」
◆◆
夜明けを迎えた。
オレは周辺地図を広げ、決断を下した。心なしか言葉が詰まり気味になった。
「……全軍を移動し『プラトー・ド・トリリテ』の地に展開する。あそこなら『ツクモガミ』の霧も強風で散るだろう」
昨晩、ヒューゴと喧々囂々、意見を戦わして出た結論だ。
オレは自分に言い聞かせた。
現代兵器の火力が最大化される平原なら、軍神だって貫けるはず。
だが、オレはまだ知らなかった。
バルデル・タイガーという男が、理屈なんて関係なく、ただの「暴力」という一点だけでこの世を生きる怪物オヤジだったということを。
――中天頃、ノヴァンさま率いるオルドー本軍、一万二千が着到した。
まさに神速の対応だ。
オレの軍師道始まって以来の大戦が、始まろうとしている。
次回予告
ナレーション:サニー&ヒューゴ&ヴォルカン
サニー:「みんな、サニーだよ……。完璧だったはずの作戦が、全部粉々に砕けちゃった。軍神バルデルの圧倒的な強さにオルドー軍は手も足も出ず。みんなを死なせたのは、オレなんだ。ごめん、みんな。ごめん……っ」
ヒューゴ:
「サニー、自分を責めるな! 物理法則をムリヤリ捻じ曲げるなんて、あいつは人間じゃないんだ。それに、この最悪のタイミングで現れたのは……」
ヴォルカン:「あらあら、可哀想な勝利の女神様。悔し涙にくれるのも、それはそれで美しいわね」
サニー:「ヴォルカン……! オレはまだ終わらせない! 主さまが信じてくれる限り、この絶望の淵から這い上がってみせる!」
ヒューゴ:「そうさ、逆転の目が無くなったわけじゃない。……行くよ、サニー!」
サニー:「次回、アオハル転生! 第21話――」
三人同時:
『失意の白い女神! 砕かれた鉄砲戦術と、軍神バルデルの咆哮』
サニー:「主さまへの愛、フルスロットル……できるのかな……」




