002話 鏡よ鏡
神様ってやつがいるなら、一度ツラを拝ませてほしい。そして、ソイツの脛を思い切り蹴飛ばしてやりたい。
転生してから数ヶ月。オレ、シルヴィア・フォレストの生活は「どん底」という言葉すら生ぬるいものだった。
場所はオルドー領の片田舎にある、今にも崩れそうな屋根欠けボロ家。
「……えーん。今日の晩飯も、これか」
目の前にあるのは、雑草を煮込んだだけの「何か」が浮いた、薄い塩味のスープ。
転生前は部活帰りにラーメンの替え玉をキメていたオレが、今や異世界の貧しい農村で「明日をも知れぬ美少女(自称)」として飢えに喘いでいる。
鏡……なんて高価なものはないが、水たまりに映る自分の顔を見るたび、オレは溜息をつく。金色の髪に、吸い込まれるような碧い瞳。外身はどこに出しても恥ずかしくない、(たぶん)絶世のTS美少女なのだ。宝の持ち腐れとは、まさにこのことだよな。
そんなある日、村のウワサ好きの母親から、ある話を聞いた。
「オルドーの新しい領主様は、第六天の黒騎士とか呼ばれて、そりゃあもう恐ろしいお方だそうよ。ご領内の悪者が次々に成敗されてるってハナシだし。だけどねぇ、心臓が潰れるくらいのイケメン美男子らしいのよ、これが」
――ディワール辺境領当主、ノヴァン・ド・オルドー辺境伯。
フーン。だから? と聞き逃すところだったが、その聞き馴染みのある名前の響きに、オレの胸が不思議に騒いだ。「ノヴァン」……「ノアゼ」。
まさか、な。でも、もしも――。もしも野畔希が一緒にこの世界に来ていたら……!
オレは空腹で震える足に鞭打ち、数日かけてオルドー家が支配するディワール城塞都市へと向かった。
そこでオレが見たのは、出来の悪いファンタジー映画よりもずっと鮮やかで、活き活きとした、街の光景だった。
「領主様のお通りだ! 道をあけろ!」
兵士たちの叫びと共に、群衆が左右に分かれる。その中央を、漆黒の軍馬に跨った一人の騎士が通り過ぎていった。 紅蓮の外套をたなびかせ、腰に名剣を帯びたその姿。肩まで流れる漆黒の髪。涼やかな目元。そして、何よりも――。
……の、野畔だ!
間違いない。性別こそ「男」に変わっているが、あの凛とした佇まいは、オレが修学旅行の夜に告白して玉砕した、あの、オレのマドンナそのものだった。
「野畔! 野畔じゃないか! お前も転生してたのかよ」
オレは我を忘れて駆け寄った。警護の列をすり抜け、馬上の「彼」に手を伸ばす。
「無礼者ッ! 領主様に気安く触れるな!」
次の瞬間、横から飛び出してきた大男の兵士に、思いきり胸元を蹴り飛ばされた。
「うぐっ……!」
小柄で華奢なオレの身体は、木の葉のように地面に転がった。泥水が顔にかかり、視界が滲む。
「待て。乱暴はやめろ」
馬上の野畔希が、低く、透き通るような声で制した。彼は馬を下り、泥まみれのオレの前に立った。
「……大丈夫か、娘。怪我はないか?」
差し伸べられた手。その指先は女性と見紛うほど白く、細い。
オレは期待に胸を膨らませて彼を見上げた。オレだ、礎冴だ! わかるだろ、マクラをぶつけられて一緒に落ちた、あのクラスメートだ!
だが、領主ノヴァンの瞳に映っていたのは、見覚えのない「哀れな村娘」を見る、慈悲深い君子の眼差しだけだった。
「腹が減っているようだな。……これを。馬の前に飛び出すと危ないぞ」
彼は懐から干し肉の包みを取り出し、オレの手に握らせると、再び馬に跨って去っていった。
オレは立ち尽くした。
気づいてもらえない。それどころか、ただの「お優しい領主様と可哀想な村娘」として処理されてしまった。
ふざけんなよ……。オレは、キミに会いたくてわざわざ街まで来たんだぞ!
しかし腹は減る。
悔しさいっぱいで干し肉を噛みしめる。……ウマーイ。泣けるほどうまいっ。
――それから数日、オレは城下に居座り、ノヴァンを観察し続けた。
彼は確かに人気があったが、同時に危うかった。執務室の窓には深夜まで明かりが灯り、時折、疲れ果てた顔で夜風に当たっている姿を、オレは陰から見守った。
彼は「魔王」を演じている。だが、その裏で、誰にも弱音を吐けずに震えている希の心が、オレには見えた……気がした。
よし。決めた。オレがアイツの片腕になって支えてやる。
それからのオレの行動は早かった。
現代知識をフル稼働させ、まずは領内の役場に頻繁に出入りし顔なじみになり、それとなく「効率的な書類整理術」を提案した。
次に、誰もが嫌気がさしていた納税計算を自作のソロバンを使って、あっちゅーまに処理した。(小学校時代の習い事が役に立った)
「……お嬢ちゃん、何者だ?」
不審がる役場の人に、オレは「にっこり」最高の営業スマイル(⇒美少女ブースト付き)で言い放った。
「公務員志望の就活者です! 領主様に会わせてください!」
そんなこんなの末、オレはどうにか「従卒」としてお城勤めすることに成功した。
もちろん、面接時のノヴァンはオレが「あの時の娘」だと気づいていない。
「娘、名は?」
「シルヴィア・フォレスト、16歳です。サニーとお呼びください」
「ふむ。書類の整理が早いそうだな。つまり頭の回転が良く、機転が利くのか。……ちょうどいい、今日から私の身の回りの世話をしろ。洗濯、掃除、それと。この山積みの報告書をまとめろ」
それからの毎日は、まさに「ブラックバイト」の極みだった。
「サニー、茶が冷めている。淹れ直せ」
「サニー、この地図の縮尺が気に食わん。書き直せ」
「サニー、肩が凝った。揉め」
ノヴァン様はオレを完全に「都合のいい便利屋」扱いした。
中身が男だとも知らず、あいつはオレの前で無防備に寝転んだり、着替えの補助をさせたりしてくる。そのたびに、オレの心臓はサッカーの試合終了直前みたいな爆音を立てる。つかコイツ、今は男だぞ?
「……おい。顔が赤いぞ、サニー。熱でもあるのか?」
ノヴァン様がオレの額に手を当てる。イケメンすぎる顔が至近距離に来て、オレは死を覚悟した。
「……いや、別に。ご領主が横暴すぎて血圧が上がってるだけだ」
「ほう。私に口答えするとは、やはりお前は面白い」
クスクスと、彼は無邪気に笑った。
悔しい。めちゃくちゃ便利に使われてるし、こき使われてる。
なのに、こうして近くにいるだけで嬉しいだなんて。オレはマゾか?
オレはトレイを抱え直し、不敵に笑ってみせた。
「……ま、見てろよ主さま。オレを一介の便利屋に留めていることを後悔させてやるからなぁぁ!」
従卒サニー様の、健気で切ない(そして少しだけ打算的な)下僕生活は続く。
天下を取らせる前に、まずはこの「鈍感魔王」に一目置かれるのが、オレの最初の任務になりそうだ。
次回予告
【ナレーション:シックス・ハズラード】
イエイ。シックスだよー。
ついに始まった、元気いっぱいサニィちゅわんの大規模プロジェクト「一夜橋」!
健気に頑張るサニィちゅわんの前に、あーし、超美少女頭領のシックス様が大登場!
「あーし、あんたみたいなキャワイイ子、ダイスキ!」
やだ、あーし、女子に告白しちゃった!? でも後悔しない! だって本当に好きなんだもんね。
次回、アオハル転生! 第3話『恋の予感、河を渡る情熱のシックス』
サニィの心はあーしできーまり♡




