019話 天幕の中
グロッケン・シュピッツェの包囲網を死に物狂いで抜け出し、ようやく夜の帳に包まれた野営地。
夜半遅くオレは主君ノヴァンの天幕に呼び出されていた。周囲の兵たちは、オレたちが中でどんな「深刻な軍議」をしているのかと固唾を呑んで見守っているが、実際はこれだ。
「……痛いって、ノヴァンさま! 手当してくれんなら、もっと優しくお願いしますよ!」
「うるさい。キミが動くから失敗するんだ。……この火傷、かなり酷いじゃないか」
ノヴァンさまは無表情を装っているけれど、その指先は驚くほど緊張感が漂っている。
それが、ふ……と止まった。
「閣下……?」
彼の脳裏に何か不吉な予感でもよぎったんろうか。瞳が大きく揺れ、手が微かに震えだしている。
「……キミはこれから、私の許可なく傷つくことも、死ぬことも許さん。分かったか」
「へ? な、なんでそんな急に重いコト言うんすか……。っていうか、顔、近すぎません?」
急に迷子の子供みたいな顔をして粘着してくる主さまに、オレの小さな胸の鼓動が、傷の痛み以上に意識された。
「――お楽しみのところ失礼。ボクの割り込む余地、もう全くなさそうだね?」
天幕の入り口から、皮肉げな笑みを浮かべたヒューゴが登場した。
このヤロー、いつから見てやがった……?
彼は手に、数通の暗号化された書簡を握っている。
「ヒューゴ・ラウレル。……きさま、何か掴んだのか?」
ノヴァンさまが慌ててオレの手を離し、居住まいを正す。
ヒューゴはニヤニヤしながら、「ボクが新設した」という直轄情報部――『零の者)』と命名した組織の報告書を広げた。
「面白いネタを拾ってきたよ。ボクたちの『恩人』、アレクシス・アスコット様についてだ」
ヒューゴが提示した情報に、天幕の空気が一気に冷えた。
――アレクシス・アスコット。
旧体制の復興を掲げ、現在は教皇庁のトップである教皇も兼任する彼は、次期王候補に自分を据えてくれたノヴァンを、心底では「扱いやすい傀儡」としか見ていなかったらしい。
「『零の者』の報告によると、アスコット卿は腹心たちと、ノヴァン閣下の処遇を相談している。……『魔王としての出番は終わった。そろそろ舞台から降りてもらおうか』、だってさ。グロッケン・シュピッツェでの撤退を『かつてない失態』と決めつけて、君を切り捨てる算段を立てているよ」
「……エロ親父、言いたい放題言ってくれるじゃないか」
オレは包帯を巻かれた手で、ぎり、と拳を作った。
「それだけじゃない。アレクシスの異母妹、王女エルゼ……彼女、近頃ノヴァンさまにやたら接近しているよね?」
ヒューゴが面白がるようにオレとノヴァンさまを見比べる。
「ああ、エルゼか。彼女は話が分かる。この世界における社会の仕組みや経済観念、福祉のあり方、文学、歴史、芸術などについても、対等に話し合えるのは彼女くらいだからな」
ノヴァンが無邪気に答えた瞬間、オレの中で何かがブチ切れた。
「……そうですか! さぞかし『インテリ同士』、楽しいお喋りなんでしょうね! オレなんかにはさっぱり分からない、小難しい話ばっかで!」
「な、なんだサニー、急に大きな声を出して――」
「主さまは、鼻の下を伸ばしてんですよ! あんな美少女と『戦略的パートナーシップがどうの』とか、気取っちゃって! あー腹立つ!」
「鼻……など伸ばしていないッ! 彼女は純粋に博識で、知識欲が旺盛なだけで、私はただ知的な交流を――あの娘は私の数少ない友だちで……いや別に少なくないが、ぼっちじゃないがっ」
「フーン……友だち……友だちですか。割と毎晩ですよね。互いの部屋に入り浸って……!」
「はあぁぁ? キミは何をワケ分からないカン違いをしてるんだ! と言うか……毎晩キミは私を見張っているのか? す、ストーカーなのか?!」
「違いますー、日常報告に来たのに、ずーっっっっっと、廊下で待たされてるんですう! まいっにち、まいっにち」
ヒューゴが深いため息をつき、天幕の端っこで巻き尺をいじり出した。
「ああ。始まっちゃった……。ボクが割り込める確率はコンマ、ゼロゼロゼロイチ以下だ」
「何か言ったか?」
「別に。……まあ、いいや。とりあえず二人とも、教皇庁との全面戦争を覚悟して備えてよ。もう共闘なんて願い下げだ。アスコット様には、派手に『お引取り』願うことにしよう」
オレは包帯の手をさすってヒューゴに頷いた。ノヴァンさまも「それは私の言うセリフだが」と言いつつ「そうだな」と賛意していた。
オレたちは苦い敗戦を抱えて、いったん王都オーディンス・クラウンに引き上げた。
次回予告
ナレーション:サニー&ヒューゴ&ノヴァン
サニー:
「みんなぁ。サニーだよ。 恩を仇で返したアレクシスが、ついに本性を現した! オルドー家を魔王軍団だと決め付けるなんて……。そして、恐ろしい敵が登場する」
ヒューゴ:「……サニー、逃げるなら今だよ。あいつが……あの『東の軍神』バルデル・タイガーが来る。あの怪物がボクたちを狙ってるんだ。魔法も科学も、あいつの前では無力だ!」
ノヴァン:
「怯えるな、ヒューゴ。案ずるな、サニー。たとえ世界中が敵に回ろうとも、私はオルドーの誇りにかけて、キミたちを守り抜く。『軍神』とやらがどんな者なのか、とくと拝見してやろうじゃないか」
サニー:「主さまがそう言うなら、オレも腹をくくるぜ! どっちが強いか、はっきりさせてやろうじゃねーか!
次回、アオハル転生! 第20話――」
三人同時:『軍神来襲! 鉄砲が効かないってマジ? 絶望のプラトー平原!』
サニー:「主さまへの愛、フルスロットルだよっ!★」
ノヴァン:「……ずいぶん言い慣れてきたな、サニー」




